じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
13-2
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「王城の兵士たちがきちんと城壁で食い止めていれば、こんなにひどいことにはならなかったんだ!怠慢だ!王城は我々に謝罪しろー!」
声を発しているのが何万人のうちの誰かはわからなかったが、その意見に賛同の声をあげる者は少なからずいた。
「そうだそうだー!」
「俺たちは金なんかでごまかされないぞー!」
「誠意を見せろ、誠意をー!」
ロアは歯がみをした。ああいう声の大きな連中は、まず真っ先に補てんを要求する。だから先手を打って手当の話をしたと言うのに、結局は声を荒立てなければ気が済まないんじゃないか。
しかし、町民の意見にも一理あるのも事実だ。王都の守りが手薄になったのは、他ならぬロアが、逃した勇者を追うために大量の兵の出兵を指示したからなのだから。
「……諸君らに被害が出てしまったのは、私としても痛恨の極みだ。王城としても、諸君らに最大限の配慮をさせてもらう。しかし、暴動を起こした首謀者は、繰り返すがハルペリン卿その人だ。王城はかの者に犯した罪の大きさを思い知らせ、然るべき刑を処すつもりだ」
ロアの言葉に、何割かの町民は納得したそぶりでうなずいた。彼らの恨みの矛先は、此度の争いの首謀者へと向いている。しかし、全員が全員そうだというわけでもない。
「論点をすり替えるなー!我々が求めているのは、王みずからの謝罪だー!」
再び上がった叫び声に、ロアは顔をこわばらせた。このような発言、時が時であれば不敬罪で逮捕されてもおかしくはない。しかしこれだけの騒ぎが起こった今この時だけは、ロアとしても強気に出ることができなかった。おそらく叫んでいる町民も、王女の弱気な姿勢を理解しているのだろう。
「も、もちろん、私としても、諸君らを守り抜けなかったことは申し訳なく思っている。しかし、それでも王城兵は暴動を鎮圧し、反逆者を捕らえたわけで……」
「そもそも、暴動の原因は王城にあるんじゃないのかー!」
「っ!」
ぎくりと、ロアは身じろぎした。王女の狼狽は、攻め口を探す町民にとって格好の標的であった。
「だいたい、勇者はどこだ!?王城は勇者を取り逃がしたんじゃないのか!そんなんだから、反乱がおこったんじゃないのかー!」
核心を突く一言だった。今回の一連の騒動の全ての発端は、ロアが、王城が勇者をみすみす逃がしてしまった事だ。
「…………」
ロアの脳裏を、様々な考えが駆け巡る。今この場で、あの勇者……桜下の詳細を知っているのは、ロアだけだ。ロアがここで口をつぐめば、町民たちに勇者を逃がしたことはばれない。さらに手中に収めたとでも言ってしまえば、地に落ちた王女の権威を取り戻すことができるかもしれない。桜下は、その可能性すらもロアに託していった。後は、ロアが選択するだけである。
「どうしたー!なぜ答えないんだー!」
町民たちが口々にロアの回答をせっつく。
「すぅ……」
ロアは深く息をし、決意を固めた。ロアの下した決断、それは……
「……諸君らの、言う通りだ。王城は……私は、勇者を捕らえることができなかった」
ロアの傍らで、鎧と包帯に身を包んだエドガーが悔しそうに唇をかんだ。ロアの一言に、集まった町民たちはにわかに色めきだった。
「逃がした……?やっぱりあの噂は本当だったんだ!王家は、勇者を管理しきれなかった!悪の勇者を取り逃してしまったんだ!」
町民たちは確信した。この王都で数日間に流布された、“王城から凶悪な勇者が脱走した”という噂。王家は知らぬ存ぜぬを通していたが、それがその場しのぎであったことを、だ。
「だましていたのか!俺たちを!」
「じゃあ、今もどこかにいるかもしれないの?あのセカンドのような、恐ろしい勇者が!」
「どうするつもりなんだ!またこの国が荒らされてしまうかもしれないんだぞ!」
今度は特定の誰かに限らず、誰もが口々に非難の声を上げた。ロアは慌てて口を挟む。
「しょ、諸君らの言いたいことはわかる。しかし、我々は……」
