じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

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「あっはははは!それで風の守護する都ってことになったのね。すごいなぁ、王女さま……きっとさぞ威厳があったんでしょうね……」

サラは俺の話を聞き終わると、うっとりとした表情で天井のランタンを見つめた。今ごろ頭の中で、ロアが演説するさまを思い描いているのだろう。

「はぁ~……やっぱり旅人さんのお話は面白いわ。とっても楽しかった!」

「そっか。そりゃよかったよ」

「うん!ごめんね、お礼らしいお礼もできないけど。あたしはあなたたちみたいに、面白い話も知らないから。ほら、こんな田舎だし」

「そうか?俺たちだって、普通に日々を過ごしているだけのつもりなんだけどな。それだったら、ここの町のことを教えてくれよ」

「え?見てのとおり、麦と畑しかないけど」

「そんなこともないだろ。町全体がセピア色でお洒落だし、あちこちでパンの匂いがするのもいい所じゃないか?」

「え~?うーん、そんな風に考えたこともなかったなぁ……よその人から見たら、そう感じるのかしら。いいなぁ、あたしはこの町から一歩も外に出たことないもの」

サラはふてくされたように、唇を尖らせた。

「サラは、ずっとこの宿にいるのか?」

「うん、実家だからね。子どものころからずーっとお手伝いよ。だからお店による人たちの話を、絵本代わりに聞いて育ったんだ……その中に、何か面白いのが……あ!」

サラは手をポンと打つと、がたっと椅子を傾けて前のめりになった。

「一つあったわ、この町のお話。この町の由来についての言い伝えなんだ」

「へー、どんななんだ?」

「ふっふっふ、それはね……ヴァンパイア、らしいの」

「へ?ヴァンパイアって、あの?」

俺は口元に人差し指で、牙を作って見せた。サラはにやりと笑ってうなずうく。

「そう。あの恐ろしいモンスター、アンデッドの王と呼ばれる、あれよ……」

サラはおどろおどろしい声色を作りながら語る。くくく、俺以外の仲間がみんなアンデッドだって知ったら、サラはどんなリアクションをするだろうか。

「かつてここには、一人のヴァンパイアが住み着いていたらしいわ。そして満月の夜になると、町の人を一人さらっていくの。その人は翌朝には、体中の血がすっかり抜かれた死体となって発見されたんだって……」

「うわぁ……」

「怖いでしょう?でも、相手はとっても強いモンスターだからね。誰も歯が立たないの。町の人たちは、毎晩震えて眠ることしかできなかったんだって。で、そんなある日、ある一家が晩御飯の支度をしていると、そこに突如としてヴァンパイアが現れたの!」

「うわ!あれだろ、逆にお前たちを晩御飯にしてやろう、みたいな……」

「ちょっと、話の腰を折らないでよ!まったくもう……それでね、突然現れたヴァンパイアに家族が震えていると、ヴァンパイアは鼻をひくひくさせながらこう言ったんですって。『うまそうな匂いだな、いったい何を焼いているんだ?』って」

「え?ヴァンパイアが、か?」

「そう。きっと、美食家の吸血鬼だったのね……で、家の人はこう答えるの。『これは、パンを焼いているのです』。家の人たちがヴァンパイアにパンを差し出すと、ヴァンパイアは珍しそうにパンを見て一口かじり、『こんなうまいものは初めて食べた!よし、これからはこのパンをささげれば、住民を襲わずにおいてやろう』っていうわけ」

「ええ?まさか」

「それで町中がパン作りの研究に勤しむようになり、おいしいパンを求めて、ついには小麦まで一から作るようになったんだって。その影響で、この町は有数の小麦の名産地になったんだってさ」

「それは、なかなか……すごい伝説だな」

俺が喉に小骨が引っかかったような顔でそういっても、サラはとくだん気にせずに笑った。

「あっははは、やっぱりそう思う?でもね、そん時のレシピとか日記みたいなのが、町の資料館に残ってるんだよ。だからきっと、そんなような話があったことは事実なんだよね。相手がヴァンパイアかどうかは、わからないけど」

「そうだな……それも、美食家の、だな?」

「うふふ、でも素敵な話だと思わない?剣や槍じゃなくて、パンでヴァンパイアをおとなしくさせるなんて、とってもロマンチックよね。力で屈服させるより、胃袋を先に屈服させる……あ、そうそう!パンといえば、この町には名物のパンがあるんだ。吸血鬼伝説にこじつけて、なんとチュパカブラの脳みそを……」

サラが楽しそうに、よくわからないパンの説明をしようとした時だった。
ズシーン!
俺たちはそろって、音のしてきた方に振り返った。建物の奥から、重々しい足音が近づいてくる。どうやら厨房へと続く戸口から、誰かが歩いてきているらしい……

「あ。やば……」

サラがしまったという顔をした。そしてその直後に、戸口からぬぅっと大男が現れた!あ、ちがう。体は大きく、真っ黒に日焼けしているけど、女の人だ。恰幅のいいおばちゃんは、日焼けした目じりを細めながら食堂を見回し、俺たちのテーブルにかちりと目を止めた。その瞬間、サラがさっと耳をふさぐ。

「くぉらああ!!!!サラ、またお客さんに構ってもらってたねぇっっっっっ!!!!」

ぐわ、声量で椅子からぶっ飛びそうになった……サラの三倍は声がでかいぞ……

「あ、あはは。やだな母さん、ちょっとした世間話じゃない……」

「嘘をお言い!ジュリオが教えてくれたよ、おねーちゃんがまたサボってるってね!」

「ち、あいつめ……」

サラは小声で舌打ちすると、ぴょんと椅子から立ち上がった。

「ごめんね、旅人さん!あたし、ちょーっと行かなきゃマズイみたいだから、もう行くね!いい夜を!」

「あ、お、おう」

言うが早いか、サラはテーブルの間を駆け抜け、母親らしいおばちゃんの元まで走っていった。サラとおばちゃんはやいのやいのと言い合いながら、厨房の奥へと消えていく。それを見た酒場の客たちは、声をそろえて大声で笑った。わはははは!

「……やれやれ、ずいぶんにぎやかな宿を選んじまったみたいだな」

俺が食いかけだったパンを口に放り込みながら言うと、エラゼムが楽しそうにうなずいた。

「ふふふ、そのようですな。しかし、いい店ではありませぬか?みな楽しそうで、居心地がいい」

「うん。それには賛成だ」

前におとずれたサイレン村の酒場とはえらい違いだ。あそこはひどかったなぁ、できれば二度と行きたくはない……旅をしていると、いろいろな店に出会う。いい店、悪い店……時にははずれを引くこともあるけれど、今日みたいにあたりに出会うときもあるんだ。これも旅の醍醐味なのかもな。なんてことを、俺は笑い声の中でぼんやり考えていた。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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