年下御曹司は白衣の花嫁と極夜の息子を今度こそ! 手放さない
Chapter,3_04. 海に包まれて甘やかされて
朔が手配した黒い車に乗せられた淑乃は、ハムとチーズのサンドウィッチを朔に手渡され、はむはむと食べていた。空腹が満たされるだけで気持ちはずいぶん楽になる。水筒に入った紅茶も茶葉から淹れられたもののようで、口に含むとアールグレイラベンダーの芳醇な香りが淑乃をやさしく迎えてくれた。海堂家特製のサンドウィッチはおいしいだろ? と、隣でくつろぐ朔に言われて淑乃はうん、としあわせそうに微笑む。
ひととおり食べ終えた淑乃は、ごちそうさまでしたと朔の肩にちょこんと頭をつけて、恥ずかしそうに口をひらく。
学生や研究者たちが集う街、研究学園都市沓庭は山の麓につくられた陸の孤島である。けれどもいま、車は海沿いを進んでいた。
「ところでサクくん、どこに連れていくつもり? 山からはなれていくけど……」
「海沿いに海堂の分家が経営している不動産があって、そのうちのひとつが俺の名義になってるんだ」
「へ」
「誰にも邪魔されない海沿いの別荘だよ。そこなら淑乃がこの格好でも許せる……まぁ、帰る時までに新しい着替えを用意させるけど」
「……」
車を運転しているのは西岡という朔のことを子どもの頃から知る老紳士だった。もともと社長秘書として有能だった彼はK&Dを退職後に再雇用されており、沓庭にある本家の管理人という立場にいるのだという。社長の息子である朔と暁の兄弟の送迎を幼い頃から担当していたことから、朔は彼を信頼している。さすがに成人してからは頼ることも減ったが、将来をともにしたい女性を紹介するいい機会だと考えて朔はあえて西岡のもとに電話をかけたそうだ。
「……香宮淑乃です」
「存じております」
香宮のさいごのひとりとして一族にマークされている淑乃のことを、当然西岡も知っていた。一瞬だけ険しい表情を見せた西岡だったが、車のなかで朔が淑乃を大切に扱っているのを見たからか、車を降りる際には表情を和らげていた。
海が見える高台で車は停車した。外に出れば潮の香りと雲ひとつない蒼い空に迎えられ、白波を揺らす碧い海原が陽光を浴びて煌めくなかから白いお城のようなコテージが姿を見せる。まるで外国の映画のようだと朔に手を引かれた淑乃はその光景に感嘆の声をあげる。
「わ……!」
「天気が良くて良かった。波も穏やかだな」
仲睦まじく手をつないだまま海を眺める朔と淑乃の姿を眩しそうに見つめていた西岡は、いちど邸に戻り夕方になったら迎えに来るとだけ口にして車に乗り込む。その際に自分たちの着替えを持ってくるよう頼んだ朔は、改めて彼に伝える。
「西岡。俺は彼女じゃなきゃ結婚しないから」
見ていればわかりますよと素直に認めた彼は、白衣をコートのように羽織っている淑乃へ視線を向けて、「坊っちゃんをよろしくお願いします」と悪戯っぽく笑ったのだった。
* * *
コテージの鍵をあけて、エントランスに淑乃を導いた朔は、その場で彼女をきつく抱きしめ、羽織っていた白衣を脱がせてしまう。白いナースサンダルにミニスカート丈のウェディングドレス姿にされた淑乃は頬を火照らせながら、彼の前で戸惑いを見せる。
「ちょ、サクくん……!?」
「よしの。ごめん。もう俺、よしのを手に入れるためなら、よしのと結婚するためなら手段を選ばないから」
「あ、んっ……」
そのまま彼に唇を奪われて目をまるくする淑乃に、朔が悔しそうに呟く。
「暁にキスされたんだってな……誰にも渡したくなかったのに」
「サクく……」
「あのときもっと早く到着できていれば……暁に気をつけていれば……よしのを傷つけることなんかなかったのに」
