じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
6章 1-1 迫りくる影
1-1 迫りくる影
時は数日前にさかのぼる。
桜下たちがグールに悩まされる村を訪れる何日か前、そこより遠く離れた王都・ペリスティルでは、二の国の若き王女ロアと、東部を治める名門貴族ハルペリン卿との、茶会と言う名の腹の探り合いが行われていた。結局両者ともに平行線のまま茶会は終わり、ロアはその後に訪れた、一の国の勇者クラークへ急ぎ対応しなければならなかった。その翌日には、王家が勇者を取り逃がしたのではないかという噂が城下町に広がり、ロアは休む間もなく火消しに追われる羽目になるのだが……
今回重要人物となるのは、ロアににべもなくあしらわれ、大層立腹しながら王城を去ろうとしている男、ハルペリン卿その人である。
「……ちっ。小娘ふぜいが、図に乗りおってからに」
ハルペリン卿は、周囲に王城仕えの侍女がいないことを確認すると、にがにがしげに一人ごちた。そんなハルペリン卿のそばに、駆け寄る姿が一人。キツネのような顔をした小男が、ちょろちょろとハルペリン卿の隣に並び立った。
「ハルペリン卿、お早いお戻りですな」
「ふんっ。お前か、ジェイ」
ジェイと呼ばれた小男は、ひひひっと笑った。
「そのご様子ですと、王女との対談はあまりうまくはいかなかったようですな?」
「まったくだ、実に忌々しい!第一、今日こうしてはるばる足を運んだのは、のんきに会話をするためなどではないというのに!」
「もっともですとも。本日はそれより、ずっと大事な用がございました。でしょう?」
ジェイが抜け目のない目を向けると、ハルペリン卿はぐっとたじろいだ。
「……わかっているなら、わざわざ回りくどい言い方をするな」
「ひひひ、こういう性分なもので。で、いかがでした?」
「思った通りだった。いや、それ以上かもな」
そこまで話して、ハルペリン卿とジェイは口をつぐんだ。迎えの者がやってきて、馬車の準備をしていたからだ。二人は馬車に乗り込むまでは努めて慇懃な態度を取り、見送る王城兵ににこやかにあいさつした。
「……よくしつけられた兵たちですな?」
「はっ、よく言うわ。あんな者ども、我が騎士団に比べればただのカカシだ」
馬車が走り出すや否や、ハルペリン卿とジェイは化けの皮を脱いで、もとの粗暴な口調に戻った。
「お話の途中でございました。それで、いかがでございましたか?城内の様子は?」
「ああ、実にきれいであったよ。庭もよく手入れされていたし、掃除も行き届いていた。茶葉もいいものを使っていたな。王家の財貨と、勤労な家臣の様子がうかがえた」
「なるほど。地盤は盤石なようですな。では、その上に立つ“頭”は?」
「問題はそちらだな、正直見るに堪えんわ。あの小娘がこの国の将来を握っているとは、三百年続いたこの王国の最大の悲劇であろう」
「ひひひ、やはりそうでしたか」
ジェイはケタケタと笑い、ハルペリン卿は面白くなさそうに続ける。
「ああ。辺境伯の国防における重要性を何一つ理解しておらん。誰のおかげで、海さかいの国境の安全が保たれていると思っているのか。そればかりか、過去に武勲を挙げた我が家の功績にすら、あの小娘はその辺の小石程度の価値しか見出しておらん。けしからんやつだ!」
「おやおや、まったくもって嘆かわしい。王家も落ちたものですな」
「うむ。だが……しかし、それ故にいいこともある。おぬしの読みは当たっていたようだぞ」
「ほほーう……と、いうのは?」
「やはりあやつは、勇者を取り逃してしまったらしい。それも処刑予定の、“不良品”だったそうだ」
「ひゃひゃひゃ!それはそれは。当たりも当たり、大当たりではないですか!」
ジェイは手をたたいて笑い、ハルペリン卿もにやりと笑みを浮かべた。
「うむ。まだ公にはしていないようだが、時間の問題だろう。これから数万規模の大軍を率いて、勇者のケツを追いかけまわそうという算段のようだが……はたして間に合うかどうか見ものだな」
「……ハルペリン卿?今、王女が大軍をなして勇者を追う、と申されましたか?」
「うん?そうだが……」
ジェイは口元に手を当て、眉間に深くしわを寄せると、なにやら思案している。そしてゆっくり手をはなすと、今までと違って低く抑えた声で話しはじめた。
「……今回の訪問は、王家のわれらに対する姿勢と、王城内の力量を測るという、いわば本番前の試し打ちのつもりでございました。ですが、事態は思ったよりも我らに傾いているかもしれませんぞ」
