じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

3-2

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「ほっ、ひっ、ふぅ。意外とすんなりだったな……」

後ろを振り返ると、ちょうどすぐ背後に、あの半透明のヴェールがゆらゆらと揺れていた。どうやら詰め所の中を通って、ぐるっと迂回した形になったらしい。

「ああ、ドキドキしました。寿命・・が縮まるかと思いましたよ……」

ウィルが左胸をおさえながら言う。幽霊の寿命?

「まったくだ。けど、このパスさまさまだな。いいもんを貰ったよ、ほんとに」

以前、王国兵に追われていた頃に、一度だけ別の国へ逃げようとしたことがあったけど、思いとどまって正解だった。下手すると、兵隊に捕まるよりも面倒なことになっていたかもしれない。
無事に国境を越え、洞窟をしばらく進むと、急に道幅がぐっと広がった。天井も高くなり、木の根のような石柱が何本も垂れ下がっている。

「すごいな……鍾乳石のドームだ」

ホールのように広がった空間には、光の玉が街灯のように、支柱に支えられて何本も立っている。ちょっと小洒落た公園みたいな雰囲気だ。洞窟の闇と光の白が神秘的なコントラストを描いている。

「でも、こんなに広いスペース、なんに使うんだろうな?」

「馬車が通るにしては広すぎますな」

その答えを求めて照明の間を進んでいると、前方に円形の広場が見えてきた。そこだけ洞窟の床が掘り下げられており、敷石がひかれている。明確に他と区別されているな。ひょっとして、ここのためにスペースを確保したのか?だったらこの広場は、ただの広場じゃあないぞ。
その広場の手前には、灰色のひげを生やした初老のおじいさんが佇んでいた。一見すると浮浪者のようだが、この空間の雰囲気のせいで、ただの老人も高名な魔法使いか何かに見える。じいさんは俺たちの姿をちらりと見止めると、酒焼けしたガラガラ声で話しかけてきた。

「旅人さんたち、トラベルゲートはいかがですかい?」

「へ?なんだって?」

素っ頓狂な声で返すと、じいさんは歯の抜けた顔でにんまり笑う。

「おや、初めてですかい。そんなら、是非とも味わっておかねぇと。三の国名物、国境のトラベルゲート!これさえ使えば、主要な町までひとっとび。面倒な移動は必要なし、安心安全の最速旅行が、たったお一人十セーファで利用できちまうんですだ」

「えー!そりゃすごいな」

要は、ワープ装置みたいなもんってことだろ?すごい、さすが魔法大国だな!

「使ってみたいな!みんなもいいだろ?楽そうだし」

俺の勢いに負けたのか、仲間たちはこっくりうなずいた(ライラだけはノリノリだったが)。

「決まりですかね。では、まずは行き先を選んでくだせえ」

じいさんは揉手をすると、つま先でコツコツと床石を叩いた。あ、よく見ると石に文字が書いてある。照明に照らされたその文字は、広場の形に添って円形に刻まれていた。読んでみると、町の名前と、その特徴を紹介している……“魔力と神秘に満ち溢れた首都・ヘリオポリス”“シェオル島まで一番の近道。海の玄関口・ディオの港”“古の魔法の息づく古都・レイブンディー”……などなど。

「は~……いろいろ行けるんだな。なぁ、どこにする?」

「初めてでしたら、まずは首都のヘリオポリスをお勧めしやすがね」

じいさんが円形に並んだ町の中から、一つを足で示した。

「首都か……まあでも、国を知るのには首都が一番いいかもしれないな」

首都なら情報も多いだろうし。そこで興味のある町が見つかったら、そこへ移動すればいいんだ。それに、マスカレードについても何かわかるかもしれない。俺たちは目的地を首都・ヘリオポリスに決めた。

「あい、かしこまりました。それでは、お一人につき十セーファいただきやすよ」

ウィルとアニを除いて、俺たちは四人パーティだ。銀貨四枚をじいさんに払う。うぅ、結構高くついたな……しかし、ワープゲートなんてものを試すチャンスは逃せないだろう。ワープなんて、小さな頃から夢みたいだと思ってたけど、まさかこんなところで体験できるとは。ワクワクするな!

「あい、確かに。それでは、まんなかの方に寄っといてくだせえな。なるべく真ん中ですよ」

俺たちは言われた通り、広場の中心に固まった。その間に、じいさんは大きな薬瓶をよいしょと担ぐと、その中身を広場のふちに沿って、よろよろ、ちょろちょろとこぼし始めた。おいおい、落っことしたりしないだろうな?瓶からは白とも琥珀色ともとれる、不思議な色の液体が流れ出ている。魔法の薬か何かか?

