じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
5-1 旅人の店
5-1 旅人の店
「じゃ、またなクリス。親父さんにもよろしく言っといてくれ」
「はい!みなさん、きっとまた来てくださいね。エラゼムさまも!」
クリスは小さな手を目いっぱい振り、俺たちは熱烈な見送りを背中に受けながらアンブレラの宿を後にした。
「いい宿だったな」
「桜下殿……そう言っていただけるのは大変ありがたいのですが、無理はなさらないでください。もう少し値は張るでしょうが、よりよい宿は多くあるでしょう。そちらのほうが、桜下殿もゆっくり休めるのでは……」
「なんだよエラゼム、俺はお世辞を言ったわけじゃないぜ?こういうのって、値段とかサービスが全てじゃないだろ」
「しかし……」
すると隣で浮いていたウィルが、ずいっと身を乗り出してきた。
「そうですよ、エラゼムさん。それにクリスちゃんに、また来るって約束したじゃないですか。クリスちゃん、きっとその時を毎日夢に見ますよ。うふふ、かわいいですねぇ」
「ウィル嬢……冗談を召されますな」
「あ、ひどいです。幼いとはいえ、彼女も女の子なんですから。馬鹿にしちゃかわいそうです。ねえ、桜下さん?」
「うん?そうだな。なんかよくわかんないけど、クリスもエラゼムに懐いてたみたいだし。また行ってやったら喜ぶかもな」
「えぇ……桜下さん……」
うん?ウィルはドン引きした顔をして(実際ちょっと引いた……)、そしてなぜかフランがはぁとため息をついた。な、なんなんだ二人して。
「……けれど、少し不安なところはありましたね。あの宿、ちゃんと経営していけるのかしら……」
ウィルが物憂げな表情で後ろを振り返る。けど俺は、なんとかなる気がしているんだよな。
「そうかな?案外、したたかな親子だったじゃないか」
「え?あのワイロ朝ごはんのことですか?」
「それもあるけど、クリスもさ。だって店を聞かれて、自分の姉のところを推薦するくらいなんだからな。くくくっ」
「ああ、あれには驚きましたね……しかも、まったく悪意が感じられないんですから。よけいタチが悪いですよ」
「俺はあれで、クリスが主人になった宿を見てみたくなったよ」
俺たちはおしゃべりしながら、朝の街を歩いていく。人の数はまばらだが、全くいないことはない。おかげで俺は幽霊のウィルと会話しながら、けど悪目立ちはせずに道を歩けている。一見和やかな風景だが、完全に油断はできない。どこに王国兵が潜んでいるかわからないからな。
「えっと、たしかこっちであってたよな。クリスの姉ちゃんの店」
俺たちはクリスに教えられた道を歩きながら、クリスの姉が営む商店を目指している。クリスいわく、大抵のものなら何でもそろう、魔法みたいな店だとのことだが……どこまで本当なんだか。
「あれぇ?たしか、こっちのほうだって言ってたのになぁ……」
言われたとおりに歩いてきたけど、近くに店らしきものは見当たらない。ここは表のにぎやかな露店の群れとも離れた、いたって静かな通りだ。店があれば目立ちそうなもんだけど……
「あの、桜下さん……これ、そうじゃないですか?」
「あん?」
ウィルが一つの軒先を指さしている。そこを目で追ってみるが……
「おいおい、ここはどう見ても店じゃないだろう」
そこは、古びた民家のような建物だった。いや、扉は開け放たれているから、何かの店ではあるのだろうか?だけど絶対商店じゃない。
「肝心の品物が一つもないじゃないか」
そうなのだ。戸口から中の様子が見えるが、なぜかやたら狭い。両脇にすぐ壁が迫っていて、品物を置く棚の一つも置けないくらいだ。扉があけっぱなのも、もしかしたら空き家だからか?
