じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

10-4

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俺たちが飛び出した瞬間、馬車の荷台は粉々にぶっ飛んでしまった。馬が悲鳴を上げるようにいななく。イヒヒーン!

「な、なんだ!?」

「鼠どもが出てきおったか。主の城を汚す不届きものよ」

声を発していたのは、巨大な翼の生えた、四本足の怪物……まさか、ど、ドラゴンか?

「石造の番人……!ガーゴイルだよ!」

ライラが、俺の誤りを訂正してくれた。ガーゴイルの体は、よく見ると確かに石で造られているようだ。ちょっとしたテラスの屋根くらいある翼、大理石の柱のような四肢。脚の先には、鋭い剣のような鉤爪を備えていた。こいつが、フランの見た門番の正体か!

「汚らわしい盗人め。わが主の城に土足で踏み込むとは、万死に値する大罪」

「……あいつ、いつかのエラゼムみたいなこと言ってるぞ?」

「お、桜下殿。こんな時に、冗談はおやめくだされ」

俺たちがガーゴイルとにらみ合っていると、男の姿ではない、いつもの見慣れたウィルが俺たちのほうへ飛んできた。

「ウィル、憑依が解けちまったのか?」

「攻撃されたときに、びっくりして飛び出ちゃいました。それにもう、あの人の中にいる必要もなくなっちゃったみたいですし……」

「確かにな……どうしてバレたんだろう?」

見た目の上では、俺たちの偽装は完璧だったはずだ。時間も守ったし……するとガーゴイルが、吐き捨てるように言った。

「貴様らの小汚い策など、わが主にはすべてお見通しだ。魔力の痕跡を隠しもしないとは。浅知恵よ、猿よりも愚かな奴ら」

ガーゴイルが俺の疑問に答えてくれた。こいつ、見た目より親切……なわけないよな。

「だ、そうだけど。魔力の痕跡なんて、わかるもんなのか?」

この手の話に関しては、ライラかアニが頼りだ。そのライラが教えてくれる。

「確かに、まほーには跡が残るし、それを探知することはできるよ。でもそれは理論上だし、そーいうまほーを常に展開していないと、普通は気づきっこないよ!」

「だとすると、ここの城の主は相当警戒心が強いか、さもなくば“ふつう”の定義から外れてるってことだな……」

俺がぼそりとつぶやくと、ガーゴイルは太い前足をぐわっと振り上げた。うわ、危ない!俺はとっさに側にいたライラを抱え込み、横にぶっ飛んだ。
ドスーン!ガーゴイルの足がさっきまで俺たちのいた場所に振り下ろされ、数センチほど地面にめり込んだ。ば、馬鹿力だ……

「わが主を愚弄するか!畜生以下の価値しか持たぬ人間風情が、わが高貴なる主を侮辱するなど!千日殺し続けても殺したりぬ奴ら!」

フランが鉤爪を抜いて臨戦態勢に入る。

「だめだ!まずはこいつを倒さないと、城に入れもしないよ!」

「くそ、やるしかないか!みんな、頼む!」

エラゼムは剣を構え、ライラとウィルは魔法を唱える体勢に入った。

「せっかく苦労したのに、お前のせいで台無しだ!悪いけど、強引にでも通してもらうぜ!」

「貴様らがくぐれるのは、地獄へ続く門だけだ!」

ガーゴイルは太い腕をしならせ、襲い掛かってきた!

