じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
5-2
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「さて、では改めて。何がご希望かしら?」
「あ、うん。とりあえず、食料がほしいんだ。けど、ちょっと予算が厳しくて……」
「あら、そうなの。いくら分くらい、もしくは何日分ほしいと考えているの?」
「できればもてる分だけ欲しいんだ。予算はこんくらいなんだけど……」
俺は財布を取り出すと、中身をひっくり返した。銀貨が十五枚、銅貨が五枚転がり出てくる。
「百五十五セーファか……最低限の物しか揃えられないと思うけど、いいかしら?」
「それはもうしょうがない。これで見繕ってみてくれないか?」
「オッケー。わかったわ」
クレアはうなずくと、すぐに引き出しをごそごそと開けたり閉じたりし始めた。
「まずは食料ね……ねぇ、調理器具はそろってるの?携帯食料とかの方がいいかしら?」
「あーっと、いちおう手持ちはあるんだけど……」
俺はちらりとウィルに目くばせすると、わざとらしくとぼけた声を出した。
「んんっ!なあ、なにか足りない道具とかあったかなぁ?」
ウィルはきょとんとしていたが、すぐにポンと手を打った。
「……!ああ、そういうことですか。ええと、道具は最低限あります。かさばるものですから、これ以上はいらないと思いますけど、欲しいとしたら調味料ですかね。スパイスは高いですから、せめて塩が欲しいです……というのを、お願いできますか、エラゼムさん?」
「……んんっ。桜下殿、器具はそろっておりますので、塩を買い足してはいかがですかな?」
空気を読んだエラゼムが、ウィルが言ったことをそれっぽく言い直してくれた。クレアの前で、幽霊のウィルと話すわけにもいかないからな。
「そうだな。クレア、塩を頼めるか?」
「お塩ね、りょーかい。道具があるってことは、料理もするってことね。なら日持ちのいい食材を……」
クレアは棚の引き出しの中から、干し肉や芋、干した野菜なんかを次々取り出していく。そんな物まで入ってるのか、あの棚……ドラえもんじゃあるまいし。
「ねぇ、思ったんだけど。そのカバンじゃ、道具を入れるのに小さすぎるんじゃない?丈夫な荷袋にまとめましょうか?」
クレアがくるりと振り返ると、俺の下げているカバンを指さした。
「袋か……けど、大きいと俺が持てないしな」
「桜下殿、大きな荷物は吾輩が持ちましょう。今後のことも考えますと、荷袋はあると便利かと思います」
エラゼムが荷物持ちを買って出た。確かにアンデッドである彼なら、荷物の負荷はゼロだ。
「あ、ほんとに?じゃあ頼むぜ、エラゼム。てわけでクレア、纏めてもらえるか?」
「よおし、袋も追加ね。ふふ、ウチのは破れにくくて評判なのよ」
クレアは引き出しの中から、明らかに引き出しよりでかい革の袋をずるりと取り出した。ホントにどうなってるんだ、あの中?
「桜下殿。それと、マントと鞘もついでにそろえませぬか」
「んん?マントと、鞘?鞘はわかるけど……」
俺は、結局手に持ったままの、革ひもをぐるぐる巻きつけただけの剣を見下ろした。
「それではとっさの時に抜きづらいでしょう。桜下殿の能力を考えても、手は空けたほうがよろしいかと」
「それはそうだな。正直、手が使えなくて邪魔っ気なんだよな。貴重な財産だから捨てづらいし……」
「ええ。ソードベルトがあれば、ずいぶんマシにまりましょう」
「でも、マントは?まぁ、カッコいいのはわかるけどさぁ、やっぱり?」
冒険家といえば、マント!あれをなびかせて歩くのは、さぞかし様になる……
「いえ、野宿の際には毛布代わりになって便利ですし、雨風もしのげます。それと……お姿を隠すのにも一役買うかと。この町を出るまでは、用心のためにお顔を隠されてはいかがでしょうか」
「あ、そっちか……」
後半部分は声を潜めて、エラゼムが言う。けど、確かに。今後もこうしてコソコソ隠れなきゃいけない場面があるかもしれないな。マントをなびかせて堂々と歩くのは、俺には当分無理そうだし……
「うん、わかった。あのさ、クレア。ここでマントと鞘も買えるかな?」
「マントに鞘?ええ、あるにはあるけど……けど、そうすると予算オーバーになっちゃうわよ。食料を減らせば何とかなるけど」
「あぁ~、そらそうか。う~ん……」
さて、どうしたものか。またいつ町に来られるかもわからないので、補給はできるだけここで済ませたい。時間もあまりかけたくないから、できればここで全部買いたいんだけど……俺はカバンの底にコインでも転がってないかと、がさごそ漁ってみた。すると、バークレイに譲ってもらった銀細工のアクセサリーが、ころんと転がり出てきた。あ、これを足しにできないかな?
