じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
12-2
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ヒンキーパンクは、ライラのすぐ目の前までやってきた。ライラはおびえた様子で、墓石の陰に隠れる。ゆらゆら揺れる人魂からは、おぼろげな女性の声が響いてきた。
「ライラ―――あなたは、あの人たちと共に行きなさい」
「へ……な、なに言ってるの。なんでお前みたいな火の玉に、ライラが命令されなきゃ……」
「ライラ。忘れましたか、私の声を―――」
すると突然、ヒンキーパンクはぶわっと大きく燃え上がった。俺は火の玉が爆発したのかと思ったが、違った。ヒンキーパンクは、人の姿へと変化したのだ。それは、細身の女性の姿を形どる。顔つきは少し厳しそうだったが、その瞳は優しい紫色をしていた。髪はライラそっくりの赤色だ。
「……うそ」
ライラが女性を見て、驚きに満ちた顔でつぶやく。
「おかーさん……?」
え……?まさかあの火の玉は、ライラのお母さんのものだったのか?ああそういえば、ヒンキーパンクって、死者の遺した想いが変化したアンデッドなんだっけ。ってことは、あれはライラのお母さんの想いってことか……
「おかーさん……どうして……」
「あの方の力に触れて、おぼろげだった記憶を取り戻したのです。けれど、長くはもたないわ。いい、よくお聞き。あの人たちの仲間に入れてもらって、ここを離れなさい」
「な、なに言って……」
お母さんの畳みかけるような物言いに、ライラは完全に困惑しているし、それは俺たちも同じだった。しかしライラの母は、反論を頑として聞き入れようとしない。仲間に入れてもらえ、の一点張りだ。そのとき、また別の声が、俺たちのほうへ近づいてきた。
「―――かあさん。それじゃ、あの人たちもわけが分からないよ。ちゃんと順を追って説明しなきゃ―――」
もう一つの火の玉が、ふわふわと俺たちのほうへやってくる。火の玉はやはり燃え上がり、今度は小さな男の子の姿になった。この子も赤毛で、顔はライラにそっくりだ。男の子は幼い見た目に似合わず、かしこまった口調でぺこりと頭を下げた。
「はじめまして。ライラの双子の兄の、アルフといいます。このたびは、妹が世話になりました」
「は……はあ、どうも……」
なんと返事をしたらよいやら、俺は気の抜けた声で返した。揉めているライラたちをしり目に、男の子は話を進める。
「混乱してます?そうですよね、勝手に話を進めてしまって。僕たちはですね、ライラをあなたたちの仲間に入れてほしいと思ってるんです。これ以上、ライラをこんなさびれた場所にとどめたくないので」
「そ、そうか。でも、正直責任をとれるかどうか……俺たちは、その。正直に言っちまうと、追われる身なんだ。おまけに金欠だし、きちんと面倒を見れるか微妙で……」
「ええ。ですが、あなたが勇者だということは、わかっていました。その力を見ましたからね。それに、アンデッドモンスターをたくさん連れているから、たぶん普通の旅はしてないんだろうなって」
「なら、どうして?妹をお尋ね者にしたいのか?」
「うーん、どちらかといえば、お尋ね者なら妹を受け入れてくれるだろうと思った、ですかね。普通の人は、同じ普通の人間しか受け入れないでしょう?でもあなたたちなら、人の骨を食べるような子でも仲間にしてくれるかなって」
たしかにその通りかもしれないが……こいつ、見た目よりずっとしたたからしい。ライラの双子の兄だっけ?ライラとはまた毛色が違ってるけど、こいつも天才肌なんだろう。
「まぁ、俺としてはライラを仲間にするのに異存はないんだ。実際、この村での戦いでは何度も助けられたからな。けど、資金面はどうしようもない。ない袖は振れないよ」
「ああ、それも大丈夫だと思います。ライラは、結構小食なんです」
「しょ、小食って……あのなあ。いくら小さな子どもだからって、仲間を飢えさせるようなことはさすがに……」
「あ、そうじゃなくて。実際に本人に聞いたほうがいいかな。おーい、ライラ。おいで」
兄であるアルフに手招きされると、ライラは母との言い争いをやめて、こっちへとてとてと歩いてきた。
「おにぃちゃん……おにぃちゃんも、こいつらと行けっていうの?」
「そうなったらいいと思っているよ。でもそのまえに、いくつかはっきりさせないとね。ライラ、お前はこのひと月に何回、墓場で骨を食べた?」
「え……そ、れは……」
ライラはもじもじと服の端をいじっていたが、やがて小さな声で答えた。
「たぶん、三回くらい」
は?三回?それだけ?
