じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
3-1 不気味な村
3-1 不気味な村
「ふぅ、ひぃ……はぁ、ようやっと森を抜けたぞ。普通の道も、ずいぶん久々に感じるな」
俺は藪に引っかかった服のはしっこを引っ張って、一息ついた。道中歩いてきた森はそこらじゅう苔に覆われ、つるつる滑るんだ。おまけに、朝は晴れていた空からシトシト小雨が降りだして、俺はしょっちゅう足を滑らせた。ズボンが泥だらけだぜ、ちくしょう。
「街道に出たってことは、目的地まではもうすぐだよな?」
『ええ。サイレンの村は山腹にあるので、また山に入ることになりますが……あ、ほらあそこ。道がありますよ』
アニから光の筋がのび、その先には街道から逸れて、山の中へと入っていく細い峠道があった。
「うへ、また山道かよ」
『とっとと行きましょう。雨がひどくなるといけません』
俺たちは縦に連なって、その細い山道へ入っていった。でこぼこ、くねくね、ほとんど獣道だな。だがそれでも、完全に道なき道よりはずいぶん歩きやすい。俺は歩きながら、アニに話しかけるだけの余裕ができた。
「なぁアニ。お前が仕掛けたトラップって、発動するとどうなるんだ?」
『はい?ああ、大したことありません。睡眠誘発呪文と、座標攪乱呪文を、特定条件遅延魔法で封じ込めただけです』
「は……?」
『つまり、あの陣の上を通ったら、眠くなるのです。疲れている者ほどよく効く魔法なので、昼夜なくこちらを追い続けている追跡者にはてきめんでしょう』
「じゃあ、もう一つの座標……何とかっていうのは?」
『それは、こちらの位置を捕捉されないように、探知の目をごまかす魔法です。筋書き通りにいけば、追跡者は突然深く眠り込み、目が覚めたら私たちを見失っている。慌てて探知魔法のスクロールを使っても、効き目がない、と……』
「ほほー……完璧だな」
『もちろん、すべてうまくいったらの話です。兵士がAMAを装備していれば魔法の威力が弱まるかもしれませんし……だからこそ、あのカッパに一枚かませたわけですが』
「ああ、あれか。あれには、俺も面食らったなぁ」
そろそろ道も険しくなってきたので、俺たちはそこで話を切り上げて、あとは黙々と山を登った。ぱらぱらと降っていた雨はだんだんざぁざぁと強くなり、厚い雲によって辺りはすっかり暗くなってしまった。俺はマントをカバンから取り出して羽織ったが、すぐにぐっしょりと水を吸って使い物にならなくなってしまった。
「あ、桜下さん!村が見えましたよ!」
俺がすっかり濡れ鼠になり、体の芯まで冷え切ったころに、ウィルが村の明かりを見つけた。雨粒が入り込んでぼやける視界を向けると、確かに曇天の下にぼんやりしたオレンジ色が見える。
「あ、あ、あ、ありがたい……は、は、はやく……」
「そうですね、早く行きましょう。風邪でも引いたら大変ですよ!」
俺は歯をがたがた言わせながら、逃げ込むように村へと入った。
サイレン村は、ずいぶんさびれた村だった。あちこちに野草がはびこっていて、畑と思しき土地には、枯れて腐りかけたネギのような野菜がほったらかされている。田舎というだけなら、フランの故郷のモンロービルも負けてはいないが、あそこはどこか牧歌的で、温かみがあった。けどこの村は荒んでいるというか……ひどい雨のせいかもしれないけど、嫌な雰囲気だ。ウィルが半分崩れた小屋の近くを通って、顔をしかめる。小屋の中には、犬か猫か、崩れかけた獣の死骸のようなものが見えた。
「なんだか、すごいところに来てしまったんじゃないでしょうか……」
ウィルが不安そうにこぼすが、いまさら引き返せない。この雨じゃ、山道を歩くのは危険だろうな。
村の中心に向かうと、廃れた空気はいくらかましになった。暖かい明りを放つ、周りより一回り大きな建物がある……どうやら酒場のようだ。近づくと、中からは場違いなほど陽気な歌声が聞こえてきた。ずいぶん賑やかだなぁ。辺りは暗いとはいえ、まだ日没には早い時間だろうに……
「と、と、とりあえず、あ、あそこにいこう。なんにしても、温まらないと……」
俺は酒場の傷んだ木の扉に手をかけると、ぎぃぃと押し込んだ。
「……」「……」「……」
「うぉ」
今まで聞こえていた楽し気な声が、一瞬で止んだ。水を打ったようとは、まさにこのことだ。酒場の中には、結構な数の村人たちがいた。みんなそれぞれテーブルを囲んで、お互いの肩が触れ合いそうなくらいだ。その人たちが一斉に振り返り、戸口に現れた俺たちに真っ黒な瞳を向けている。な、なんだよ、まだ何にもしてないよな?