「クレア、これを代金の代わりにできたりしないか?」
「え?あら、アクセサリーね。銀製かしら、ちょっと硫化しちゃってるわね……けど、珍しいデザイン。最近じゃこんな意匠は、ほとんど見かけないわ……ちょっと手に取ってもいい?」
「うん。結構前のものを譲ってもらったんだ。そんなに変なものじゃないと思うんだけど……」
なんてったって、代理とはいえ城の主が持っていたものだからな。そんなことクレアには言えないけど。
クレアはずいぶん真剣な顔で、銀細工を品定めしている。長いな……実はいいものだったりするのか?クレアはじっくり銀細工を眺めまわしてから、それを俺に返して、こう言った。
「……なるほどね。わかった、もしそれと交換なら、品物の代金は全品半額にしてあげてもいいわよ」
「えぇ!?は、半額!?」
大幅減額だ!願ったりかなったりだと、俺は喜んでクレアに銀細工を渡そうとし……
「っと、待てよ。待ってくれ。これ、そんなに値打ちものなのか……?」
俺はすんでのところで、手をひっこめた。クレアは瞳を細めると、白い腕を胸の下で組んだ。
「……ふふ、気づいた?そうね、あたしはソレに品物の半額分の価値があると踏んだ。けどもしかしたら、別の骨董屋にでも行けば、それの十倍の金額で買い取ってくれるかもね」
じゅ、十倍……!ごくりと唾をのむ俺を見て、クレアはニッと笑う。
「けどね、ウチはお客様柄、けっこう物々交換をすることが多いの。旅人や冒険家は、珍しいアイテムを持ってることが多いからね。そういう珍品はあまり需要がないから、普通の店では買い取らないんだけど、あたしは独自のルートを開拓してるからそれを売りさばくことができる。つまり、あたしには価値ある品でも、ほかの店では二束三文にもならない」
「……なるほどな。けど、これは珍品なんかじゃないぜ。ちょっと古いけど、普通に装飾品として使えるアクセサリーだ。売り方には困らないんじゃないかな」
「うふふ、あなた頭いいのね。けど、あたしにはもう一つ見立てがあるの」
クレアはちっちっち、と指を振ると、俺の目をまっすぐに見つめた。
「あなたたちは、この辺でも特に早く店を開ける、けど立地のせいで知名度はいまひとつなあたしの店を、わざわざ妹に聞いてまで訪ねてきた。注文もまとめ買いだし、もしかしたらあまり時間がないんじゃないかしら。それじゃ骨董屋巡りをしている暇なんてないわよね。あなたたちは、一刻も早く次の旅へと出発したがっているのだから。そこにはもしかしたら、とっても重大な理由があるのかもしれないわ、ね……?」
どきり。背中を汗が伝うのを感じた。クレアは薄く笑っているが、その瞳はかけらも笑っていない。この女は、いったいどこまで見透かして……?
