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年下御曹司は白衣の花嫁と極夜の息子を今度こそ! 手放さない

ささゆき細雪

Chapter,3_03. 真昼の月と白衣の花嫁

 朔が灯夜と別れて病棟に向かうと、そこには茫然自失状態の井森の姿があった。朔の姿を認めて我に却ったのか、淑乃が消えるまでの一部始終についてを説明して、申し訳なさそうに瞳を伏せる。

「暴行の痕はないとの診断が出たので仮眠室で休ませていたんです。ただ、彼女が意識を取り戻した際にわたしを誰かと勘違いしたみたいで、それで取り乱しちゃって……鎮静剤を打ったら落ち着いてくれたんですけど、席を外していたうちに」

 彼女が病院のパジャマとスリッパという入院患者のような姿でふらりと外を飛び出してもうすぐ二時間が経過するという。そのあいだ、病院内で彼女を見かけたという報告はなかった。大人ひとりが自分から姿を消しただけだから警察にはまだ連絡していないと井森は朔へ告げる。大事おおごとにしたくはないが、夕方までに見つからないようなら警察に相談するしかないだろう。
 時刻はまもなく午前十一時になろうとしている。

「記憶が混濁していると言っていたけど……高校時代のことか」
「ええ」

 言葉を選びながら、淑乃の過去について訊ねる朔に驚きながらも、井森はどこか納得したように首肯する。

「海堂さん、ご存じだったんですね」
「ああ……よしのが教えてくれたから。でも、弟はそんなこと知らないから」
「知らないからって許されることじゃありません。怖い目に遭って……」
「すまない」
「どうしてあなたが謝るんです! で、でももっと早く迎えに来てくれれば良かったのに……ヤり逃げヘタレ御曹司! これでよしのちゃんに何かあったら……」

 泣きそうな顔で責められて、朔はもういちど「すまない」と首を垂れる。
 五年近く一緒に働いているという淑乃の職場の同僚は、ひとりで灯夜を育てている彼女がどれだけ大変だったか、過保護な暁から逃げ回っていたか知らないでしょうと恨めしそうに朔を睨む――けれど、遠くからの一声で、緊張の糸がほどけたかのように穏やかな表情を取り戻し、ああ、と泣き崩れる。

「――もう。何もないからそんなにサクくんを責めないでよ、イモリちゃん」

 朔が顔をあげれば、そこには真っ白なミニ丈のワンピースに白衣を羽織った、自分を取り戻した淑乃の姿があった。


   * * *


「暁はもう日本を出た。あと、よしのの携帯電話の細工は本体システムからすべて消却したから作動しないって」
「……オーストラリアって、これから冬に向かうのよね」
「ああ」

 病院に戻ってきた淑乃は心配かけてごめんね、と井森に診療所から携帯電話を取ってきてもらうよう促し、朔とふたりきりになる。
 朔は淑乃が無事なのを確認できたからか、ふだん以上に言葉が出てこない。黙っているのも気まずい、けれど淑乃からは何も言ってくれない……悩んだ末に出てきた言葉は、父親が早朝に下した暁の処遇だった。灯夜が目覚める前に届いた一方的なメールに、複雑な気分になった朔だったが、警察に被害届を出そうなんて考えてもいなかった淑乃はそっか、と淋しそうに笑うだけ。七年間も監視していた暁から逃れられたことには安心したようだが、まさか海外に飛ばされるとは思ってもいなかったようだ。
 無事に逢えたら伝えたい言葉がたくさんあったはずなのに、朔は淑乃を見つめることしかできない。
 病院のパジャマにスリッパという格好で姿を消したというのに、なぜこのような真っ白なワンピースと白衣を着ているのか。
 病院から逃亡した際にどこに行っていたのか。
 聞きたいこともたくさんあるのに。

「ねえ、サクくん」
「よしの」

 甘い声。けれどもお互いどこか遠慮した空気が漂う。
 そんなふたりの間に割って入ってきたのは、淑乃の携帯電話を診療所から取ってきた井森だった。篠塚のところへ淑乃が無事に見つかったことも伝えてくれたらしい。しばらく海堂さんを独り占めさせてあげてくださいという余計な一言も添えて。

「そんなわけであなたたちふたりは本日フリーです。異論は認めません。はいこれ、よしのちゃんの携帯。言いたいことちゃんと言わないとダメだからね。海堂さんも、彼女のことが大切なら、ちゃんと誠意を見せてください。わたしからは以上です!」

 そう啖呵を切って、井森はふたりの前から姿を消す。
 残されたふたりは顔を見合わせて、照れくさそうにほくそ笑む。
 そして淑乃が口をひらく前に、朔が彼女を抱き寄せる。

「――このまま俺に攫われてくれるか?」

 淑乃は言葉を返す代わりに、自分から彼の唇へ自分のそれを重ね、素直に身を委ねる。


   * * *


「サクくんも、着替えればよかったのに……昨日からずっと同じスーツ着てて疲れない?」
「よしのみたいに劇団の衣装を着こなす度胸はないよ。それ、花嫁衣裳だろ?」
「えへ、ばれた?」

 淑乃は発作的に病院を飛び出した際に、クラブハウスで劇団の衣装を譲ってもらったのだという。白いワンピースだとばかり思っていたそれは、ひかりの加減で光沢感を際立たせる露出度の高いデザインのドレス……それもウェディングドレスだった。さすがに白衣を着た状態で外に出るのはどうかといったんは脱がそうとした朔だったが、肩や胸元の露出を見て、やっぱりだめだ目の毒だこんなのほかの人間に見せられないと慌てて白衣を羽織らせたのである。淑乃はそんな朔のたじろぐ姿を面白がっている。

「これから迎えが来るんだし、気にしなくても大丈夫だと思うけど……」

 淑乃とともに病院をあとにした朔は、真昼の月が浮かぶ雲ひとつない青空の下、自分の携帯電話で車を手配するよう頼んでいた。ほんとうは大学のヘリポートを借りてヘリコプターを飛ばしたいなどとんでもないことを言っていたがさすがにそれは目立つからやめてくれと引き留めた淑乃である。こういうことをさらりとやってのけてしまう朔を見ていると、やはり彼は次期社長に見込まれた御曹司なのだなと思い知り、質素倹約な生活を送る自分との差に落ち込んでしまう。
 けれど朔は淑乃のそんなことよりも自分が着ている服の露出度が高い方が気になるらしい。淑乃は心配しすぎだよと苦笑しながらくたびれたスーツ姿になった彼を見つめる。

「俺が気にするの!」

 はぁ、とため息をつきながら朔は可憐な恋人を背後からぎゅっと抱きしめる。
 こんな姿、暁に見せていたら未遂じゃ済まなかっただろうなと考えながら。
 弟の暁が淑乃にしようとしていたことを思い出すだけで腸が煮えくり返るが、自分だって似たようなものだ。彼女を前にすると、おかしくなってしまう。大切にしたいのに、それ以上に自分を求めさせたくなってしまう。そしてなにより……

「こんなよしの……抱きたいにきまってるじゃねーか」

 くすくすと笑う白衣の花嫁が愛しい。弟に傷つけられた彼女を思うと、強引に抱くことはできないけれど。
 このまま時間をかけて身体のすみずみまで、丹念に慰めてやりたい。

「ちょ、サクくん、本音が駄々洩れ……だよ」

 耳元で囁かれた淑乃はその言葉にゾクリとする。彼はまだ、あたしを求めてくれるの……?
 白衣を羽織った花嫁姿の淑乃は朔の独占欲に満ちた呟きに、なぜだか泣きたくなるのだった。

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