「あ、あの……」
「やぁやぁ、これは旅のお方!ようこそおこしなすった!」
俺が喉の奥からかろうじて声を絞り出したそのとき、ばかに明るい声で、一人の男が人波をかき分けてこちらへ歩いてきた。
「ようこそサイレンへ!さあ、どうぞこちらへ。そんなとこに突っ立っていないで」
その男はテカテカした紫色の服を着て、歳は中年くらいの痩せ型だ。服は貴族みたいなのに、顔は頬がこけ、目は落ちくぼんでみすぼらしい。なんともちぐはぐな印象だった。しかし顔に見合わない快活とした様子で、紫のおっさんはしきりに手招きをしている。い、いちおう歓迎してくれている?んだし、中に入って行っても大丈夫だよな?
「えっと、じゃあ、お邪魔します……」
俺たちが酒場の中に入ると、紫のおっさんは意気揚々と近くの空いているテーブルまで歩いていく。俺たちがゆっくりその後を追うと、近くにいた客たちはのけぞるように、いっせいに道を開けた。なんかいやな空気だな、おい。
「さぁ、どうぞテーブルへ!ほら、遠慮せずお座りなさい。いやぁ、雨に降られて災難でしたな。あ、テュルソスの花びら酒はいかがか?体の芯まで温まりますぞ」
「ああ、いや……」
「おっと失敬、まだ名を名乗っていませんでしたな、ははは。わたくしはヴォール、サイレン村の村長をしている者です」
「はあ、どうも。それより……」
「おお、わたくしとしたことが。皆さん、まずは腹ごしらえからでしたか。山道をのぼってさぞお疲れでしょう。あいにくと酒の肴ばかりですが、何か腹にたまるものを用意させましょう」
ヴォール村長は指をパキンと鳴らすと、近寄ってきた給仕の女性に聞き慣れない料理名を言いつけている。この人は、俺たちにしゃべらす気が無いのかもしれない……
「そんな顔して、心配しなくても結構。旅人殿に村長が酒の一杯も振る舞わぬようでは、この村の格が知れてしまいますからな」
「ああ、はい。どうも……」
「しかし、ぱっとお見受けした感じですと、酒をたしなむ年齢の方は少ないようにも……みなさん、どのような目的でこの村に?若い方が目を引かれるようなものは、まことに残念ながらこの村には少ないですが」
「ええっと……旅の途中で立ち寄ったんだ。ひどい雨だったから、雨宿りがしたくて」
「なんと!お若いうちから世界をまわっているとは、将来が楽しみでなりません。皆様はどちらからおいでで?」
「前に寄ったのは、ラクーンの町だよ」
「ほほぉ、ラクーン……」
うん?一瞬、ヴォール村長の目がきらりと光った気がしたが、すぐにからっとした笑みで隠されてしまった。
「では、ぜひ我らがサイレンで、旅の疲れをいやしていってください。この雨ですから、今日はここでお休みになるのでしょう?」
「そのつもりだよ。後で宿の場所を教えてくれます?」
「もちろん。何もない村ですが、宿くらいならご用意できますので。おお、ちょうど料理も出てきましたぞ」
暗い顔のウェイトレスは、料理の皿を数枚あらっぽく机に並べた。ガチャっと皿が鳴るが、ウェイトレスもヴォール村長も気にする様子はない。ここでは、いつもこんなもんなのかな?出てきた料理は、しなびた鶏肉のようなものに、得体のしれない赤と緑と黄色の葉っぱがふりかかった焼き料理だった。
「ごちそうさせてください。旅人さんがやってきたのはずいぶん久々なのです。ささ、ぜひぜひ」
ヴォール村長が笑顔で勧める。俺は愛想笑いを返すと、その謎の料理を口に運んだ……
(……よかった)
大した量じゃなくて、ほんとによかった。せっかくふるまってもらったのに、残すなんてできないだろうから。うぅ……
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「ふぅ、ひぃ……はぁ、ようやっと森を抜けたぞ。普通の道も、ずいぶん久々に感じるな」
俺は藪に引っかかった服のはしっこを引っ張って、一息ついた。道中歩いてきた森はそこらじゅう苔に覆われ、つるつる滑るんだ。おまけに、朝は晴れていた空からシトシト小雨が降りだして、俺はしょっちゅう足を滑らせた。ズボンが泥だらけだぜ、ちくしょう。
