じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
9-1 セイラムロットの真実
9-1 セイラムロットの真実
「な、謎が解けたって!どういうことですか!?」
ウィルが、ひた走る俺の横を飛びながら叫ぶ。しかし俺はかぶりを振った。
「ごめん、まだ話せない!たぶんあってるとは思うんだけど、確証がないんだ!だから先に、それを確かめたい!」
「た、確かめたいって……どうやって?」
「今から、ある人に会いに行く!」
そのために俺たちは、町の中を走り抜けているのだ。町の人たちが何事かと振り返るが、いまさら気にするもんか。俺たちは矢のように疾走し、ついに御神堂の上の事務所へとたどり着いた。俺は乱暴に扉をたたく。
「クライブ神父!いないか!」
ドンドンとノックすること数回。扉の奥からバタバタという足音が聞こえてきたかと思うと、パッと戸が開かれた。
「うるさいわよ!なん、なの……」
戸を開けて現れたのは、灰色の髪の少女。ローズだった。
「あなたたち……!」
「ローズ!クライブ神父に会わせてくれないか」
「はあ?無理よ、神父は忙しいの。出直して」
ローズはすぐさま扉を閉めようとする。だが俺は手と足を差し込み、ローズに扉を閉めさせなかった。
「ちょ、ちょっと!なにすんの!」
「ローズ、頼むから話を聞いてくれ。大事なことなんだ。リンの、君の姉さんの身に関わるかもしれない」
リンの名前を出したとたん、ローズの顔色がさっと変わった。
「……なに、言ってるの?でまかせいうのもいい加減に……」
「嘘じゃない!でも、時間がないんだ!儀式が始まったら、もう手が出せなくなる!そしたら、リンはもう戻らなくなるかもしれないんだぞ!」
「わ、わけがわからないわ。どういうこと……?」
「頼む、リンを救うためなんだ!クライブ神父の居場所を教えてくれ!」
ローズは、俺の勢いに押されてかなり混乱していた。俺がダメ押しとばかりにぐっと身を乗り出すと、ローズはおずおずと言葉を漏らした。
「し、神父様なら、あなたたちの宿のほうへ向かったと思うけど……」
「マーステンの宿に?どうして?」
「し、知らないわよ。私はずっと、儀式の準備をしていたから……」
「そうか。わかった、ありがとうローズ!」
向こうから出向いているとは思わなかった。でも、それなら話が早い。俺は扉から手を放すと、あっけにとられるローズを残して、今度は宿のほうへと走り始めた。
「クライブ神父に会えば、すべてがわかるんですか?」
ウィルが俺に並走しながら言う。俺はうなずいた。
「ああ。きっとあの人が、すべてのカギを握っている……!」
御神堂と宿とを行ったり来たりしたので、マーステンの宿につく頃には俺の息はすっかり上がっていた。ライラはいつの間にか、ちゃっかりフランの背中におぶさっている。
「はぁ、はぁ……それで、神父はどこに……?」
「呼んだかね」
うお。待ち構えていたかのように、クライブ神父が宿の陰から姿を現した。いや、おそらく本当に待っていたんだろう。向こうもまた、俺たちに会いに来たんだ。
「クライブ神父……」
「君たちも、私を探していたのか。ならば、ここで会ったのも何かの縁だろう。君たち、昼食は済ませたかね?」
「え?いや、まだだけど……」
「ならば、食事をしないか。この宿の一室にランチを用意させている。私もぜひ、諸君らと話をしたいと思っていたのだよ」
ほー、用意周到なこって。だがこちらとしても、願ったりかなったりだった。
「ええ。ぜひ、ご一緒させていただきたいな」
「そうか。では来たまえ」
クライブ神父はさっと踵を返すと、宿の中へと入っていく。フランが俺を見つめて、無言で「大丈夫?」と問いかけてくるが、俺はこくりとうなずいた。おそらく、これはチャンスだ。虎穴に入らずんば、ってやつだろう。
宿に入ると、クライブ神父は空いている一室に案内した。
「こっちだ」
う、相変わらずひどい匂いだ。ここで飯を食うのは正直気が引けるぜ……室内のテーブルには、あらかじめティーカップがいくつかと、コーン粥を入れた皿が並べられていた。そのうちの一席にクライブ神父が座ると、俺たちはおのおの適当な席についた。
「さて、さっそく談笑としゃれこんでもいいが、君たちはここまで走ってきて喉が渇いたのではないかね?まずは口の中を潤すといい」
クライブ神父はまだ息の整わない俺を見かねてか、先に茶を勧めた。確かに、走り続けて喉がひりついている。
「そーいうことなら、遠慮なく……」
俺はカップを手に取ると、そのふちに唇をつけた。そして、中身を傾け……
「きゃっ!」
「ぶっ!?ごほごほごほ!」
突然背後で悲鳴が上がり、俺は盛大にむせこんでしまった。
「あああ、ごめんなさい!天井からクモが下りてきて、私をすり抜けたもんですから、つい……」
叫んだ張本人のウィルはおろおろと、むせる俺の背中をさする。うひゃ、つ、冷たい。俺のこぼしたお茶は胸にかかって生温いもんだから、ウィルの冷たい手との温度差でぞわぞわする。何とか息を整えて、かがめていた背中を戻そうとした、その時だった。かすかにだが、シャツの下でチリンと音がした。
『飲んではいけません』
……!今の、間違いない。アニの声だ。あまりにも小さな声だったから、おそらく俺以外には聞こえていないだろう……
(飲んでは、いけない?このお茶をってことか?)