「……あはは!なんてね、冗談よ」
「へ?」
ピンと張りつめていた空気が、一気にふにゃりと緩んだ。
「ごめんなさい。こんなに話せるお客様は久々だったから、つい熱が入っちゃった。今のは聞き流してもらって構わないわ。恫喝まがいのことをしてまで、商談をまとめようとは思わないもの」
「あ、おう……?」
クレアはきょとんとする俺に、いたずらっ子のようにぱちりとウィンクした。
「でもね、最初に言ったことは本当よ。あたしはそういう珍しい骨董が好きな人を知ってるから、割引分の儲けは出る算段がある。けどほかの店がどういう判断をするかは、わからないわ。あたし、骨董品の目利きなんてできないもの」
なるほどな。クレアとしては、これがものすごく値打ちものかどうかはわからない。けれど少なくとも、半額に割引いて黒字になるくらいにはアテがあるから、その値段でなら受け取ってくれる、というわけだ。
(ま、ぜんぶ本当のことだとしたらだけどな)
彼女がデタラメを吹いている可能性はあるけど……俺はにっこり笑うと、銀細工をクレアに差し出した。
「わかった。じゃあ、それで頼むよ」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「さて、では改めて。何がご希望かしら?」
「あ、うん。とりあえず、食料がほしいんだ。けど、ちょっと予算が厳しくて……」
「あら、そうなの。いくら分くらい、もしくは何日分ほしいと考えているの?」
「できればもてる分だけ欲しいんだ。予算はこんくらいなんだけど……」
俺は財布を取り出すと、中身をひっくり返した。銀貨が十五枚、銅貨が五枚転がり出てくる。
「百五十五セーファか……最低限の物しか揃えられないと思うけど、いいかしら?」
「それはもうしょうがない。これで見繕ってみてくれないか?」
「オッケー。わかったわ」
クレアはうなずくと、すぐに引き出しをごそごそと開けたり閉じたりし始めた。
「まずは食料ね……ねぇ、調理器具はそろってるの?携帯食料とかの方がいいかしら?」
「あーっと、いちおう手持ちはあるんだけど……」
俺はちらりとウィルに目くばせすると、わざとらしくとぼけた声を出した。
「んんっ!なあ、なにか足りない道具とかあったかなぁ?」
ウィルはきょとんとしていたが、すぐにポンと手を打った。
「……!ああ、そういうことですか。ええと、道具は最低限あります。かさばるものですから、これ以上はいらないと思いますけど、欲しいとしたら調味料ですかね。スパイスは高いですから、せめて塩が欲しいです……というのを、お願いできますか、エラゼムさん?」
「……んんっ。桜下殿、器具はそろっておりますので、塩を買い足してはいかがですかな?」
空気を読んだエラゼムが、ウィルが言ったことをそれっぽく言い直してくれた。クレアの前で、幽霊のウィルと話すわけにもいかないからな。
「そうだな。クレア、塩を頼めるか?」
「お塩ね、りょーかい。道具があるってことは、料理もするってことね。なら日持ちのいい食材を……」
クレアは棚の引き出しの中から、干し肉や芋、干した野菜なんかを次々取り出していく。そんな物まで入ってるのか、あの棚……ドラえもんじゃあるまいし。
「ねぇ、思ったんだけど。そのカバンじゃ、道具を入れるのに小さすぎるんじゃない?丈夫な荷袋にまとめましょうか?」
クレアがくるりと振り返ると、俺の下げているカバンを指さした。
「袋か……けど、大きいと俺が持てないしな」
「桜下殿、大きな荷物は吾輩が持ちましょう。今後のことも考えますと、荷袋はあると便利かと思います」
エラゼムが荷物持ちを買って出た。確かにアンデッドである彼なら、荷物の負荷はゼロだ。
「あ、ほんとに?じゃあ頼むぜ、エラゼム。てわけでクレア、纏めてもらえるか?」
「よおし、袋も追加ね。ふふ、ウチのは破れにくくて評判なのよ」
クレアは引き出しの中から、明らかに引き出しよりでかい革の袋をずるりと取り出した。ホントにどうなってるんだ、あの中?
「桜下殿。それと、マントと鞘もついでにそろえませぬか」
「んん?マントと、鞘?鞘はわかるけど……」
俺は、結局手に持ったままの、革ひもをぐるぐる巻きつけただけの剣を見下ろした。
「それではとっさの時に抜きづらいでしょう。桜下殿の能力を考えても、手は空けたほうがよろしいかと」
「それはそうだな。正直、手が使えなくて邪魔っ気なんだよな。貴重な財産だから捨てづらいし……」
「ええ。ソードベルトがあれば、ずいぶんマシにまりましょう」
「でも、マントは?まぁ、カッコいいのはわかるけどさぁ、やっぱり?」
冒険家といえば、マント!あれをなびかせて歩くのは、さぞかし様になる……
「いえ、野宿の際には毛布代わりになって便利ですし、雨風もしのげます。それと……お姿を隠すのにも一役買うかと。この町を出るまでは、用心のためにお顔を隠されてはいかがでしょうか」
「あ、そっちか……」
後半部分は声を潜めて、エラゼムが言う。けど、確かに。今後もこうしてコソコソ隠れなきゃいけない場面があるかもしれないな。マントをなびかせて堂々と歩くのは、俺には当分無理そうだし……
「うん、わかった。あのさ、クレア。ここでマントと鞘も買えるかな?」
「マントに鞘?ええ、あるにはあるけど……けど、そうすると予算オーバーになっちゃうわよ。食料を減らせば何とかなるけど」
「あぁ~、そらそうか。う~ん……」
さて、どうしたものか。またいつ町に来られるかもわからないので、補給はできるだけここで済ませたい。時間もあまりかけたくないから、できればここで全部買いたいんだけど……俺はカバンの底にコインでも転がってないかと、がさごそ漁ってみた。すると、バークレイに譲ってもらった銀細工のアクセサリーが、ころんと転がり出てきた。あ、これを足しにできないかな?
