じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
9-2
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頭上には、さんさんと輝く星たちが、まるできらめくビーズをばら撒いたように浮かんでいる。なら、夜空は漆黒色の生地だな。大きく広げたヴェールに、キラキラのスパンコールを縫い付けて……俺はそんなことをぼけーっと考えながら、もそもそとパンを噛みしめていた。日が暮れてから、どれくらい経ったんだろう?
ラクーンの町を脱出してから、四半日くらいは過ぎた気がする。俺とフランは、ウィルの暗躍のおかげで手薄になった門を楽々突破し、後はひたすら町から遠ざかるように歩き続けた。街道を進もうとも思ったが、追手と出くわすリスクもある。そこで俺たちは、町のそばを流れるでっかい川に沿って移動をしていた。
川岸には背の高い葦が生え揃い、歩くたびに鋭い葉っぱが頬を叩く。歩きにくいことこの上なかったが、同時に草が俺たちの姿を隠してくれていた。それでも日が落ちて、足元もろくに見えなくなると、俺たちもいい加減止まらざるを得なくなった。
「これ以上歩くと川に落っこちそうだし、ここらでみんなを待とうか」
俺とフランは河原に腰を下ろすと、そこでウィルとエラゼムを待つことにした。川沿いを進むことは、町にいた時に打ち合わせ済みだった。ここで待っていれば、追いついた仲間と合流できるはずだ。
それから数十分ほどで、満身創痍のウィルが俺たちに追いついた。なんでも魔法に憑依にと、力を使いすぎてしまったらしい。
「ふぅ、ふぅ……幽霊になってから、疲れを感じたのは初めてです……」
「おい、大丈夫かよ?顔色悪いぜ」
「それは元からです……」
ウィルの症状を、アニは“魂疲れ”と診断した。
『おそらく、魔力を使いすぎたことによる反動でしょう。肉体的な疲れというよりは、魂が弱っている状態です』
「ええ!まずいぜ、ウィルの体は魂そのものなんだから……」
『まあ、ほっとけば一日で元に戻るでしょう。本職の魔術師でないのですから、この程度の反動はよくあることですよ』
「あ、そうなのか?ならいいんだけど……」
「すみません、桜下さん……今は少しでも逃げなきゃいけないんでしょうけど……ちょっとだけ、休んでもいいですか……」
「ああ、そうしろよ。どうせエラゼムもまだなんだ、ちょっと休憩しようぜ」
というわけで、ウィルは河原のそばの木にもたれて座っている。寝ているわけではないみたいだ。両手を合わせているから、祈祷をしているのかもしれない。忘れがちだけど、いちおう彼女はシスターだからな。
フランはその木に登って、足をぶらぶらさせている。退屈そうに見えるけど、あれはたぶん、高いところから周囲を見張ってくれているんだ。フランは夜目が利くからな。思考が読みづらい彼女だが、それくらいのことは、俺にもわかるようになってきていた。
そして俺はクレアの店で買ったパンを食べながら、最後の一人、エラゼムを待ち続けている。あたりはすっかり真っ暗だが、追っ手に備えて、目立つたき火は焚いていない。けどあの鎧がガシャガシャ鳴る音がすれば、すぐにエラゼムだとわかるはずなんだ。
だというのに、彼は一向に姿を現さない。まさか……いや、エラゼムほどの腕があれば、そうそうやられたりはしないはずだ。ウィルが町を出るときも、エラゼムが倒されたなんて話は聞いていなかったって言うし。
(けどそれなら、ちょっと遅すぎるぜ……)
エラゼムと別れた時のことを思い出す。川岸で合流しようと言い出したのは、そもそも彼だった。
「追っ手が来ないとも限りませんから、脱出したのちはステュクス川沿いに進みましょう」
「川沿いか。じゃあ行ける所まで行ったら、俺たちはみんなを待ってればいいな……けどさ、エラゼム。エラゼムのいる東門からだと、だいぶ遠回りになるんじゃないか?」
ステュクス川は、町の西から流れてきている。東門から出るとなると、ぐるりと大回りしなければ合流できない。
「そうですな。しかし、おそらく吾輩が兵の目を一番多く引き付けることになりましょうから、その目を撒く時間が必要です。その時間をそこへ充てましょう」
「追っ手か……なあ、ほんとに平気か?たぶんエラゼムに集まる追っ手はすごい数になるぜ。俺たちの計画だと、最終的に町中の兵士が東門に向かうんだから。それでも大丈夫か?」
「ええ。ちょっとした秘策もございます。うまく逃げおおせて見せましょう」
(……っていうから、信じちゃいるけど……ちょっと不安だぜ)
俺はいまだに、ぼーっと星明りを眺めている。聞こえる音といったら、川のせせらぎか、時おり鳴くフクロウの声くらいだ。あの鎧の騒々しい音は、まだ聞こえてこない……
ちゃぷり。
「ん……?」
川面で水の跳ねる音がした。魚でもいるのかな?
