じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
9-1 脱出
9-1 脱出
(……む?あの軌道……)
エラゼムはエドガーに突き付けていた大剣を持ち上げ、虫でも払うかのように宙を薙いだ。
コキン。大剣に弾かれたのは、一本の矢だった。
「エドガー隊長!ご無事でありますかー!」
矢の飛んできた方向からは、また新たな増援であろう兵士たちの大軍が走ってきていた。おおかた、あの中の誰かが矢を放ったのであろうが……
(吾輩が弾かなければ、矢は彼らの隊長に当たっていただろうな)
エラゼムはやれやれとため息をついた。敵味方が入り混じる場所へ矢を放つとは。王国兵のレベルもたかが知れているかもしれない。
「お前たち、どうしてここへ……?」
エドガーが目を丸くして、集まった援軍を見つめる。この町にはもう援助に回れる兵が残っていないことくらい、彼もよく理解していた。それなのに……
「はっ。ヘイズ殿の指示に従い、隊長殿をお助けにやってまいりました」
「ヘイズが?しかし、どこからこんなに兵を集めたのだ。もう動ける兵はいないはず……」
「西と北門を守っていた兵たちです。勇者がここに現れたとのことで、全軍をあげて捕縛に参りました」
「なに!?勇者が現れただと?どういうことだ」
「は?ですから、ここに勇者が潜伏しているという連絡を受けたと……」
「な、なんのことだ?こちらからそんなことを言ったと?ばかな、誰も伝令には出しておらんぞ!」
「えぇ!?ですが、ヘイズ殿が……」
援軍の兵たちの間に、どよめきが広がる。せっかく助けに駆け付けたのに、どうにも雰囲気がおかしいぞ……東門を守っていた兵士たちも、突如持ち場を放棄して現れた同僚たちに、疑惑の目を向けている。何かが、おかしい。兵士たちは肌に触れる空気から、そんな気配を感じ取り始めていた。
(おお。ウィル嬢、うまくいったようですな)
エラゼムはほくそ笑んだが、彼の表情を知るものは、彼以外には一人もいなかった。
「では、そろそろ吾輩も撤退するとしよう。手合わせの途中ではあるが、これにてごめん」
エラゼムはそれだけ言い残すと、くるりと反転して、一目散に走り出した。途中ではじき飛ばされた兜を拾い上げ、向かうのはほとんど警備兵を剥がされた門だ。
「ぬぁ!奴め、逃げる気だぞ!」
エドガーが我に返って叫ぶ。まだ元気が残った兵たちが門の前を固めるが、彼らでエラゼムの相手が務まるはずはなかった。エラゼムは剣をまっすぐ構えると、剣の腹で兵士たちを横なぎした。バッシーン!
「ぶふぇっ」
「ちと荒っぽいが、許せよ。切らぬという約束なのだ」
今までの均衡が嘘の様に、あっという間に門は突破された。エラゼムの背後からは矢が雨脚の如く、それこそ追いすがるように飛んできたが、彼の鉄の体には全く無意味だった。無論、それで彼が足を止めることなど、あるはずもない。
エラゼムは悠々と、ラクーンの町を脱出した。
「ちぃ!逃げたか」
エドガーは悔しそうに拳を地面に打ち付けた。
「しかし、奴だけ逃げたところで、まだ勇者はこの町にいる。主人を見捨てたのか……?」
しかし自分で言っておきながら、エドガーは納得していなかった。あの騎士は死霊の分際で、ずいぶんと忠義を通す物言いをしていた。そんな奴がみすみす勇者を捨てるか……?