「でも、桜下さん。ここ、見てくださいよ」
ウィルは扉の上に取り付けられた、小さな吊り看板を指さしている。看板?やっぱり店なのか……そこにはシンプルなデザインで、小さな傘の絵が描かれていた。
「“パラソル”……クリスちゃんのお姉さんのお店の名前、たしかそうでしたよね?」
「あ。え、でも……何かの間違いだろう?ここが……?」
俺はもう一度店の中を覗き込んだ。うん、見間違いじゃないよな。やっぱり壁しか見えない。
「ここなわけないよ。だって、これじゃ……」
「なにが、ここなわけないの?」
わっ。いきなり耳元で声が聞こえて、俺は思わず飛び上がった。
「めずらしい格好の人たちね。もしかして旅の人かしら?」
こちらをしげしげ眺めていたのは、エプロンというか、前掛け一枚姿の女の人だった……!うわ、痴女だ!!あ、ちがう。肌が多く見えているだけで、ちゃんと下に着てるな。きわどい格好だけど……じゃなくて!
「あぁ~っと、ここ、パラソルって……?」
ど、動揺したせいで、何が言いたいのかぐちゃぐちゃになってしまった。けど女性は、それだけで俺の意図をくみ取ってくれたようだ。
「あー、うん。ここ、初見さんじゃ見つけにくいのよね。入って、旅の補給品が必要なんでしょ?あらかた揃ってるわよ」
ほらほらと女性が促すもんだから、俺たちは逃げる機会を失ってしまった。戸口をくぐって店内に入ると、外で見る以上に圧迫感があった。両側から壁が迫ってきているみたいだ……
(ん?なんだこれ)
壁に、小さな文字が書いてある……?
「うちの名前を知ってるってことは、あなたたち、ひょっとしてあたしの実家に泊まったのかしら?」
女性に話しかけられて、俺は視線を壁から女性にもどした。
「ああ、うん。そこのクリスって子に聞いてきたんだけど」
「あら、あの子に。よしよし、愛い妹め」
女性はにっこり笑うと、ぽんと胸をたたいた。
「あたしはクレア。クリスの姉で、ここ“旅人のための保休と補充と安らぎを売る店パラソル”のオーナーよ。さて、ご入用は何かしら?」
「あ、あ……?」
旅人の、なんだって?いやそれより、いったい何を売ってくれるっていうんだよ?ここには、パンのひとかけらだって見当たらないっていうのに……だがクレアは、いぶかしげな俺をよそに、なまめかしく唇をなぞると口を開いた。
「ふぅむ……見たところ、まず食料がないわね?水は?水筒くらいはありそうね。マントかローブがないと外で寝づらいんじゃない?あとは薬草か傷薬はストックが足りてる?剣士がいるから、砥石もいるかしら。冒険家って感じじゃないから、魔除けやダンジョン探索に必要なアイテムは必要ないわね。あとは……」
「ちょちょ、ちょーっと待ってくれ!」
俺が遮らなければ、クレアはずっとこうしてしゃべっていそうだ。
「今言ったの、全部揃うっていうのか?ここで?」
「ええ」
クレアはなんてことないように、短く答えた。冗談……じゃないだろうな?
「……今から町中駆け回って、品物を買い揃えてくるってのは無しだぜ?」
「あはは、そんな儲けにならないことしないわよ。そうね……なら薬草。A-2-2番」
は?クレアは謎の数字を読み上げると、つかつかと俺のすぐそばに歩いてきた。う……きわどい恰好してるから、目のやり場に困るんだよな。ぎこちなく距離をとる俺をしり目に、クレアは壁に手をつくと、そこをガラッと引っ張った。え?ひ、引っ張った?
