じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

12-3

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俺の能力を……ディストーションハンドを、ライラに?確かにそれが発動すれば、ライラは間違いなくアンデッドだ。だが……先にライラの意思を確認したほうがいいだろうな。

「ライラ。お前は、俺たちと一緒に来る気はあるのか?」

ライラはおろおろしながら、俺とアルフの顔を交互に見比べていた。この歳で人生の選択を迫るというのは、少し酷な話だったかもしれない。

「そんなの……わかんないよ。おかーさんもおにぃちゃんもいるのに、ここを離れたくなんかない。ライラは、みんなと一緒に……」

「それはだめだよ、ライラ。僕たちは、生きていたころの姿をまねた影に過ぎないんだ」

ライラがどれだけすがろうが、アルフはそうきっぱりと言い放つ。アルフの隣に母親もやってきた。心なしか、さっきよりも輪郭がぼやけ、透けているような気がした。

「……私たちは、影。それを生み出す肉体が朽ちれば、影もまた姿を消すもの。残された時間は多くありません」

「ライラ。死者の影より、生きている人たちのそばにいるんだ。そうじゃないと、お前まで影になってしまう」

「どうして……どうして、そんなことばかり言うの?ライラは、みんなと一緒にいたいだけなのに。ライラがきらいになったの……?」

「そんわけないじゃないか。僕たちは……」

「もういい!わかった、わかったよ!」

ライラは両手で目をごしごしこすると、俺のそばへ一歩踏み出した。

「ほら!死霊術でもなんでも、ライラにかけてよ!ライラは気にしないことにしたから!」

そういうライラは、目に涙をいっぱいため込んでいた。どう見ても気にしている……

「あー、どうしたもんか」

「桜下さん、術をかけてあげてくださいよ」

俺の隣にウィルがやってきて言った。ためらう俺の気持ちを分かっているかのようだ。

「桜下さん、あれを死霊に首輪か何かをかける魔法だと思ってません?」

「違うのか?」

「ええ。まあ、桜下さんがその気になれば、服従させることもできるのかもしれませんけど……」

あー……おすわりなんかがいい例か。けど、あれの効果は一瞬だ。

「それでですね、かけられた側だからわかるんですけど……あの術の後だと、生きてる人に親近感がわくというか、今まで違う生き物だと思っていたものに対しても、自分たちの仲間だと思えるようになるんです」

「そうなのか?つまり……アンデッドはそのままじゃ、生きている存在を仲間だと思えないのか?」

「そうなんじゃないでしょうか。生きている人からすると、死体に対して感じる嫌悪感みたいなの、あるじゃないですか。あれの逆版がなくなるイメージですかね」

なるほど……それなら、あまり悩まなくてもいいかもな。ライラとの話し合いもよりスムーズになるかもしれないし。

「ウィルは、それで嫌な思いはしたことないか?」

「はい。一度も」

「そっか……よし、わかった。じゃあライラ、いくぞ。きみにネクロマンスの術をかける」

ライラはこくりとうなずき、その拍子に目から涙が一筋こぼれた。やっぱりやりづらいなぁ、もう。
俺はライラの小さな胸に右手を重ねる。手のひらからは、ライラの心臓の鼓動がかすかに伝わってくる。この子は、本当に生きているんだ……いや、アルフの言葉を借りるなら、死んでいないのか。

「ふぅー……よし、始めるぞ。我が手に掲げしは、魂の灯火カロン

ヴン。俺の右手が輪郭を失い、陽炎のようにブレ始める。

「汝の悔恨を我が命運に託せ。対価は我が魂……」

俺の右手の下で、ライラの鼓動がより強く、はっきり伝わるようになっていた。まるでライラの中の魂が、俺に呼応しているようだ……

「響け!ディストーション・ハンド!」

ブワー!俺の右手が、魂が震え、それが波となってライラに伝わっていく。俺は自分とライラの魂が、同調していくのを感じていた。

(……ん?これは……)

俺の脳裏に、見たことも聞いたこともないイメージが、まるでこま切れになった映画のように流れ込んでくる。これって……ライラの、記憶?俺の意識はそのイメージの中へと吸い込まれていく……

気が付くと俺は、薄暗い書架にいた。俺の周りには、分厚い本が何冊も積み上がり、城壁のようになっていた。その本の城の中で、いやに小さくなった俺の手が、熱心に一冊の本のページをめくっている。視界の端に、ときおり縮れた赤毛が映り込んだ……俺はいま、過去のライラの視点になっているらしい。

(ところで……うわ。これ、なに読んでんだ?)