「っと、今はそれどころではないな。おい、お前たち!ヘイズの指示できたとのことだが、詳しく説明してもらおうか」
エドガーは援軍に来たという兵士たちに向き直った。兵士たちはびくりと身をすくませてから、おずおずと口を開く。
「あ、あの、ですから……ここで勇者の居場所が分かったとの報を受けたと、ヘイズ殿がおっしゃったのです。我々はその指示に従い、町中の部隊と合流してこちらへ……」
「その報の出所はどこだ?そんな連絡は一度もしてはいない!」
「わ、我々も詳しくは……ただ指示に従っただけで……」
兵士はすっかり萎縮してしまい、エドガーはチッと舌打ちをした。どこかで食い違いでもあったのか。だがあのヘイズが、そんな早とちりをするだろうか……?
(ちっ、あの騎士を追うべきか、勇者に備えるべきか……)
「報告ー!エドガー隊長はいますか!緊急のご報告です!」
「ん?私はここだぞ!」
「おお、隊長どの!大変です!」
エドガーたちの前に血相を変えて駆け込んで来たのは、ひょろりとした若い兵だった。
(ん?確かこやつ、本陣にてヘイズの補佐をしていたもののはず……どうして前線に?)
エドガーは首を傾げたが、今は黙って急ぎの報とやらを聞く事にした。
「司令部からの使いの者です。実は、ヘイズ殿が何者かに昏倒させられた状態で発見されまして……」
「は?どういうことだ」
「それが、どうにも呪術の類をかけられ、意識を操られていたそうなのです!」
「なにぃ!?」
エドガーと、そして援軍に来ていた兵士たちが、そろってカッと目を見開いた。
「そ、それでは!全軍をここに集めよという指示は……」
「ヘイズ殿ご本人の指示ではありません。ヘイズ殿にこの数十分の記憶はなく、その間は敵に操られていた可能性があります……」
「なんてこった……」
援軍に駆けつけた兵士は、ガックリと膝をついた。
「これも勇者の仕業なのか?だとしたら、奴の狙いは……」
エドガーの脳裏に、嫌な予感が走った。まさにその時、新たな伝令の兵士が、エドガーたちのもとへ駆けつけた。その兵士は、汗だくの顔で、こう言った。
「ご報告!勇者が、西門から町外へ脱走しました!」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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(……む?あの軌道……)
エラゼムはエドガーに突き付けていた大剣を持ち上げ、虫でも払うかのように宙を薙いだ。
コキン。大剣に弾かれたのは、一本の矢だった。
「エドガー隊長!ご無事でありますかー!」
矢の飛んできた方向からは、また新たな増援であろう兵士たちの大軍が走ってきていた。おおかた、あの中の誰かが矢を放ったのであろうが……
(吾輩が弾かなければ、矢は彼らの隊長に当たっていただろうな)
エラゼムはやれやれとため息をついた。敵味方が入り混じる場所へ矢を放つとは。王国兵のレベルもたかが知れているかもしれない。
「お前たち、どうしてここへ……?」
エドガーが目を丸くして、集まった援軍を見つめる。この町にはもう援助に回れる兵が残っていないことくらい、彼もよく理解していた。それなのに……
「はっ。ヘイズ殿の指示に従い、隊長殿をお助けにやってまいりました」
「ヘイズが?しかし、どこからこんなに兵を集めたのだ。もう動ける兵はいないはず……」
「西と北門を守っていた兵たちです。勇者がここに現れたとのことで、全軍をあげて捕縛に参りました」
「なに!?勇者が現れただと?どういうことだ」
「は?ですから、ここに勇者が潜伏しているという連絡を受けたと……」
「な、なんのことだ?こちらからそんなことを言ったと?ばかな、誰も伝令には出しておらんぞ!」
「えぇ!?ですが、ヘイズ殿が……」
援軍の兵たちの間に、どよめきが広がる。せっかく助けに駆け付けたのに、どうにも雰囲気がおかしいぞ……東門を守っていた兵士たちも、突如持ち場を放棄して現れた同僚たちに、疑惑の目を向けている。何かが、おかしい。兵士たちは肌に触れる空気から、そんな気配を感じ取り始めていた。
(おお。ウィル嬢、うまくいったようですな)
エラゼムはほくそ笑んだが、彼の表情を知るものは、彼以外には一人もいなかった。
「では、そろそろ吾輩も撤退するとしよう。手合わせの途中ではあるが、これにてごめん」
エラゼムはそれだけ言い残すと、くるりと反転して、一目散に走り出した。途中ではじき飛ばされた兜を拾い上げ、向かうのはほとんど警備兵を剥がされた門だ。
「ぬぁ!奴め、逃げる気だぞ!」
エドガーが我に返って叫ぶ。まだ元気が残った兵たちが門の前を固めるが、彼らでエラゼムの相手が務まるはずはなかった。エラゼムは剣をまっすぐ構えると、剣の腹で兵士たちを横なぎした。バッシーン!
