じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
9-2
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「もう少しだけ辛抱ください。こちらに水場がございます。流れも穏やかな川ですので、野営にはうってつけでございましょう」
「わかった。今晩はそこで休んで、次の町に向かうのは明日からにしよう。俺もくたびれたし、フランの腕もみてやらないと」
「申し訳ございません。狂気にのまれていたとはいえ、吾輩のせいで……」
「まあ、過ぎたことだから。な、フラン?」
俺はフランに同じリアクションを期待したが、フランはぷいっとそっぽを向いただけだった。さすがに腕を切り落とされたんじゃ、簡単に水には流せないか。
「けど腕、くっつくといいけどな。落ち着いたらすぐにみてやるからな」
「……いいよ、後で。気にしないでいいから、先に休んで。結局一日動きっぱなしだったじゃん」
「そうか?けど、正直助かるかも。さすがにくたびれたなぁ」
俺たちはエラゼムの案内で、この近くに流れる川のほとりまで向かっていた。もう日が暮れてずいぶん経つし、どこか適当なところで休もうと思ったときに、エラゼムが提案したのだ。今は、少し城から離れたところにいたいそうだ。ま、川沿いなら水をくむのも楽だしな。
やがて俺たちの目の前に、幅広のゆったりした流れが現れた。
「ステュクス川です。この川向うに、ラクーンの町がございます」
「へー……え、まさか泳いで渡れなんて言わないよな?」
「まさか。きちんと橋がございますよ」
よかった。泳ぎには自信ないからな。
俺たちは川岸に火を起こして、そこに腰を下ろした。料理当番はまたしてもウィルだ。というか、ウィルしか適任がいない。ウィルは俺のかばんの中をごそごそ漁り、ふぅとため息をついた。
「たぶん、明日の昼で食材がつきますね。う~んとケチれば夜まで残せるかもですが」
「もともとエドが持たせてくれた分も大した量じゃなかったからなぁ。フランとの二人分だったから、その分長持ちはしたけど」
「明日、ラクーンの町で買い出しをしたいですね。幸い、少しは路銀が手に入ったことですし」
そうなのだ。俺はバークレイとエラゼムから、軍資金にとすこしの銀貨と装飾品を譲り受けていた。
「申し訳ございません、桜下殿。城の財貨は、城主の許可なく持ち出すことは許されないため……」
「いいって、エラゼム。それより、もらっちゃってよかったのか?これ、あんたのポケットマネーだったんだろ?」
「ええ。吾輩がもっていても何の役にも立ちません。桜下殿のお役に立つのなら願ったりかなったりです。バークレイ様も、同じようにお考えでしょう」
「そっか。じゃあ、ありがたく使わせてもらうよ」
それにぶっちゃけたところ、ほとんどのアイテムは百年の間にぼろぼろになってしまっていて、とてもお金になりそうもなかったのだ。コインや銀細工のアクセサリーの中で、無事だったものを譲り受けたのだが、それもほとんど残っていなかった。個人の金品はもっぱら装備や城のために使ってしまったそうだ。
「あ、そういえばエラゼムには、俺たちのことを詳しく話してなかったよな」
「いえ、さわりの部分はウィル嬢とフラン嬢に伺っています。桜下殿が気を失っておられるときに聞きました」
「あ、そうだったのか。じゃあ、俺の正体とか、俺たちの目的ももう?」
「ええ。桜下殿は元勇者で、みなさまはどこにも属さぬ勢力として、各々の目的を果たすために共に行動をされているのでしたな。その、勇者召喚というものが今一つピンときませんが……」
「あれ、エラゼムは勇者のことを知らないのか?」
「単語としては存じておりますが、吾輩の知る勇者と皆さまの中の勇者はずいぶん別物のようです」
へぇ、この国の人間でも勇者を知らない人がいるんだな。するとウィルが、焚き木の上に鍋をかけながら口をはさんできた。
「桜下さん、エラゼムさんは知らないんですよ、勇者の召喚システムを。百年以上前の時代を生きていた方じゃないですか」
「え?百年前って、勇者がいなかったのか?」
「ええ。勇者を呼び出して戦争に参加してもらうようになったのは、ここ五十年くらいのことですよ、たしか」
「えー!そんなもんなのかよ!てっきり、数千年以上続く歴史があるのかと思ってた……」
「数千年って、そんなに戦い続けていられませんよ。ほら、“三十三年戦争”って言うくらいじゃないですか」
「三十三年?なんだそら」