「だろうね。今はお腹がすいているかい?」
「ううん……そんなに。今日は食べれなかったから、ちょっとすいてるけど」
ど、どういうことだ?グールになると、そんなに省エネ体質になるってこと……?
「聞きました?妹はこの通り、とても小食なんです。魚の骨とか、獣の死骸なんかでも十分ごちそうになるんですよ」
「いや、小食って言っても、度を越してるだろ。どうなってるんだよ……」
「そうですね。これが、ライラを皆さんの仲間に入れてもらいたい最大の理由なんですけど―――ライラは、アンデッドなんです」
「……は?いやいやいや、生きてるじゃないか、ライラは」
「いいえ。ライラは、“死んでいない”んです」
「だからそれは、生きてるってことだろ?」
「いいえ。確かにライラは、今日まで死ぬことはありませんでした。しかし、本当だったらライラは、ずっと昔に死んでいたはずだった……だけど、あることが原因で、ライラは生きたままアンデッドになったんです……死んでいない存在に」
な……わけがわからない。生きたままアンデッドになっただって?そんなはずがあるか!死んでないのに、どうやって生ける屍に……いや、まてよ。アンデッドが全部、ゾンビみたいなのだってわけじゃないんじゃないか。つまり、アンデッドっていうのは、不死身の存在を指したりもするだろ?不死身の存在は死なないから不死身なわけであって、そいつらは生きていながら、アンデッドということに……?ぐわぁ、頭がこんがらがってきた。ここは専門家に聞いてみよう。
「アニ……こいつの言ってる事、あり得るのか?」
『……その理由とやら如何ですが、無い話ではありません。死せずして死を超越し、不死身となることは可能です。リッチやヴァンパイアが該当しますか』
「ヴァンパイア……ってことは、ライラにも相応の理由があれば……」
俺は驚愕の目でライラを見つめたが、ライラ本人はもっと驚いていた。
「おにぃちゃん……どういうこと?ライラが、アンデッド……?」
「……ごめんよ、ライラ。ぼくは君に生きながらえて欲しかったのだけど、それが裏目に出てしまったかもしれない」
ライラが、アンデッド……けど、そういわれれば納得できる節もある。ふつう、人間が人の死体を食って、無事なわけないだろ。山の中で五年間も一人で生き延びられたのもそうだし……あ、容姿が子どものころのまま変わってないのも、そのせいか。それに、ライラが初めて現れた時や、魔法を使うときに感じた、あの気配。前者は、エラゼムやフランと対峙したときと同じ感覚だったじゃないか。後者も、もしかしたらアンデッドの力を、ネクロマンスの能力で感じ取っていたのかもしれない。
「おにぃちゃん……」
「ライラ、お前も聞きたいことはあるだろうけど、いまはちょっと待ってて。さきにあの人たちに説明してあげないと」
アルフは俺のほうへ向き直る。
「さて、いろいろと口で説明しましたけど、それよりもあなた自身の目で確かめてもらった方が、より確実だと思うんです。百聞は一見に如かずっていいますでしょ?」
「……確かめるって、俺にどうさせる気だ?」
「簡単ですよ。あなたの能力を、ライラに使ってみてください。それですべてがわかるはずだ」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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8/18 内容を一部修正しました。
ヒンキーパンクは、ライラのすぐ目の前までやってきた。ライラはおびえた様子で、墓石の陰に隠れる。ゆらゆら揺れる人魂からは、おぼろげな女性の声が響いてきた。
「ライラ―――あなたは、あの人たちと共に行きなさい」
「へ……な、なに言ってるの。なんでお前みたいな火の玉に、ライラが命令されなきゃ……」
「ライラ。忘れましたか、私の声を―――」