「ぶふぇっ」
「ちと荒っぽいが、許せよ。切らぬという約束なのだ」
今までの均衡が嘘の様に、あっという間に門は突破された。エラゼムの背後からは矢が雨脚の如く、それこそ追いすがるように飛んできたが、彼の鉄の体には全く無意味だった。無論、それで彼が足を止めることなど、あるはずもない。
エラゼムは悠々と、ラクーンの町を脱出した。
「ちぃ!逃げたか」
エドガーは悔しそうに拳を地面に打ち付けた。
「しかし、奴だけ逃げたところで、まだ勇者はこの町にいる。主人を見捨てたのか……?」
しかし自分で言っておきながら、エドガーは納得していなかった。あの騎士は死霊の分際で、ずいぶんと忠義を通す物言いをしていた。そんな奴がみすみす勇者を捨てるか……?
「っと、今はそれどころではないな。おい、お前たち!ヘイズの指示できたとのことだが、詳しく説明してもらおうか」
エドガーは援軍に来たという兵士たちに向き直った。兵士たちはびくりと身をすくませてから、おずおずと口を開く。
「あ、あの、ですから……ここで勇者の居場所が分かったとの報を受けたと、ヘイズ殿がおっしゃったのです。我々はその指示に従い、町中の部隊と合流してこちらへ……」
「その報の出所はどこだ?そんな連絡は一度もしてはいない!」
「わ、我々も詳しくは……ただ指示に従っただけで……」
兵士はすっかり萎縮してしまい、エドガーはチッと舌打ちをした。どこかで食い違いでもあったのか。だがあのヘイズが、そんな早とちりをするだろうか……?
(ちっ、あの騎士を追うべきか、勇者に備えるべきか……)
「報告ー!エドガー隊長はいますか!緊急のご報告です!」
「ん?私はここだぞ!」
「おお、隊長どの!大変です!」
エドガーたちの前に血相を変えて駆け込んで来たのは、ひょろりとした若い兵だった。
(ん?確かこやつ、本陣にてヘイズの補佐をしていたもののはず……どうして前線に?)
エドガーは首を傾げたが、今は黙って急ぎの報とやらを聞く事にした。
「司令部からの使いの者です。実は、ヘイズ殿が何者かに昏倒させられた状態で発見されまして……」
「は?どういうことだ」
「それが、どうにも呪術の類をかけられ、意識を操られていたそうなのです!」
「なにぃ!?」
エドガーと、そして援軍に来ていた兵士たちが、そろってカッと目を見開いた。
「そ、それでは!全軍をここに集めよという指示は……」
「ヘイズ殿ご本人の指示ではありません。ヘイズ殿にこの数十分の記憶はなく、その間は敵に操られていた可能性があります……」
「なんてこった……」
援軍に駆けつけた兵士は、ガックリと膝をついた。
「これも勇者の仕業なのか?だとしたら、奴の狙いは……」
エドガーの脳裏に、嫌な予感が走った。まさにその時、新たな伝令の兵士が、エドガーたちのもとへ駆けつけた。その兵士は、汗だくの顔で、こう言った。
「ご報告!勇者が、西門から町外へ脱走しました!」
つづく
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読了ありがとうございました。
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