「なに?ジェイ、どういうことだ?」
「王家は勇者を逃がしたという、大きな失態を犯しました。しかもそれを民に隠している。ただでさえ下がっている王家への信頼をどん底に落とすのに、またとない機会です。そしてさらに好都合なことに、その勇者を追って、城内の兵がごっそり出ていってくれる……」
「……!ジェイ、お前まさか……!」
「ハルペリン卿。今こそ、御旗を掲げる時なのではございませんか?」
ジェイのかつてない真剣なまなざしに、ハルペリン卿はごくりと唾をのんだ。
「し、しかし。本腰を入れて動くのは、もっと力をつけ、そして王家の力が弱ってからにする予定では……」
「ええ、ですが尚早だとは思いません。我らが騎士団はいつでも出撃の命が出てもいいように、常に盤石の準備を進めてまいりました。そして今、この王都からは兵がごそりといなくなる。追う相手は不良品とはいえ、勇者は勇者。出向く兵の数も相当の数になりましょう」
「だ、だが。この王都には十万の兵がいると聞くぞ?仮にそれが半分になったとしても、さすがに我が兵だけでは……」
「……ハルペリン卿ッッッ!!!!!」
ガタッ。突然声を荒げたジェイに、ハルペリン卿は小さく飛び跳ねた。ジェイはハルペリン卿に詰め寄ると、その肩を掴んで、カッと開いた両目を近づけた。
「何をひよったことを!ハルペリン家を再興せよと言う、父祖様のお言葉をお忘れになったか!」
「そ、そんなことはない。しかし、勇猛と無謀は似て非なるもので……」
「詭弁を!口先で戦うのは腐った王家の生業でしょうが!それは武人のすることにあらず!父祖様から若様を任されたこのジェイを、あまり失望させないでくだされ!」
ジェイの剣幕に押され、ハルペリン卿はすっかり舌が縮こまってしまった。
「……しかし、あなた様の心配事ももっともです。おのが軍勢の実力を、開戦前に把握しておきたいのは当然。敵を知り己を知ればなんとやら、というやつですな?」
やっと落ち着いたジェイに、ハルペリン卿は無言でこくこくとうなずいた。
「ひひひ。しかしそこはそれ、このジェイに秘策がございます」
ジェイは狐のような眼をにやりと細めて笑った。
「第一に、ご命令を受けて進めておりました、他の東部領領主の方々との交流があります。というのも、この頃の東部に対する王家のやる気のなさに、各領主の方々も業を煮やしているそうでして。支援を申し出ていただいている方もいらっしゃるのです」
「ほ、本当か。しかし、それでも数では劣ろう……」
「ひひひ。そこに、“第二の策”でございます」
ジェイはことさら得意げに笑う。
「近頃、ちまたに“妙なもの”が出回っておりまして。闇商人をとらえて尋問したところ、面白いものを手に入れることができたのでございます。それの力を使えば、我らは十万どころか、五十万の兵を率いることも可能になりましょう……」
「ごっ、五十万……!ジェイ、お前、本気で言っているのか……?」
「もちろんでございます……」
ハルペリン卿はその途方もない数字にごくりと唾をのんだ。ジェイは細い目をさらに細めて笑うと、再び確固たる声で話し始める。
「この圧倒的な数的有利に加え、王城兵の大半が王都を離れてくれるとあれば、われらの勝利は確約されたも同然!この千載一遇の機会を逃すようでは、先代方が磨き上げてきた家紋に泥を塗ることになりましょう!……ご決断を、ハルペリン卿!今がその時なのです!」
こう言われては、ハルペリン卿に逃げ道はなかった。
「これもすべて、ハルペリン家の盛行のため……」
「その通り!今こそ、腐敗した王家を打倒しなければなりません!あんな小娘に率いられる国など、あってはならない!あなたこそが、次の時代の王になるべきなのですっ!」
「お、王……」
「さあ、ハルペリン卿!さあっ!」
「……わ、わかった。やるぞ、やってやる!」
ハルペリン卿は汗まみれの手を、震える膝の上で固く握りしめながら言った。その答えに、ジェイは満面の笑みを浮かべる。
「そうこなくては……ひひ、ひぃっひっひっひ!」
「ふ、ふはは……わっはっはっはっはっは!」
男たちはぎらついた顔を汗で光らせながら笑いあう。その顔はまさしく、狂気に歪んでいる顔であった。二つの狂った野心を乗せたまま、されど馬車は静かに道を進んでいく……
王都が血煙に包まれることとなるのは、それから数日後のことである。
※投稿の設定を間違えて、一日空いてしまいました。ごめんなさい。
====================
【年末年始は小説を!投稿量をいつもの2倍に!】
年の瀬に差し掛かり、物語も佳境です!