「あ、すみません。えっと、魔王軍バーサス人間たち三国同盟の戦争をそういうんです。ちょうど三十三年間続いた戦いだったから」
「へぇ。じゃあ、最初の勇者が召喚されてから、まだ三十年ちょっとしか経ってないんだ」
「ああいえ、最初の召喚はもっと昔に……あれ?どうだったかしら……?」
「ウィル……」
「しょ、しょうがないでしょう!私、学校になんて行けなかったんですから!」
ウィルは顔を赤くして息まき、危うく鍋をひっくり返しそうになった。
『……では私から、補足をさせていただきますと』
俺がプリプリ怒るウィルと鍋(こぼれた水がシューシュー立ち上っている……)をなだめていると、ふいにアニがリンと鳴った。
『三十三年戦争というのは、大陸歴で言うと三三三年の人間の宣戦布告から、三六六年の終戦までを指す言葉です。開戦の年が三三三なのと、その期間が三十三年だったので、そう呼ばれるようになったわけですね』
アニの即席歴史講座が始まった。俺はもちろん、ウィルもぶすっとしながらも耳を傾けている。エラゼムも初めて聞く事柄に興味深そうにしていた。
「ん?ところでアニ、その戦争はもう終戦してるのか?だったら、どうしてまだ勇者を呼んでるんだよ」
『三十三年戦争は、いわば第一次。今は第二次の戦争の真っ最中だからです。大陸歴でいうと三六○年、今から十六年前に、人間軍は魔王を倒し、魔王軍をほぼ壊滅させることに成功しました。ただ、その後もなんだかんだごたごたして戦いが続き、結局さらに十年経って、ようやく三十三年戦争は終戦します。年にして三六六年、今から十年前の出来事です』
ふむ。十年前に終戦したのなら、そこから今まで十年間は、いったい何と戦っているんだ?
『ですが、倒したかに思われた魔王は、ひそかに存命を図っていたのです。同じく三六六年、戦争は終わったと誰もが安堵したその年の終わりに、魔王軍は突如として復活しました。そこから現在まで十年間、今も続く延長戦が第二次になるわけです』
復活……さすが魔王、そう簡単にはやられないってことか。今の俺には、魔王が一体どんなやつなのかもさっぱり想像できないけど。
『この戦いも終結すれば名前が付けられるかもしれませんが、今はもっぱら三十三年目の次という意味で、“三十四年目”の戦いと言われていますね。人間たちはもう十年間も、終わらない四年目を戦い続けているわけです』
ほー、終わらない四年目か……少ししゃれているな、なんて、あまりにのんきな感想だろうか。
『この大戦が初めて勇者が投入された戦いだっただけで、戦争以前から勇者の召喚は行われていました。もっとも、今とは比べ物にならないくらい小規模だったようですが。それがだいたい五十年くらい前だといわれていますね。百年前では、知らなくても無理はないでしょう』
なるほど……じゃあ勇者召喚って、ほんとに始まってから半世紀くらいしか経っていないんだ。なんかすごく最近にも思えるけど、元の世界の世界大戦だって、まだ終戦から百年も経っていないもんな。そんなものなのかもしれない。
「エラゼム、どうだ?話を聞いてみて」
「ええ……いやはや、吾輩が死んでからそんなことになっていたとは。吾輩の時代では魔王との戦争など、到底考えられないことでしたので。驚くばかりです」
「エラゼムの時代から魔王はいたのか」
「ええ。さらに昔、大陸歴が施行されるよりも以前から存在していたそうです。吾輩たちの世代では、魔王がいるのが当たり前の世の中でした。排除しようとする世論もなくはなかったですが、非常に小規模で、現実的ではなかったですな」
「へー。なんでなんだ?魔王は悪い奴だから、やっつけようとするのが普通なんじゃないの?」
「ふむ。なかなか難しいところですな。まず一番の要因は、魔王軍の強大さです。奴らは西方の大地に巨大な帝国を構え、その強さは我ら人間たちが束になっても敵わないほどでした。魔物対人間ではあまりに分が悪いばかりか、数や資源ですら向こうが上をいく有様。それでは誰も兵を起こそうなどとは考えないでしょう」
「へ、へー……」
さすが魔王だな。やっぱり強いんだ。ゆ、勇者辞めて正解だったかも……
「じゃあ、勝てっこないから戦おうとしなかったってこと?」
「さて、それも大きな要因ですが。それでも人間とは、ときに負けがわかっていても、悪へ抗おうと蜂起するもの。そのうえで数百年のあいだ大規模な戦闘がなかったのには、ひとえに魔王が悪と言い切れなかったからではないでしょうか」
「え?」
「これはあくまで予測であり、吾輩の主観になってしまいますが」
エラゼムはそう前置いてから、ゆっくり語りだした。魔王が悪じゃない?
