じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

5-2

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老婆たちの焚き火のそばを離れながら、フランがそっとささやいた。

「きっとあのおばあさん、何か知ってるよ」

「ぽいな。けど、それを話したくはないらしい。あんまり考えたくはないけど……その女の子に、何かあったのかもな」

行方をくらましたという女の子。それを秘密にしたがる理由とは、いったい何だろうか?
俺たちはそれから、もうすこしスラムの奥まで行って、聞き込みを続けた。途中で数人と出会い、話をすることができたが、やっぱり老婆と似たような反応で、ろくな情報は得られなかった。みな一様に知らないと首を振り、そそくさとどこかに行ってしまう。その顔は疲れ果て、希望も夢もとうに忘れてしまったような、枯れた色をしていた。

(……この村の暮らしは、結構大変なのかもしれないな。けど一方で、酒場は昼間から大賑わいなのか……)

俺は小さな疑問を抱きながら、とうとうスラムの終わりまでやってきてしまった。そこは建物の代わりにレールが敷かれ、その先には真っ黒な坑道が口を開ける、炭鉱山になっていた。

「……けど、なんかくたびれてるな」

レールはさびつき、あちこちに空のトロッコが転がっている。うずたかく積まれた石ころの山からは、雑草がぼうぼうと茂っていた。エラゼムがかがんで、足もとのレールを調べる。

「どうやら、ずいぶん使われていないようですな。ミシェル嬢がここではもう石炭が採れなくなったと言っていましたから、廃坑か、それに近い状態なのかもしれません」

「廃鉱山か……けど、クエストボードには採掘依頼があったよな。こんなとこに潜っていくのか……?」

俺はうつろな口を開ける坑道入口をみやった。今にも崩れ落ちてくるんじゃないかとひやひやするな、俺なら。

「あ。やだ、あれ……」

ウィルがか細い声を出す。ウィルの視線を追ってみると、レールやら石ころやらで覆われた地面のわずかな一角に、木の柱が何本も立っている場所があった。柱の根本はこんもりと土が盛られていて、周りにはネギ坊主のような白い花がぐるりと植えられている。まるで周辺と区別する境界線みたいに……

「……もしかして、墓、か?」

「そう、だとおもいます……坑道での事故とか、魔物も出るって言ってましたもんね……」

てことは、その犠牲者たちの墓か。ウィルは静かに手を合わせ、名前も知らない犠牲者たちに祈りをささげた。

「この村で生きていこうと思ったら、かなーり苦労するのかもしれないな。それこそ、命がけになるくらい」

炭鉱をぐるっと見回り、結局手がかりを得られなかった帰り道で、俺はふっと漏らした。エラゼムがうなずく。

「地下での作業は、常に死と隣り合わせと聞きます。ルエーガー城の建設時も、洞窟をくりぬく作業中に何名もの死者が出たそうです」

「うわぁ……ここで女の人が働くとしたら、どんな仕事があるんだろうな。赤髪の子はお母さんと兄さんの三人家族だったんだし、働けるのはお母さんだけだよな」

「女手一つで二人の子どもとなると、相当でしょう。その母君がまことに丈夫な方でしたら、炭鉱で食い扶持があったやも知れませんが……もしかすると、ここよりいい場所を探して、そこに移り住んでいるのかもしれませんな」

「そうだな……うん、そうだといいな」

エラゼムはあえて、希望が持てる考えを言ったんだろう。俺も賛成だ。あきらめるのは、最後の最後でいいもんな。

「なんにしても、あんまり有益な情報は得られなかったな……気が進まないけど、またあの酒場にでも行ってみようか?」

しかし、あの客たちの対応を思い出すと、スラムよりもいい結果になるとはあまり思えないのも事実だった。

「私、あそこニガテです……」

ウィルが口をい~という形にした。

「大体、あの人たちはなんだって昼間からお祭り騒ぎなんですか?炭鉱でのお仕事はすごく大変みたいなのに、明るいうちからお酒を飲んでる余裕がどこにあるんでしょう?」

「それは、吾輩も気にかかっておりました」

エラゼムが賛同する。

「先ほどのスラムを見るに、彼らはとても酒をあおって暮らせるほど豊かには見えませんでした。となれば、あの酒場にいた連中は旧市街の人間ではなく、村部できちんとした家を持っている村民ではないでしょうか」