もっとお楽しみいただけるよう、しばらくの間、小説の更新を毎日二回、
【夜0時】と【お昼12時】にさせていただきます。
寒い冬の夜のお供に、どうぞよろしくお願いします!
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時は数日前にさかのぼる。
桜下たちがグールに悩まされる村を訪れる何日か前、そこより遠く離れた王都・ペリスティルでは、二の国の若き王女ロアと、東部を治める名門貴族ハルペリン卿との、茶会と言う名の腹の探り合いが行われていた。結局両者ともに平行線のまま茶会は終わり、ロアはその後に訪れた、一の国の勇者クラークへ急ぎ対応しなければならなかった。その翌日には、王家が勇者を取り逃がしたのではないかという噂が城下町に広がり、ロアは休む間もなく火消しに追われる羽目になるのだが……
今回重要人物となるのは、ロアににべもなくあしらわれ、大層立腹しながら王城を去ろうとしている男、ハルペリン卿その人である。
「……ちっ。小娘ふぜいが、図に乗りおってからに」
ハルペリン卿は、周囲に王城仕えの侍女がいないことを確認すると、にがにがしげに一人ごちた。そんなハルペリン卿のそばに、駆け寄る姿が一人。キツネのような顔をした小男が、ちょろちょろとハルペリン卿の隣に並び立った。
「ハルペリン卿、お早いお戻りですな」
「ふんっ。お前か、ジェイ」
ジェイと呼ばれた小男は、ひひひっと笑った。
「そのご様子ですと、王女との対談はあまりうまくはいかなかったようですな?」
「まったくだ、実に忌々しい!第一、今日こうしてはるばる足を運んだのは、のんきに会話をするためなどではないというのに!」
「もっともですとも。本日はそれより、ずっと大事な用がございました。でしょう?」
ジェイが抜け目のない目を向けると、ハルペリン卿はぐっとたじろいだ。
「……わかっているなら、わざわざ回りくどい言い方をするな」
「ひひひ、こういう性分なもので。で、いかがでした?」
「思った通りだった。いや、それ以上かもな」
そこまで話して、ハルペリン卿とジェイは口をつぐんだ。迎えの者がやってきて、馬車の準備をしていたからだ。二人は馬車に乗り込むまでは努めて慇懃な態度を取り、見送る王城兵ににこやかにあいさつした。
「……よくしつけられた兵たちですな?」
「はっ、よく言うわ。あんな者ども、我が騎士団に比べればただのカカシだ」
馬車が走り出すや否や、ハルペリン卿とジェイは化けの皮を脱いで、もとの粗暴な口調に戻った。
「お話の途中でございました。それで、いかがでございましたか?城内の様子は?」
「ああ、実にきれいであったよ。庭もよく手入れされていたし、掃除も行き届いていた。茶葉もいいものを使っていたな。王家の財貨と、勤労な家臣の様子がうかがえた」
「なるほど。地盤は盤石なようですな。では、その上に立つ“頭”は?」
「問題はそちらだな、正直見るに堪えんわ。あの小娘がこの国の将来を握っているとは、三百年続いたこの王国の最大の悲劇であろう」
「ひひひ、やはりそうでしたか」
ジェイはケタケタと笑い、ハルペリン卿は面白くなさそうに続ける。
「ああ。辺境伯の国防における重要性を何一つ理解しておらん。誰のおかげで、海さかいの国境の安全が保たれていると思っているのか。そればかりか、過去に武勲を挙げた我が家の功績にすら、あの小娘はその辺の小石程度の価値しか見出しておらん。けしからんやつだ!」
「おやおや、まったくもって嘆かわしい。王家も落ちたものですな」
「うむ。だが……しかし、それ故にいいこともある。おぬしの読みは当たっていたようだぞ」
「ほほーう……と、いうのは?」
「やはりあやつは、勇者を取り逃してしまったらしい。それも処刑予定の、“不良品”だったそうだ」
「ひゃひゃひゃ!それはそれは。当たりも当たり、大当たりではないですか!」
ジェイは手をたたいて笑い、ハルペリン卿もにやりと笑みを浮かべた。
「うむ。まだ公にはしていないようだが、時間の問題だろう。これから数万規模の大軍を率いて、勇者のケツを追いかけまわそうという算段のようだが……はたして間に合うかどうか見ものだな」
「……ハルペリン卿?今、王女が大軍をなして勇者を追う、と申されましたか?」
「うん?そうだが……」
ジェイは口元に手を当て、眉間に深くしわを寄せると、なにやら思案している。そしてゆっくり手をはなすと、今までと違って低く抑えた声で話しはじめた。
「……今回の訪問は、王家のわれらに対する姿勢と、王城内の力量を測るという、いわば本番前の試し打ちのつもりでございました。ですが、事態は思ったよりも我らに傾いているかもしれませんぞ」