「魔王軍は我らの侵攻を許しはしませんでしたが、かといってこちらを侵略することもしませんでした。定められた範囲の中でなら吾輩たちは自由に繁栄を謳歌できたし、取り立てて抑圧や規制を受けることもなかった。いわば魔王は我々を支配しながらも、その自治を認めていたのです。そういう意味では、吾輩たちは魔王と共存することも可能でありました」
「え、え?それって、なんにも悪いことないじゃないか。だってそれって、ただちょっと強い隣国がいるのと変わらないだろ?」
「ええ。それも間違ってはおりません。ただし、それも見方を変えれば十分に脅威となります。魔王軍の兵力はすさまじい。その気になれば、我らを滅ぼすこともできたでしょう。吾輩たちは、魔王の気分次第では家畜のように屠されるかもしれなかった。いわば、飼い殺しの自由です。人によっては、それは悪にも見えたでしょうな」
う……それは、そうかもしれないが……
「さらにもう一つ大きな要因として、魔王軍が支配する大地……ゲヘナと呼ばれておりましたが、そこには貴重な鉱物や宝石が捨石と見まごうほど採掘できる山や、種をまけば一晩で実がつくといわれるほど肥沃な大地が広がっているのです。魔王はそこを独占し、人間が近づくことを一切許しはしませんでした。魔王軍を退けることができれば、我々はさらなる発展と豊かさを手に入れることができる。その障害となる魔王を憎むものも多かったのです」
「なるほど……それだけあげられると、納得せざるを得ないか」
「そうですね。ほかにもゲヘナとの国境で、魔物に襲われる被害も後を絶たなかったりと、多かれ少なかれ人々の中には不満があったと思います。それを“悪”と断定してよいかはわかりません。人によっては許せないことであり、また人によってはそれほど関心のないことでした。そして我々は、それを飲み込んで暮らすことを選択しました。抗うすべがない以上、受け入れざるを得なかったのです。しかし、この世代はそうはならなかったようですな」
そうだな。百年の月日が経って、人間は勇者を味方につけた。そして魔王と渡り合えるくらいの力を手に入れた……
「勇者って、そんなにすごい存在だったのか……」
『だからそうだと、何度も言っているじゃないですか』
アニが何を今さらとばかりに突っ込む。だって、全然そんな話聞かなかったから、実感わかなかったんだ。嫌われてばかりだったし……
エラゼムも、俺の言葉に同意した。
「ええ。まったくもって驚くべきことです。我ら数百万の兵を束にしてもかなわなかった魔王を、勇者殿は数人で相手にしてしまうのですから……して、桜下殿。一つお尋ねしたい」
「あん?」
「先も申しました通り、みなさまの大まかな目標はお伺いしました。死霊のお二人は成仏の道を探し、桜下殿は第三勢力を作るとか」
「そうだな。うん、その通りだよ」
「では、今一度。桜下殿の真意をお聞きしたいのです」
つづく
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「わかった。今晩はそこで休んで、次の町に向かうのは明日からにしよう。俺もくたびれたし、フランの腕もみてやらないと」
「申し訳ございません。狂気にのまれていたとはいえ、吾輩のせいで……」
「まあ、過ぎたことだから。な、フラン?」
俺はフランに同じリアクションを期待したが、フランはぷいっとそっぽを向いただけだった。さすがに腕を切り落とされたんじゃ、簡単に水には流せないか。
「けど腕、くっつくといいけどな。落ち着いたらすぐにみてやるからな」
「……いいよ、後で。気にしないでいいから、先に休んで。結局一日動きっぱなしだったじゃん」
「そうか?けど、正直助かるかも。さすがにくたびれたなぁ」
俺たちはエラゼムの案内で、この近くに流れる川のほとりまで向かっていた。もう日が暮れてずいぶん経つし、どこか適当なところで休もうと思ったときに、エラゼムが提案したのだ。今は、少し城から離れたところにいたいそうだ。ま、川沿いなら水をくむのも楽だしな。
