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年下御曹司は白衣の花嫁と極夜の息子を今度こそ! 手放さない

ささゆき細雪

Chapter,3_09. 母と息子と月の裏側のふたつの太陽

 朔のプロポーズを受け入れた淑乃はその日の夜、息子に自分の想いを告げた。
 朔は今日は自分の家に戻ると言って、淑乃と灯夜を部屋まで送ってから帰ってしまった。てっきり部屋に泊まるのかと思っていた淑乃は拍子抜けだが、連休は三人で過ごしたいからと言われて納得する。きっと手元に残っている仕事を終わらせたいのだろう。

「トーヤ、寝る前におはなししていい?」
「なあに、ママ」

 今度は息子に自分が朔と結婚したいことを正直に伝えようと気持ちを切り替え、布団に入った彼の前で今日の出来事を話しはじめる。
 自分が病院から逃げ出したことは黙って、ただ見舞いに来た朔と彼が所持するコテージに行って、素敵なひとときを過ごしたことを。朔が淑乃をたっぷり甘やかしてくれたから、だからもう心配しなくて大丈夫だよということを。

「――だからママ、サクくんと結婚したいな」
「……別に僕に許可を取る必要はないと思うけど?」
「え? 反対しないの?」
「なんで? だって、ママずっと前から僕に言っていたじゃないか。彼はママがずっとすきなひとだ、って……当時は事情があって結婚できなかっただけでしょう?」

 当時は、淑乃が朔との結婚を考えられなくて勝手に身を引いただけなのだが、灯夜はそうは思っていないらしく、今回、朔と婚約者の結婚式が失敗したことで晴れてふたりがよりを戻したと思っているらしい。たぶん篠塚が彼に説明してくれたのだろう。それもあながち間違いではない。
 淑乃はそうだね、と淋しそうに笑いながら、灯夜の前で昔語りをはじめる。

「ママのお父さんはね、むかし海堂グループにひどいことをしたの。向こうはそんな男の娘と、サクくんが一緒になることをよく思ってない……そう思ったからあたしは若い時、サクくんからはなれたの。だってそのときにはおなかのなかにトーヤがいたんだもの」
「どうしてパパに教えなかったの?」
「迷惑をかけたくなかった……ちがうな、どうしてもトーヤを産みたかったからだよ」
「僕?」
「だってサクくんはこの先海堂グループを統べる王様になるひとなんだよ。その隣にあたしがいることを望ましくないと思うひとたちがいる。そのうえ子どもがいることがわかったら……最悪産むことを諦めろとか、無事に産めても引き離されちゃうんじゃないかって」
「うーん?」
「トーヤにはまだわからないかな」
「暁おにいちゃんが僕が生まれたときママはひとりだったんだよって言ってたのはそういうこと?」
「そうだね……で、でも物理的にはひとりでも、ママの心のなかにはずっとサクくんがいたのよ」

 その言葉に灯夜が首を傾げている。すきならばずっと傍にいればよかったのに、と言いたそうな彼の父親を彷彿させる極夜のような瞳を前に、淑乃は何も言えなくなる。
 彼から父親の存在を奪っていたのは自分自身だ。家の事情を理由にして逃げた淑乃を灯夜は理解できないだろう、そしてそれを受け入れて一度は母親とは違う女性と結婚しようとした父親のことも……七歳の彼からしたら素直に認められることではないはずだ。家のルールのなかにはすきではない女性と政略的に結婚することもありえるのだと説明はしたが、灯夜の反応は乏しい。
 結局、その辺のことは濁して、淑乃は眠そうな灯夜のサラサラの黒髪をひと撫でする。

「そんなことより……ママ、一緒に寝よう?」
「ん」

 朝になったら灯夜は母親が言っていたことなど忘れているだろう。今夜は一緒の布団に入ってゆっくり眠ろう。
 正直、いろいろなことがありすぎて疲れてしまった。ひとりでリビングに戻ったらきっとあのソファを見て暁とのことを思い出してしまう。それならばこの場で息子と一緒に眠った方が安心だ。それに明日になれば朔が来てくれる。ゴールデンウィークは家族三人で出かけようと言ってくれた。結婚のはなしもきっとそこで詰めることになるだろう。彼は周囲にどう説明するのだろう。淑乃と結婚することで、不利益を被らなければいいけど……

「ママは結婚したいんだよね」
「うん」
「苗字、変わるの?」
「たぶんね」
「なんか、カッコいいかも……」

 かいどうとうや、と口ずさむ灯夜が愛しくて、淑乃も一緒にかいどうよしの、と唇に乗せた。
 もう、香宮をどうこういう同族もいないのだ。さいごのひとりだからといってその名を継ごうなどという気も淑乃にはさらさらない。