「富裕層ってことですか?」

「間違ってはいないでしょうが、どうでしょう。この村の主産業は鉱山業、しかし肝心の炭鉱脈は枯れつつある。そんな村でこれほどまでの貧富の差が生まれるとは考えにくいのですが……」

まあ、確かに。大都会ならともかく、こんな田舎で格差が生まれるものだろうか?一人の大地主がいるとか、豪農の家があるとかならわかるけどな。あの酒場にいた連中は、とても一つの家の人数じゃなかった。

「でも、だとすると……あの人たちは、なにか別の仕事でもしているんでしょうか」

「そうですな。それもかなり羽振りのいい、うまい商売かなにかのような……」

商売……俺の頭に、またもクレアから聞いた忠告が浮かび上がった……「南部の村で、怪しい品を売りさばく連中がいる」……まさか、な。
若干の不信感を抱きつつも、まずは話を聞いてみようということで、改めてあの酒場に向かっていた時だった。道の向こうから、服と同じ紫の傘を差したヴォール村長が歩いてきた。

「おや、昨日の!はて、奇遇ですな。こんな雨天にお散歩ですかな?」

村長は俺たちを見つけると、不思議そうな顔をしながら近づいてきた。ちょうどいい、こっちから行く手間が省けたな。

「村長さん。じつは、ちょっと村の人たちに聞き込みをしてたんだ」

「ほほう、聞き込み……」

村長の表情が一瞬こわばる。以前モンロービルでもこんなことがあったなと、ふと思い出した。

「それで、旅人殿は何を聞いておられたのかな?」

「ああ。俺たち、この村に知り合いの友達がいるって聞いてさ。その人に会ってみようと思ったんだけど、見つからなくって。村長さんならわかるかな?」

「まあ、私はこの村の長ですからな。住人のことは把握しているつもりですぞ。して、どのような?」

「赤い髪の女の子なんだ。俺と同い年くらいで、名はライラ」

「ライラ……」

ヴォール村長はあごに手をやると、自分の顔を隠すように傘をくるりと回した。しぶきが飛んでフランの顔にかかり、フランは八つ裂きにしてやろうかと言わんばかりに牙をむいた。

「……残念ですが、旅人殿。そのような少女は、今はこの村にはいないですな」

村長はきっぱりと言い切った。

「え?それって、どういう」

「もともとこの村は人の出入りが多い村なのです。街道のわきに立ち、常に旅人を迎え入れては、見送ってきた村ですからな。ですからふらりと現れて、いつの間にかいなくなる住民もしょっちゅうなのです。おそらくその少女も、そのうちの一人だったのでしょう」

「そう、か……」

「今私が把握している村民の中に、そのような者がいないことは確かです。お力になれず申し訳ありませんな。では、私はこれで」

いうだけ言うと、ヴォール村長はこれ以上の追及を避けるように、とっとと行ってしまった。

「……もしかしたら、ほんとうに出て行っちゃったのかもなぁ」

俺は帽子越しに頭をゴシゴシかいた。

「ただ、ひっかかるのは、村長さんといい婆さんといい、どうにもなんか隠したがってることなんだよな。村を出てくときに何かあったのかな……は、はっくしょん!」

うぅ、また冷えてきたかも。小雨とはいえ、服を乾かさないままウロウロしすぎたかな。見かねたウィルが言う。

「一度宿に戻りませんか?もうお昼も回っていますでしょうし、体を温めたほうがいいですよ」

「そ、そだな……ぁっくしょい!」

「ぎゃー!なんでこっちを向いてやるんですか!!」



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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