じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

11-3

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楽しもう。目の前のトンチキな格好をした女は、そう言って唇の端を吊り上げた。けど、それは無理な相談だ。

「……なあ、あんた」

俺は女に固い声で呼びかける。

「あんた、とはぶしつけな。わらわはこの城の主、アルルカ・ミル・マルク・シュタイアーであるぞ?」

「そうか。じゃあ、アルルカさん。一つ聞いてもいいか?」

「ほう?なんだ、いうてみぃ。なんでも答えてやるぞ。今まで死んでいった旅人の名前は全て記憶しておる。その中にお前の家族がいたか?ひょっとすると、お前の父をわらわが殺しているかもしれんのぅ。くひひ!」

「そんなことは、どうでもいい」

俺は吐き捨てるように言い、アルルカの耳につく笑いを遮った。

「俺が聞きたいのは、あんたが町の人たちに……そして犠牲になった人たちに、謝る気はあるのかってことだけだ」

「は?謝る?」

アルルカは、心底理解できないと言う顔をした。

「何を言っておるのだ。おぬしがわらわに謝るのならともかく、わらわが謝罪をする必要がどこにある?」

「当然だろう。胸に手を当てて考えてみろよ」

「胸……ははぁ~ん。おぬしさては、うまいこと言ってわらわの胸にさわりたいのだな?わらわは美しいからのぅ」

「ちがう」

俺が即答すると、アルルカは気分を害したようにむっとした。

「俺は、あんたにもなにか事情があるんだと思っていたんだ。生きるために仕方なく血を吸っているとか、その見返りに町を守っているとか。でも、あんたはどうだ?リンをいたぶり、過去のシスターたちの犠牲すら馬鹿にしている。お前はいったい、何を考えているんだ?」

「はぁ?わらわはヴァンパイアであるぞ?おぬしら人間より優れた存在だ。上等なわらわが、下等なおぬしらをどう扱おうが勝手だろう」

「お前もヴァンパイアである前は人間だったはずだ。そん時の心はどこに置いてきちまったんだ?」

「きひひ、でたでた。人の心がどうとか、偉そうに説教するやつら。前にもおったわ、高名な聖職者だとかいう男も、似たようなことをふんぞり返って言っていたのぅ。そやつが最後にどうしたと思う?なんと、仲間を置いて自分だけ逃げ出そうとしたのだ!あっははは、笑っちゃったわよ!なんだかんだ言って、お前ら人間はそういう生き物なのだ!」

「……どうあっても、罪を悔い改める気は無いみたいだな」

俺は、ぎんっとアルルカを睨みつけた。

「おーおー、怖ーい顔しちゃって。そうだのぅ、おぬしらがわらわに勝つことができたなら、その時は地面に頭をこすりつけてやってもいいがのぅ。どうだ?わらわに勝てると思うか?」

「当然だ。そのために、俺たちはここに来たんだからな」

俺は右手の袖をまくり上げた。アルルカは、俺たちをあざけるようにニヤニヤと笑い続けている。自分の優位を信じて疑わない顔だ。アルルカからは、強いアンデッドの気を感じている。間違いなく、こいつはアンデッド、それもとびきり強力なヴァンパイアだ。

「……悪いけど、全力で向かわせてもらう。手加減はできないぞ」

「おぉう。勇ましいのぅ。かっこいいのぅ。きひひひひ!」

今まで俺が出会ったアンデッドたちは、どこかしら同情できる余地があった。過去に悲惨な死に方をしていて、そのせいで暴れているやつらばかりだった。だが、こいつは違う。はっきりと、自分が楽しむためだけに、人の命をもてあそんでいる。

「俺は、お前を許せない」

俺は、怒っているのだ。

「くひひひ!気合十分だのぅ。では、お楽しみの前に、ひとつ演劇でも観覧しようではないか」

アルルカは呆けているリンをマントの下に隠すと、次の瞬間には黒いかすみとなって、姿が掻き消えていた。逃げた?いや、階段の上に瞬間移動したんだ。アルルカが俺たちを見下しながら高らかに叫ぶ。

「さあ、死人と踊れ!かつての犠牲者たちと、舞踏会といこうではないか!」

アルルカがバッと腕を広げると、部屋の両脇で闇が動いた。その中から、大勢の何かが這いだしてくる。

「う……」

それは、骨と皮だけになった人間の死体の群れだった。体中の血を吸い尽くされた、かつての犠牲者たちだ。死してなお、彼ら彼女らは吸血鬼の支配下から逃れられずにいるんだ。

「あっははははは!さあ!亡者の大軍の前にどうするおつもり!?わらわを倒そうと聖水でもたんまり準備してたのかもしれないけど、残念だったわねぇ!ここで使わなきゃ、あんたたちここで終わりよ?」