「桜下殿、後ろに!」

エラゼムが飛び出し、大剣でガーゴイルの攻撃を防ぐ。グワァーン。大剣と岩石の腕が激突し、ドラのような音が響いた。

「やあぁ!」

フランが飛びかかり、鉤爪をガーゴイルの体に突き刺す。毒爪はシューシュー音を立てながら岩石の体を溶かし、深い爪跡を残した。

「ぬっ……損傷重度。貴様ら、まともな人間ではないな?」

ガーゴイルは自分の体についた傷跡を見ながら、他人事のように言った。魔法でつくられたモンスターだから、痛みは感じていないらしい。

「お前に言われたくない!」

フランは叫ぶと、ガーゴイルの背後にもう一度飛びかかった。しかしガーゴイルは翼を盾のように広げ、フランの攻撃を防いだ。

「くっ」

フランは翼を切りつけたが、大したダメージにはならない。そこへ鞭のようにしなるガーゴイルの尾が飛んできて、フランをはじき飛ばしてしまった。

「フラン!」

「エアロフテラッ!」

ライラが叫び、追撃しようとしていたガーゴイルへ突風を浴びせかける。ガーゴイルはぐらりとバランスを崩したが、その体にはほとんど傷は入らなかった。

「うそ……ぜんぜん効いてない……」

「なんだそれは、ぬるいそよ風か?その程度の魔導、我が主のつま先にすら及ばぬわ」

くそ、魔法に耐性でもあるのか?それとも岩だから風が効かないのか……
ガーゴイルは口をガパッと広げると、そこからお返しとばかりに鋭い棘を撃ち出してきた。うわ、危ない!

「ぬん!」

ギィン!エラゼムが俺たちの前に躍り出ると、大剣で棘を打ち砕いた。ほっ、助かった。砕かれた棘は粉々になり、キラキラとした粒子を宙へと舞わせた。まるでガラスかクリスタルのようだが……

「ん?なんだこれ、冷たいぞ……?」

俺は足元に転がってきた、砕けた棘のかけらを拾い上げた。透き通るそれはひやりとしていて、やがて溶けて消えてしまう……

「氷……?」

「桜下殿、飛んでくだされ!」

え?うわ!気を取られている間に、ガーゴイルが腕を振り上げていた。エラゼムに突き飛ばされるように俺とライラが転がると、ガーゴイルの強烈なパンチが飛んでくる。ガッシャーン!エラゼムとガーゴイルの衝突は、まるで交通事故の現場のような衝撃だ。

「うぐ……いたた……」

「ライラ、大丈夫か?」

「うん……ちょっと擦りむいただけ。けど、おかしいよ!」

「何が?」

「あのガーゴイルは岩で出来てるでしょ。地属性には、風属性の魔法は相性いいはずなんだよ。でも、さっきは全然効かなかった……」

あん?魔法にも相性があるってことか?でもそういえば、以前アイアンゴーレムと戦った時には、風の魔法は効果抜群だったっけか……

「あいつは、単なる岩の怪物じゃないってことか……?」

そういえば、さっきのあいつの攻撃。あいつが飛ばしてきたのは、氷の棘だった。てことは、体内から氷を吐き出してきたのか……?

「……そうだ!エラゼム!あいつの足か腕か、どこでもいいから切り落とせないか!」

「承知!」

「ウィル!援護頼む!」

「はい!」

俺が叫ぶと、二人はこくとうなずいた。すぐにウィルが呪文の詠唱に入る。

「フレイムパイン!」

ズゴゴゴ!地面から燃え盛る柱が何本もせり上がり、ガーゴイルの四肢を封じ込めた。今だ!

「ぬうぅりゃ!」

エラゼムが渾身の力で大剣を振り回す。剣に月の光が煌めき、銀色の半月を描いた。グワシャーン!けたたましい音とともに、ガーゴイルの首が真っ二つに砕け散った。その断面は、周りこそ岩石でできているが、中は透き通ったガラスのようになっている。

「やっぱり!あいつ、ガワが石なだけで、本体は氷なんだ!」

「氷……そっか!」

ライラが我が意を得たりと手を叩く。そしてすぐさま、ぶつぶつと呪文を唱え始めた。その間も、首のなくなったガーゴイルは激しく暴れ、炎の檻から抜け出そうとしている。頭が無くなっても問題なく動けるようだ。こいつを倒すには、木端微塵にふっ飛ばすほかない。だからこそ!

