じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
7-1 裏切り者の末路
エラゼムが先ほど兵士と別れた場所へ再び戻ってくると、そこには生き残った騎士たちが集まっていた。少ない……ざっと見ただけではあるが、数十名にも満たないだろう。それに、けがをして血を流してるものも少なくない。
「エラゼム様、お待ちしておりました。城主様はご無事で?」
「ああ。隠し通路を使って、先にお逃げいただいた」
「そうでしたか……」
「集められたのは、これで全員か?」
「はい。上は無事だと思っていたのですが、一部の賊が入り込んでいたようで。何人かが犠牲になりました。もちろん、その分奴らの数も相当減ったはずですが。下は壊滅的です」
「そうか……」
「連中はどうやら、このさきの大広間を占拠し、陣取っているようです。おそらくですが、向こうの数は五十ほど……この程度の数、奇襲を受けなければたやすく蹴散らせたものを……」
「悔やんでも仕方あるまい。今われらがやるべきは、賊どもを残らずこの城から駆逐することだ。この身に代えてでも、この城だけは守りぬく……みな、覚悟はできたか?」
「はい。私たち全員、ここに集まった時からとっくにそのつもりです」
兵士は薄く笑った。それは諦めにも、決意にも見えた。エラゼムは他の兵士の顔も見渡した。みな傷にやつれ、目は疲労で落ち窪んでいる。だが、その瞳の奥の執念の炎だけは、まだ消えてはいなかった。
「……行くぞ!我らの城を取り戻すっ!」
おおおぉぉぉっ!
男たちの、最後の特攻が始まった。暗い廊下を駆け抜け、向かう先は大広間だ。壁に掛けられた松明が、騎士たちの鎧をオレンジ色に照らす。まるで黄昏の夕日に照らされる道を走っているようだ……道中では、不思議なくらい誰とも出くわさなかった。たぶん敵は、この先で待ちぶせているんだ。こちらの動きが読まれている……きっとエラゼム達もそれを分かっていただろうが、口に出すものは誰一人いなかった。
そしてついに、大広間の扉の前までやってきた。
「開けるぞ……」
騎士たちがうなずくと、エラゼムは両手で扉をあけ放った。ガターン!
「……へへへ、きなすったぜ。死にぞこないの騎士さまたちのおでましだ」
そこには、大勢の山賊たちが、にやにやといやらしい笑みを浮かべながら大挙していた。大広間が埋まるくらいの人数だ。人数の差は、圧倒的だ……
「……これは、ありがたいな」
え?エラゼムがこの場に似つかわしくない、礼の言葉を述べた。
「わざわざ一か所に集まってくれるとは。ゴミ虫どもの掃除がしやすいではないか」
「ぷっ……がははっは!この期に及んで減らず口をたたけるとはな!」
エラゼムの言葉に、山賊たちは馬鹿みたいに手をたたいて笑い転げた。わははは、ぎゃははは!
「がははは……まったく、どこぞの性根の腐った騎士よりよっぽど威勢がいいぜ。だがあいにくだが、お前らには全員ここで死んでもらうぜ。せいぜい殺される前にてめぇの冥福でも祈りな」
「ほう。吾輩たちに神へ祈る間をくれるとな」
「ああ。せめてもの情けだ……」
「ならば、死の神ゲデンに祈りをささげよう。これから神のもとへと向かう、薄汚い山賊の魂を救いたまえ、とな」
こんどは、騎士たちの間に笑いが起こった。山賊たちは、もう笑ってはいなかった。
「……ぶっ殺せ!」
うおおおおお!山賊たちが一斉に襲い掛かってきた!エラゼム達も、それを迎え撃つ。数では圧倒的な山賊たちだったが、やはりエラゼムが桁外れだ。大剣を一振りするだけで山賊の首が三つは飛ぶ。ほかの騎士たちもうまく剣や斧をあしらっていたが、それでも数の不利はひっくりかえせない。エラゼムたちは、次第に山賊たちに包囲され始めていた。
「ぐはっ」
騎士の一人が、山賊の剣に胸を突かれて倒れた。エラゼムはぎりりと歯を噛みしめると、大剣を振り回して目の前の山賊の片腕を吹き飛ばすと、倒れた騎士に素早く駆け寄った。
「おい、大丈夫か!しっかりしろ!」
「ず……ごほ。ずみまぜん、ざぎに……」
ごぼぼっ。騎士は口から大量の血を吐くと、そのまま動かなくなった。
「くぅ……!」
エラゼムの口からうめき声がもれる。だが、悲しみに暮れる暇も、山賊たちは与えてはくれない。次から次へと襲ってくる敵に、エラゼムは再び剣を握りしめた。その時だ。
「……っ!お、お前は……!」
そのとき俺は、山賊たちの群れの向こうに、見知った顔があることに気付いた。あいつ……ルウェンじゃないか。外の見張りの時から姿が見えなかったが……
「ルウェン!生きていたのか!」
エラゼムが叫ぶと、ルウェンはびくりとした様子でこちらに顔を向けた。けど、なんかおかしいぞ。どうしてルウェンはエラゼムたちのいるこっちじゃなくて、山賊たちの側にいるんだ?