「大丈夫だよ。サクくんはちゃんと来てくれた……いけないのはあたし」
「そんなことない! よしのが自分を責める必要なんかどこにもないんだ。よしのが病院から姿を消したってきいたとき、俺は心配でたまらなかったんだ。よしののことだから大丈夫だって篠塚先生もトーヤも言っていたけど、それでも不安だった……こうして何度でもふれて確認しないと、俺は安心できない……」
しょんぼりする淑乃の前で、朔が彼女に言い聞かせるように、滔々と思いをぶつける。たくさん、口づけを与えて、暁にされたことを上書きして。
啄むようなキスを何度も繰り返されて、ぽってりとした唇は、熟れた林檎の色に染まっていた。
「トーヤ……が?」
「ママはおじさんのことを待ってるよって自信満々に言われた」
「おじさん」
「ひどいよな、実の息子が父親に向かって『おじさん』だなんて」
「……そっか。トーヤ、ほかに何言ってた?」
とろんとした漆黒の瞳でこちらを見つめながら、息子のことを訊いてくる淑乃を前に、朔は逡巡する。朔を魅了してやまない黒真珠の双眸。自分の冷たい印象を与える硬い石のような瞳とはまた違う、おろしたての墨汁のような柔らかな色……そういえば灯夜も黒髪黒目で母親似と言われていたが、瞳は朔が持つ夜色の煌めきを抱いていた。やはり彼は自分と淑乃のあいだに生まれた息子なのだなと痛感する。
「暁にひどいことされて泣いてると思うからよろしくって頼まれた。パパならできるよね、だってさ」
息子が朔のことを素直にパパって口にした? ……照れくさそうに伝える朔のようすを前に、淑乃の瞳から涙が浮かぶ。
「トーヤってば……」
「だからよしの。ちゃんと元気になって帰ろう。それまで俺がたっぷり甘やかしてあげるから」
「……それは、だめ……」
朔の言葉に表情を曇らせた淑乃を無視して、彼は舌を差し込んでくる。丁寧に撫でるような舌の動きに、淑乃も釣られて絡ませていく。
海の波音が響くなか、淑乃がふらふらになるまで執拗にキスをつづけた朔は、彼女の潤んだ瞳がこの先を求めていることに気づいて困惑する。
そんな朔を試すように、腕のなかの淑乃が甘く誘う。
「サクくんお願い――甘やかさないで、あたしをめちゃくちゃにして」
その懇願に、朔は何も言えなくなる。
昨晩、暁に無理やり抱かれそうになった彼女は、やけっぱちになっているのだろう。大丈夫だなんて嘘だ。心はまだ、傷を癒しきっていない。それなのに淑乃は朔が欲しいと訴えてくる。煽るようなキスを何度もした自分も同罪だが、めちゃくちゃにしてと言われるとは思いもしなかった朔である。
思わず黙り込んでしまった朔に、淑乃はさらに言葉を重ねる。
「甘やかされたらあたしは今後も無意識にサクくんのことを傷つけちゃうと思うんだ。アカツキくんを追い詰めたときみたいに。だから、サクくんのことしか考えられないくらい、激しくされたい」
「……よしの」
「サクくんになら、ひどいことされてもいいよ。なんなら縛ってもいい。どうかあたしを罰して、壊し……ンっ!」
「だーめ」
これ以上自分を蔑ろにするようなことを口にさせないよう、朔は淑乃の唇に蓋をする。
ふたたびキスをされて、淑乃は苦しそうに息を吐く。
「ショック療法の相手はお断り。さっきも言ったよね。たっぷり甘やかしてあげる、って」
「でも」
「俺は、よしのが大切だから、宝物のように大事に抱く……傷つけるようなことはぜったいしない」
「アッ」
むき出しの肩にキスを受けて、ぴくっと淑乃が身体を震わせる。暁にキスされた唇を朔によって何度も塞がれ、舌先で口腔の奥まで深く探られ、立っているのもやっとの淑乃は、朔の腕のなかで弱々しく声をあげる。