「はい。ほら、薬草」
クレアの手には、乾燥した葉っぱの束が握られている。驚いた、壁だと思っていたのは、全部棚だ!左右見渡す限り、碁盤の目のような引き出しが、天井まで隙間なくみっちり埋まっている。
「次、砥石。B-5-3番」
クレアは隣の引き出しを開けると、今度は引き出しから白い石を取り出した。
「す、すげぇ……どこに何があるのか、ぜんぶ覚えてるのか?」
「まさか。棚に番号が振ってあるでしょ?それと中身の関連性をなんとなく覚えているだけよ。あとは慣れよ、慣れ」
あ、あの書かれた文字はその為のものだったのか。いや、それでも棚のほとんどを把握しているってことじゃ……
「ウチは見栄えより品揃えを重視してるのよ。でも、これで店名が伊達じゃないって、わかってもらえたかしら?」
「あ、ああ。ごめん、ちょっと疑ってたよ」
「ふふふ、初めてのお客様はみんなそう言うわ。けれど、それでお客様を満足させられなかったことは一度もないの」
クレアは茶目っ気のある笑みで、ぱちりとウィンクした。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「はい!みなさん、きっとまた来てくださいね。エラゼムさまも!」
クリスは小さな手を目いっぱい振り、俺たちは熱烈な見送りを背中に受けながらアンブレラの宿を後にした。
「いい宿だったな」
「桜下殿……そう言っていただけるのは大変ありがたいのですが、無理はなさらないでください。もう少し値は張るでしょうが、よりよい宿は多くあるでしょう。そちらのほうが、桜下殿もゆっくり休めるのでは……」
「なんだよエラゼム、俺はお世辞を言ったわけじゃないぜ?こういうのって、値段とかサービスが全てじゃないだろ」
「しかし……」
すると隣で浮いていたウィルが、ずいっと身を乗り出してきた。
「そうですよ、エラゼムさん。それにクリスちゃんに、また来るって約束したじゃないですか。クリスちゃん、きっとその時を毎日夢に見ますよ。うふふ、かわいいですねぇ」
「ウィル嬢……冗談を召されますな」
「あ、ひどいです。幼いとはいえ、彼女も女の子なんですから。馬鹿にしちゃかわいそうです。ねえ、桜下さん?」
「うん?そうだな。なんかよくわかんないけど、クリスもエラゼムに懐いてたみたいだし。また行ってやったら喜ぶかもな」
「えぇ……桜下さん……」
うん?ウィルはドン引きした顔をして(実際ちょっと引いた……)、そしてなぜかフランがはぁとため息をついた。な、なんなんだ二人して。
「……けれど、少し不安なところはありましたね。あの宿、ちゃんと経営していけるのかしら……」
ウィルが物憂げな表情で後ろを振り返る。けど俺は、なんとかなる気がしているんだよな。
「そうかな?案外、したたかな親子だったじゃないか」
「え?あのワイロ朝ごはんのことですか?」
「それもあるけど、クリスもさ。だって店を聞かれて、自分の姉のところを推薦するくらいなんだからな。くくくっ」
「ああ、あれには驚きましたね……しかも、まったく悪意が感じられないんですから。よけいタチが悪いですよ」
「俺はあれで、クリスが主人になった宿を見てみたくなったよ」
俺たちはおしゃべりしながら、朝の街を歩いていく。人の数はまばらだが、全くいないことはない。おかげで俺は幽霊のウィルと会話しながら、けど悪目立ちはせずに道を歩けている。一見和やかな風景だが、完全に油断はできない。どこに王国兵が潜んでいるかわからないからな。
「えっと、たしかこっちであってたよな。クリスの姉ちゃんの店」
俺たちはクリスに教えられた道を歩きながら、クリスの姉が営む商店を目指している。クリスいわく、大抵のものなら何でもそろう、魔法みたいな店だとのことだが……どこまで本当なんだか。
「あれぇ?たしか、こっちのほうだって言ってたのになぁ……」
言われたとおりに歩いてきたけど、近くに店らしきものは見当たらない。ここは表のにぎやかな露店の群れとも離れた、いたって静かな通りだ。店があれば目立ちそうなもんだけど……
「あの、桜下さん……これ、そうじゃないですか?」
「あん?」
ウィルが一つの軒先を指さしている。そこを目で追ってみるが……
「おいおい、ここはどう見ても店じゃないだろう」
そこは、古びた民家のような建物だった。いや、扉は開け放たれているから、何かの店ではあるのだろうか?だけど絶対商店じゃない。
「肝心の品物が一つもないじゃないか」
そうなのだ。戸口から中の様子が見えるが、なぜかやたら狭い。両脇にすぐ壁が迫っていて、品物を置く棚の一つも置けないくらいだ。扉があけっぱなのも、もしかしたら空き家だからか?
「でも、桜下さん。ここ、見てくださいよ」
ウィルは扉の上に取り付けられた、小さな吊り看板を指さしている。看板?やっぱり店なのか……そこにはシンプルなデザインで、小さな傘の絵が描かれていた。
「“パラソル”……クリスちゃんのお姉さんのお店の名前、たしかそうでしたよね?」
「あ。え、でも……何かの間違いだろう?ここが……?」
俺はもう一度店の中を覗き込んだ。うん、見間違いじゃないよな。やっぱり壁しか見えない。
「ここなわけないよ。だって、これじゃ……」
「なにが、ここなわけないの?」
わっ。いきなり耳元で声が聞こえて、俺は思わず飛び上がった。
「めずらしい格好の人たちね。もしかして旅の人かしら?」
こちらをしげしげ眺めていたのは、エプロンというか、前掛け一枚姿の女の人だった……!うわ、痴女だ!!あ、ちがう。肌が多く見えているだけで、ちゃんと下に着てるな。きわどい格好だけど……じゃなくて!