「クレア、これを代金の代わりにできたりしないか?」
「え?あら、アクセサリーね。銀製かしら、ちょっと硫化しちゃってるわね……けど、珍しいデザイン。最近じゃこんな意匠は、ほとんど見かけないわ……ちょっと手に取ってもいい?」
「うん。結構前のものを譲ってもらったんだ。そんなに変なものじゃないと思うんだけど……」
なんてったって、代理とはいえ城の主が持っていたものだからな。そんなことクレアには言えないけど。
クレアはずいぶん真剣な顔で、銀細工を品定めしている。長いな……実はいいものだったりするのか?クレアはじっくり銀細工を眺めまわしてから、それを俺に返して、こう言った。
「……なるほどね。わかった、もしそれと交換なら、品物の代金は全品半額にしてあげてもいいわよ」
「えぇ!?は、半額!?」
大幅減額だ!願ったりかなったりだと、俺は喜んでクレアに銀細工を渡そうとし……
「っと、待てよ。待ってくれ。これ、そんなに値打ちものなのか……?」
俺はすんでのところで、手をひっこめた。クレアは瞳を細めると、白い腕を胸の下で組んだ。
「……ふふ、気づいた?そうね、あたしはソレに品物の半額分の価値があると踏んだ。けどもしかしたら、別の骨董屋にでも行けば、それの十倍の金額で買い取ってくれるかもね」
じゅ、十倍……!ごくりと唾をのむ俺を見て、クレアはニッと笑う。
「けどね、ウチはお客様柄、けっこう物々交換をすることが多いの。旅人や冒険家は、珍しいアイテムを持ってることが多いからね。そういう珍品はあまり需要がないから、普通の店では買い取らないんだけど、あたしは独自のルートを開拓してるからそれを売りさばくことができる。つまり、あたしには価値ある品でも、ほかの店では二束三文にもならない」
「……なるほどな。けど、これは珍品なんかじゃないぜ。ちょっと古いけど、普通に装飾品として使えるアクセサリーだ。売り方には困らないんじゃないかな」
「うふふ、あなた頭いいのね。けど、あたしにはもう一つ見立てがあるの」
クレアはちっちっち、と指を振ると、俺の目をまっすぐに見つめた。
「あなたたちは、この辺でも特に早く店を開ける、けど立地のせいで知名度はいまひとつなあたしの店を、わざわざ妹に聞いてまで訪ねてきた。注文もまとめ買いだし、もしかしたらあまり時間がないんじゃないかしら。それじゃ骨董屋巡りをしている暇なんてないわよね。あなたたちは、一刻も早く次の旅へと出発したがっているのだから。そこにはもしかしたら、とっても重大な理由があるのかもしれないわ、ね……?」
どきり。背中を汗が伝うのを感じた。クレアは薄く笑っているが、その瞳はかけらも笑っていない。この女は、いったいどこまで見透かして……?
「……あはは!なんてね、冗談よ」
「へ?」
ピンと張りつめていた空気が、一気にふにゃりと緩んだ。
「ごめんなさい。こんなに話せるお客様は久々だったから、つい熱が入っちゃった。今のは聞き流してもらって構わないわ。恫喝まがいのことをしてまで、商談をまとめようとは思わないもの」
「あ、おう……?」
クレアはきょとんとする俺に、いたずらっ子のようにぱちりとウィンクした。
「でもね、最初に言ったことは本当よ。あたしはそういう珍しい骨董が好きな人を知ってるから、割引分の儲けは出る算段がある。けどほかの店がどういう判断をするかは、わからないわ。あたし、骨董品の目利きなんてできないもの」
なるほどな。クレアとしては、これがものすごく値打ちものかどうかはわからない。けれど少なくとも、半額に割引いて黒字になるくらいにはアテがあるから、その値段でなら受け取ってくれる、というわけだ。
(ま、ぜんぶ本当のことだとしたらだけどな)
彼女がデタラメを吹いている可能性はあるけど……俺はにっこり笑うと、銀細工をクレアに差し出した。
「わかった。じゃあ、それで頼むよ」
つづく
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