じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
8-3
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それから、村人総出の大捜索が始まった。馬を持っている牧童の男は、早馬を走らせて街道までウィルを探しに行った。だが懸命の捜索にもかかわらず、ウィルはついに見つからなかった。山の影にかすかに残っていた夕陽が沈み、濃紺の空が一日の終わりを告げる段階になると、村人たちは誰からともなく、一人また一人と家に帰っていった。
「シスターウィル……」
昨日ウィルに懺悔をしたマーシャは、日が落ちるギリギリまで家に帰ろうとしなかった。
「昨日は、ぜんぜんそんなそぶりを見せなかったのに……どうして……」
「マーシャ……マーシャは、ウィルと友達だったのか?」
「いえ、どちらかというとお姉さんという感じだったわ。シスターは正確な歳は分からないと言っていたけど、私たちの同年代と比べてもずっと大人びていたもの。厳しいだけのプリースティス様と違って、気さくで、一緒にいて楽しかったわ。でも、だからこそ……こうして突然いなくなってしまうなんて、信じられないの」
マーシャはその後すぐ、迎えに来た父親に手を引かれて、家へと帰っていった。
最後まで残っていたのはウッドで、俺と一緒に、街道まで馬を走らせた男の帰りを出迎えた。その男が黙って首を振ったのを見届けて、捜索はついに打ち切りとなった。
「ウッド……」
「……なあ、オウカ。お前さんたちは、また旅に出るのか?」
「……ああ。こんなことがあったばかりで悪いけど、明日早くにでも出るつもりだ。主人のいない神殿に居座り続けても悪いし」
「そうか……なあ、もし旅先でウィルに出会うことがあったら、言伝てを頼まれてくれないか。辛くなったら、いつでも村に戻ってこいってさ」
「……わかった。必ず伝えるよ」
その帰り道にウッドは、俺に家に寄るように言った。そこでウッドは俺に、干し肉や小麦粉なんかの食料と、鍋や水筒などの道具一式を持たせてくれた。
「いいのか?こんなにいっぱい」
「大したもんじゃない。食料も一日分だし、道具も俺のお古だ。けどよ、お前さんにはずいぶん世話になったからな。俺たちのごたごたに巻き込んじまって、すまなかったな」
「いいさ。俺だってメシとベッドをもらったから」
「ああ……次に行くあてはあるのか?」
「特には。歩きながら考えるよ」
「そうか。このまま街道沿いに進めば、ラクーンっつう大きな街に出られる。そこでなら雇い口も見つかるだろう」
「そっか。じゃあ、そこを目指してみようかな」
「ああ……なぁ、お前さんにも、何か事情があるんだろう。あえて聞かないが、もし戻れる家があるんなら……無理するんじゃねえぞ」
「うん……きっと、そうだな」
俺は答えをはぐらかした。ウッドはそんな俺をじっと見つめていたが、何も言わずに俺の頭をわしわしと撫でた。
ウッドと別れてしばらく。時刻は深夜というには少し早いくらいだろう。昨日とうって変わって、空は雲一つない。月明りが美しい夜だ。俺はすばやく荷物をまとめて、ひっそりと神殿を後にした。もともと、朝を待たずに出発するつもりだったのだ。今夜のうちにやっておかなければいけないことが、もう一つだけ残っている。
俺は神殿をぐるっと迂回すると、岩ばっかりで足場の悪い崖の下へ、慎重に下りていった。
「よっと。ふう、フラン。待たせたな」
フランは月明りの下、一人佇んでいた。その傍らには、物言わぬ少女の亡骸。ウィルの体のそばについていてもらったのだ。
「村の人は来なかったか?」
「うん。ずっと耳を澄ましてたけど、この近くには誰も来なかった」
「そうか。じゃあ、完璧に隠せたみたいだな。だろ、ウィル?」
俺は後ろを振り返った。俺の後に続いて現れたのは、一人の幽霊の少女。ウィルはどこか気の抜けた表情で、俺に視線を向けた。
「村の人は、ウィルが旅に出て行ってしまったと思ってる……きみの望み通り、この件はこれ以上掘り下げられることはないはずだ。きみも、自分で見てたからわかってるだろうけど」
俺がウッドたちの前で下手な芝居をしている間、ウィルは物陰からこっそりこちらの様子をうかがっていた。たぶん隠れてなくても、ウィルの姿を見られた人はいなかっただろうが……
「“自分の死を隠して、この一連の事件に終止符を打つ”……きみの願いは、かなえられたかな?」
「……ええ。ありがとう、ございます」
ウィルは欠片も嬉しさを感じさせない、虚ろな顔で言った。