「そんなもの、必要ない」

俺はまくった右腕を高々と突き上げると、勢いよく地面へ振り下ろし、叫んだ。

「ディストーションハンド!オーバードライブ!!」

ブワァー!霊波が部屋中に広がり、亡者たちを包み込んだ。

「なっ……え。嘘!お前、何をした!?」

亡者たちは俺の放った霊波に触れると、その場に硬直して動かなくなった。アルルカが初めて焦った声を出す。

「お前をぶっ飛ばすまでの間、おとなしくしててもらうように頼んだ。みんな快く了解してくれたよ、お前を倒すためならってな」

「ふっ……ふふん。なるほど、ただの旅人ではないというわけか。おもしろい、ならばわらわが直接相手をしてやろう」

アルルカはマントをバサッと広げると、カツカツと杖を突き、階段の中ほどまで下りてくる。

「今からお前たちが目にするのは、数ある属性魔法の中でも特に希少とされるものだ。この秘技を見れることを幸運に……」

「ごたくはいい。さっさとかかってこいよ」

「んぎ……生意気なっ!スノーフレークッ!」

アルルカが手のひらをこちらへ突きつける。すると、バキバキバキ!俺たちの足もとに氷が広がり、足が張り付けられてしまった。

「うわっ」

「なぁーはっはっは!見たか、油断するからだぞ?わらわの魔法の早打ちに対抗できたものなど、この半世紀見たことないわ!さーて、どうしてくれようかのぅ。まずは、ずいぶん無礼な口をきいた小僧、貴様から……」

バキッ!
フランが足に力をこめると、氷は一瞬で粉々に砕け散った。フランがつま先をぐりぐりしながら言う。

「ちょっと冷たかったけど……それで?これで終わり?」

アルルカが唖然とする。俺とライラの氷は、エラゼムが剣で砕いてくれた。

「う、うそでしょ。大人の大男でも砕けない氷なのに……」

「腕が衰えたんじゃない?わたし、見てのとおり女だけど」

「~~~ッ!生意気な!いいだろう、わらわも本気で行かせてもらう!」

アルルカは杖を握ると、見えないリボンを操るように宙をかいた。

「スノウウィロウ!」

パキパキパキ!杖の先に氷が紐のように連なり、氷の鞭となった。

「くらいなさい!」

ビューン!鞭がしなりながら飛んでくる。フランは俺を突き飛ばして後ろに下げると、鞭を自分一人で受け止めた。フランの右腕に鞭が絡みつくと、氷が広がって右手全体を包み込んでしまった。

「さぁ、捕まえたぞ!片腕が使えなければ、もう戦えまい!」

「……」

フランは氷に包まれた右腕ごと、ぐいと引っ張った。すると鞭でつながれたアルルカも、がくんと引っ張られる。

「わっ。な、なに?なんて馬鹿力なの……」

「…………」

馬鹿と言われて、さらにフランは強く右腕を引いた。アルルカも足を踏ん張ってそれに対抗する。

「ぐぎぎ……なめ、ないでよ!」

ブンッ!アルルカが強く鞭を振り上げると、フランの体は高々と宙に舞った。

「ヴァンパイアの力を舐め過ぎではなくて?肉弾戦だって、わらわはいけるのだ!」

アルルカが落っこちてくるフランに狙いを定め、拳を引く。しかし、俺は慌てていない。あいつは、フランを舐め過ぎだ。

「おりゃあ!」

「ふっ!」

アルルカが撃ち込んでくる拳にあわせて、フランは巧妙に体を捻り、蹴りを繰り出した。パンチとキックが正面衝突する。ドパーン!

「きゃあぁぁぁ!」

吹っ飛んだのはアルルカのほうだった。アルルカが階段を転がり落ちた拍子に、氷の鞭は切れてしまった。フランは右腕の氷を床に打ち付けて砕くと、すぐさまアルルカに追撃を掛ける。

「あいたぁ……ッ!」

アルルカが起き上がるころには、フランの鉤爪が目の前に迫っていた。しかし次の瞬間、アルルカの姿が黒い煙となって消えてしまう。フランの鉤爪は宙を切った。

「甘いわ!」

煙はフランの背後に集まり、再び実体となって襲い掛かる。アルルカは鋭い牙をむくと、フランのむき出しの肩へ噛みついた。

「っ」

「ッ!?」

アルルカが悶絶の表情を浮かべる。噛みつかれたフランが後ろ蹴りを放ったので、アルルカは後ろに飛び退り、再び階段の中ほどへ陣取った。

「ぺっぺ。ぺっぺっぺ!まっず~~~~い!なにこの血、腐ってんじゃないの!?」

どうやら、アルルカはフランの血を吸おうとしたらしい。しかし、俺は前にフランの血を見たことがある。ゾンビである彼女の血は、真っ黒なタールのようにドロドロだった。

「あんた!じつは若作りしてるだけで、中身はシワシワのババァなんでしょ!」

「うるさい!勝手に吸っといて、文句言うな!」



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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