ジャリリッ!
「わっ、びっくりした。フラン、脅かすなよ」
河原の石を踏みしめたのは、突然木から飛び降りたフランだった。すぐそばに着地されたウィルは目を白黒させている。だがフランは俺たちにはお構いなしに、真っ暗な川岸へと近づいていく。
「フラン……?」
フランがこういうリアクションをする時は、決まって……
ドプン!ひときわ大きな気泡が、川面に跳ね上がった……おかしい。魚にしちゃ、ちょっと活きが良すぎやしないか。水中からはなおも、ぷくぷくと小さなあぶくが浮かび続けている。まるで水底で、何かが蠢いているみたいだ……
「下がって」
フランが静かに告げると、俺は一歩後ろに下がった。いまや俺の目にもはっきりと、水面下の黒い影が見えていた。それはゆっくりとこちらへ向かってくる。ウィルも不安そうな顔でこちらを見つめている。
「来るぞ……」
そしてついに、そいつが川面に姿を現した!ザバァーー!
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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頭上には、さんさんと輝く星たちが、まるできらめくビーズをばら撒いたように浮かんでいる。なら、夜空は漆黒色の生地だな。大きく広げたヴェールに、キラキラのスパンコールを縫い付けて……俺はそんなことをぼけーっと考えながら、もそもそとパンを噛みしめていた。日が暮れてから、どれくらい経ったんだろう?
ラクーンの町を脱出してから、四半日くらいは過ぎた気がする。俺とフランは、ウィルの暗躍のおかげで手薄になった門を楽々突破し、後はひたすら町から遠ざかるように歩き続けた。街道を進もうとも思ったが、追手と出くわすリスクもある。そこで俺たちは、町のそばを流れるでっかい川に沿って移動をしていた。
川岸には背の高い葦が生え揃い、歩くたびに鋭い葉っぱが頬を叩く。歩きにくいことこの上なかったが、同時に草が俺たちの姿を隠してくれていた。それでも日が落ちて、足元もろくに見えなくなると、俺たちもいい加減止まらざるを得なくなった。
「これ以上歩くと川に落っこちそうだし、ここらでみんなを待とうか」
俺とフランは河原に腰を下ろすと、そこでウィルとエラゼムを待つことにした。川沿いを進むことは、町にいた時に打ち合わせ済みだった。ここで待っていれば、追いついた仲間と合流できるはずだ。
それから数十分ほどで、満身創痍のウィルが俺たちに追いついた。なんでも魔法に憑依にと、力を使いすぎてしまったらしい。
「ふぅ、ふぅ……幽霊になってから、疲れを感じたのは初めてです……」
「おい、大丈夫かよ?顔色悪いぜ」
「それは元からです……」
ウィルの症状を、アニは“魂疲れ”と診断した。
『おそらく、魔力を使いすぎたことによる反動でしょう。肉体的な疲れというよりは、魂が弱っている状態です』
「ええ!まずいぜ、ウィルの体は魂そのものなんだから……」
『まあ、ほっとけば一日で元に戻るでしょう。本職の魔術師でないのですから、この程度の反動はよくあることですよ』
「あ、そうなのか?ならいいんだけど……」
「すみません、桜下さん……今は少しでも逃げなきゃいけないんでしょうけど……ちょっとだけ、休んでもいいですか……」
「ああ、そうしろよ。どうせエラゼムもまだなんだ、ちょっと休憩しようぜ」