やがて俺たちの目の前に、幅広のゆったりした流れが現れた。
「ステュクス川です。この川向うに、ラクーンの町がございます」
「へー……え、まさか泳いで渡れなんて言わないよな?」
「まさか。きちんと橋がございますよ」
よかった。泳ぎには自信ないからな。
俺たちは川岸に火を起こして、そこに腰を下ろした。料理当番はまたしてもウィルだ。というか、ウィルしか適任がいない。ウィルは俺のかばんの中をごそごそ漁り、ふぅとため息をついた。
「たぶん、明日の昼で食材がつきますね。う~んとケチれば夜まで残せるかもですが」
「もともとエドが持たせてくれた分も大した量じゃなかったからなぁ。フランとの二人分だったから、その分長持ちはしたけど」
「明日、ラクーンの町で買い出しをしたいですね。幸い、少しは路銀が手に入ったことですし」
そうなのだ。俺はバークレイとエラゼムから、軍資金にとすこしの銀貨と装飾品を譲り受けていた。
「申し訳ございません、桜下殿。城の財貨は、城主の許可なく持ち出すことは許されないため……」
「いいって、エラゼム。それより、もらっちゃってよかったのか?これ、あんたのポケットマネーだったんだろ?」
「ええ。吾輩がもっていても何の役にも立ちません。桜下殿のお役に立つのなら願ったりかなったりです。バークレイ様も、同じようにお考えでしょう」
「そっか。じゃあ、ありがたく使わせてもらうよ」
それにぶっちゃけたところ、ほとんどのアイテムは百年の間にぼろぼろになってしまっていて、とてもお金になりそうもなかったのだ。コインや銀細工のアクセサリーの中で、無事だったものを譲り受けたのだが、それもほとんど残っていなかった。個人の金品はもっぱら装備や城のために使ってしまったそうだ。
「あ、そういえばエラゼムには、俺たちのことを詳しく話してなかったよな」
「いえ、さわりの部分はウィル嬢とフラン嬢に伺っています。桜下殿が気を失っておられるときに聞きました」
「あ、そうだったのか。じゃあ、俺の正体とか、俺たちの目的ももう?」
「ええ。桜下殿は元勇者で、みなさまはどこにも属さぬ勢力として、各々の目的を果たすために共に行動をされているのでしたな。その、勇者召喚というものが今一つピンときませんが……」
「あれ、エラゼムは勇者のことを知らないのか?」
「単語としては存じておりますが、吾輩の知る勇者と皆さまの中の勇者はずいぶん別物のようです」
へぇ、この国の人間でも勇者を知らない人がいるんだな。するとウィルが、焚き木の上に鍋をかけながら口をはさんできた。
「桜下さん、エラゼムさんは知らないんですよ、勇者の召喚システムを。百年以上前の時代を生きていた方じゃないですか」
「え?百年前って、勇者がいなかったのか?」
「ええ。勇者を呼び出して戦争に参加してもらうようになったのは、ここ五十年くらいのことですよ、たしか」
「えー!そんなもんなのかよ!てっきり、数千年以上続く歴史があるのかと思ってた……」
「数千年って、そんなに戦い続けていられませんよ。ほら、“三十三年戦争”って言うくらいじゃないですか」
「三十三年?なんだそら」
「あ、すみません。えっと、魔王軍バーサス人間たち三国同盟の戦争をそういうんです。ちょうど三十三年間続いた戦いだったから」
「へぇ。じゃあ、最初の勇者が召喚されてから、まだ三十年ちょっとしか経ってないんだ」
「ああいえ、最初の召喚はもっと昔に……あれ?どうだったかしら……?」
「ウィル……」
「しょ、しょうがないでしょう!私、学校になんて行けなかったんですから!」
ウィルは顔を赤くして息まき、危うく鍋をひっくり返しそうになった。
『……では私から、補足をさせていただきますと』
俺がプリプリ怒るウィルと鍋(こぼれた水がシューシュー立ち上っている……)をなだめていると、ふいにアニがリンと鳴った。