「決めろ、ライラ!」

「ジラ、ソーレッ!」

シュゴウ!真っ赤に燃える巨大な火の玉が、ライラの頭上に浮かび上がった。それを投げつけるように腕をぶんと振ると、火の玉はガーゴイルの首断面目掛けて真っ直ぐ飛んでいき、直撃した。
ビキビキビキ!バリーーーン!

「うわー!」

「きゃあー!」

突然の大爆発に、俺は頭をかがめた。高音の火の玉が冷たい氷にぶちあたり、爆発を引き起こしたらしい。恐る恐る顔を上げると、エラゼムが俺とライラの前で大剣を掲げていた。爆風から守ってくれていたんだ。

「お二人とも、お怪我はありませぬか?」

「ああ、助かったよ……うわぁ」

エラゼムのわきからひょいと顔をのぞかせると、そこには粉々になったガーゴイルの残骸が散らばっていた。しゅうしゅうと蒸気を上げる石と氷の破片は、ピクリとも動かない。ここまでされたら、さすがにもう動けないみたいだ。なんでコイツの中身が氷だったのかは分からないけど、カンが当たってラッキーだった。

「フラーン!大丈夫かー?」

フランがふっ飛ばされた方向に声をかけると、むくりと起き上がる姿が見えた。よし、みんな無事だな。

「ふう……ったく。せっかく一芝居打ったってのに、全部無駄にしてくれやがって。おかげで門をくぐるだけでも一苦労だ」

「時間を取られてしまいましたな。シスターとだいぶ距離が離れてしまったやもしれません」

おっと、確かに。俺たちは最後に、壊された馬車に繋がれていた馬たちを自由にし、その近くで伸びていた、ウィルが憑りついていた男の無事を確かめた。

「うん、気絶しているだけっぽいな。そのうち勝手に目を覚ますだろ」

男を城門のそばに寝かせて、俺たちは城の入口へと駆けだした。

「でも、リンはどこに行ったんだろう?儀式は城でするとしか聞いてないから、部屋まではわかんないぞ……」

もしも特定の部屋が決まっているんだとしたら、俺たちは片っ端からそれを探さないといけない。しかし城内に入ると、その不安は解消された。

「みて。何か跡が残ってる」

城の玄関口にあたるホールで、目のいいフランが床に跡を見つけた。そこには、床に薄く積もったほこりの上を、何かが引きずったような跡が残されていた。

「たぶん、シスターのローブが床を擦った跡じゃないかな」

そういわれれば、確かにそうにも見える。それにほこりの具合を見るに、直近でほかに人が訪れた様子はない。リンの残したもので間違いなさそうだ。

「よし、この後を追おう!」

俺たちは床に残された痕跡を手掛かりに、城の中を駆け始めた。城は何とも不気味な雰囲気だ。廊下には無数の鎧が並べられ(今にも動き出しそうだ……)、天井から下げられたシャンデリアには蜘蛛の巣が幾重にも張り巡らされている。俺たちが走る足音だけが、静寂に包まれた城の中にむなしく響き渡るばかりだ……こんな気味悪いところを、リンは一人きりで歩いていたのか。
リンはどうやら、この城の上部へと向かっているようだった。遥か頭上へと続くらせん階段の塔に出たところで、リンの痕跡は無くなっていた。

「ここを登って行ったみたいですね……」

ウィルが真上を見上げながらつぶやく。階段のてっぺんは、暗くなってよく見えないくらい、高くまで続いている。上から足音が響いてこないということは、リンはすでにこの塔を登り切ったということだろう。

「あんまりぐずぐずしていられないな。この城のてっぺんに怪物がいるんだとしたら、リンはもうすぐそばまで行ってるはずだ」

「だったら、一気に上まで飛んでいこうか?」

ライラが、無い胸をぽんとたたいた。

「ライラ、そんなことできるのか?」

「うん。風のまほーを使えば、まっすぐ上に昇るくらいわけないよ」

「よし、それなら頼む。早くリンに追いつかないと」

ライラはうなずくと、呪文の詠唱に入った。待ってろ、リン。頼むから、まだ無事でいてくれよ……!



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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