じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
3-2
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スパーン!とつぜん頭をひっぱたかれて、クリスはべしゃっとテーブルに突っ伏した。
「ふぎゅ」
「こら、クリス!お客さんの席についてサボるたぁ、いい度胸じゃねえか!」
クリスの背後に立っていたのは、ほうれん草の束を手に持ったクリスの親父だった。あれで殴ったのか?どうしてほうれん草なのかはわからないけど……
「ちち、ちがちが、ちがうよお父さん……」
涙目になったクリスは、テーブルにぶつけたのか、鼻と後頭部を抑えて鼻声になっている。
「わだじ、お客さまに頼まれただけで……」
「なにぃ?この期に及んでお客さんのせいにするのか!」
「あいやご主人。お嬢さんのいう通りなのです。吾輩が頼んで、お話を聞かせてもらっていたのですよ」
「へ?そうなんですか?」
「吾輩のわがままを聞いていただいただけなのです。どうか娘さんを責めないでくだされ」
エラゼムが頭を下げると、親父はきまり悪そうに頭をポリポリかいた。
「そうだったんですか。これは、水を差すマネをしちまいまして」
「いえ、仕事の邪魔をして申し訳ない。手をかけたようならすぐに戻っていただいても構いません」
「いやいや、今日は見てのとおり閑古鳥が鳴いてるもんですから、コイツでよければいくらでもお貸ししますが……クリス、お客さんにへんなこと言うんじゃねぇぞ?」
「もう、お父さん!するわけないでしょ!この騎士さま、ずっとここをご贔屓にしてくれてる方なんだから!」
「えっそうなんですか?いやぁ、そりゃありがたい」
親父が破顔すると、エラゼムは謙遜するように片手を振った。
「いやいや、もうずっと昔のことになってしまいます。吾輩が現役だったころですよ。ところでご主人、もしよろしければあなたにもお話をお伺いしたい」
「へぇ?アタシですかい?そりゃまあ、ちょいと暇ではありますが……明日の支度を始めるまでで良ければ、おつきあいしますよ」
親父は別のテーブルから椅子を引きずってくると、ぎしっと腰かけた。
「して、騎士さんはなにを聞きたいんです?」
「ええ、ここの宿についてお伺いしていたのです。吾輩の仕えていた城では、ずいぶん昔からこの宿に世話になっておりまして」
「ほぉ!いやぁ~確か、アタシのひい爺さんの代の時には、この辺にあった城の騎士団のお墨付きだかをもらってたって聞きましたがね。今でもご贔屓いただいてるとは知らなかったな」
「ほぉ……なんと」
ん?それって、まさしくエラゼムたちのことじゃないか?へぇ、いまでも伝わっているんだ。
「騎士さまは、どちらのお城の方なんです?」
「いえ、吾輩はすでに現役を退いた身ですから……しかし、大したものですな。百年近く宿を続けておられるとは、なにか秘訣があるのですか」
「秘訣だなんて、そんな大それたものはありませんよ。いつの代も必死にやってただけでさ。しかし、ここ最近は客足がさっぱり遠のいちまって。新しくてきれいな宿屋もずいぶん増えたもんですからね。こんなざま、ご先祖にゃ見せられねぇなぁ……」
「お父さん……」
しょぼくれた親父を、クリスが心配そうに見つめる。うーん、あんまり経営がうまくいってないのかな。
「っと、いけねぇ!つまんない話をしちまいましたな、酒の席でもないってのに、わははは。ともかく、アタシたちはアタシたちなりにやってきますよ。コイツが五代目として成長するまでは、まだまだかかりそうですしね!」
親父はクリスの肩をバシバシと叩き、クリスはその勢いでグラグラと頭を揺らした。
ちょうどその時、隅っこの客がしゃがれた声で親父を呼んだ。
「ご主人、ビールを一杯」
「ん、あいよ!悪いねお客さん、注文だ」
親父はがたんと席を立った。エラゼムが会釈をする。
「こちらこそ。貴重な話を聞かせていただきました」
「よしてくださいよ、こんなオヤジに。おだてるだけ損ってもんです、わははは」
親父は声をあげて笑うと、厨房へと戻っていった。
「あ、じゃあわたしもそろそろ……お父さんを手伝わないと」
クリスも席を立つと、静かに椅子を戻した。