「……悪くないわね」

 早く朔とほんとうの意味で家族になりたい。
 灯夜に自分の気持ちを伝えたことでようやく淑乃はそのことを痛感したのである。


   * * *


 成田空港から飛行機で十時間足らずで行けるオーストラリア第二の都市、メルボルン。
 朝一の飛行機に単身で乗せられた傷心の暁がこの地に降り立ったのは、現地時間の午後五時のことだった。
 南半球でもっとも高い展望台といわれるユーレカ・スカイデッキに、おしゃれなカフェをはじめ英国風の建物が連なる華やかで瀟洒な街並みを見ていると自分が異邦人になった気分になる。行きかう路面電車トラムを眺めながら街歩きをしているカップル連れを横目に、スーツ姿の暁はとぼとぼと目的地を探す。陽二郎に住所だけ教えられた暁は、地図と観光案内をにらめっこしながらどうにかして公園の近くにあるジャパニーズレストランを見つけ、足を踏み入れる。
 カウンターで優雅にお酒を飲んでいる叔父、陽二郎がにたりと笑って手招きをする。

「いた……叔父上」
「よう。日が暮れるまえに迷子にならないで来たか。えらいえらい」
「毎回思うんですけど叔父上俺に対してだけ厳しくないですか?」
「そりゃ、そうしないと朔についていけないだろ」

 何を当たり前のことを、と一蹴されて暁は絶句する。陽二郎は言葉を詰まらせた彼を座らせて、まあまあと肩を叩く。

「さすがに今回はヤンチャしすぎたようだな。兄さんもずいぶん慌ててたみたいだし。で、何か言うことは?」
「……申し訳ありません」
「しおらしいねえ。その顔、朔にヤられたか? 眠れる獅子を怒らせるとはさすがだぜ」

 はあ、とため息をつきながら暁は差し出された盃に口をつける。空きっ腹に日本酒を入れられて、身体がカッと熱くなる。一杯目からこの酒は強すぎますよと毒づく暁に、俺はもう三杯目だと陽二郎はからから笑う。
 陽二郎はひとまず暁から事情をきくべく、食事する場を用意した。世界一住みやすい都市とも呼ばれているメルボルンは比較的治安も良い方だが、日が暮れると犯罪率が増すため、暁には明るいうちに店に来てもらい、ゆっくり食事をしながら今後について話し合おうと考えたのだ。
 異国の地で美味しい日本酒と日本料理を楽しんでいた陽二郎は、困惑する甥っ子にも箸をすすめて口を開かせようとする。
 まずは今回の事件の経緯と、今後の展望を暁と語らう必要がある。彼の私的な暴走が会社組織に及ぼすであろう影響はそれほど大きくはないだろうが、彼が陽二郎と入れ替わる形でメルボルンでのプロジェクトに組み込まれたことから、陽二郎に近づく人間も出てくるはずだ。

「まあ、ここならやり方次第で朔をアッと言わせることができるかな」
「俺は別に朔兄の仕事の邪魔をしたいわけじゃないんです」
「見返したいわけじゃない?」

 ふうん、とつまらなそうに鼻を鳴らす陽二郎に、暁が苦笑する。

「俺はただ……よしのさんが」
「香宮の嬢ちゃんか。ずいぶん絆されたものだな、あれだけ忌み嫌っていたのに」

 朔と違って暁は香宮のさいごのひとりに憎しみを持っていた。叔母の光子を傷つけた男の娘などろくでもないと思っていたらしい。
 とはいえ、兄の恋人がその香宮の令嬢だと知って、別れて正解だと言いながら、ちゃっかり彼女を七年間も監視していた暁である。
 海堂一族はそのことを見て見ぬふりをしていたそうだが、朔との間に子どもが生まれていたことには誰も気づいていなかった。もし、暁が子どもの存在を伝えていたら、事態はもっと簡単に収まっていたかもしれないし、さらに複雑になっていたかもしれない。

「だって……彼女は憎む対象としてはあまりにも無垢で、眩しかったから」
「そういうの、木乃伊取りが木乃伊になるってんだ」
「ちぇ」
「失恋の傷なんかこっちで仕事を恋人にしているうちに癒えるだろうよ。朔も香宮の嬢ちゃんもお前を許すと俺は思うぜ」
「……だといいんですけどね」

 灯夜をひとりで必死に育ててきた彼女を監視するという名目で七年間も見つめてきた暁は、自分が持つ憎しみがいつしか消えていくことに気づいてしまった。それゆえ自覚したこの恋に苦悩したのだろう。はなれてもなお、兄を一途に想いつづけてひとり子どもを育てる淑乃のことを、欲してしまったことに。
 時間をかけて彼女を囲おうとした一方、淑乃に近づく篠塚が気になりだした暁は、朔の結婚式が失敗したことを機に、いちどだけ彼女と朔を逢わせることで彼女の気持ちをはかった。
 結果として、彼女は朔と復縁し、暁を欺いた。それが許せなくて、暁は嫌がる淑乃を手折ろうとして、しくじった。それだけのことだ。
 ……兄を本気で怒らせたのは、いつ以来だろう。

「ところで、朔兄とその婚約者の結婚式をぶち壊したのは、叔父上ですよね」
「壊さなくても壊れるのは時間の問題だっただろうよ。俺はその足場を作っただけだ」

 なんてことないように口にする叔父を前に、暁はため息をつく。

「じゃあ、今度は何をするつもりですか?」
「何も。たしかに俺は暁に代わって日本に戻るけど、ふたりの仲をぶち壊すことはしないさ……ただ」

 このことを面白くないと思う人間がいることは事実だろうから、そいつらの動き次第だな、と他人事のようにうそぶいて、陽二郎は暁の前で盃を傾けるのだった。

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