「言い訳をするなー!また嘘をつくつもりかー!」
ロアの反論は、ぴしゃりと跳ねのけられた。
「いったい、何がどうなっているのよ!もうわけがわからないわ!」
「すべてを、きちんと説明してくれ!我々はそのために集まったんだ!」
「ふざけんじゃねえ!嘘つき王女め!お前なんかやめちまえ!」
「うわーん!うわーん!」
町民たちは次第にヒートアップし、怒声が矢のように飛び交う。熱狂のどこかで子どもがはぐれてしまったのか、母親を呼ぶ声がする。しかしそれも、ロアに呪いの言葉を吐く怒鳴りにかき消されてしまった。怒りを露わにする大人たちに、子どもたちは怯え、泣き出す。無数の叫び声はないまぜになって、灰色の雑言として、広場をビリビリ震わせていた。
「ろ、ロア様……」
あまりに異様な空気に、エドガーが不安そうな顔でロアの名を呼ぶ。そのロア本人も、町民たちの勢いに圧倒されていた。勇者に対して町民たちが抱える鬱憤を、ロアは測り間違えていた。王城からの根回しによって、比較的勇者に寛容的なはずの城下町の住人が、まさかここまで激しく城を、ロアを糾弾するとは思っていなかったのだ。
(ど、どうしよう……)
ロアは奥歯を噛みしめた。考えが浅はかだったか?これではこちらの説明も聞いてもらえない。そうなっては、ロアの真意も伝えることができない。町民たちの怒りに飲まれ、ロアは女王の椅子を追われてしまう……
「……真意……?」
その時、ロアの頭の中に、ある少年の言葉がよみがえってきた。
(……あん時のあんたの言葉は、それこそ魂から叫んでるみたいだった。けど今のあんたの言葉は、まるで他人がしゃべらせてるみたいだ。そんなのに付き合えるほど、俺はお人好しじゃない……)
「魂からの、言葉……」
ロアは唇を舐めた。口先だけの言葉では、この場を切り抜ける事すらままならない。町民たちは、本気で怒り、本気で恐怖し、本気で答えを求めている。その本気の叫びに応えるには、ロアもまた、本気の言葉で語らなければならないのだ。
「っ!」
「えっ!ろ、ロア様!?」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「王城の兵士たちがきちんと城壁で食い止めていれば、こんなにひどいことにはならなかったんだ!怠慢だ!王城は我々に謝罪しろー!」
声を発しているのが何万人のうちの誰かはわからなかったが、その意見に賛同の声をあげる者は少なからずいた。
「そうだそうだー!」
「俺たちは金なんかでごまかされないぞー!」
「誠意を見せろ、誠意をー!」
ロアは歯がみをした。ああいう声の大きな連中は、まず真っ先に補てんを要求する。だから先手を打って手当の話をしたと言うのに、結局は声を荒立てなければ気が済まないんじゃないか。
しかし、町民の意見にも一理あるのも事実だ。王都の守りが手薄になったのは、他ならぬロアが、逃した勇者を追うために大量の兵の出兵を指示したからなのだから。
「……諸君らに被害が出てしまったのは、私としても痛恨の極みだ。王城としても、諸君らに最大限の配慮をさせてもらう。しかし、暴動を起こした首謀者は、繰り返すがハルペリン卿その人だ。王城はかの者に犯した罪の大きさを思い知らせ、然るべき刑を処すつもりだ」
ロアの言葉に、何割かの町民は納得したそぶりでうなずいた。彼らの恨みの矛先は、此度の争いの首謀者へと向いている。しかし、全員が全員そうだというわけでもない。
「論点をすり替えるなー!我々が求めているのは、王みずからの謝罪だー!」
再び上がった叫び声に、ロアは顔をこわばらせた。このような発言、時が時であれば不敬罪で逮捕されてもおかしくはない。しかしこれだけの騒ぎが起こった今この時だけは、ロアとしても強気に出ることができなかった。おそらく叫んでいる町民も、王女の弱気な姿勢を理解しているのだろう。
「も、もちろん、私としても、諸君らを守り抜けなかったことは申し訳なく思っている。しかし、それでも王城兵は暴動を鎮圧し、反逆者を捕らえたわけで……」
「そもそも、暴動の原因は王城にあるんじゃないのかー!」
「っ!」