『三十三年戦争というのは、大陸歴で言うと三三三年の人間の宣戦布告から、三六六年の終戦までを指す言葉です。開戦の年が三三三なのと、その期間が三十三年だったので、そう呼ばれるようになったわけですね』
アニの即席歴史講座が始まった。俺はもちろん、ウィルもぶすっとしながらも耳を傾けている。エラゼムも初めて聞く事柄に興味深そうにしていた。
「ん?ところでアニ、その戦争はもう終戦してるのか?だったら、どうしてまだ勇者を呼んでるんだよ」
『三十三年戦争は、いわば第一次。今は第二次の戦争の真っ最中だからです。大陸歴でいうと三六○年、今から十六年前に、人間軍は魔王を倒し、魔王軍をほぼ壊滅させることに成功しました。ただ、その後もなんだかんだごたごたして戦いが続き、結局さらに十年経って、ようやく三十三年戦争は終戦します。年にして三六六年、今から十年前の出来事です』
ふむ。十年前に終戦したのなら、そこから今まで十年間は、いったい何と戦っているんだ?
『ですが、倒したかに思われた魔王は、ひそかに存命を図っていたのです。同じく三六六年、戦争は終わったと誰もが安堵したその年の終わりに、魔王軍は突如として復活しました。そこから現在まで十年間、今も続く延長戦が第二次になるわけです』
復活……さすが魔王、そう簡単にはやられないってことか。今の俺には、魔王が一体どんなやつなのかもさっぱり想像できないけど。
『この戦いも終結すれば名前が付けられるかもしれませんが、今はもっぱら三十三年目の次という意味で、“三十四年目”の戦いと言われていますね。人間たちはもう十年間も、終わらない四年目を戦い続けているわけです』
ほー、終わらない四年目か……少ししゃれているな、なんて、あまりにのんきな感想だろうか。
『この大戦が初めて勇者が投入された戦いだっただけで、戦争以前から勇者の召喚は行われていました。もっとも、今とは比べ物にならないくらい小規模だったようですが。それがだいたい五十年くらい前だといわれていますね。百年前では、知らなくても無理はないでしょう』
なるほど……じゃあ勇者召喚って、ほんとに始まってから半世紀くらいしか経っていないんだ。なんかすごく最近にも思えるけど、元の世界の世界大戦だって、まだ終戦から百年も経っていないもんな。そんなものなのかもしれない。
「エラゼム、どうだ?話を聞いてみて」
「ええ……いやはや、吾輩が死んでからそんなことになっていたとは。吾輩の時代では魔王との戦争など、到底考えられないことでしたので。驚くばかりです」
「エラゼムの時代から魔王はいたのか」
「ええ。さらに昔、大陸歴が施行されるよりも以前から存在していたそうです。吾輩たちの世代では、魔王がいるのが当たり前の世の中でした。排除しようとする世論もなくはなかったですが、非常に小規模で、現実的ではなかったですな」
「へー。なんでなんだ?魔王は悪い奴だから、やっつけようとするのが普通なんじゃないの?」
「ふむ。なかなか難しいところですな。まず一番の要因は、魔王軍の強大さです。奴らは西方の大地に巨大な帝国を構え、その強さは我ら人間たちが束になっても敵わないほどでした。魔物対人間ではあまりに分が悪いばかりか、数や資源ですら向こうが上をいく有様。それでは誰も兵を起こそうなどとは考えないでしょう」
「へ、へー……」
さすが魔王だな。やっぱり強いんだ。ゆ、勇者辞めて正解だったかも……
「じゃあ、勝てっこないから戦おうとしなかったってこと?」
「さて、それも大きな要因ですが。それでも人間とは、ときに負けがわかっていても、悪へ抗おうと蜂起するもの。そのうえで数百年のあいだ大規模な戦闘がなかったのには、ひとえに魔王が悪と言い切れなかったからではないでしょうか」
「え?」
「これはあくまで予測であり、吾輩の主観になってしまいますが」
エラゼムはそう前置いてから、ゆっくり語りだした。魔王が悪じゃない?