「じゃあ……つづきはベッドのうえがいい」
「かしこまりました。お姫様」
お姫様なんて柄じゃないよと顔を赤くする淑乃をひょいと横抱きにして、朔は勝ち誇ったようにうそぶく。
「訂正する? 俺の花嫁さん」
ひととおり食べ終えた淑乃は、ごちそうさまでしたと朔の肩にちょこんと頭をつけて、恥ずかしそうに口をひらく。
学生や研究者たちが集う街、研究学園都市沓庭は山の麓につくられた陸の孤島である。けれどもいま、車は海沿いを進んでいた。
「ところでサクくん、どこに連れていくつもり? 山からはなれていくけど……」
「海沿いに海堂の分家が経営している不動産があって、そのうちのひとつが俺の名義になってるんだ」
「へ」
「誰にも邪魔されない海沿いの別荘だよ。そこなら淑乃がこの格好でも許せる……まぁ、帰る時までに新しい着替えを用意させるけど」
「……」
車を運転しているのは西岡という朔のことを子どもの頃から知る老紳士だった。もともと社長秘書として有能だった彼はK&Dを退職後に再雇用されており、沓庭にある本家の管理人という立場にいるのだという。社長の息子である朔と暁の兄弟の送迎を幼い頃から担当していたことから、朔は彼を信頼している。さすがに成人してからは頼ることも減ったが、将来をともにしたい女性を紹介するいい機会だと考えて朔はあえて西岡のもとに電話をかけたそうだ。
「……香宮淑乃です」
「存じております」
香宮のさいごのひとりとして一族にマークされている淑乃のことを、当然西岡も知っていた。一瞬だけ険しい表情を見せた西岡だったが、車のなかで朔が淑乃を大切に扱っているのを見たからか、車を降りる際には表情を和らげていた。
海が見える高台で車は停車した。外に出れば潮の香りと雲ひとつない蒼い空に迎えられ、白波を揺らす碧い海原が陽光を浴びて煌めくなかから白いお城のようなコテージが姿を見せる。まるで外国の映画のようだと朔に手を引かれた淑乃はその光景に感嘆の声をあげる。
「わ……!」
「天気が良くて良かった。波も穏やかだな」
仲睦まじく手をつないだまま海を眺める朔と淑乃の姿を眩しそうに見つめていた西岡は、いちど邸に戻り夕方になったら迎えに来るとだけ口にして車に乗り込む。その際に自分たちの着替えを持ってくるよう頼んだ朔は、改めて彼に伝える。
「西岡。俺は彼女じゃなきゃ結婚しないから」
見ていればわかりますよと素直に認めた彼は、白衣をコートのように羽織っている淑乃へ視線を向けて、「坊っちゃんをよろしくお願いします」と悪戯っぽく笑ったのだった。
* * *
コテージの鍵をあけて、エントランスに淑乃を導いた朔は、その場で彼女をきつく抱きしめ、羽織っていた白衣を脱がせてしまう。白いナースサンダルにミニスカート丈のウェディングドレス姿にされた淑乃は頬を火照らせながら、彼の前で戸惑いを見せる。
「ちょ、サクくん……!?」
「よしの。ごめん。もう俺、よしのを手に入れるためなら、よしのと結婚するためなら手段を選ばないから」
「あ、んっ……」
そのまま彼に唇を奪われて目をまるくする淑乃に、朔が悔しそうに呟く。
「暁にキスされたんだってな……誰にも渡したくなかったのに」
「サクく……」
「あのときもっと早く到着できていれば……暁に気をつけていれば……よしのを傷つけることなんかなかったのに」
「大丈夫だよ。サクくんはちゃんと来てくれた……いけないのはあたし」