「クリス嬢も、老骨の無茶をお聞きくださって、ありがとうございました。楽しい時間でしたぞ」
「そ、そう言っていただけると、うれしいです……えへへ」
クリスははにかむと、ぺこっとお辞儀してぱたぱたと駆けていった。
「……悪いなエラゼム。話題を変えてくれて助かったよ」
俺はミートパイの最後のひとかけを口にほおりこんで、エラゼムに礼を言った。女の子を落ち込ませたままじゃ、夢見が悪いから。エラゼムがゆっくりこちらを向く。
「いえいえ。こちらこそすみませんな、長々話し込んでしまいまして」
「いや、俺も気になってたから、好都合だったよ。エラゼムも、ここのことが気になったんだろ?」
「宿が気がかりだったのもあります。活気があるとは程遠い様子でしたし……ただ、どちらかと言えば、少し懐かしみたかったのかもしれません」
「懐かしむ?」
「ええ。細かなことは思い出せませんが、ここには確かに百年前の……吾輩が生きていた時代の名残があるように思えます。そうですな、昔懐かしんだ小説を、ひさびさに思い返して楽しむような……そして今はどのような展開になっているのか、気になった。そんなところでしょうか」
「あぁ、なるほどな。わかる気がするよ……じゃあ、よかったな」
「はい?」
「だってその小説には、エラゼムのこともちゃーんと記されてただろ。この宿にとっても、エラゼムは大切な登場人物だったんだな」
「桜下殿……ふふ、そうですな」
エラゼムの鎧の奥は真っ黒で分からないけど、その声は微笑みを浮かべているような気がした。
そんなふうに食事を終えた俺たちは、ぼつぼつ二階に引き上げることにした。あの狭さじゃ、それぞれの居場所を工夫しないといけないかもな……おっと。
「あー、みんなは先に上がっててくれないか」
「桜下さん?どうかしたんですか?」
「その、ほら。ちょっとトイレに寄ってくからさ」
「あ、ごめんなさい。じゃあ、先に上がってますね」
みんなと別れ、廊下の端のトイレで用を足す。ぼっとん式なんて、生まれて初めて使ったな……俺がバケツの水でぼけーっと手を洗っていると、突然ガシッ!っとだれかに肩つかまれた。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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スパーン!とつぜん頭をひっぱたかれて、クリスはべしゃっとテーブルに突っ伏した。
「ふぎゅ」
「こら、クリス!お客さんの席についてサボるたぁ、いい度胸じゃねえか!」
クリスの背後に立っていたのは、ほうれん草の束を手に持ったクリスの親父だった。あれで殴ったのか?どうしてほうれん草なのかはわからないけど……
「ちち、ちがちが、ちがうよお父さん……」
涙目になったクリスは、テーブルにぶつけたのか、鼻と後頭部を抑えて鼻声になっている。
「わだじ、お客さまに頼まれただけで……」
「なにぃ?この期に及んでお客さんのせいにするのか!」
「あいやご主人。お嬢さんのいう通りなのです。吾輩が頼んで、お話を聞かせてもらっていたのですよ」
「へ?そうなんですか?」
「吾輩のわがままを聞いていただいただけなのです。どうか娘さんを責めないでくだされ」
エラゼムが頭を下げると、親父はきまり悪そうに頭をポリポリかいた。
「そうだったんですか。これは、水を差すマネをしちまいまして」
「いえ、仕事の邪魔をして申し訳ない。手をかけたようならすぐに戻っていただいても構いません」
「いやいや、今日は見てのとおり閑古鳥が鳴いてるもんですから、コイツでよければいくらでもお貸ししますが……クリス、お客さんにへんなこと言うんじゃねぇぞ?」
「もう、お父さん!するわけないでしょ!この騎士さま、ずっとここをご贔屓にしてくれてる方なんだから!」
「えっそうなんですか?いやぁ、そりゃありがたい」
親父が破顔すると、エラゼムは謙遜するように片手を振った。
「いやいや、もうずっと昔のことになってしまいます。吾輩が現役だったころですよ。ところでご主人、もしよろしければあなたにもお話をお伺いしたい」
「へぇ?アタシですかい?そりゃまあ、ちょいと暇ではありますが……明日の支度を始めるまでで良ければ、おつきあいしますよ」
親父は別のテーブルから椅子を引きずってくると、ぎしっと腰かけた。
