じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
6-3
王都へと続く隠し通路は狭く、照明も松明掛けもない簡素な作りだった。
「やっぱり暗いな……アニ、道明かりを頼めるか?」
『承知しました』
アニから差す明かりを頼りに、俺たちは一列になって通路を進んだ。先頭を行くエラゼムは慎重に歩を進めていったが、幸い罠の類は見当たらなかった。そのまま俺たちは、地下水道らしきところへ抜けた。レンガ造りのトンネルにはさらさらという水音と、湿った臭いが充満している。さらにそこを進むと、やがて一つの鉄扉が見えてきた。
「あ。みろよ、ここ。扉が開きっぱなしだ」
『前にここを通ったものは、よほど慌てていたようですね……』
その扉を抜けると、地上への階段が見える。そこを上って、俺たちは町の一角にこっそりと紛れ込むことに成功した。俺はあたりを見回す。
「ここが、王都……」
俺からしたら、ほとんど初めてみたいなものだ。誰一人姿はなく、空気は乾いて焦げ臭い。いつもであれば賑やかで、あのラクーンに負けないくらい活気に満ちた町なんだろう。しかし、今は……
「なあ、アニ。きっと普段は、ここはすごく華やかな町なんだろうな?」
『ええ。なんといっても、華の王都ですから……今は夜ですが、日中はそれは多くの人が行き交うのですよ』
「でも、今はだれもいないな……みんな、どこに行ったんだろう」
『家にこもっているのではないですか?外は危険でしょう』
アニの意見に、エラゼムが一言付け加える。
「それに加えて、どこか安全な場所に避難しているのやもしれません。火の手が上がっていますから、どこかで火災が起きているのでしょう」
「火災……ちっ、サイレン村に引き続いてだな。どうしよう、火事を消すのを手伝おうか?」
しかしウィルが、俺に待ったをかけた。
「でも、桜下さん。私たちはいちおう、この反乱の結末を見に来たんじゃないですか。ぼやぼやしてると、王城が落とされてしまいますよ」
「そうだけど。正直、俺は今の王家が倒されようが、知ったこっちゃないというか……あんまりいい思い出もないし」
どちらかというと、まだ敵愾心のほうが強い。ただ戦いの余波で、町の人が犠牲になるのは見過ごせないだけで……
「っ!見て!」
突然、フランが鋭い声を上げた。フランが指さしているのは、道に面した家と家の間の隙間だ。一見何も見えないが、よーく目を凝らすと、その隙間から二本の足が突き出していた。
「いっ……!人……?」
「まだかすかに動いてる!生きてるよ!」
フランは言うが早いか、そっちに向かって走り出した。俺たちもあわてて後を追う。
倒れていたのは、鎧を着こんだ兵士だった。脇腹からひどい出血をしている。俺は、そいつが着ている鎧のデザインに見覚えがあった。たぶんこいつ、王国の兵士だ。フランが兵士をそっとゆすると、兵士は弱弱しくうめいた。
「やっぱり、息がある……!」
「アニ!たのむ、回復魔法を使ってくれ」
『はい!シスター、あなたも重複させてください。“尾っぽ”の呪文なら使えるでしょう』
「わ、わかりました!」
アニとウィルの声が、二重になってあたりに響く。すぐさまアニから強い光が放たれ、ウィルがロッドを振りかざした。
「『キュアテイル!』」
パァー!青色の光が兵士を包み込む。兵士は一瞬びくっと体を震わせたが、依然息はか細いまま、起き上がることはなかった。
「どうしてだ!?呪文は効いたのに!」
『……いいえ、主様。キュアテイルは、治癒力を高める呪文なのです。なので、もう治りようがないような深い傷には、効果がありません。おそらくこの兵士は、もう……』
そんな……ウィルは悔しそうに歯噛みしている。もうこの人を、助けることはできないのか……?そのときフランが、何かに気づいてさっと屈みこんだ。
「静かに!この人、なにか言ってる……」
なに?俺はいそいで、兵士のそばに膝をついた。確かに兵士がか細い声で何かささやいている。俺はよく聞き取ろうと、兵士の口元に顔を近づけた。
「……にを……ぞくを……」
「なんだって?おい、あんた!しっかりしろ!」
「……っ!!」
ガバッ!突然兵士が体を起こし、俺の胸倉にガッとつかみかかった。呆気にとられる俺に、兵士は口から血しぶきを飛ばしながら叫んだ。
「国をっっっ!王城を、護らなければならない!俺の家族が、あそこで暮らしているんだっっっ!」
「っ……お、おい。あんた……」
「言え!俺の代わりに、城を守るとっ!そうでなければ、俺は死んでも死に切れんっ!お前が!死に往く俺の代わりに、これを果たすと……ゴボボッ!」
ビシャ!兵士の口から、おびただしい量の血が噴き出した。まずい、このままじゃこいつ、死んじまう!
「わ、わかった!わかったから!」
「誓うかッッ!」
「ああ!だから安静に……」
「そうか……よかった」
兵士はほっとしたように、ふっと息を吐いた。そのとたん、俺の胸ぐらをつかんでいた手が、ぐにゃりと力を失った。
バタン。兵士はすべての力を使い果たしたように、静かにこと切れた。
「……」
誰も、何も言わなかった。俺の背中に、ライラがぎゅっとすがりつく。俺は、兵士のカッと見開いたままになっている目を、そっと閉じた。
「……それで、どうするの?」
沈黙を破ったのは、フランだった。
「たぶんこの人、わたしたちのこと分かってなかったんだ。ううん、話さえできれば誰でもよかったのかも。どうしようもないまま死の淵が迫ってきて、それで……」
「ああ……」
「だから、真に受けなくても……」
「でも……遺言、だからなぁ」
遺言。それは、生きていた時にできなかった未練を託した言葉だ。俺の仲間の多くは、その未練を追い求めている連中なわけで。ネクロマンサーとしては……
「ないがしろには、できないよなぁ」
「……行くの?王城に」
「ああ。何ができるかは、わからないけど……けど、この人が護りたかったものを見届けるくらいの義務は、あるような気がするんだ」
「……わかった。それでいいよ」
フランは、こくりとうなずいてくれた。
「桜下殿。こちらの道に出れば、王城まで一直線のようですぞ」
エラゼムが呼ぶほうに行ってみると、広い道幅の、緩やかな上り坂に出た。ずっと上のほうに、はるかな城壁が見える。俺が、骸骨剣士と一緒に飛び降りた城壁だ。
「よし。みんな、ついてきてくれるか?」
仲間たちは、一瞬も遅れることなくうなずいた。俺たちは王城への坂を、一丸になって駆け出し始めた。
つづく
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