さっきからライラが熱心にめくっている本には、意味不明の図形?文字?がびっしり書き込まれている。異国の言葉だろうか、まったく読み取れない。にもかかわらず、ライラの目はページの端から端まで一文字も見逃さないようにしていた。

(もしかして、魔法の教科書なのかも)

ライラは昔、魔法の学校みたいなところにいたと言っていた気がする。これがその記憶か?そのとき、俺の足元で、何かがジャララとこすれた。なんだろ、視界は本でいっぱいで、あたりを見回せない。だが俺は、本の端っこに見える床に、銀色の細いチェーンがとぐろを巻いているのを見つけた。あれが、音を発した正体か。

(……ん?)

なんかおかしくないか。そのチェーンはくねくねと伸び、どうやらライラの足元まで伸びているようだ。どうしてライラの足元に、鎖が……鎖で、つながれているのか?

ガチャリ。唐突に書架の扉が開き、薄暗い部屋にクリーム色の光が投げ込まれた。ライラは目をしばたかせて、扉のほうを見る。

「来なさい」

しわがれた老人の声が、ライラを呼ぶ。ライラの記憶はその時点で途切れ、闇の中に溶けるように消えた……

次に見えたのは、廃屋の穴の開いた天井だった。そばにはみすぼらしい恰好をしたライラの母親と、アルフがいる。もしかしたら、サイレン村にきた直後のころだろうか?

「おかーさん。今日から、ここで暮らすの?」

「そうよ、ライラ。ごめんなさい、こんな所しか見つからなくて……辛いだろうけど、我慢してね」

「ううん。ライラ、やじゃないよ。ここの方が明るくて、すき!」

「ライラ……」

お母さんがライラを抱きしめる。そのそばでアルフもうなずいた。

「かあさん、僕もライラに賛成だよ。あの男・・・の屋敷に住むくらいなら、ここの方が百倍マシだ」

「アルフ……そうね。悲観してばかりもいられないわ。私たちは、つよく生きなければ」

ライラの母はライラを放すと、その目を覗き込む。

「いいですか、ライラ。ここで暮らしていくにあたって、一つ約束してほしいことがあります」

「約束?」

「はい。あなたの魔法は、ここでは自由に使ってはいけません」

「えー!なんで……」

「ここではあなたの魔法は珍しすぎるの。もし魔法が使えるということを知られたら、いわれのない迫害を受けかねないわ」

「……?いじめられちゃうかもってこと?」

「ええ。けど、使うなとは言いません。人に隠れて、こっそりとならいいからね」

「ほんと!じゃあじゃあ、今日はあれを試したい!突風を起こして、山を吹き飛ばしちゃうまほー!」

「あなた、そんなものまで使えるようになったの?それはいけません、目立ちすぎるわ」

「えー」

「それと、もう一つ約束して。あなたの魔法は、決してほかの人に向けて使ってはいけません。それだけじゃなく、動物や植物に対しても、むやみやたらに傷つけるようなことはしないで」

「どうして?ライラのまほーを使えば、くまだってオオカミだって、モンスターだって殺せるよ?」

「だめよ。あなたの魔法は、天からの授かりものだから。その力を、命を殺めることに使ってはいけないわ……ライラは、優しい子だものね?」

「……うん!わかった!」

「いい子。お母さんとの約束よ……」

ライラのお母さんが、優しい顔でライラの頭をなでている。そのほほえみを最後にして、またしても記憶は途切れた……

次に映ったのは、お母さんの変わり果てた姿だった。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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