なんでまた……そのとき俺は、前にロアと王城で話したときにした、アニとの会話を思い出した。
(『私にはミスリル銀が使われているので、触れれば毒物の有無を判定できるのですよ……』)
俺は、はっとして自分の胸を見下ろした。俺のシャツの、ちょうどアニが下に隠してあるあたりが、噴き出したお茶でびっしょりと濡れている。まさか、これで判ったのか。
「大丈夫かね、君?」
いつまでも顔を上げない俺を見て、クライブ神父が心配そうな声をかけてくる。だが、断言してもいい。心配しているのは、外面だけだ……毒を盛った相手を、心の底から心配するはずがない。
「ええ、大丈夫です……」
俺は袖で口元をぬぐった。しかしこの状況、どうしたらいい。毒を盛られたのは確かだが、それを証明するには、勇者の証であるアニを取り出さないといけない。それはしたくないが、だとすると俺の直感で分かったとでも言うほかない。それじゃ俺のほうがヤバイやつだ。
「……けど、ちょっと服を濡らしちゃったんで、洗ってきていいっすか?少し待っててください!」
俺は返事も聞かずにガタタっと席を立つと、そのまま部屋を飛び出した。苦し紛れだったが、これで時間を稼げるぞ。俺は廊下のすみに小さなトイレを見つけると、そこに飛び込んだ。バタン!
「……ふぅ。ここでなら、盗み見されることもないな」
俺はシャツの下から、ぼんやり青く光るガラスの鈴を取り出した。
「アニ、詳しく説明してくれ。飲むなって、どういうことだよ」
『文字通りです。あのお茶には、サンドマン系モンスターの毒が混入されています。強力な睡眠毒です』
「睡眠毒……?睡眠薬みたいなものか?」
『はい。効き目は量によってまちまちですが、あのお茶を飲めば、数十分後には深い眠りに落ちるでしょう』
睡眠薬か……なるほど。クライブ神父は、俺たちを身動きできないようにしたいみたいだな。ここで重要なのは、殺したいんじゃなくて、あくまで自由を奪うってことだ。
「……俺の予想は、当たってるみたいだな」
『主様?』
「アニ。この毒、無効化することはできないか?解毒剤とか……」
『無効化……可能です。これだけ詳細な成分が分かっていれば、魔法で免疫を作れます』
「じゃあ、それを俺にかけてくれないか?クライブ神父に一芝居打とうと思うんだ」
『はぁ……いいでしょう、承知しました』
アニは呪文をぶつぶつとつぶやくと、青い光を放った。
『トードストーン』
俺の体が一瞬だけ青白く光る。光はすぐに消えたが、魔法は無事成功したようだった。
『これで、数時間はサンドマンの毒は効きません』
「オッケー。サンキュー、アニ。あとは、みんなに声を届けられるかな?クライブ神父にばれないように」
『かしこまりました。死霊たちとチャンネルをつなげます……はい、どうぞ』
よし。俺はアニを握りしめると、頭のなかで仲間たちに呼びかけた。
(みんな、聞いてくれ。クライブ神父が、睡眠毒を盛っている。俺たちが毒に引っかかったと見せかけるために、適当に飲み食いするふりをしてくれないか……)
「……うん、シンプルだがこれでいいだろ。すぐみんなのところに戻ろう」
『気を付けてください。あの神父、くせ者ですよ』
まったくだ。俺はアニをしまいなおすと、急いで部屋へと戻った。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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ウィルが、ひた走る俺の横を飛びながら叫ぶ。しかし俺はかぶりを振った。
「ごめん、まだ話せない!たぶんあってるとは思うんだけど、確証がないんだ!だから先に、それを確かめたい!」
「た、確かめたいって……どうやって?」
「今から、ある人に会いに行く!」
そのために俺たちは、町の中を走り抜けているのだ。町の人たちが何事かと振り返るが、いまさら気にするもんか。俺たちは矢のように疾走し、ついに御神堂の上の事務所へとたどり着いた。俺は乱暴に扉をたたく。
「クライブ神父!いないか!」
ドンドンとノックすること数回。扉の奥からバタバタという足音が聞こえてきたかと思うと、パッと戸が開かれた。
「うるさいわよ!なん、なの……」
戸を開けて現れたのは、灰色の髪の少女。ローズだった。
