じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
4-3
ウィルは俺の隣の隣の席で、空になったコップを片手でもてあそんでいる。フチをなぞり、水滴を指先で撫で、爪でガラスを弾く。キン。
「……シスター、酔ってる?」
「そんなことらいれす」
ウィルは真っ赤な顔で答えた。まったく、素晴らしい滑舌だな。相当飲んだのか、元から弱いのか。
俺は机の上にあった謎の肉料理(鶏肉みたいな味だ……)をつまみながら話しかける。
「なあ。シスターが酒なんて飲んでいいのか?」
「別にいいじゃないですか。こんな田舎神殿のシスターのことなんて、どうせバレやしないんですから。ひっく」
「そーいう問題かなぁ」
「いいんですよ。どーせ総本山だって私たちのことなんか忘れてるんですから。だいたい、禁酒の戒律を破っただけがなんだっていうんですか」
「平気なのか?戒律ってのを破ったら、シスターじゃいられなくなるとか……」
「あんなもの、ただの心構えみたいなもんですよぅ。法律じゃあるまいし」
「へー……」
「そりゃもちろん、私が今ここで素っ裸になって娼婦の真似事でも始めたら、さすがにアウトですけど」
ぶふっ!俺は思わず吹き出し、呆然とウィルの方を見た。その本人も流石にしまった、という顔をしている。
「……すみません、酒の勢いで口が滑りました。飲み過ぎたようです」
「お、おう。みたいだな」
気まずい沈黙が流れる。気まずいというか、俺はドン引きしていた。今のがシスターの口から出た言葉か?だとしたら、ウィルはシスターの中でも、相当な不良らしい。
「……なあ。ウィルって、本当にシスターなの?」
俺がぽろっとこぼした質問に、ウィルはぷぅっと頬を膨らませた。
「ええ、そうですよ。悪かったですね、酒癖の悪いハレンチシスターで。どうせ月の神殿の乙女とは違って、下品な田舎娘ですよ」
「そこまでは言ってないけど……じゃああのでっかい神殿も、ほんとにウィルの神殿なのか?」
実は、ずっと気になっていたのだ。あの神殿の主は、この目の前に座る少女なのか?ウィルはどう見ても二十歳は超えてなさそうだ。けど、あの神殿にはウィル以外のシスターはいなかった……
「はい?あんなの、都市部と比べたら大した規模じゃないですよ。それに私のものでもありません。神殿は神のためのものであり、私たちは使用人として仕えているだけです」
「あ、そりゃそうか」
「まあ、あなたの言いたいこともわかります。実際に住んでいるのは私たちですし、当然そこを取り仕切る長がいますから。その人のことを聞きたいんでしょう?その意味でも、私は違いますけど」
「あ、そうなの」
「さすがに一人で運営できるほど熟練していませんよ。ほかにも数名の修道女と修道士、それと女祭司長がいます。けど、今はみんな出払ってしまっているんです。ほら、勇者さまが召喚されたから」
「えっ」
心臓がどくりと跳ねた。ここ最近で召喚された勇者って、ぜったい俺のことじゃないか。どうしてウィルがそれを……?
「なんで、それを知ってるんだ……?」
「勇者さまの召喚ですか?それはだって、あれだけ大々的にやれば、こんな田舎でもウワサくらい届きますよ。ああでも、私たちは役柄上、いち早く知らせを受けますけどね」
「役柄上?」
「え?だって、勇者召喚の際には全国の祭司が集められるじゃないですか。勇者のための聖殿祈祷のために」
へー、そんなものがあるのか。きっと“正しい勇者”なら、そうやってセレモニーみたいなのが開かれたんだろうな。あいにくと、俺は一切知らないけど。
ウィルが説明を続ける。
「特にゲデン神は首都で人気の神だから、見栄はってより多く祭司を集めようと、こんな田舎神殿にまで召集がかかるんです」
「あー、その神様って、なんていったっけ。死と再生の神?」
「ええ。全ての生命のはじまり、そして終わりを見届ける神です。もっとも身近な神であり、またもっとも遠ざかりたい神でもある……」
「ふーん。なあ、じゃあなんでウィルは、ここに残って……あ、留守番か」
「そういうことです。さすがに神殿を空にするわけにはいきませんから。まさかみんないない時に、こんな大規模な狩りが起こるなんて……ついてない」
「あはは。悪いな、世話になっちゃって」
「いえ。もともと旅人を泊めるのも奉仕の一環ですから。酒に酔ってシスターの部屋にまで押し入ろうとしないだけ、全然ましです」
ウィルはさらりと粗暴なことをいい、俺はまたしてものどに料理を詰まらせた。もしかすると、ウィルが不良なんじゃなくて、この世界のシスターがみんなこんなもんなのかもしれない。俺がこんな不謹慎なことを考えていると、か細い声が話しかけてきた。
「あの……」
「ん?あんたは……」
