じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
13-1 双子の魂
13-1 双子の魂
汚らしい廃屋の中に静かに横たわる母親の、半開きになった瞳は濁り、まばたき一つしない。顔は血とあざで赤と青のマーブル模様になっていて、さっきまで優しく笑っていた人と同一人物だとはとても思えなかった。俺はのどのあたりまで吐き気がこみ上げたが、過去の記憶の中では口元を抑えることもできない。
「おかーさん、目を覚まさないね……」
ライラが膝を抱えてつぶやく。その隣ではアルフがうなだれていた。
「……ああ。母さんはついさっき、永い眠りについたんだよ。もう、痛みも苦しみもないから、心配しなくていい」
「ほんと?おかーさん、昨日帰ってきてからずっと痛そうだったから……」
「もう、大丈夫さ。母さんは、夢の中へと旅立った。そこでなら、もう母さんを傷つける存在はいない……」
アルフはそこで言葉を区切ると、ぎりり、と歯を食いしばった。握った拳が、わなわなと震えている。
「あいつら……!あの村の連中を、殺してしまいたいっ。母さんが受けた苦しみを、そっくりそのまま味合わせてやりたい……!」
「おにぃちゃん……?」
アルフは濁りきった目で、ライラを見た。
「ライラ……お前の力を貸してくれないか。お前の力で、あいつらに復讐するんだ」
「ライラの?あいつらって……?」
「村の連中だ!」
アルフの大声に、ライラがびくっと身を震わせた。
「あいつらが、あいつらさえいなければ……!ライラ、お前の魔法の力があれば、やつらを根絶やしにできるんだ……」
「で、でも。まほーを生き物に使っちゃいけないって、おかーさんが……」
「その母さんをこんなに苦しめたのは誰だ!お前は悔しくないのか、ライラ!あいつらを許せるのか!?」
「お、おにぃちゃん、怖いよ。どうしちゃったの……?」
今にも泣き出しそうなライラの声に、アルフははっと我に返ったようだ。
「ご、ごめんよライラ。僕は、きみになんてことをさせようと……」
アルフはまたもうなだれ、廃屋の壁にもたれてずるずるとへたり込んでしまった。ライラはオロオロした様子で、兄と母を交互に見比べている。
「お、おにぃちゃ……」
その時ふいに、廃屋の入口で物音がした。見ると、数人の男たちが、崩れかけた戸口に立っている。
「だれ……?」
「あー、ここの家の子どもか?俺たちは、葬儀屋のもんだ」
男のうちの一人がそう言った。筋肉質の大男だ。そいつの後ろの男たちは、大きな木箱を担いでいる。葬儀屋?ならあの木箱は、粗雑な棺桶と言ったところだろうか。
「……あなたたち、誰ですか?葬儀屋を呼んだ覚えはありませんよ」
アルフが明らかに警戒した声色で話す。ライラはおびえて兄の後ろに隠れてしまった。筋肉質の大男は、部屋の隅で横たわる母親のほうを見やった。
「ああ、確かに俺たちは呼ばれちゃいない。しかし、死体のある所に葬儀屋がやってくるのは不自然じゃないだろ?お前たちの母親は、どうやらもう死んでいるようだしな」
「死んでなんかない!」
隠れていたライラが、大声で叫んだ。しかし大男は気にも留めない。
「俺たちとしても、自分の住む村に死体が放置されているのは看過できない。しかるべき処置ってやつを取らせてもらうぜ」
男たちが木箱を抱えて、ずかずかと中に入ってくる。木箱のふたを開けると、ライラの母親のわきにドスンと下した。
「おい!母さんに触れるな!お前たちみたいな、汚らわしい村の人間が……」
アルフは最後まで言い切れなかった。大男が、アルフの腹を思い切りけり上げたのだ。アルフは声も発せず、後ろにぶっ飛んで壁にしたたか打ち付けられた。
「おにぃちゃん!」
「クソガキ、口の利き方に気を付けろ!」
「このっ!よくもおにぃちゃんを!」
ライラが手を合わせて、ぶつぶつと呪文を唱え始める。まさか、魔法を?