ぎくりと、ロアは身じろぎした。王女の狼狽は、攻め口を探す町民にとって格好の標的であった。
「だいたい、勇者はどこだ!?王城は勇者を取り逃がしたんじゃないのか!そんなんだから、反乱がおこったんじゃないのかー!」
核心を突く一言だった。今回の一連の騒動の全ての発端は、ロアが、王城が勇者をみすみす逃がしてしまった事だ。
「…………」
ロアの脳裏を、様々な考えが駆け巡る。今この場で、あの勇者……桜下の詳細を知っているのは、ロアだけだ。ロアがここで口をつぐめば、町民たちに勇者を逃がしたことはばれない。さらに手中に収めたとでも言ってしまえば、地に落ちた王女の権威を取り戻すことができるかもしれない。桜下は、その可能性すらもロアに託していった。後は、ロアが選択するだけである。
「どうしたー!なぜ答えないんだー!」
町民たちが口々にロアの回答をせっつく。
「すぅ……」
ロアは深く息をし、決意を固めた。ロアの下した決断、それは……
「……諸君らの、言う通りだ。王城は……私は、勇者を捕らえることができなかった」
ロアの傍らで、鎧と包帯に身を包んだエドガーが悔しそうに唇をかんだ。ロアの一言に、集まった町民たちはにわかに色めきだった。
「逃がした……?やっぱりあの噂は本当だったんだ!王家は、勇者を管理しきれなかった!悪の勇者を取り逃してしまったんだ!」
町民たちは確信した。この王都で数日間に流布された、“王城から凶悪な勇者が脱走した”という噂。王家は知らぬ存ぜぬを通していたが、それがその場しのぎであったことを、だ。
「だましていたのか!俺たちを!」
「じゃあ、今もどこかにいるかもしれないの?あのセカンドのような、恐ろしい勇者が!」
「どうするつもりなんだ!またこの国が荒らされてしまうかもしれないんだぞ!」
今度は特定の誰かに限らず、誰もが口々に非難の声を上げた。ロアは慌てて口を挟む。
「しょ、諸君らの言いたいことはわかる。しかし、我々は……」
「言い訳をするなー!また嘘をつくつもりかー!」
ロアの反論は、ぴしゃりと跳ねのけられた。
「いったい、何がどうなっているのよ!もうわけがわからないわ!」
「すべてを、きちんと説明してくれ!我々はそのために集まったんだ!」
「ふざけんじゃねえ!嘘つき王女め!お前なんかやめちまえ!」
「うわーん!うわーん!」
町民たちは次第にヒートアップし、怒声が矢のように飛び交う。熱狂のどこかで子どもがはぐれてしまったのか、母親を呼ぶ声がする。しかしそれも、ロアに呪いの言葉を吐く怒鳴りにかき消されてしまった。怒りを露わにする大人たちに、子どもたちは怯え、泣き出す。無数の叫び声はないまぜになって、灰色の雑言として、広場をビリビリ震わせていた。
「ろ、ロア様……」
あまりに異様な空気に、エドガーが不安そうな顔でロアの名を呼ぶ。そのロア本人も、町民たちの勢いに圧倒されていた。勇者に対して町民たちが抱える鬱憤を、ロアは測り間違えていた。王城からの根回しによって、比較的勇者に寛容的なはずの城下町の住人が、まさかここまで激しく城を、ロアを糾弾するとは思っていなかったのだ。
(ど、どうしよう……)
ロアは奥歯を噛みしめた。考えが浅はかだったか?これではこちらの説明も聞いてもらえない。そうなっては、ロアの真意も伝えることができない。町民たちの怒りに飲まれ、ロアは女王の椅子を追われてしまう……
「……真意……?」
その時、ロアの頭の中に、ある少年の言葉がよみがえってきた。
(……あん時のあんたの言葉は、それこそ魂から叫んでるみたいだった。けど今のあんたの言葉は、まるで他人がしゃべらせてるみたいだ。そんなのに付き合えるほど、俺はお人好しじゃない……)
「魂からの、言葉……」
ロアは唇を舐めた。口先だけの言葉では、この場を切り抜ける事すらままならない。町民たちは、本気で怒り、本気で恐怖し、本気で答えを求めている。その本気の叫びに応えるには、ロアもまた、本気の言葉で語らなければならないのだ。
「っ!」
「えっ!ろ、ロア様!?」
つづく
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