「あなたたち……!」
「ローズ!クライブ神父に会わせてくれないか」
「はあ?無理よ、神父は忙しいの。出直して」
ローズはすぐさま扉を閉めようとする。だが俺は手と足を差し込み、ローズに扉を閉めさせなかった。
「ちょ、ちょっと!なにすんの!」
「ローズ、頼むから話を聞いてくれ。大事なことなんだ。リンの、君の姉さんの身に関わるかもしれない」
リンの名前を出したとたん、ローズの顔色がさっと変わった。
「……なに、言ってるの?でまかせいうのもいい加減に……」
「嘘じゃない!でも、時間がないんだ!儀式が始まったら、もう手が出せなくなる!そしたら、リンはもう戻らなくなるかもしれないんだぞ!」
「わ、わけがわからないわ。どういうこと……?」
「頼む、リンを救うためなんだ!クライブ神父の居場所を教えてくれ!」
ローズは、俺の勢いに押されてかなり混乱していた。俺がダメ押しとばかりにぐっと身を乗り出すと、ローズはおずおずと言葉を漏らした。
「し、神父様なら、あなたたちの宿のほうへ向かったと思うけど……」
「マーステンの宿に?どうして?」
「し、知らないわよ。私はずっと、儀式の準備をしていたから……」
「そうか。わかった、ありがとうローズ!」
向こうから出向いているとは思わなかった。でも、それなら話が早い。俺は扉から手を放すと、あっけにとられるローズを残して、今度は宿のほうへと走り始めた。
「クライブ神父に会えば、すべてがわかるんですか?」
ウィルが俺に並走しながら言う。俺はうなずいた。
「ああ。きっとあの人が、すべてのカギを握っている……!」
御神堂と宿とを行ったり来たりしたので、マーステンの宿につく頃には俺の息はすっかり上がっていた。ライラはいつの間にか、ちゃっかりフランの背中におぶさっている。
「はぁ、はぁ……それで、神父はどこに……?」
「呼んだかね」
うお。待ち構えていたかのように、クライブ神父が宿の陰から姿を現した。いや、おそらく本当に待っていたんだろう。向こうもまた、俺たちに会いに来たんだ。
「クライブ神父……」
「君たちも、私を探していたのか。ならば、ここで会ったのも何かの縁だろう。君たち、昼食は済ませたかね?」
「え?いや、まだだけど……」
「ならば、食事をしないか。この宿の一室にランチを用意させている。私もぜひ、諸君らと話をしたいと思っていたのだよ」
ほー、用意周到なこって。だがこちらとしても、願ったりかなったりだった。
「ええ。ぜひ、ご一緒させていただきたいな」
「そうか。では来たまえ」
クライブ神父はさっと踵を返すと、宿の中へと入っていく。フランが俺を見つめて、無言で「大丈夫?」と問いかけてくるが、俺はこくりとうなずいた。おそらく、これはチャンスだ。虎穴に入らずんば、ってやつだろう。
宿に入ると、クライブ神父は空いている一室に案内した。
「こっちだ」
う、相変わらずひどい匂いだ。ここで飯を食うのは正直気が引けるぜ……室内のテーブルには、あらかじめティーカップがいくつかと、コーン粥を入れた皿が並べられていた。そのうちの一席にクライブ神父が座ると、俺たちはおのおの適当な席についた。
「さて、さっそく談笑としゃれこんでもいいが、君たちはここまで走ってきて喉が渇いたのではないかね?まずは口の中を潤すといい」
クライブ神父はまだ息の整わない俺を見かねてか、先に茶を勧めた。確かに、走り続けて喉がひりついている。
「そーいうことなら、遠慮なく……」
俺はカップを手に取ると、そのふちに唇をつけた。そして、中身を傾け……
「きゃっ!」
「ぶっ!?ごほごほごほ!」
突然背後で悲鳴が上がり、俺は盛大にむせこんでしまった。
「あああ、ごめんなさい!天井からクモが下りてきて、私をすり抜けたもんですから、つい……」
叫んだ張本人のウィルはおろおろと、むせる俺の背中をさする。うひゃ、つ、冷たい。俺のこぼしたお茶は胸にかかって生温いもんだから、ウィルの冷たい手との温度差でぞわぞわする。何とか息を整えて、かがめていた背中を戻そうとした、その時だった。かすかにだが、シャツの下でチリンと音がした。
『飲んではいけません』
……!今の、間違いない。アニの声だ。あまりにも小さな声だったから、おそらく俺以外には聞こえていないだろう……
(飲んでは、いけない?このお茶をってことか?)
