現実世界にダンジョン現る! ~アラサーフリーターは元聖女のスケルトンと一緒に成り上がります!~

私は航空券A

ダンジョンとコーヒー

「――あっ……ご主人様」




 月明かりに照らされ、佇むクリスティーナはまるで聖女様のようだった。


 いや、本当に聖女様なのだけれど。


 違った。だ、元聖女様。


 しかし、思わず考えてしまうほどに神秘的で……そう、美しかったわけで。




「クリスティーナ、寝れないにょあ?」




 童貞のやまださんが盛大に噛んでしまったことを、誰が責められようか。
きっと心優しい クリスティーナさんはスルーしてくれると信じている。




「ごめんなさい、起こしてしまいましたか?」




 月の光を受けて、キラキラと輝く艶やかな銀髪をかきあげて答えるクリスティーナ。
さすがは出来る女、期待通りにスルーしてくれたようだ。


 パーティーメンバーはやっぱり、助け合っていかないとね。
背中を預けられるって、案外こういう事を言うのかもしれない。




「いや、こんな月が綺麗・・・・な夜に寝てしまうのは勿体無いと思ってね」




 そして、やまださんは精一杯、格好をつけた。


 きっと人はこんな些細な事から嘘を重ね、そして、大人になっていくのだろう。
まさか、こんな所で大人の階段を一段、登るとは思っていなかったけど。




「っ……」




「クリスティーナは寝れないの?」




 さらにやまださんは噛んだ事実を消し去るために、言い直すことにした。


 ところがどうだ、




「あっ、ふぁんっ……はっ、はい」




 クリスティーナの方が最高に、あたふたしている。
それに、よく見てみれば、頬が赤い。いや、真っ赤だ。




「……大丈夫?」




「ひゃいっ、だ、だ、だいじょうぶです」




 そう言い終えると、両手を大きく広げて深呼吸。
数回ほど繰り返してようやく、落ち着きを取り戻したクリスティーナさん。


 そして、佇まいを正す仕草を見せると、




「――コホン、あのですね。このダンジョン出たら、少しお時間を頂いてもいいでしょうか?」




 予想外の言葉に一瞬、思考が止まる。
ほんの数秒の沈黙。しかし、この時ひどく間抜けな顔を晒していたんじゃないだろうか。




「えっと、それって……つまり……?」




 そういう事だよな。パーティーを抜けるとかそんな感じの。




「あっ、違うんです! パーティーを抜けるとか、そういうのではなくてですね。用事というか、やらなくてはいけない事があって、それで少しだけお暇を頂けたらと……」




 なるほど、そういう話ではなかったようだ。
やめてよ、やまださんチョット焦ったじゃんね。


 繁盛期前にして、ぞくぞくと新人が辞めていく様を目の前にした心境だったよ。
店長と二人、乗り切れるかどうか。お互いどちらが欠けてもアウト、そんなギリギリな感じ。


 あの時はヤバかった、もう二度と体験したくない素敵な思い出だ。




「そうか……うん。わかったよ何をするのかはわからないけど、困ったことがあれば言ってほしい。その時は、協力を惜しまないつもりだよ」




「はいっ! ありがとうございます」




 ――ふう。なんだか安心したら、眠気がまた戻ってきた。
今日はこのまま寝て、明日に備えるとしよう。


 ネット黎明期を支えた偉人もこう云っていたではないか。


 『明日から頑張る』ってね。これって、ほんと名言だよな。




「それじゃあ、俺はまた寝るね。クリスティーナも早めに休むんだよ」




「わかりました、起こしてすみませんでした。では、おやすみなさい」




 パーティーリーダー的なことも言えたし、やまださん的には満足だ。


 さてと、もう一眠りするとしよう。


 眠気に下がりはじめた瞼を擦り、元の場所ねどこに戻ろうと振り返った時、




「……必ず戻ってきます。待っていてくださいね」




 囁くかのような、クリスティーナの声が風に乗って聞こえた。
























 チュンチュンと鳴く、スズメに似た鳥の声で目覚めた。


 ダンジョンの中にでも元気に生息しているのだなと、関心しつつも。


 思いの他グッスリと寝れたようで、すっきりとした気分で朝を迎えられた。
昨日は一日歩き詰めだったのにもかかわらず、翌日には疲れが残っていないとか。


 まるで、十代前半にも迫る勢いを感じる。


 もしかすると、アレだ。あと数レベルもあげれば、バブル時代のサラリーマンのように、24時間だって戦えちゃうかもしれない。




「あら、おはよう。お湯を沸かすために道具を借りてしまったけれど、よかったかしら?」




「おはようございます、ローズさん。その為に持ってきたようなものですから、どうぞ気兼ねなく使ってやってください」




 ローズさんは携帯用ガスコンロの上で蒸気をゆらゆらと登らせていたヤカンとると、カップにお湯を注ぐ。すると、香ばしいコーヒーの匂いが辺りに広がった。




「はい、どうぞ。貴方の国では寝起きにこのこーひー・・・という物を飲むのよね?」




「ありがとうございます。ええ、個人差はありますが、概ねそのような感じですよ」




「初めはインクを落としたようなこの色に驚いたのだけれど。いざ飲んでみると中々どうして、悪くないわ。鼻を抜ける奥深い香りがクセになってしまいそう」




 インスタントコーヒーに、ここまで感想を述べる人って初めて見たじゃんね。
いや、決してわるいことじゃないのでけれど。その価格を知っているやまださんとしては、ちょっとした罪悪感を感じてしまう。




「……気に入って貰えて嬉しいです。まだいくつか持っていますので、よかったら差し上げますよ」




「えっ、本当にっ!? 嬉しい!」




 喜ぶローズさんに『アイテムパック』から取り出したインスタントコーヒーを1瓶、それにガムシロとフレッシュをつけて渡す。




「えっと……こーひーはわかるのだけれど、これは?」




 渡したガムシロの一つを太陽の光にかざすローズさん。


 どうやら、興味深々のご様子。




「もしかして、糖蜜かしら」




「正解です。それは白糖を煮詰めて作った甘味料ですよ、そのままの味を楽しむブラックも美味しいですが、甘味料を足したコーヒーもまた違った味を楽しめますよ」




「それは良いわね!」




「せっかくですし、試してみますか?」




「ええ、もちろんっ! クレアもどうかしら? 一緒にこーひー道を極めるわよ!」




「はいっ、ローズ様!」




 インスタントコーヒーで極められるコーヒー道ってなんだろうね。
と、喉まで出かかった言葉を飲み込み、モーニングコーヒーをローズとクレアさんの三人で楽しんだ。


 しかし、何か忘れてる気がする……って、おい。




「あの、クリスティーナの姿が見えないようですが……」




「お花を摘みにいくとは言っていたけれど……さすがに遅いわね、何かあったのかしら」




 ……おいおい、マジかよ。昨日のは完全にフラグだったわ。



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