じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

5-3

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「え!桜下さん、いいんですか?」

「よろしいんですか、桜下殿?」

ウィルとエラゼムがそろって声を立てた。ウィルは見えないのをいいことに、クレアの顔に指を突きつける。

「どう見ても、この人はそれを欲しがってますよ!ぜったい値打ちものなんですって、それ!」

「あーっと、いいんだよ、エラゼム」

俺はエラゼムに話しかけるふりをして、目だけをウィルに向けた。

「確かに骨董屋を端から端まで回れば、もっと高値で買ってくれるところもあるかもしれないけどさ。現状、それをしてる時間は俺たちにはないし、それができたら最初からそうしてるしな」

「それは、まあ……じゃなきゃ物々交換なんて、しないですし……」

ウィルとエラゼムが揃ってうなずく。二人に同時に話しかけているから、ちょっとややこしいな。

「それに、せっかくクリスが教えてくれて、この店に出会えたんだ。どうせならいい買い物がしたいし、半額になるのも悪くないだろ?」

「……はあ。桜下さんがそう言うなら、いいですけど……」

「吾輩も桜下殿がそうおっしゃるのでしたら、何も言うことはございません」

「だってさ。てことで、はいこれ」

俺は改めて銀細工をクレアに差し出す。クレアはそれを受け取ると、にこりと笑った。

「ふふふ。商談成立ね」

「おおげさだな。ただの買い物だよ」

「あら。品と品、金銭と対価の交換だもの。立派な取引だわ」

そんなもんかね。クレアは受け取った銀細工をじーっと見下ろし、にこにこ笑っている。ウィルがそれを見てまたぶつくさ言っていたが、俺は無視して残りの分の銀貨も支払った。

「じゃ、残りのぶんな」

「はい、たしかに……あら?今気づいたけれど、これ、ずいぶん古いデザインの銀貨ね。四、五十年前のものじゃない?」

「え?あっ……」

そりゃそうだ。百年前に使われていたコインだから。

「もしかして、もう使えないのか!?」

「そんなことはないけれど。ウチの宿でも問題なく使えたでしょ?妹が教えてくれなかったかしら?」

「ん~……いや、特に何も言ってなかったな、そういや。指摘もされなかったよ」

「もう、あの子ったら……ホントに大丈夫かしら」

クレアは額に手をついて、はぁ~と息を吐いた。ははは……クリスが店を継ぐのは、当分先になりそうだな。

「今度帰って、特訓をしてあげなきゃね。とりあえず、はいこれ。お品物と、マントに鞘」

クレアはパンパンに膨らんだ荷袋と、大きなマントに、ベルトに繋がった鞘を差し出した。袋はエラゼムに任せて、俺はマントをはおり、鞘を腰に通す。おお、なんだか冒険家っぽくなったな?

「……けど、このマント、あっついな……動きづらいし」

「そうね、普段はカバンにしまっておくといいかも。丈夫な素材だし、冬は暖かいんだけどね。今の時期じゃ、夜しか出番はないかもしれないわ」

「ま、それでも十分だ。よし、これで必要なものは全部そろったな」

「あ、待って待って。はい、これ」

ん?クレアはそう言って、何か小さな袋……お守りか?をこちらに差し出した。

「なんだ、これ?」

「サービスよ。魔物除けのポプリ。旅先で少しは役に立つんじゃない?」

「あ、そうなんだ。ありがとう……」

けど、どうして?俺の目がそう語っていたのか、クレアはにこりと笑った。

「あたし、あなたのこと気に入っちゃった。いい取引もさせてもらったし。次来た時は、う~んとサービスさせてもらうわ」

クレアはウィンクすると、ちゅっと投げキッスをよこした。俺はぞわっとして、思わず屈んでしまった。

「あら、何も避けることないのに」

「……なんか、尻の毛まで毟られそうな気がして」

「あっははは!よくわかってるじゃない。ますます気に入ったわ」

「……」

クレアはからからと笑う。冗談のつもりだったんだけど……冗談だよな?顔を赤くも青くもする俺を見て、クレアがさらにからかおうとしてきたので、俺はそうそうに退散することにした。
クレアは店先まで出てきて、俺たちを見送ってくれた。

「もう出発するんでしょう?行き先は決めてるの?」

「いや。とりあえず、道なりに行くつもりだよ」

「そう。旅の安全を祈ってるわ。それと、あなたたちには要らぬお節介かもしれないけど……」

クレアは周囲をうかがうと、そっと声を潜めた。

「最近、このあたりに妙な業者が出入りしてるの。そいつら、表の市には顔を出さないで、裏取引でコソコソしてるらしいわ。なんでも、竜の骨を扱っているんですって」

「えっ」

竜の骨って、昨日のおっさんが言ってたことじゃないか。まさか、他にも似たような連中がいるのか?

「それって、まずいものなんだろ?」

「ええ。竜の素材の売買は法律で禁止されてる。買ってるところを押さえられたら、一発で牢獄行きよ」

なんと。法にも触れてるのか?あのオッサン、いよいよやばい奴じゃないか。

「それ以外にも、安全安心な正規品を装って、妙なまがい物を売りつける悪徳業者も増えてる。あんまり声を大にしては言えないけどね。ここみたいに大きな町はともかく、南部の小さな村の闇市なんかは気を付けて」

闇市……こりゃますます、買い物には気を付けないとな。ここで補給ができてよかった。

「ありがとう。気を付けるよ」

俺が礼を言うと、クレアはにっこりと笑った。

「あなたたちみたいな冒険家なら、きっと大丈夫よ!またラクーンに来たらいつでも寄って!またね!」

「おう。またな」

大きく手を振るクレアに見送られながら、俺たちは不思議な店を後にした。

「……あの宿の経営が不安だって言いましたけど、撤回したほうがよさそうですね」

ウィルがほけっとした顔でつぶやいた。エラゼムが同意する。

「全くです。あのような姉上がいるのであれば、そうそう潰えることはないでしょうな」

「ホントに……桜下さんも、店主さんがずいぶんお気に召したみたいですし?」

「ん、俺か?」

ウィルがなじるように話を振ってくる。別にそういうつもりじゃないんだけどな。そりゃちょっと、青少年には刺激的な恰好だったけど……じゃなくて。

「う~んなんていうかさ。敵に回したくないタイプって感じしないか?」

「そうですねぇ。ちょっと怖いくらい、こちらの動向を読んできましたし」

「まぁ後は、シンプルにあそこで駆け引きしてもめんどくさい、ってのもあったけどな。ああ言っておけば、ちょっと恩を売れるかもだろ?」

「……桜下さんも、たいがいしたたかですよね」

「そうかな?」

何はともあれ、これで目的は果たせた。これ以上ここに長居する必要はない、あとは速やかに町を脱出するだけだ。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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