ウィルの遺体を見つけた直後、霊体のウィルは崩れるように倒れこんだ。しかし、アンデッドはショックで気を失うこともできないらしい。ウィルは気絶こそしなかったが、すっかり口数が減ってしまった。それ以降、ずっとこの調子なんだけど、そんなウィルが唯一望んだことが、さっきの願いだった。
ウィルは、これ以上この事件を大事にしたくないと言った。そこで偽の書置きを作り、ウィルが死んだのではなく、いなくなったように見せるため一芝居うったのだ。書置きはウィルが直筆でしたためた。ウィルは自分が正真正銘の幽霊だと自覚してから、物に触れられるようになったのだ。
「メモが筆跡でばれるようなこともないし、掘り起こされた墓も元通りにしてきた……証拠隠滅も完璧だな」
「……そう、ですね」
するとフランが、コツコツとつま先で岩をけった。
「何言ってるの。ここにこんなでっかいのが残ってる」
フランはウィルの遺体を指さした。
「おう、もちろん忘れてないぞ。ただ、ウィルのいないところで勝手に決めるわけにも……なあ?」
ウィルの遺体は、頭と腹部からひどく出血していた。頭は落ちた衝撃で、腹部には倒木が突き刺さったのか、大穴が空いている。即死だったろうとアニは言っていた。芝居をより完璧にするのだったら、遺体もどこかへ隠したほうがよかったんだろうけど……どうにも、手を触れてはいけない気がしたんだ。せめて、ウィルに了承を取ってからにしようと……
「……」
だが肝心のウィルは、心ここにあらずといった様子でうつむいている。そりゃ、こんな状況のなか普段通りでいるほうが難しいだろうが……
「私……」
「うん?」
ウィルが小声でつぶやく。
「私、まだ思い出せないんです。昨日のこと……」
昨日のこと。それはつまり、ウィルが死んだときの……
「ひどく焦って、おびえていたことは覚えてるんです。必死に走って、暗い林の中を無我夢中に駆けて。あの時、たまたま晴れ間が出て、明るかったんです。だから林が途切れて、空が見えたとき、ああ、もう大丈夫だって安心して……それなのに……」
そして、この崖の下へ落ちたのか。崖の高さは、十数メートルくらい。ここを滑り落ちれば、無事では済まないだろう。そして、ウィルは……ウィルは、まだ自分が死んだという事実を、受け入れられないのかもしれない。
(無理もないよな……)
死を前にして落ち着けるのなんて、それこそ神様か仏様くらいのもんだろう。俺はかける言葉が見つからなかった。
「ねえ」
俺が口をつぐんでいると、フランが代わりにウィルへ声をかけた。意外だな、フランはウィルにほとんど話しかけなかったから。
「ねえ、あなた、本当に何も覚えてないの?」
「……私、ですか?ええ、そこから先のことは……」
「ふぅん。てっきり、覚えてるけど知らないふりしてるんだと思ってた」
「……それは、どういうことですか」
ウィルは相変わらず無表情だが、その声はとげとげしさを含んでいた。おいおい、珍しく話しかけたと思ったら、どういうつもりだよフラン?
「だって、おかしいでしょ。ふつう、目が覚めて自分が幽霊になってたら、真っ先に自分の死を疑うもんじゃない?まして、生霊になったなんて思わない」
それは……確かにそうだ。俺も最初は違和感を覚えたっけ。けどウィルがあまりにきっぱり自分の死を否定するもんだから、その勢いに流されていたんだ。思えば最初から、矛盾だらけの探索だった。
「生霊になったとか、死者蘇生がどうとか、眉唾なことは信じるくせに、そのくせ大事にはしたくないとかで捜索には消極的。あえて見つからないように攪乱してるとさえ思った」
「そんな……私はただ」
「それもこれも、死んだ事実から目をそらすため。本当はわかってたんでしょ?けど、それに向き合いたくなかったんだ」
フランの挑発的なものいいに、ウィルの目からとうとう火花が散った。
「あなたに……あなたに、何がわかるっていうんですか!私の気持ちが!」
「そんなの、わかるわけないでしょ。人の気持ちなんて……自分の心も、わからないのに」
フランがぼそっと付け加えた言葉に、ウィルは困惑した顔をした。けど俺にはわかる。あれはきっと、自分の未練がわからないことを言っているんだ。
「けど、わかるものもある」
「……なんだっていうんですか」
「死。死ぬときの気持ち。自分の死を受け止めて、自分の死を認めなければいけない気持ち」
「……っ!」
ウィルが息をのんだ。そうか……
フランは、ゾンビだ。一度死に、死してなおこの世にとどまる存在だ。フランは鉤爪こそあれど、パッと見の姿形は俺たち生者とそう変わらない。けど俺たちとフランの間には、“死”という名の深い川が横たわっている。これは、国境や種族の垣根なんかとは比べ物にならない差だ。国が変わったって、人間という種族に変わりはないだろ?種族が違ったって、生き物であることに違いはないだろ?