「おい、そのガキ魔法を使う気だぞ!」
「そうはさせるか!」
大男がライラの赤毛をつかみ、そのまま引っ張って床に叩き付けた。
「ぅあ!いっ、たぃぃぃ……っ!」
「この、魔女め!俺たちを殺すつもりだったのか、ああ!?」
ゴン、ゴンッ!男はライラの頭を力任せに何度も床に叩き付けた。ライラの鼻から血が流れ出る。こいつら、幼い子供相手に……!
「い、いたぃぃ……やめてぇぇ……」
「おい、よせよ。たかが子どもだろ……」
「うるせえ!こいつに全員殺されるところだったんだぞ!?いいか、こいつは人間じゃないんだ。化け物なんだ!」
「だったら口をふさげばいいだろ?それで魔法は使えないんだから」
諭された大男はチッと舌打ちすると、荒縄を取り出して強引にライラの口にかませた。
「おら、これでいいんだろ?それより、その女をとっとと運び出しちまえよ」
「ああ、そうだな。こいつを隠せば、もう安心だ……」
男たちはゴミでも突っ込むように、乱暴にライラの母を木箱へ放り込んだ。
「なあ、その子たちはどうする?」
男の一人が、震えながら泣いているライラと、壁際に崩れるアルフをちらっと見た。
「ちっ、俺たちの顔も見られてるしな。いっしょに始末するしかねぇ」
大男はライラとアルフを、まるで汚いものを触るかのように指先でつまみあげると、そのまま母親と同じ木箱に押し込んだ。ライラはじたばた暴れたが、大男の力に敵うはずもない。
「おし、これでいっちょあがりだ。お前、ふたをしちまえ」
「……い、いいのかな。こんな子どもまで一緒に……罰当たりなんじゃ?」
「ばーか、いまさら何言ってんだ。もう後には引けねぇんだよ」
「う……わ、わかってるよ、そんなこと」
ライラたちを閉じ込めた木箱に蓋がされ、その上からガンガンと釘を打ち込む音が聞こえてくる。
「う……うー!むぅー!」
ライラが身をよじって、蓋をドンドン叩く。
「ジタバタうごくな、このガキ!」
ドスンと、木箱が外から蹴りつけられた。ライラの抵抗もむなしく、蓋は固く閉ざされた。外の音はくぐもり、ほとんど聞こえなくなってしまった。今、外ではどうなっているんだろう?さっきから箱がガタガタ揺れていることを見るに、どこかへ運ばれているようだったが……荷車か何かに乗せられているのか?
しばらくしたころ、またガタンと大きく箱が揺れた。ライラが身を固くする。どうやら、どこかへ下されたようだ。するとどこからか、ザシュ、どささっという、土をかき分けるような音が聞こえてきた。そして木箱の天面に、パラパラと小石のようなものが降りかかってくる……俺はその時、ものすごく嫌なことを思い出した。ミシェルが話してくれた、墓場に生き埋めにされた子どもの話だ。
(……夜な夜な墓場で奇妙な音が聞こえるようになったのさ。ドンドンと、何かを叩くような音だ。調べてみると、どうやらその音は地面の下、その子の墓の下から聞こえてくるらしいんだよ……その音は三日足らずで止んだ。それでも時々、どこからか怨みがましいドンドンという音が、墓場のどこからか聞こえて来るんだよ……)
もしも、もしもこの話が、実話をもとに作られていたとしたら……?これ、もしかしなくてもまずいんじゃないか!?だが、箱に閉じ込められた状態で何ができるわけでもなく……虚しく無抵抗のまま、気が付くと土をかき分ける音は止んでいた。それどころか、不気味なほどに何の音も聞こえなくなった。わずかな光も、風の気配もない。地の底に閉じ込められたような、完全な闇の中だった。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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汚らしい廃屋の中に静かに横たわる母親の、半開きになった瞳は濁り、まばたき一つしない。顔は血とあざで赤と青のマーブル模様になっていて、さっきまで優しく笑っていた人と同一人物だとはとても思えなかった。俺はのどのあたりまで吐き気がこみ上げたが、過去の記憶の中では口元を抑えることもできない。