というわけで、ウィルは河原のそばの木にもたれて座っている。寝ているわけではないみたいだ。両手を合わせているから、祈祷をしているのかもしれない。忘れがちだけど、いちおう彼女はシスターだからな。
フランはその木に登って、足をぶらぶらさせている。退屈そうに見えるけど、あれはたぶん、高いところから周囲を見張ってくれているんだ。フランは夜目が利くからな。思考が読みづらい彼女だが、それくらいのことは、俺にもわかるようになってきていた。
そして俺はクレアの店で買ったパンを食べながら、最後の一人、エラゼムを待ち続けている。あたりはすっかり真っ暗だが、追っ手に備えて、目立つたき火は焚いていない。けどあの鎧がガシャガシャ鳴る音がすれば、すぐにエラゼムだとわかるはずなんだ。
だというのに、彼は一向に姿を現さない。まさか……いや、エラゼムほどの腕があれば、そうそうやられたりはしないはずだ。ウィルが町を出るときも、エラゼムが倒されたなんて話は聞いていなかったって言うし。
(けどそれなら、ちょっと遅すぎるぜ……)
エラゼムと別れた時のことを思い出す。川岸で合流しようと言い出したのは、そもそも彼だった。
「追っ手が来ないとも限りませんから、脱出したのちはステュクス川沿いに進みましょう」
「川沿いか。じゃあ行ける所まで行ったら、俺たちはみんなを待ってればいいな……けどさ、エラゼム。エラゼムのいる東門からだと、だいぶ遠回りになるんじゃないか?」
ステュクス川は、町の西から流れてきている。東門から出るとなると、ぐるりと大回りしなければ合流できない。
「そうですな。しかし、おそらく吾輩が兵の目を一番多く引き付けることになりましょうから、その目を撒く時間が必要です。その時間をそこへ充てましょう」
「追っ手か……なあ、ほんとに平気か?たぶんエラゼムに集まる追っ手はすごい数になるぜ。俺たちの計画だと、最終的に町中の兵士が東門に向かうんだから。それでも大丈夫か?」
「ええ。ちょっとした秘策もございます。うまく逃げおおせて見せましょう」
(……っていうから、信じちゃいるけど……ちょっと不安だぜ)
俺はいまだに、ぼーっと星明りを眺めている。聞こえる音といったら、川のせせらぎか、時おり鳴くフクロウの声くらいだ。あの鎧の騒々しい音は、まだ聞こえてこない……
ちゃぷり。
「ん……?」
川面で水の跳ねる音がした。魚でもいるのかな?
ジャリリッ!
「わっ、びっくりした。フラン、脅かすなよ」
河原の石を踏みしめたのは、突然木から飛び降りたフランだった。すぐそばに着地されたウィルは目を白黒させている。だがフランは俺たちにはお構いなしに、真っ暗な川岸へと近づいていく。
「フラン……?」
フランがこういうリアクションをする時は、決まって……
ドプン!ひときわ大きな気泡が、川面に跳ね上がった……おかしい。魚にしちゃ、ちょっと活きが良すぎやしないか。水中からはなおも、ぷくぷくと小さなあぶくが浮かび続けている。まるで水底で、何かが蠢いているみたいだ……
「下がって」
フランが静かに告げると、俺は一歩後ろに下がった。いまや俺の目にもはっきりと、水面下の黒い影が見えていた。それはゆっくりとこちらへ向かってくる。ウィルも不安そうな顔でこちらを見つめている。
「来るぞ……」
そしてついに、そいつが川面に姿を現した!ザバァーー!
つづく
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