だけど、死は違う。
死という川の流れは、俺たちのすぐそばに走っている。それはふっとした拍子ですぐ渡れてしまうほど身近な存在だ。けど、その川一本を隔てるだけで、“向こう側”は俺たちのいる世界とは、絶対的に違うものになってしまうんだ。人間、種族、生き物。これらの頭に、“死んだ”ってつけてみろよ。絶対に同じ存在とは思わないはずだ。それほどまでに死は深く、暗い。
そして、向こう側のことは俺には絶対にわからない。わかるのは、同じく向こう側の存在だけなんだ。
「あなたの気持ちが、わかるとは言わない。だけど、死から目を背けたい気持ちは理解できる。それを非難するつもりもない……わたしも、そうだったから」
「フランセス、さん……」
ウィルは唇をかむと、急に空を見上げた。俺は、ウィルが泣いているのかと思った。けどウィルの瞳からは、涙は流れなかった。
「私……」
ウィルがか細い、けれどどこかすがすがしい声で言う。
「そうです。私、自分の死を否定したかったんです。死んだときの記憶がないのは本当ですけど、うすうす気づいてました。たぶん、そうなんじゃないかって……だけど必死に頭から締め出して、そんなはずない、考えないようにしようって。フランセスさんの言う通りです。ごめんなさい桜下さん、私はあなたも巻き込んでしまいました」
「いいよ。そのくら……っ!?」
言葉を続けようとして、息をのんだ。ウィルのお腹が、じわじわと血に染まっていく!服が裂け、まるで穴が開いたように広がる。やがてウィルの体には、遺体と同じ傷が浮かび上がった。倒木に貫かれた傷跡だ。
ウィルは見上げていた顔を戻すと、その場の空気に不釣り合いな、さわやかな笑みを浮かべた。
「私、死んだんですね。なんだかすっきりしました」
つづく
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それから、村人総出の大捜索が始まった。馬を持っている牧童の男は、早馬を走らせて街道までウィルを探しに行った。だが懸命の捜索にもかかわらず、ウィルはついに見つからなかった。山の影にかすかに残っていた夕陽が沈み、濃紺の空が一日の終わりを告げる段階になると、村人たちは誰からともなく、一人また一人と家に帰っていった。
「シスターウィル……」
昨日ウィルに懺悔をしたマーシャは、日が落ちるギリギリまで家に帰ろうとしなかった。
「昨日は、ぜんぜんそんなそぶりを見せなかったのに……どうして……」
「マーシャ……マーシャは、ウィルと友達だったのか?」
「いえ、どちらかというとお姉さんという感じだったわ。シスターは正確な歳は分からないと言っていたけど、私たちの同年代と比べてもずっと大人びていたもの。厳しいだけのプリースティス様と違って、気さくで、一緒にいて楽しかったわ。でも、だからこそ……こうして突然いなくなってしまうなんて、信じられないの」
マーシャはその後すぐ、迎えに来た父親に手を引かれて、家へと帰っていった。
最後まで残っていたのはウッドで、俺と一緒に、街道まで馬を走らせた男の帰りを出迎えた。その男が黙って首を振ったのを見届けて、捜索はついに打ち切りとなった。
「ウッド……」
「……なあ、オウカ。お前さんたちは、また旅に出るのか?」
「……ああ。こんなことがあったばかりで悪いけど、明日早くにでも出るつもりだ。主人のいない神殿に居座り続けても悪いし」
「そうか……なあ、もし旅先でウィルに出会うことがあったら、言伝てを頼まれてくれないか。辛くなったら、いつでも村に戻ってこいってさ」
「……わかった。必ず伝えるよ」
その帰り道にウッドは、俺に家に寄るように言った。そこでウッドは俺に、干し肉や小麦粉なんかの食料と、鍋や水筒などの道具一式を持たせてくれた。
「いいのか?こんなにいっぱい」
「大したもんじゃない。食料も一日分だし、道具も俺のお古だ。けどよ、お前さんにはずいぶん世話になったからな。俺たちのごたごたに巻き込んじまって、すまなかったな」
「いいさ。俺だってメシとベッドをもらったから」
「ああ……次に行くあてはあるのか?」
「特には。歩きながら考えるよ」
「そうか。このまま街道沿いに進めば、ラクーンっつう大きな街に出られる。そこでなら雇い口も見つかるだろう」
「そっか。じゃあ、そこを目指してみようかな」
「ああ……なぁ、お前さんにも、何か事情があるんだろう。あえて聞かないが、もし戻れる家があるんなら……無理するんじゃねえぞ」
「うん……きっと、そうだな」
俺は答えをはぐらかした。ウッドはそんな俺をじっと見つめていたが、何も言わずに俺の頭をわしわしと撫でた。