「おかーさん、目を覚まさないね……」
ライラが膝を抱えてつぶやく。その隣ではアルフがうなだれていた。
「……ああ。母さんはついさっき、永い眠りについたんだよ。もう、痛みも苦しみもないから、心配しなくていい」
「ほんと?おかーさん、昨日帰ってきてからずっと痛そうだったから……」
「もう、大丈夫さ。母さんは、夢の中へと旅立った。そこでなら、もう母さんを傷つける存在はいない……」
アルフはそこで言葉を区切ると、ぎりり、と歯を食いしばった。握った拳が、わなわなと震えている。
「あいつら……!あの村の連中を、殺してしまいたいっ。母さんが受けた苦しみを、そっくりそのまま味合わせてやりたい……!」
「おにぃちゃん……?」
アルフは濁りきった目で、ライラを見た。
「ライラ……お前の力を貸してくれないか。お前の力で、あいつらに復讐するんだ」
「ライラの?あいつらって……?」
「村の連中だ!」
アルフの大声に、ライラがびくっと身を震わせた。
「あいつらが、あいつらさえいなければ……!ライラ、お前の魔法の力があれば、やつらを根絶やしにできるんだ……」
「で、でも。まほーを生き物に使っちゃいけないって、おかーさんが……」
「その母さんをこんなに苦しめたのは誰だ!お前は悔しくないのか、ライラ!あいつらを許せるのか!?」
「お、おにぃちゃん、怖いよ。どうしちゃったの……?」
今にも泣き出しそうなライラの声に、アルフははっと我に返ったようだ。
「ご、ごめんよライラ。僕は、きみになんてことをさせようと……」
アルフはまたもうなだれ、廃屋の壁にもたれてずるずるとへたり込んでしまった。ライラはオロオロした様子で、兄と母を交互に見比べている。
「お、おにぃちゃ……」
その時ふいに、廃屋の入口で物音がした。見ると、数人の男たちが、崩れかけた戸口に立っている。
「だれ……?」
「あー、ここの家の子どもか?俺たちは、葬儀屋のもんだ」
男のうちの一人がそう言った。筋肉質の大男だ。そいつの後ろの男たちは、大きな木箱を担いでいる。葬儀屋?ならあの木箱は、粗雑な棺桶と言ったところだろうか。
「……あなたたち、誰ですか?葬儀屋を呼んだ覚えはありませんよ」
アルフが明らかに警戒した声色で話す。ライラはおびえて兄の後ろに隠れてしまった。筋肉質の大男は、部屋の隅で横たわる母親のほうを見やった。
「ああ、確かに俺たちは呼ばれちゃいない。しかし、死体のある所に葬儀屋がやってくるのは不自然じゃないだろ?お前たちの母親は、どうやらもう死んでいるようだしな」
「死んでなんかない!」
隠れていたライラが、大声で叫んだ。しかし大男は気にも留めない。
「俺たちとしても、自分の住む村に死体が放置されているのは看過できない。しかるべき処置ってやつを取らせてもらうぜ」
男たちが木箱を抱えて、ずかずかと中に入ってくる。木箱のふたを開けると、ライラの母親のわきにドスンと下した。
「おい!母さんに触れるな!お前たちみたいな、汚らわしい村の人間が……」
アルフは最後まで言い切れなかった。大男が、アルフの腹を思い切りけり上げたのだ。アルフは声も発せず、後ろにぶっ飛んで壁にしたたか打ち付けられた。
「おにぃちゃん!」
「クソガキ、口の利き方に気を付けろ!」
「このっ!よくもおにぃちゃんを!」
ライラが手を合わせて、ぶつぶつと呪文を唱え始める。まさか、魔法を?