「ルウェン!今まで何をしていた!いや、今はそれより手を貸せ!こやつらを掃討する!」
「……っ!」
呼びかけられたルウェンはさっと顔を背けると、近くにいた山賊に早口でこう告げた。
「お、おい!あのうるさいのを早く黙らせろっ」
「なに……?ルウェン、いったいなにを」
「黙れ!お、俺はお前なんか知らない。早く殺されちまえ!」
ルウェンはさっと身をひるがえすと、山賊の陰に隠れて見えなくなってしまった。ルウェン……あいつ。あいつがが、裏切り者だったのか。さっきは、あんなに親しそうにエラゼムと会話していたのに。あれは、すべて偽りの演技だったのか……?
エラゼムの様子がおかしいことに、ほかの騎士たちも気が付いたようだ。不安そうにあたりを見回すと、すぐにあっという声が上がった。
「お前!倉庫番のピローじゃないか!?どうしてそちら側にいるんだ!」
なんだって?ピローと呼ばれた男は、すぐにさっと顔を背けた。だが彼の名を呼んだ騎士は、それこそ射殺すような目でそいつをにらんでいる。騎士たちの様子を見るに、ほかにも何人か見知った顔がいるようだ……
「貴様ら……吾輩たちを、この城を売ったのか!」
エラゼムが憎悪に満ちた声で叫ぶ。裏切り者は複数いた……!ルウェンだけじゃなかったなんて。こいつらが、山賊たちを城に引き入れたんだな。けど、これほどの人数をどうやって城へ忍び込ませたんだろう?
すると突然、エラゼムが雷に打たれたようにびくりと体を震わせた。かと思うと、突然走り出し、さえぎる山賊を吹き飛ばして大広間を飛び出してしまった。
「エラゼム様!?どこへ……」
仲間の騎士の困惑する声もよそに、エラゼムは廊下をひた走る。いったいどうしちまったんだ?よく聞くとエラゼムは、何か小声で小さくつぶやいていた。
「裏切り者……部隊長ばかり殺されていた……隠し通路……」
んん、どういう意味だ?だけど道中の景色から、目指している目的地はすぐにわかった。彼は、城主の部屋へとむかっているんだ。
(あ、そうか……)
ルウェンが……城の構造を知っているものが裏切ったと知って、隠し通路がもはや安全ではないと気づいたんだ。
エラゼムは扉を蹴破るように城主の部屋へ飛び込むと、わき目も降らずにキャビネットに目をやった。キャビネットは、動いた様子もなく、変わりない姿でたたずんでいた。
「よかった……」
エラゼムは、ほっと安堵の息をついた。キャビネットが動いていないということは、だれもまだここに来てはいないということ。だがそれは、こちらから行った場合に限る……
「すぐにバークレイ様を追いかけねば!」
エラゼムは気を取り直すと、すぐにキャビネットに手をかけた。キャビネットはすぅっと横にずれ、隠し通路の入り口を開いた。
え?ぽっと、闇の中にオレンジ色の光が浮かんでいる。火の玉?いや、違う。突然で驚いたが、これはたいまつの光だ。入り口を開けたすぐのところには、まさに今キャビネットに手をかけようとしていた山賊たちが、ぽかんと口を開けて立っていた。その手には、血が滴る剣が握られている。
「っ!てめえ……」
我に返った山賊が剣を振りかざそうとしたが、それよりも早くエラゼムの大剣が、山賊の体を真っ二つにした。山賊の手から剣とたいまつが地面にころがる。その音が地下の階段にこだました。ガラーン……そのこだまが収まるよりも前に、エラゼムは残りの山賊たちを一瞬で切り殺してしまった。
「くっ……まさか……」
エラゼムは山賊が落としたたいまつを拾い上げると、隠し通路を猛然と駆け下り始めた。暗い階段は、地の底まで無限に続いているように錯覚させる。だがその錯覚は、背中から血を流して倒れるバークレイを見つけたことで終わりを告げた。
「おぉ……バークレイ様……!」
エラゼムはがっくりと膝をつくと、バークレイの肩にそっと手を置き、すぐにばっとひっこめた。バークレイの体が、かすかに揺れ動いたのだ。生きてるのか!?