「街道に出たってことは、目的地まではもうすぐだよな?」
『ええ。サイレンの村は山腹にあるので、また山に入ることになりますが……あ、ほらあそこ。道がありますよ』
アニから光の筋がのび、その先には街道から逸れて、山の中へと入っていく細い峠道があった。
「うへ、また山道かよ」
『とっとと行きましょう。雨がひどくなるといけません』
俺たちは縦に連なって、その細い山道へ入っていった。でこぼこ、くねくね、ほとんど獣道だな。だがそれでも、完全に道なき道よりはずいぶん歩きやすい。俺は歩きながら、アニに話しかけるだけの余裕ができた。
「なぁアニ。お前が仕掛けたトラップって、発動するとどうなるんだ?」
『はい?ああ、大したことありません。睡眠誘発呪文と、座標攪乱呪文を、特定条件遅延魔法で封じ込めただけです』
「は……?」
『つまり、あの陣の上を通ったら、眠くなるのです。疲れている者ほどよく効く魔法なので、昼夜なくこちらを追い続けている追跡者にはてきめんでしょう』
「じゃあ、もう一つの座標……何とかっていうのは?」
『それは、こちらの位置を捕捉されないように、探知の目をごまかす魔法です。筋書き通りにいけば、追跡者は突然深く眠り込み、目が覚めたら私たちを見失っている。慌てて探知魔法のスクロールを使っても、効き目がない、と……』
「ほほー……完璧だな」
『もちろん、すべてうまくいったらの話です。兵士がAMAを装備していれば魔法の威力が弱まるかもしれませんし……だからこそ、あのカッパに一枚かませたわけですが』
「ああ、あれか。あれには、俺も面食らったなぁ」
そろそろ道も険しくなってきたので、俺たちはそこで話を切り上げて、あとは黙々と山を登った。ぱらぱらと降っていた雨はだんだんざぁざぁと強くなり、厚い雲によって辺りはすっかり暗くなってしまった。俺はマントをカバンから取り出して羽織ったが、すぐにぐっしょりと水を吸って使い物にならなくなってしまった。
「あ、桜下さん!村が見えましたよ!」
俺がすっかり濡れ鼠になり、体の芯まで冷え切ったころに、ウィルが村の明かりを見つけた。雨粒が入り込んでぼやける視界を向けると、確かに曇天の下にぼんやりしたオレンジ色が見える。
「あ、あ、あ、ありがたい……は、は、はやく……」
「そうですね、早く行きましょう。風邪でも引いたら大変ですよ!」
俺は歯をがたがた言わせながら、逃げ込むように村へと入った。
サイレン村は、ずいぶんさびれた村だった。あちこちに野草がはびこっていて、畑と思しき土地には、枯れて腐りかけたネギのような野菜がほったらかされている。田舎というだけなら、フランの故郷のモンロービルも負けてはいないが、あそこはどこか牧歌的で、温かみがあった。けどこの村は荒んでいるというか……ひどい雨のせいかもしれないけど、嫌な雰囲気だ。ウィルが半分崩れた小屋の近くを通って、顔をしかめる。小屋の中には、犬か猫か、崩れかけた獣の死骸のようなものが見えた。
「なんだか、すごいところに来てしまったんじゃないでしょうか……」
ウィルが不安そうにこぼすが、いまさら引き返せない。この雨じゃ、山道を歩くのは危険だろうな。
村の中心に向かうと、廃れた空気はいくらかましになった。暖かい明りを放つ、周りより一回り大きな建物がある……どうやら酒場のようだ。近づくと、中からは場違いなほど陽気な歌声が聞こえてきた。ずいぶん賑やかだなぁ。辺りは暗いとはいえ、まだ日没には早い時間だろうに……
「と、と、とりあえず、あ、あそこにいこう。なんにしても、温まらないと……」
俺は酒場の傷んだ木の扉に手をかけると、ぎぃぃと押し込んだ。
「……」「……」「……」
「うぉ」
今まで聞こえていた楽し気な声が、一瞬で止んだ。水を打ったようとは、まさにこのことだ。酒場の中には、結構な数の村人たちがいた。みんなそれぞれテーブルを囲んで、お互いの肩が触れ合いそうなくらいだ。その人たちが一斉に振り返り、戸口に現れた俺たちに真っ黒な瞳を向けている。な、なんだよ、まだ何にもしてないよな?