「おい、そのガキ魔法を使う気だぞ!」
「そうはさせるか!」
大男がライラの赤毛をつかみ、そのまま引っ張って床に叩き付けた。
「ぅあ!いっ、たぃぃぃ……っ!」
「この、魔女め!俺たちを殺すつもりだったのか、ああ!?」
ゴン、ゴンッ!男はライラの頭を力任せに何度も床に叩き付けた。ライラの鼻から血が流れ出る。こいつら、幼い子供相手に……!
「い、いたぃぃ……やめてぇぇ……」
「おい、よせよ。たかが子どもだろ……」
「うるせえ!こいつに全員殺されるところだったんだぞ!?いいか、こいつは人間じゃないんだ。化け物なんだ!」
「だったら口をふさげばいいだろ?それで魔法は使えないんだから」
諭された大男はチッと舌打ちすると、荒縄を取り出して強引にライラの口にかませた。
「おら、これでいいんだろ?それより、その女をとっとと運び出しちまえよ」
「ああ、そうだな。こいつを隠せば、もう安心だ……」
男たちはゴミでも突っ込むように、乱暴にライラの母を木箱へ放り込んだ。
「なあ、その子たちはどうする?」
男の一人が、震えながら泣いているライラと、壁際に崩れるアルフをちらっと見た。
「ちっ、俺たちの顔も見られてるしな。いっしょに始末するしかねぇ」
大男はライラとアルフを、まるで汚いものを触るかのように指先でつまみあげると、そのまま母親と同じ木箱に押し込んだ。ライラはじたばた暴れたが、大男の力に敵うはずもない。
「おし、これでいっちょあがりだ。お前、ふたをしちまえ」
「……い、いいのかな。こんな子どもまで一緒に……罰当たりなんじゃ?」
「ばーか、いまさら何言ってんだ。もう後には引けねぇんだよ」
「う……わ、わかってるよ、そんなこと」
ライラたちを閉じ込めた木箱に蓋がされ、その上からガンガンと釘を打ち込む音が聞こえてくる。
「う……うー!むぅー!」
ライラが身をよじって、蓋をドンドン叩く。
「ジタバタうごくな、このガキ!」
ドスンと、木箱が外から蹴りつけられた。ライラの抵抗もむなしく、蓋は固く閉ざされた。外の音はくぐもり、ほとんど聞こえなくなってしまった。今、外ではどうなっているんだろう?さっきから箱がガタガタ揺れていることを見るに、どこかへ運ばれているようだったが……荷車か何かに乗せられているのか?
しばらくしたころ、またガタンと大きく箱が揺れた。ライラが身を固くする。どうやら、どこかへ下されたようだ。するとどこからか、ザシュ、どささっという、土をかき分けるような音が聞こえてきた。そして木箱の天面に、パラパラと小石のようなものが降りかかってくる……俺はその時、ものすごく嫌なことを思い出した。ミシェルが話してくれた、墓場に生き埋めにされた子どもの話だ。
(……夜な夜な墓場で奇妙な音が聞こえるようになったのさ。ドンドンと、何かを叩くような音だ。調べてみると、どうやらその音は地面の下、その子の墓の下から聞こえてくるらしいんだよ……その音は三日足らずで止んだ。それでも時々、どこからか怨みがましいドンドンという音が、墓場のどこからか聞こえて来るんだよ……)
もしも、もしもこの話が、実話をもとに作られていたとしたら……?これ、もしかしなくてもまずいんじゃないか!?だが、箱に閉じ込められた状態で何ができるわけでもなく……虚しく無抵抗のまま、気が付くと土をかき分ける音は止んでいた。それどころか、不気味なほどに何の音も聞こえなくなった。わずかな光も、風の気配もない。地の底に閉じ込められたような、完全な闇の中だった。
つづく
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