「バークレイ様!」
エラゼムはかがみこむと、バークレイの口元に顔を近づけた。わずかにだが、呼気を感じる。
「エ……ラゼ……」
「バークレイ様!無理にしゃべらないでください!血が尽きてしまう……!」
「無理、だ……どうせ、たすから……」
「しっかりしてください!あなたがいなくては、誰がこの城を治めるのです!」
「わかって、いた……僕がいなくても、誰も……ごほっ」
「バークレイ様!」
バークレイは内臓ごと吐き出してしまいそうな、激しい咳をした。鮮血が口から飛び散る。ごぼ、ごぼぼっ。
「ああバークレイ様、どうか……」
「……ッ!エラゼム!」
がしっ。バークレイは、瀕死の体のどこにそんな力を残していたのか、エラゼムの腕をすごい力でつかみ返した。
「こんなところで、何をしている。城は落ちたのか。騎士は全滅したのか」
「っ!い、いえ。まだ仲間が……しかし」
「なら、こんなところで油を売っているな。戦え、城のために。ここは、僕の城じゃない。姉さんの城だ」
「バークレイ様……」
バークレイはすべてを言い終わると、力尽きたかのように腕をずるずると落とした。
「いってくれ……ぼく、は、ここに……」
バークレイはそれ以上しゃべらなかった。今にも消えそうなか細い息づかいだけが、薄暗い階段に聞こえるだけだ。ここに残していけば、バークレイは間違いなく死ぬだろう。しかし、かといって今この状況で、助ける手段があるのか……
そのとき、階段の上のほうから、ガチャガチャという物音が聞こえてきた。山賊たちの追手がやってきたのかもしれない。エラゼムは意を決したように立ちあがると、バークレイに背を向けた。
「バークレイ様。いましばしの間だけ、このような場所へ一人残すことをお許しください……必ずや、敵は取りますゆえ」
エラゼムはきびすを返すと、階段を駆け上った。
階段をのぼりきったところで、山賊たちが待ち構えていた。
「……おい、きやがったぞ!ぶっ殺せ!」
その傍らには、エラゼムが行きがけに切り捨てた山賊の屍が転がっている。
「てめぇ、よくも俺らの仲間を殺してくれたな!死ねぇ!」
「……どの口がほざく!」
エラゼムは狭い通路で、巨大な大剣を無理やり横に振り抜いた。剣を手に振りかざそうとしていた山賊は、その手首から先がすぱっと切断された。
「う、うぎゃああぁぁ!」
エラゼムは宙に舞った手首から剣を奪い取ると、それを山賊の顔に突き立てた。ぶずっ!
「どの口が!仲間などとほざく!貴様らのような腐った下衆が!どの口で正義を口にする!」
ずぶっ!ぐちゅ!ざくっ!エラゼムは狂ったように、山賊の顔に剣を突き刺し続けた。山賊はもう一声すら上げることもできなくなっていた。
「ひ、なんだこいつ……!いかれてやがる!」
後ろにいた他の山賊たちが後ずさる。その音に気付いて、エラゼムがギンっと睨みつけた。
「ひぃっ!き、聞いてねぇぞ、こんなヤバい奴なんて。死にぞこないが逃げたから始末して来いって言われたのに……」
「冗談じゃねぇ!こんなやつ手に負えるか!」
山賊たちの一人がばたばたと逃げ出した。一人が逃げると、われもわれもと残りの連中も後に続いて駆け出した。あいつらは、エラゼムだけが逃げ出したと思っておっかけてきたんだな。大広間にはまだのこりの騎士たちがいるはずだ
「逃げたか……しかし、まだみなが戦っている……」
エラゼムはだっと駆けだそうとして、思いとどまるように足を止めた。
「くっ……」
エラゼムは振り返ると、虚ろな口を開ける通路を、その向こうの闇の中を見つめた。そして震える手でキャビネットを掴むと、そっと元の位置まで戻した。
「せめて……静かに、最期の時をお過ごしください。バークレイ様……」
するするする……かちゃん。キャビネットは、何事もなかったかのように、通路への入り口を覆い隠した。
「……うおおぉぉぉ!」
エラゼムは絞り出すように叫ぶと、大広間までの廊下を走り出した。
しかし、全ては手遅れだった。
つづく
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読了ありがとうございました。
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