「なに?ジェイ、どういうことだ?」
「王家は勇者を逃がしたという、大きな失態を犯しました。しかもそれを民に隠している。ただでさえ下がっている王家への信頼をどん底に落とすのに、またとない機会です。そしてさらに好都合なことに、その勇者を追って、城内の兵がごっそり出ていってくれる……」
「……!ジェイ、お前まさか……!」
「ハルペリン卿。今こそ、御旗を掲げる時なのではございませんか?」
ジェイのかつてない真剣なまなざしに、ハルペリン卿はごくりと唾をのんだ。
「し、しかし。本腰を入れて動くのは、もっと力をつけ、そして王家の力が弱ってからにする予定では……」
「ええ、ですが尚早だとは思いません。我らが騎士団はいつでも出撃の命が出てもいいように、常に盤石の準備を進めてまいりました。そして今、この王都からは兵がごそりといなくなる。追う相手は不良品とはいえ、勇者は勇者。出向く兵の数も相当の数になりましょう」
「だ、だが。この王都には十万の兵がいると聞くぞ?仮にそれが半分になったとしても、さすがに我が兵だけでは……」
「……ハルペリン卿ッッッ!!!!!」
ガタッ。突然声を荒げたジェイに、ハルペリン卿は小さく飛び跳ねた。ジェイはハルペリン卿に詰め寄ると、その肩を掴んで、カッと開いた両目を近づけた。
「何をひよったことを!ハルペリン家を再興せよと言う、父祖様のお言葉をお忘れになったか!」
「そ、そんなことはない。しかし、勇猛と無謀は似て非なるもので……」
「詭弁を!口先で戦うのは腐った王家の生業でしょうが!それは武人のすることにあらず!父祖様から若様を任されたこのジェイを、あまり失望させないでくだされ!」
ジェイの剣幕に押され、ハルペリン卿はすっかり舌が縮こまってしまった。
「……しかし、あなた様の心配事ももっともです。おのが軍勢の実力を、開戦前に把握しておきたいのは当然。敵を知り己を知ればなんとやら、というやつですな?」
やっと落ち着いたジェイに、ハルペリン卿は無言でこくこくとうなずいた。
「ひひひ。しかしそこはそれ、このジェイに秘策がございます」
ジェイは狐のような眼をにやりと細めて笑った。
「第一に、ご命令を受けて進めておりました、他の東部領領主の方々との交流があります。というのも、この頃の東部に対する王家のやる気のなさに、各領主の方々も業を煮やしているそうでして。支援を申し出ていただいている方もいらっしゃるのです」
「ほ、本当か。しかし、それでも数では劣ろう……」
「ひひひ。そこに、“第二の策”でございます」
ジェイはことさら得意げに笑う。
「近頃、ちまたに“妙なもの”が出回っておりまして。闇商人をとらえて尋問したところ、面白いものを手に入れることができたのでございます。それの力を使えば、我らは十万どころか、五十万の兵を率いることも可能になりましょう……」
「ごっ、五十万……!ジェイ、お前、本気で言っているのか……?」
「もちろんでございます……」
ハルペリン卿はその途方もない数字にごくりと唾をのんだ。ジェイは細い目をさらに細めて笑うと、再び確固たる声で話し始める。
「この圧倒的な数的有利に加え、王城兵の大半が王都を離れてくれるとあれば、われらの勝利は確約されたも同然!この千載一遇の機会を逃すようでは、先代方が磨き上げてきた家紋に泥を塗ることになりましょう!……ご決断を、ハルペリン卿!今がその時なのです!」
こう言われては、ハルペリン卿に逃げ道はなかった。
「これもすべて、ハルペリン家の盛行のため……」
「その通り!今こそ、腐敗した王家を打倒しなければなりません!あんな小娘に率いられる国など、あってはならない!あなたこそが、次の時代の王になるべきなのですっ!」
「お、王……」
「さあ、ハルペリン卿!さあっ!」
「……わ、わかった。やるぞ、やってやる!」
ハルペリン卿は汗まみれの手を、震える膝の上で固く握りしめながら言った。その答えに、ジェイは満面の笑みを浮かべる。
「そうこなくては……ひひ、ひぃっひっひっひ!」
「ふ、ふはは……わっはっはっはっはっは!」
男たちはぎらついた顔を汗で光らせながら笑いあう。その顔はまさしく、狂気に歪んでいる顔であった。二つの狂った野心を乗せたまま、されど馬車は静かに道を進んでいく……
王都が血煙に包まれることとなるのは、それから数日後のことである。
※投稿の設定を間違えて、一日空いてしまいました。ごめんなさい。
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