「して、騎士さんはなにを聞きたいんです?」
「ええ、ここの宿についてお伺いしていたのです。吾輩の仕えていた城では、ずいぶん昔からこの宿に世話になっておりまして」
「ほぉ!いやぁ~確か、アタシのひい爺さんの代の時には、この辺にあった城の騎士団のお墨付きだかをもらってたって聞きましたがね。今でもご贔屓いただいてるとは知らなかったな」
「ほぉ……なんと」
ん?それって、まさしくエラゼムたちのことじゃないか?へぇ、いまでも伝わっているんだ。
「騎士さまは、どちらのお城の方なんです?」
「いえ、吾輩はすでに現役を退いた身ですから……しかし、大したものですな。百年近く宿を続けておられるとは、なにか秘訣があるのですか」
「秘訣だなんて、そんな大それたものはありませんよ。いつの代も必死にやってただけでさ。しかし、ここ最近は客足がさっぱり遠のいちまって。新しくてきれいな宿屋もずいぶん増えたもんですからね。こんなざま、ご先祖にゃ見せられねぇなぁ……」
「お父さん……」
しょぼくれた親父を、クリスが心配そうに見つめる。うーん、あんまり経営がうまくいってないのかな。
「っと、いけねぇ!つまんない話をしちまいましたな、酒の席でもないってのに、わははは。ともかく、アタシたちはアタシたちなりにやってきますよ。コイツが五代目として成長するまでは、まだまだかかりそうですしね!」
親父はクリスの肩をバシバシと叩き、クリスはその勢いでグラグラと頭を揺らした。
ちょうどその時、隅っこの客がしゃがれた声で親父を呼んだ。
「ご主人、ビールを一杯」
「ん、あいよ!悪いねお客さん、注文だ」
親父はがたんと席を立った。エラゼムが会釈をする。
「こちらこそ。貴重な話を聞かせていただきました」
「よしてくださいよ、こんなオヤジに。おだてるだけ損ってもんです、わははは」
親父は声をあげて笑うと、厨房へと戻っていった。
「あ、じゃあわたしもそろそろ……お父さんを手伝わないと」
クリスも席を立つと、静かに椅子を戻した。
「クリス嬢も、老骨の無茶をお聞きくださって、ありがとうございました。楽しい時間でしたぞ」
「そ、そう言っていただけると、うれしいです……えへへ」
クリスははにかむと、ぺこっとお辞儀してぱたぱたと駆けていった。
「……悪いなエラゼム。話題を変えてくれて助かったよ」
俺はミートパイの最後のひとかけを口にほおりこんで、エラゼムに礼を言った。女の子を落ち込ませたままじゃ、夢見が悪いから。エラゼムがゆっくりこちらを向く。
「いえいえ。こちらこそすみませんな、長々話し込んでしまいまして」
「いや、俺も気になってたから、好都合だったよ。エラゼムも、ここのことが気になったんだろ?」
「宿が気がかりだったのもあります。活気があるとは程遠い様子でしたし……ただ、どちらかと言えば、少し懐かしみたかったのかもしれません」
「懐かしむ?」
「ええ。細かなことは思い出せませんが、ここには確かに百年前の……吾輩が生きていた時代の名残があるように思えます。そうですな、昔懐かしんだ小説を、ひさびさに思い返して楽しむような……そして今はどのような展開になっているのか、気になった。そんなところでしょうか」
「あぁ、なるほどな。わかる気がするよ……じゃあ、よかったな」
「はい?」
「だってその小説には、エラゼムのこともちゃーんと記されてただろ。この宿にとっても、エラゼムは大切な登場人物だったんだな」
「桜下殿……ふふ、そうですな」
エラゼムの鎧の奥は真っ黒で分からないけど、その声は微笑みを浮かべているような気がした。
そんなふうに食事を終えた俺たちは、ぼつぼつ二階に引き上げることにした。あの狭さじゃ、それぞれの居場所を工夫しないといけないかもな……おっと。
「あー、みんなは先に上がっててくれないか」
「桜下さん?どうかしたんですか?」
「その、ほら。ちょっとトイレに寄ってくからさ」
「あ、ごめんなさい。じゃあ、先に上がってますね」
みんなと別れ、廊下の端のトイレで用を足す。ぼっとん式なんて、生まれて初めて使ったな……俺がバケツの水でぼけーっと手を洗っていると、突然ガシッ!っとだれかに肩つかまれた。
つづく
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