ウッドと別れてしばらく。時刻は深夜というには少し早いくらいだろう。昨日とうって変わって、空は雲一つない。月明りが美しい夜だ。俺はすばやく荷物をまとめて、ひっそりと神殿を後にした。もともと、朝を待たずに出発するつもりだったのだ。今夜のうちにやっておかなければいけないことが、もう一つだけ残っている。
俺は神殿をぐるっと迂回すると、岩ばっかりで足場の悪い崖の下へ、慎重に下りていった。
「よっと。ふう、フラン。待たせたな」
フランは月明りの下、一人佇んでいた。その傍らには、物言わぬ少女の亡骸。ウィルの体のそばについていてもらったのだ。
「村の人は来なかったか?」
「うん。ずっと耳を澄ましてたけど、この近くには誰も来なかった」
「そうか。じゃあ、完璧に隠せたみたいだな。だろ、ウィル?」
俺は後ろを振り返った。俺の後に続いて現れたのは、一人の幽霊の少女。ウィルはどこか気の抜けた表情で、俺に視線を向けた。
「村の人は、ウィルが旅に出て行ってしまったと思ってる……きみの望み通り、この件はこれ以上掘り下げられることはないはずだ。きみも、自分で見てたからわかってるだろうけど」
俺がウッドたちの前で下手な芝居をしている間、ウィルは物陰からこっそりこちらの様子をうかがっていた。たぶん隠れてなくても、ウィルの姿を見られた人はいなかっただろうが……
「“自分の死を隠して、この一連の事件に終止符を打つ”……きみの願いは、かなえられたかな?」
「……ええ。ありがとう、ございます」
ウィルは欠片も嬉しさを感じさせない、虚ろな顔で言った。
ウィルの遺体を見つけた直後、霊体のウィルは崩れるように倒れこんだ。しかし、アンデッドはショックで気を失うこともできないらしい。ウィルは気絶こそしなかったが、すっかり口数が減ってしまった。それ以降、ずっとこの調子なんだけど、そんなウィルが唯一望んだことが、さっきの願いだった。
ウィルは、これ以上この事件を大事にしたくないと言った。そこで偽の書置きを作り、ウィルが死んだのではなく、いなくなったように見せるため一芝居うったのだ。書置きはウィルが直筆でしたためた。ウィルは自分が正真正銘の幽霊だと自覚してから、物に触れられるようになったのだ。
「メモが筆跡でばれるようなこともないし、掘り起こされた墓も元通りにしてきた……証拠隠滅も完璧だな」
「……そう、ですね」
するとフランが、コツコツとつま先で岩をけった。
「何言ってるの。ここにこんなでっかいのが残ってる」
フランはウィルの遺体を指さした。
「おう、もちろん忘れてないぞ。ただ、ウィルのいないところで勝手に決めるわけにも……なあ?」
ウィルの遺体は、頭と腹部からひどく出血していた。頭は落ちた衝撃で、腹部には倒木が突き刺さったのか、大穴が空いている。即死だったろうとアニは言っていた。芝居をより完璧にするのだったら、遺体もどこかへ隠したほうがよかったんだろうけど……どうにも、手を触れてはいけない気がしたんだ。せめて、ウィルに了承を取ってからにしようと……
「……」
だが肝心のウィルは、心ここにあらずといった様子でうつむいている。そりゃ、こんな状況のなか普段通りでいるほうが難しいだろうが……
「私……」
「うん?」
ウィルが小声でつぶやく。
「私、まだ思い出せないんです。昨日のこと……」
昨日のこと。それはつまり、ウィルが死んだときの……
「ひどく焦って、おびえていたことは覚えてるんです。必死に走って、暗い林の中を無我夢中に駆けて。あの時、たまたま晴れ間が出て、明るかったんです。だから林が途切れて、空が見えたとき、ああ、もう大丈夫だって安心して……それなのに……」
そして、この崖の下へ落ちたのか。崖の高さは、十数メートルくらい。ここを滑り落ちれば、無事では済まないだろう。そして、ウィルは……ウィルは、まだ自分が死んだという事実を、受け入れられないのかもしれない。
(無理もないよな……)
死を前にして落ち着けるのなんて、それこそ神様か仏様くらいのもんだろう。俺はかける言葉が見つからなかった。
「ねえ」
俺が口をつぐんでいると、フランが代わりにウィルへ声をかけた。意外だな、フランはウィルにほとんど話しかけなかったから。
「ねえ、あなた、本当に何も覚えてないの?」
「……私、ですか?ええ、そこから先のことは……」
「ふぅん。てっきり、覚えてるけど知らないふりしてるんだと思ってた」
「……それは、どういうことですか」
ウィルは相変わらず無表情だが、その声はとげとげしさを含んでいた。おいおい、珍しく話しかけたと思ったら、どういうつもりだよフラン?