「ほい、準備完了だ。ほかにお客さんもいないし、とっとと始めましょうかね」

始めるって、なにを?俺がそうたずねる前に、じいさんは声高に叫んだ。

「ヘリオポリス行き、しゅっぱーつ進行ー!」

ブゥン!わ、いきなり足元に、魔法陣が広がった。魔法陣は円形の広場いっぱいに浮かび上がり、雪のように白く輝いている。すると奇妙なことに、体がいやに軽くなった。なんだ?全身が風船にでもなったみたいだ。

「あ、あれ?」

「え?こ、これって……」

みたいじゃなくて、ほんとに浮いてないか!?うわっ、足が地面につかない!俺たちは無重力空間にいるみたいに、ふわふわと宙に浮かんでいた。

「お、おお?みんな、大丈夫か?」

「きゃはは!すごーい!」

少なくとも、ライラはへっちゃらみたいだな。フランとエラゼムの二人も、さすが、全く動じていない。ウィルが勝手に浮かび上がるスカートを必死におさえているのを見るに、霊体にも効果が及んでいるようだ。うぅ、ちょっと見えちゃったよ……気まずい。

「うわっ!」

なんだ?今度は全身が、真っ白に光り始めた!それと同時に、魔法陣もさらに強い光を放つ。あまりのまぶしさに、目を開けていられない。視界がすべて白で塗りつぶされていく。洞窟が、仲間の姿が、そして自分すらも光のみこまれ……

次に目を開けた時には、俺は全く見知らぬ町の中にいた。

「ここは……?」

俺は周囲を見渡す。石畳が敷かれた道の真ん中で、俺はへたり込んでいた。すぐそばには、同じような格好の仲間たちもいた。と言っても、フランは軽く屈むだけで、エラゼムに至っては真っ直ぐに立っていたけど。ふむ、無様なのは俺だけか……ライラもだな。はしゃぎすぎだ、どうやったらでんぐり返しの姿勢になるんだ?
だがどうやら、ワープは無事成功したらしい。

「ってことは、ここが三の国の首都、ヘリオポリスか」

ヘリオポリスは、石造りの灰色の町だった。とにかく建物の背が高い。立ち並ぶ家々は最低でも二階建て、中には三階建てのものも見える。その分家自体はコンパクトなようだから、狭い土地を最大限活用した結果なのかもしれない。今俺たちがいるのは石畳の大通りのような場所で、道を挟んで細長い家々がずらーっと並んでいる。そのはるか先には、巨大な塔がそびえたっていた。すごい高さだ……前の世界の高層ビルと比較しても、いい勝負になりそうだ。

「見てみろよ、あの塔。すっげーでっかいな」

「うわー、ほんとだ!」

ライラが塔を見てはしゃいだ声を出す。あの塔、登れたりすんのかな?階段が大変そうだけど、ちょっと興味あるな……

「ん、おや。君たち、旅人さんたちかい?」

うん?ふいに声が掛けられる。若く、陽気な声だ。
俺たちに声をかけてきたのは、白いシャツにサスペンダーズボンの、ハンサムな青年だった。首元には赤い蝶ネクタイを締めている。ほほー、ずいぶん小洒落た格好だな。

「そうだけど、あんたは?」

「突然すまない。僕はミルコ。この町のガイドをしているんだ。よかったら、僕が一日十セーファで案内するけれど?」

「うっ、また十セーファか……」

ガイドはありがたいけれど、さっきワープで出費したばかりだからな……

「その、実は俺たち、あまり財布に余裕がなくて……」

「そうなのかい?だったら、八セーファにまけるよ」

「八……」

微妙な数字だ。初めての町で迷子になる手間と、どっちのほうがいいか……するとフランが、ずいっとミルコの前に進み出た。

「そこまできたんなら、いっそスパッと五まで落としてよ」

「えぇ?そんな無茶な……」

そこまで言って、ミルコは口をはたとつぐんだ。そして、フランの顔をじっと見つめる……

「……あっはっは!わかった、負けたよ。僕は美人に弱いんだ。五セーファで請け負おう、どうだい?この町は道が入り組んでいるから、ガイドがいたほうが有意義な一日にできると思うよ」

おお、半額になった。フランの器量がまた役に立ったな。うん、それなら頼んでみてもいいかも。

「そこまで言うなら、お願いできるか。ミルコさん?」

「そうこなくっちゃ。よろしく、なんと呼べばいいかな?」

「俺は桜下だから、桜下でいいよ」

「わかった。ではよろしく、桜下。それじゃあさっそく、この町を案内しよう。桜下たちは、どこか行きたいところだとか、見てみたいものだとかはあるかい?」

「見てみたいものか……」

「はいはいはいはい!ライラは、まほーに関するものが見てみたい!」

俺を押しのけて、ライラがぴーんと手を伸ばした。ずいぶんアバウトなオーダーだったけど、ミルコはよし来たとばかりにうなずく。

「オッケー、魔法関連のスポットだね。安心してよ、お嬢さん。この町には、一日じゃとても見切れないほどの魔法の研究所があるけど、その中でも僕のおすすめを案内してあげるから」

ミルコはウインクすると、俺たちの前を歩き始めた。


つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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