「あぁ~っと、ここ、パラソルって……?」
ど、動揺したせいで、何が言いたいのかぐちゃぐちゃになってしまった。けど女性は、それだけで俺の意図をくみ取ってくれたようだ。
「あー、うん。ここ、初見さんじゃ見つけにくいのよね。入って、旅の補給品が必要なんでしょ?あらかた揃ってるわよ」
ほらほらと女性が促すもんだから、俺たちは逃げる機会を失ってしまった。戸口をくぐって店内に入ると、外で見る以上に圧迫感があった。両側から壁が迫ってきているみたいだ……
(ん?なんだこれ)
壁に、小さな文字が書いてある……?
「うちの名前を知ってるってことは、あなたたち、ひょっとしてあたしの実家に泊まったのかしら?」
女性に話しかけられて、俺は視線を壁から女性にもどした。
「ああ、うん。そこのクリスって子に聞いてきたんだけど」
「あら、あの子に。よしよし、愛い妹め」
女性はにっこり笑うと、ぽんと胸をたたいた。
「あたしはクレア。クリスの姉で、ここ“旅人のための保休と補充と安らぎを売る店パラソル”のオーナーよ。さて、ご入用は何かしら?」
「あ、あ……?」
旅人の、なんだって?いやそれより、いったい何を売ってくれるっていうんだよ?ここには、パンのひとかけらだって見当たらないっていうのに……だがクレアは、いぶかしげな俺をよそに、なまめかしく唇をなぞると口を開いた。
「ふぅむ……見たところ、まず食料がないわね?水は?水筒くらいはありそうね。マントかローブがないと外で寝づらいんじゃない?あとは薬草か傷薬はストックが足りてる?剣士がいるから、砥石もいるかしら。冒険家って感じじゃないから、魔除けやダンジョン探索に必要なアイテムは必要ないわね。あとは……」
「ちょちょ、ちょーっと待ってくれ!」
俺が遮らなければ、クレアはずっとこうしてしゃべっていそうだ。
「今言ったの、全部揃うっていうのか?ここで?」
「ええ」
クレアはなんてことないように、短く答えた。冗談……じゃないだろうな?
「……今から町中駆け回って、品物を買い揃えてくるってのは無しだぜ?」
「あはは、そんな儲けにならないことしないわよ。そうね……なら薬草。A-2-2番」
は?クレアは謎の数字を読み上げると、つかつかと俺のすぐそばに歩いてきた。う……きわどい恰好してるから、目のやり場に困るんだよな。ぎこちなく距離をとる俺をしり目に、クレアは壁に手をつくと、そこをガラッと引っ張った。え?ひ、引っ張った?
「はい。ほら、薬草」
クレアの手には、乾燥した葉っぱの束が握られている。驚いた、壁だと思っていたのは、全部棚だ!左右見渡す限り、碁盤の目のような引き出しが、天井まで隙間なくみっちり埋まっている。
「次、砥石。B-5-3番」
クレアは隣の引き出しを開けると、今度は引き出しから白い石を取り出した。
「す、すげぇ……どこに何があるのか、ぜんぶ覚えてるのか?」
「まさか。棚に番号が振ってあるでしょ?それと中身の関連性をなんとなく覚えているだけよ。あとは慣れよ、慣れ」
あ、あの書かれた文字はその為のものだったのか。いや、それでも棚のほとんどを把握しているってことじゃ……
「ウチは見栄えより品揃えを重視してるのよ。でも、これで店名が伊達じゃないって、わかってもらえたかしら?」
「あ、ああ。ごめん、ちょっと疑ってたよ」
「ふふふ、初めてのお客様はみんなそう言うわ。けれど、それでお客様を満足させられなかったことは一度もないの」
クレアは茶目っ気のある笑みで、ぱちりとウィンクした。
つづく
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