さっき俺に挨拶に来た少女、マーシャが再び戻ってきて、おずおずと声をかけてきた。まだ何かあるのか?だが、マーシャの視線は俺ではなく、ウィルに向いている。
「あの、シスター」
「はい?私に用ですか?」
「あの、この後は神殿に戻られますよね?」
「ええ、そのつもりですが」
「で、でしたらこの後、神殿にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「え?かまいませんが、用なら今ここで聞きますよ?」
「ここだと、少し……実は、懺悔というか、聞いてほしいことがあるのです」
懺悔?なんだろう。しかもあまり人に聞かれたくない内容らしい……ウィルは怪訝そうにしながらも、こくりとうなずいた。
「はあ。夜分なのでそんなに時間は取れないと思いますが、それでもよろしければ」
「十分です。すみません、ありがとうございます。では、また後で……」
マーシャは言うだけいうと、すぐに離れて行ってしまった。
「なんだったんだ?懺悔って……」
「さて。人にはそれぞれの胸の内があるものです。乙女ですもの、悩みの一つや二つくらいありますよ、きっと」
「ふーん。よくわかんねーな」
「くすくす。ニシデラさん、モテないでしょう。いけませんねえ、オトメゴコロがわからないようじゃ」
「そうだな。酒に酔った酔いどれシスターに相談したい悩みなんて、俺には想像もつかないや」
「……痛いとこをついてきますね」
「くくくっ。なあ、ウィルにもそういう秘密があるのか?」
「ふん。それ、答えると思います?」
ウィルはジトッと半目で俺を睨み、すっかり拗ねてしまった。俺は肩を竦めると、当初の目的通り、もくもくと料理を口に運ぶ作業に戻った。
懺悔、ねぇ。マーシャの抱える秘密とは、いったいなんだろうか?
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
====================
Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。
↓ ↓ ↓
https://twitter.com/ragoradonma
「じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
人体強化人間の異世界旅路
-
13
-
-
元SSSランク冒険者だった咎人は脱走して人生をやり直す! ~幽閉された10年で鍛えた魔力は最強魔導士に~ 若返った俺を捕まえようとしてももう遅い!
-
21
-
-
格闘チャンプの異世界無双 〜地球最強の男、異世界で更なる高みを目指して無双する〜
-
22
-
-
受難の魔王 -転生しても忌子だった件-
-
31
-
-
復讐、報復、意趣返し……とにかくあいつらぶっ殺す!!
-
21
-
-
ハズレスキル【魔物生産】は倒した魔物を無限に作り出せて勝手に成長するチートスキルでした!〜友達だった男にパーティー追放されたけど女だらけの騎士団に雇われたのでストレスフリーなスライム無双を始めます!〜
-
10
-
-
勇者の出番ねぇからっ!!~異世界転生するけど俺は脇役と言われました~
-
36
-
-
【連載版】断罪の不死者〜転生した俺は最愛との約束を果たす為旅をする〜
-
21
-
-
現実世界が嫌になったので、異世界で魔王の夢を叶えて来ます!
-
27
-
-
吸血鬼の戦記譚~~万物の王となるまでの物語~~
-
16
-
-
怠惰の大罪を背負ったけど何の因果か同時に娯楽神の加護を授かったおかげで働いたら負けの無敵状態になってゲーム三昧
-
59
-
-
問題が発生したため【人生】を強制終了します。 → 『精霊使いで再起動しました。』
-
120
-
-
天使転生?~でも転生場所は魔界だったから、授けられた強靭な肉体と便利スキル『創成魔法』でシメて住み心地よくしてやります!~
-
17
-
-
幼馴染みの2人は魔王と勇者〜2人に挟まれて寝た俺は2人の守護者となる〜
-
87
-
-
クラス転移したけど私(俺)だけFPSプレイヤーに転生
-
89
-
-
テイマーと錬金術の職業で冒険したい!
-
19
-
-
外れスキル【釣り】を極限にまで極めた結果 〜《神器》も美少女も釣れるようになったけどスローライフはやめません。〜
-
83
-
-
嫌われ国王の魔剣幻想譚~虐げられた少年領主は戦場では史上最強の将軍だった…が、この度、王になりました~
-
20
-
-
追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
-
21
-
-
パーティーを追放された俺は、隠しスキル《縁下》で世界最強のギルドを作る
-
34
-
コメント