すると突然、ヒンキーパンクはぶわっと大きく燃え上がった。俺は火の玉が爆発したのかと思ったが、違った。ヒンキーパンクは、人の姿へと変化したのだ。それは、細身の女性の姿を形どる。顔つきは少し厳しそうだったが、その瞳は優しい紫色をしていた。髪はライラそっくりの赤色だ。
「……うそ」
ライラが女性を見て、驚きに満ちた顔でつぶやく。
「おかーさん……?」
え……?まさかあの火の玉は、ライラのお母さんのものだったのか?ああそういえば、ヒンキーパンクって、死者の遺した想いが変化したアンデッドなんだっけ。ってことは、あれはライラのお母さんの想いってことか……
「おかーさん……どうして……」
「あの方の力に触れて、おぼろげだった記憶を取り戻したのです。けれど、長くはもたないわ。いい、よくお聞き。あの人たちの仲間に入れてもらって、ここを離れなさい」
「な、なに言って……」
お母さんの畳みかけるような物言いに、ライラは完全に困惑しているし、それは俺たちも同じだった。しかしライラの母は、反論を頑として聞き入れようとしない。仲間に入れてもらえ、の一点張りだ。そのとき、また別の声が、俺たちのほうへ近づいてきた。
「―――かあさん。それじゃ、あの人たちもわけが分からないよ。ちゃんと順を追って説明しなきゃ―――」
もう一つの火の玉が、ふわふわと俺たちのほうへやってくる。火の玉はやはり燃え上がり、今度は小さな男の子の姿になった。この子も赤毛で、顔はライラにそっくりだ。男の子は幼い見た目に似合わず、かしこまった口調でぺこりと頭を下げた。
「はじめまして。ライラの双子の兄の、アルフといいます。このたびは、妹が世話になりました」
「は……はあ、どうも……」
なんと返事をしたらよいやら、俺は気の抜けた声で返した。揉めているライラたちをしり目に、男の子は話を進める。
「混乱してます?そうですよね、勝手に話を進めてしまって。僕たちはですね、ライラをあなたたちの仲間に入れてほしいと思ってるんです。これ以上、ライラをこんなさびれた場所にとどめたくないので」
「そ、そうか。でも、正直責任をとれるかどうか……俺たちは、その。正直に言っちまうと、追われる身なんだ。おまけに金欠だし、きちんと面倒を見れるか微妙で……」
「ええ。ですが、あなたが勇者だということは、わかっていました。その力を見ましたからね。それに、アンデッドモンスターをたくさん連れているから、たぶん普通の旅はしてないんだろうなって」
「なら、どうして?妹をお尋ね者にしたいのか?」
「うーん、どちらかといえば、お尋ね者なら妹を受け入れてくれるだろうと思った、ですかね。普通の人は、同じ普通の人間しか受け入れないでしょう?でもあなたたちなら、人の骨を食べるような子でも仲間にしてくれるかなって」
たしかにその通りかもしれないが……こいつ、見た目よりずっとしたたからしい。ライラの双子の兄だっけ?ライラとはまた毛色が違ってるけど、こいつも天才肌なんだろう。
「まぁ、俺としてはライラを仲間にするのに異存はないんだ。実際、この村での戦いでは何度も助けられたからな。けど、資金面はどうしようもない。ない袖は振れないよ」
「ああ、それも大丈夫だと思います。ライラは、結構小食なんです」
「しょ、小食って……あのなあ。いくら小さな子どもだからって、仲間を飢えさせるようなことはさすがに……」
「あ、そうじゃなくて。実際に本人に聞いたほうがいいかな。おーい、ライラ。おいで」
兄であるアルフに手招きされると、ライラは母との言い争いをやめて、こっちへとてとてと歩いてきた。
「おにぃちゃん……おにぃちゃんも、こいつらと行けっていうの?」
「そうなったらいいと思っているよ。でもそのまえに、いくつかはっきりさせないとね。ライラ、お前はこのひと月に何回、墓場で骨を食べた?」
「え……そ、れは……」
ライラはもじもじと服の端をいじっていたが、やがて小さな声で答えた。
「たぶん、三回くらい」
は?三回?それだけ?