「魔王軍は我らの侵攻を許しはしませんでしたが、かといってこちらを侵略することもしませんでした。定められた範囲の中でなら吾輩たちは自由に繁栄を謳歌できたし、取り立てて抑圧や規制を受けることもなかった。いわば魔王は我々を支配しながらも、その自治を認めていたのです。そういう意味では、吾輩たちは魔王と共存することも可能でありました」
「え、え?それって、なんにも悪いことないじゃないか。だってそれって、ただちょっと強い隣国がいるのと変わらないだろ?」
「ええ。それも間違ってはおりません。ただし、それも見方を変えれば十分に脅威となります。魔王軍の兵力はすさまじい。その気になれば、我らを滅ぼすこともできたでしょう。吾輩たちは、魔王の気分次第では家畜のように屠されるかもしれなかった。いわば、飼い殺しの自由です。人によっては、それは悪にも見えたでしょうな」
う……それは、そうかもしれないが……
「さらにもう一つ大きな要因として、魔王軍が支配する大地……ゲヘナと呼ばれておりましたが、そこには貴重な鉱物や宝石が捨石と見まごうほど採掘できる山や、種をまけば一晩で実がつくといわれるほど肥沃な大地が広がっているのです。魔王はそこを独占し、人間が近づくことを一切許しはしませんでした。魔王軍を退けることができれば、我々はさらなる発展と豊かさを手に入れることができる。その障害となる魔王を憎むものも多かったのです」
「なるほど……それだけあげられると、納得せざるを得ないか」
「そうですね。ほかにもゲヘナとの国境で、魔物に襲われる被害も後を絶たなかったりと、多かれ少なかれ人々の中には不満があったと思います。それを“悪”と断定してよいかはわかりません。人によっては許せないことであり、また人によってはそれほど関心のないことでした。そして我々は、それを飲み込んで暮らすことを選択しました。抗うすべがない以上、受け入れざるを得なかったのです。しかし、この世代はそうはならなかったようですな」
そうだな。百年の月日が経って、人間は勇者を味方につけた。そして魔王と渡り合えるくらいの力を手に入れた……
「勇者って、そんなにすごい存在だったのか……」
『だからそうだと、何度も言っているじゃないですか』
アニが何を今さらとばかりに突っ込む。だって、全然そんな話聞かなかったから、実感わかなかったんだ。嫌われてばかりだったし……
エラゼムも、俺の言葉に同意した。
「ええ。まったくもって驚くべきことです。我ら数百万の兵を束にしてもかなわなかった魔王を、勇者殿は数人で相手にしてしまうのですから……して、桜下殿。一つお尋ねしたい」
「あん?」
「先も申しました通り、みなさまの大まかな目標はお伺いしました。死霊のお二人は成仏の道を探し、桜下殿は第三勢力を作るとか」
「そうだな。うん、その通りだよ」
「では、今一度。桜下殿の真意をお聞きしたいのです」
つづく
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