なんでまた……そのとき俺は、前にロアと王城で話したときにした、アニとの会話を思い出した。
(『私にはミスリル銀が使われているので、触れれば毒物の有無を判定できるのですよ……』)
俺は、はっとして自分の胸を見下ろした。俺のシャツの、ちょうどアニが下に隠してあるあたりが、噴き出したお茶でびっしょりと濡れている。まさか、これで判ったのか。
「大丈夫かね、君?」
いつまでも顔を上げない俺を見て、クライブ神父が心配そうな声をかけてくる。だが、断言してもいい。心配しているのは、外面だけだ……毒を盛った相手を、心の底から心配するはずがない。
「ええ、大丈夫です……」
俺は袖で口元をぬぐった。しかしこの状況、どうしたらいい。毒を盛られたのは確かだが、それを証明するには、勇者の証であるアニを取り出さないといけない。それはしたくないが、だとすると俺の直感で分かったとでも言うほかない。それじゃ俺のほうがヤバイやつだ。
「……けど、ちょっと服を濡らしちゃったんで、洗ってきていいっすか?少し待っててください!」
俺は返事も聞かずにガタタっと席を立つと、そのまま部屋を飛び出した。苦し紛れだったが、これで時間を稼げるぞ。俺は廊下のすみに小さなトイレを見つけると、そこに飛び込んだ。バタン!
「……ふぅ。ここでなら、盗み見されることもないな」
俺はシャツの下から、ぼんやり青く光るガラスの鈴を取り出した。
「アニ、詳しく説明してくれ。飲むなって、どういうことだよ」
『文字通りです。あのお茶には、サンドマン系モンスターの毒が混入されています。強力な睡眠毒です』
「睡眠毒……?睡眠薬みたいなものか?」
『はい。効き目は量によってまちまちですが、あのお茶を飲めば、数十分後には深い眠りに落ちるでしょう』
睡眠薬か……なるほど。クライブ神父は、俺たちを身動きできないようにしたいみたいだな。ここで重要なのは、殺したいんじゃなくて、あくまで自由を奪うってことだ。
「……俺の予想は、当たってるみたいだな」
『主様?』
「アニ。この毒、無効化することはできないか?解毒剤とか……」
『無効化……可能です。これだけ詳細な成分が分かっていれば、魔法で免疫を作れます』
「じゃあ、それを俺にかけてくれないか?クライブ神父に一芝居打とうと思うんだ」
『はぁ……いいでしょう、承知しました』
アニは呪文をぶつぶつとつぶやくと、青い光を放った。
『トードストーン』
俺の体が一瞬だけ青白く光る。光はすぐに消えたが、魔法は無事成功したようだった。
『これで、数時間はサンドマンの毒は効きません』
「オッケー。サンキュー、アニ。あとは、みんなに声を届けられるかな?クライブ神父にばれないように」
『かしこまりました。死霊たちとチャンネルをつなげます……はい、どうぞ』
よし。俺はアニを握りしめると、頭のなかで仲間たちに呼びかけた。
(みんな、聞いてくれ。クライブ神父が、睡眠毒を盛っている。俺たちが毒に引っかかったと見せかけるために、適当に飲み食いするふりをしてくれないか……)
「……うん、シンプルだがこれでいいだろ。すぐみんなのところに戻ろう」
『気を付けてください。あの神父、くせ者ですよ』
まったくだ。俺はアニをしまいなおすと、急いで部屋へと戻った。
つづく
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