「そんなことない! よしのが自分を責める必要なんかどこにもないんだ。よしのが病院から姿を消したってきいたとき、俺は心配でたまらなかったんだ。よしののことだから大丈夫だって篠塚先生もトーヤも言っていたけど、それでも不安だった……こうして何度でもふれて確認しないと、俺は安心できない……」
しょんぼりする淑乃の前で、朔が彼女に言い聞かせるように、滔々と思いをぶつける。たくさん、口づけを与えて、暁にされたことを上書きして。
啄むようなキスを何度も繰り返されて、ぽってりとした唇は、熟れた林檎の色に染まっていた。
「トーヤ……が?」
「ママはおじさんのことを待ってるよって自信満々に言われた」
「おじさん」
「ひどいよな、実の息子が父親に向かって『おじさん』だなんて」
「……そっか。トーヤ、ほかに何言ってた?」
とろんとした漆黒の瞳でこちらを見つめながら、息子のことを訊いてくる淑乃を前に、朔は逡巡する。朔を魅了してやまない黒真珠の双眸。自分の冷たい印象を与える硬い石のような瞳とはまた違う、おろしたての墨汁のような柔らかな色……そういえば灯夜も黒髪黒目で母親似と言われていたが、瞳は朔が持つ夜色の煌めきを抱いていた。やはり彼は自分と淑乃のあいだに生まれた息子なのだなと痛感する。
「暁にひどいことされて泣いてると思うからよろしくって頼まれた。パパならできるよね、だってさ」
息子が朔のことを素直にパパって口にした? ……照れくさそうに伝える朔のようすを前に、淑乃の瞳から涙が浮かぶ。
「トーヤってば……」
「だからよしの。ちゃんと元気になって帰ろう。それまで俺がたっぷり甘やかしてあげるから」
「……それは、だめ……」
朔の言葉に表情を曇らせた淑乃を無視して、彼は舌を差し込んでくる。丁寧に撫でるような舌の動きに、淑乃も釣られて絡ませていく。
海の波音が響くなか、淑乃がふらふらになるまで執拗にキスをつづけた朔は、彼女の潤んだ瞳がこの先を求めていることに気づいて困惑する。
そんな朔を試すように、腕のなかの淑乃が甘く誘う。
「サクくんお願い――甘やかさないで、あたしをめちゃくちゃにして」
その懇願に、朔は何も言えなくなる。
昨晩、暁に無理やり抱かれそうになった彼女は、やけっぱちになっているのだろう。大丈夫だなんて嘘だ。心はまだ、傷を癒しきっていない。それなのに淑乃は朔が欲しいと訴えてくる。煽るようなキスを何度もした自分も同罪だが、めちゃくちゃにしてと言われるとは思いもしなかった朔である。
思わず黙り込んでしまった朔に、淑乃はさらに言葉を重ねる。
「甘やかされたらあたしは今後も無意識にサクくんのことを傷つけちゃうと思うんだ。アカツキくんを追い詰めたときみたいに。だから、サクくんのことしか考えられないくらい、激しくされたい」
「……よしの」
「サクくんになら、ひどいことされてもいいよ。なんなら縛ってもいい。どうかあたしを罰して、壊し……ンっ!」
「だーめ」
これ以上自分を蔑ろにするようなことを口にさせないよう、朔は淑乃の唇に蓋をする。
ふたたびキスをされて、淑乃は苦しそうに息を吐く。
「ショック療法の相手はお断り。さっきも言ったよね。たっぷり甘やかしてあげる、って」
「でも」
「俺は、よしのが大切だから、宝物のように大事に抱く……傷つけるようなことはぜったいしない」
「アッ」
むき出しの肩にキスを受けて、ぴくっと淑乃が身体を震わせる。暁にキスされた唇を朔によって何度も塞がれ、舌先で口腔の奥まで深く探られ、立っているのもやっとの淑乃は、朔の腕のなかで弱々しく声をあげる。
「じゃあ……つづきはベッドのうえがいい」
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