「だって、おかしいでしょ。ふつう、目が覚めて自分が幽霊になってたら、真っ先に自分の死を疑うもんじゃない?まして、生霊になったなんて思わない」
それは……確かにそうだ。俺も最初は違和感を覚えたっけ。けどウィルがあまりにきっぱり自分の死を否定するもんだから、その勢いに流されていたんだ。思えば最初から、矛盾だらけの探索だった。
「生霊になったとか、死者蘇生がどうとか、眉唾なことは信じるくせに、そのくせ大事にはしたくないとかで捜索には消極的。あえて見つからないように攪乱してるとさえ思った」
「そんな……私はただ」
「それもこれも、死んだ事実から目をそらすため。本当はわかってたんでしょ?けど、それに向き合いたくなかったんだ」
フランの挑発的なものいいに、ウィルの目からとうとう火花が散った。
「あなたに……あなたに、何がわかるっていうんですか!私の気持ちが!」
「そんなの、わかるわけないでしょ。人の気持ちなんて……自分の心も、わからないのに」
フランがぼそっと付け加えた言葉に、ウィルは困惑した顔をした。けど俺にはわかる。あれはきっと、自分の未練がわからないことを言っているんだ。
「けど、わかるものもある」
「……なんだっていうんですか」
「死。死ぬときの気持ち。自分の死を受け止めて、自分の死を認めなければいけない気持ち」
「……っ!」
ウィルが息をのんだ。そうか……
フランは、ゾンビだ。一度死に、死してなおこの世にとどまる存在だ。フランは鉤爪こそあれど、パッと見の姿形は俺たち生者とそう変わらない。けど俺たちとフランの間には、“死”という名の深い川が横たわっている。これは、国境や種族の垣根なんかとは比べ物にならない差だ。国が変わったって、人間という種族に変わりはないだろ?種族が違ったって、生き物であることに違いはないだろ?
だけど、死は違う。
死という川の流れは、俺たちのすぐそばに走っている。それはふっとした拍子ですぐ渡れてしまうほど身近な存在だ。けど、その川一本を隔てるだけで、“向こう側”は俺たちのいる世界とは、絶対的に違うものになってしまうんだ。人間、種族、生き物。これらの頭に、“死んだ”ってつけてみろよ。絶対に同じ存在とは思わないはずだ。それほどまでに死は深く、暗い。
そして、向こう側のことは俺には絶対にわからない。わかるのは、同じく向こう側の存在だけなんだ。
「あなたの気持ちが、わかるとは言わない。だけど、死から目を背けたい気持ちは理解できる。それを非難するつもりもない……わたしも、そうだったから」
「フランセス、さん……」
ウィルは唇をかむと、急に空を見上げた。俺は、ウィルが泣いているのかと思った。けどウィルの瞳からは、涙は流れなかった。
「私……」
ウィルがか細い、けれどどこかすがすがしい声で言う。
「そうです。私、自分の死を否定したかったんです。死んだときの記憶がないのは本当ですけど、うすうす気づいてました。たぶん、そうなんじゃないかって……だけど必死に頭から締め出して、そんなはずない、考えないようにしようって。フランセスさんの言う通りです。ごめんなさい桜下さん、私はあなたも巻き込んでしまいました」
「いいよ。そのくら……っ!?」
言葉を続けようとして、息をのんだ。ウィルのお腹が、じわじわと血に染まっていく!服が裂け、まるで穴が開いたように広がる。やがてウィルの体には、遺体と同じ傷が浮かび上がった。倒木に貫かれた傷跡だ。
ウィルは見上げていた顔を戻すと、その場の空気に不釣り合いな、さわやかな笑みを浮かべた。
「私、死んだんですね。なんだかすっきりしました」
つづく
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読了ありがとうございました。
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