「だろうね。今はお腹がすいているかい?」
「ううん……そんなに。今日は食べれなかったから、ちょっとすいてるけど」
ど、どういうことだ?グールになると、そんなに省エネ体質になるってこと……?
「聞きました?妹はこの通り、とても小食なんです。魚の骨とか、獣の死骸なんかでも十分ごちそうになるんですよ」
「いや、小食って言っても、度を越してるだろ。どうなってるんだよ……」
「そうですね。これが、ライラを皆さんの仲間に入れてもらいたい最大の理由なんですけど―――ライラは、アンデッドなんです」
「……は?いやいやいや、生きてるじゃないか、ライラは」
「いいえ。ライラは、“死んでいない”んです」
「だからそれは、生きてるってことだろ?」
「いいえ。確かにライラは、今日まで死ぬことはありませんでした。しかし、本当だったらライラは、ずっと昔に死んでいたはずだった……だけど、あることが原因で、ライラは生きたままアンデッドになったんです……死んでいない存在に」
な……わけがわからない。生きたままアンデッドになっただって?そんなはずがあるか!死んでないのに、どうやって生ける屍に……いや、まてよ。アンデッドが全部、ゾンビみたいなのだってわけじゃないんじゃないか。つまり、アンデッドっていうのは、不死身の存在を指したりもするだろ?不死身の存在は死なないから不死身なわけであって、そいつらは生きていながら、アンデッドということに……?ぐわぁ、頭がこんがらがってきた。ここは専門家に聞いてみよう。
「アニ……こいつの言ってる事、あり得るのか?」
『……その理由とやら如何ですが、無い話ではありません。死せずして死を超越し、不死身となることは可能です。リッチやヴァンパイアが該当しますか』
「ヴァンパイア……ってことは、ライラにも相応の理由があれば……」
俺は驚愕の目でライラを見つめたが、ライラ本人はもっと驚いていた。
「おにぃちゃん……どういうこと?ライラが、アンデッド……?」
「……ごめんよ、ライラ。ぼくは君に生きながらえて欲しかったのだけど、それが裏目に出てしまったかもしれない」
ライラが、アンデッド……けど、そういわれれば納得できる節もある。ふつう、人間が人の死体を食って、無事なわけないだろ。山の中で五年間も一人で生き延びられたのもそうだし……あ、容姿が子どものころのまま変わってないのも、そのせいか。それに、ライラが初めて現れた時や、魔法を使うときに感じた、あの気配。前者は、エラゼムやフランと対峙したときと同じ感覚だったじゃないか。後者も、もしかしたらアンデッドの力を、ネクロマンスの能力で感じ取っていたのかもしれない。
「おにぃちゃん……」
「ライラ、お前も聞きたいことはあるだろうけど、いまはちょっと待ってて。さきにあの人たちに説明してあげないと」
アルフは俺のほうへ向き直る。
「さて、いろいろと口で説明しましたけど、それよりもあなた自身の目で確かめてもらった方が、より確実だと思うんです。百聞は一見に如かずっていいますでしょ?」
「……確かめるって、俺にどうさせる気だ?」
「簡単ですよ。あなたの能力を、ライラに使ってみてください。それですべてがわかるはずだ」
つづく
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