じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

11-1 決別と協力

11-1 決別と協力

シー…………ーン。
部屋の空気が、一瞬で凍り付いた。ロアは美しい顔を石のように強張らせたまま固まっている。ウィルが口をパクパクさせて必死に何かを訴えているが、俺は無視して、金貨の入った袋をずいと押し返した。

「今言った特典は、確かに悪い話じゃなかった。けど、俺はもう“勇者”をやめるって決めたんでね。なのにいまさら、勇者でーすなんて名乗れないよ」

「……それは、どういう意味だ?勇者とは、特定の職業のことではない。いわば、そなたの存在そのものが勇者なのだぞ。やめるといって、やめられるものでは……」

「いいや。俺は、俺だ。俺は、あんたが求めるような勇者像をかたどるつもりはないよ。そんなやつを、勇者とは呼べないだろ?」

バン!エドガーが立ち上がり、テーブルに激しく手をついた。

「貴様ぁ……気を付けて発言をしろよ。発言いかんでは、冗談では済まされんぞ……!」

「俺は大まじめだ。勇者をするつもりは、ない」

エドガーの手が、そろそろと腰に伸びていく。怪我人だってのに、エドガーの腰には短剣が差してあった。ガチャリと鎧を鳴らして、エラゼムも背中の剣に手を伸ばす。一触即発、ピリリとした空気があたりを包み込んだ。

「……詳しく、その理由を聞かせてくれぬだろうか」

ロアが、高ぶる感情を無理やり抑え込んだような、いやに静かな声で言った。

「私の提案に、なにか足りないものがあっただろうか?もしも不満があるのなら、教えてほしい。可能な限り善処しよう」

「いや、あんたの話は魅力的だったって。けどさ、何を提示されても、俺は勇者にならないよ」

「……だから、その理由を申せとッ……!……言って、いるのだが」

「理由、か。簡単に言えば、俺はもうこんな戦いうんざりなんだよ。こんなってのは、人がいっぱい死ぬようなことな」

「今回の、ハルペリンとの戦いのことか?」

「ああ。俺たちが、結果的にあんたたちを助ける形になったのは、言っちまえばたまたま、偶然だ。たまたま王都での戦いのことを聞いて、たまたま人がいっぱい死ぬかもしれないことを知って、たまたま会った人にあんたを守れって頼まれて、たまたま敵がゲス野郎だったからこうなっただけのことさ」

「……その発言だと、そなたにとっては、どちらが勝っても構わなかったという風にも聞こえるが……?」

「そうとってくれて構わないよ。俺たちはどっちかの味方をしに行ったんじゃなくて、死人を出さないように動き回ってただけなんだから」

「……まぁ、どちらの敵味方かは、今は置いておこう。しかし、勇者になることと、そなたの死人を出さぬようにするという理念は、必ずしも異なる道ではないと思うのだが。そなたが勇者となって戦うことは、この国の大勢の民を救うこととなるのだぞ」

「でもそうなったら、俺たちは戦争に投入されることになるんだろ?そしてそこで、敵である魔物をいっぱいぶっ殺すことになる」

「そうだ。敵は人間ではなく、魔族だ。やつらは怪物であり、我々人類の敵で……」

「そうかな。俺の仲間は、俺以外全員アンデットだ。つまり、みんな魔物ってことになるんだけど」

俺の一言に、ロアは口をつぐんだ。

「……すまない、失言だった。私が言いたいのは、人間に仇なす魔物を倒すという意味で……」

「けど、魔物だって生きてるだろ。あいつらだってたぶん、百パーセント悪意で人間と戦ってるわけじゃないんじゃないか?今回の戦いだって、兵士たちはみんなそれぞれ、いろんな理由があって剣を握ってたんだ。けど誰一人だって、死んでもいいなんて思ってるやつはいなかったはずだぜ」

「……では、そなたは!我々が魔物どもに蹂躙されようが、どうでもいいというのか!?」

「そんなことは言ってないだろ。俺はただ、人だろうが魔物だろうが、殺しはしたくないってだけだ。自分勝手な意見だろ?戦争のさなかでそんなこと言っても、お偉いさんは聞いてくれないだろ?だから俺は、勇者になれないんだ」

「……ま、まて。わかった、ではそなたたちが参加する戦いにおいては、極力死者がでない作戦を練るよう、兵隊長たちに指示しよう。それならば……?」

「いいよ、他人の手を煩わせてまでワガママを通したいわけじゃないし。俺たちは俺たちで勝手にやってるだけだからな。あんたたちを俺たちのやり方に巻き込もうとは思わないよ」

「…………」

ついにロアは、二の句が継げなくなってしまったようだ。しばらくぽかんと口を開けていたが、気が抜けたように背もたれに寄りかかると、ずるずるとうなだれてしまった。

「……悪いな、王女さま」

さすがに気の毒になって、俺は一言添えた。ロアは俺の言葉を聞きたくないというように首を振ると、片手で顔をつかむように覆い隠した。

「……くそが。いっそのこと、見殺しにしてくれればよかった」

「え?」

「だったら……だったら、なぜ!なぜ私を助けたのだ!」

ロアは顔を隠したまま、大声で叫んだ。

「いっそのこと、そのまま傍観していればよかったではないか!あそこで死んでいれば、それならば、余計な期待など抱くこともなかったのに!」

「お、おいおい。まさか、さすがにそんなことは……」

「そうだろう!これ以上、どうしろというのだ!反乱軍を倒しても、また再び勇者が野放しにされてしまっては……」

そこまで叫ぶと、ロアは突然、はっとしたように体を起こした。な、なんだ?その目はぎょろっと見開かれ、俺の顔を穴が開くほど見つめている。

「ね、ねえ。お前まさか、さっきの話を聞いて、同じことしようとは思ってないでしょうね?」

「え?さっきのって……」

「お願い、それだけはやめて。お願いよ!」

ロアは突然立ち上がると、よろよろと俺のほうへ近づいてきた。フランがさっと身を乗り出し、俺とロアの間に入る。するとロアは、がくりと床に膝をついた。

「お願い……なんでもする、お金でもなんでもあげるから……あいつと同じ事だけは……」

ロアはあろうことか、床に伏して土下座に近い恰好をした。エドガーが大慌てで立ち上がり、ロアのそばにかがみこむ。

「ろ、ロア様!おやめください……!」

「たのむ……お願い……それだけは、それだけは……」

ひたすら懇願するロアを見て、フランがぐっと身を引いた。

「狂ってる……この人、おかしいよ」

「んー……」

錯乱するロアは、確かに傍から見れば常軌を逸している。けど、なぜだろう……俺には、こちらのロアのほうが、本当の姿なんじゃないかと思えたんだ。

「……ロア。そこまで言うんだったら、あんたの、本心を教えてくれないか?」



つづく
====================

読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

====================

Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。

↓ ↓ ↓

https://twitter.com/ragoradonma

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品