「あ、あの……」
「やぁやぁ、これは旅のお方!ようこそおこしなすった!」
俺が喉の奥からかろうじて声を絞り出したそのとき、ばかに明るい声で、一人の男が人波をかき分けてこちらへ歩いてきた。
「ようこそサイレンへ!さあ、どうぞこちらへ。そんなとこに突っ立っていないで」
その男はテカテカした紫色の服を着て、歳は中年くらいの痩せ型だ。服は貴族みたいなのに、顔は頬がこけ、目は落ちくぼんでみすぼらしい。なんともちぐはぐな印象だった。しかし顔に見合わない快活とした様子で、紫のおっさんはしきりに手招きをしている。い、いちおう歓迎してくれている?んだし、中に入って行っても大丈夫だよな?
「えっと、じゃあ、お邪魔します……」
俺たちが酒場の中に入ると、紫のおっさんは意気揚々と近くの空いているテーブルまで歩いていく。俺たちがゆっくりその後を追うと、近くにいた客たちはのけぞるように、いっせいに道を開けた。なんかいやな空気だな、おい。
「さぁ、どうぞテーブルへ!ほら、遠慮せずお座りなさい。いやぁ、雨に降られて災難でしたな。あ、テュルソスの花びら酒はいかがか?体の芯まで温まりますぞ」
「ああ、いや……」
「おっと失敬、まだ名を名乗っていませんでしたな、ははは。わたくしはヴォール、サイレン村の村長をしている者です」
「はあ、どうも。それより……」
「おお、わたくしとしたことが。皆さん、まずは腹ごしらえからでしたか。山道をのぼってさぞお疲れでしょう。あいにくと酒の肴ばかりですが、何か腹にたまるものを用意させましょう」
ヴォール村長は指をパキンと鳴らすと、近寄ってきた給仕の女性に聞き慣れない料理名を言いつけている。この人は、俺たちにしゃべらす気が無いのかもしれない……
「そんな顔して、心配しなくても結構。旅人殿に村長が酒の一杯も振る舞わぬようでは、この村の格が知れてしまいますからな」
「ああ、はい。どうも……」
「しかし、ぱっとお見受けした感じですと、酒をたしなむ年齢の方は少ないようにも……みなさん、どのような目的でこの村に?若い方が目を引かれるようなものは、まことに残念ながらこの村には少ないですが」
「ええっと……旅の途中で立ち寄ったんだ。ひどい雨だったから、雨宿りがしたくて」
「なんと!お若いうちから世界をまわっているとは、将来が楽しみでなりません。皆様はどちらからおいでで?」
「前に寄ったのは、ラクーンの町だよ」
「ほほぉ、ラクーン……」
うん?一瞬、ヴォール村長の目がきらりと光った気がしたが、すぐにからっとした笑みで隠されてしまった。
「では、ぜひ我らがサイレンで、旅の疲れをいやしていってください。この雨ですから、今日はここでお休みになるのでしょう?」
「そのつもりだよ。後で宿の場所を教えてくれます?」
「もちろん。何もない村ですが、宿くらいならご用意できますので。おお、ちょうど料理も出てきましたぞ」
暗い顔のウェイトレスは、料理の皿を数枚あらっぽく机に並べた。ガチャっと皿が鳴るが、ウェイトレスもヴォール村長も気にする様子はない。ここでは、いつもこんなもんなのかな?出てきた料理は、しなびた鶏肉のようなものに、得体のしれない赤と緑と黄色の葉っぱがふりかかった焼き料理だった。
「ごちそうさせてください。旅人さんがやってきたのはずいぶん久々なのです。ささ、ぜひぜひ」
ヴォール村長が笑顔で勧める。俺は愛想笑いを返すと、その謎の料理を口に運んだ……
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