年下御曹司は白衣の花嫁と極夜の息子を今度こそ! 手放さない

ささゆき細雪

Chapter,3_01. 逆転する夜明けの太陽

「帰国しろだと? 朔が何かやらかしたのか? え、暁の方? いや、俺は何も聞いてない……隠し子!? どっちの? っていうか朔が? あいつ、そんな素振りぜんぜん見せてなかったぜ。暁が孕ませたってのならわからなくもないけどよ……で? あー悪かったよ、俺が朔の結婚式で花嫁の逃亡に手を貸したってのはホント。あの朔の葬式のような顔見たらわかるだろ? 政略結婚なんていまの時代おかしい! あんなんで会社引き継がせたところで傾くぞ。向こうだってジジイ世代が一方的に盛り上がっていただけで。そんなことしたら俺が社長の座奪うから。ちょ、そこでうろたえるなよ兄さん……あ、それで隠し子って誰の子? 俺が知る限り朔は暁と違って学生時代のときから香宮のお嬢ちゃん一筋だから……兄さん? そこ絶句するところじゃない。香宮の娘が朔と学生時代に付き合っていたのは暁も知ってることだぜ。ただ、あのお嬢ちゃんは海堂一族との因縁を気にして朔が社会人になるまえに別れたって暁から訊いたんだけど……そのときにすでに妊娠してたってこと? へえ。面白いことになってるじゃないか。それで兄さんはどうしたいの? ……って問題はそっちじゃない? 暁が何? んぁ――朔の女と息子に手を出した!? あちゃー、それで暁をこっちに飛ばしたいってわけ。俺と入れ替える感じで? 了解」

 国際電話で兄の明夫から伝えられた報告に突っ込みを入れながら、海堂陽二郎は苦笑する。
 甥の暁が香宮のさいごのひとりに執着していたことは知っていた。姉の光子を苦しめた男と香宮家の令嬢のあいだに生まれた淑乃という名前の娘。暁が尊敬する兄の恋人が自分たち一族と因縁を持つ娘だと知ったのは、ふたりが別れてからのことだから、騙されたと思ったのかもしれない。その執着が恋情へ変わっていく過程は知る由もないが、兄が別れてからも彼女を想いつづけていることに憤りを覚えていた暁の姿は忘れられない。

「秘書に伝えとく。俺の仕事はリモートで行う。暁が現場に入るならなんとかなるっしょ」

 重婚まがいの罪に巻き込まれて一族を破滅へ導いた海堂の人間を厭っていた淑乃の母と、陽二郎は一度だけ身体を重ねたことがある。
 彼女は何も知らない箱入り娘だったはずなのに、自分の父親のせいで娼婦のようにさまざまな男と関係を持っていた。そうすることでしか生きていけないと、絶望していた彼女に、陽二郎は惚れていた。いつか彼女を救い出す、そう思っていたのに、彼女は一人娘を遺して逝ってしまった。
 墓参りで出逢った淑乃は儚げな母と比べて生き生きとしていた。母親と確執を持ったまま死別してしまったことを悔いているようにも見えたが、失礼ながらこの子はそう簡単に死ななそうだなと思った記憶がある。きっと図太い光子の元夫の方に似たのだろう。
 放っておいたら過労死しそうな甥っ子の傍に置いたら面白いことになりそうだな、と思ったのがすべてのはじまり。
 復讐を匂わせて、淑乃に朔のことを伝えれば、彼女はやすやすと彼を虜にしてしまった。まさかその弟の暁まで引き寄せてしまうことになるとはそのとき考えもせず。

「……横恋慕か」

 あれから十二年。淑乃は姿を消していた。朔は会社のために父親が用意した花嫁を娶ろうとしていたが、陽二郎はどうしてもそれが許せなかった。朔が淑乃のことを引きずっているのは誰が見ても明らかだったからだ。暁も愚痴っていたではないか、初恋を拗らせた兄が頼りなくて困る、と。それならばいちど、結婚式をぶち壊してしまえ! ……その結果がこれかい。

 ――復縁した朔と淑乃のあいだには実は隠し子がいて、あろうことか暁も淑乃を求めるあまり暴走してしまいました、とさ。

「彼女にとって海堂の男たちは毒なのかもしれないな。わかったよ、一度戻ったら朔に……で、暁はいつ来るの? はぁ? もう飛行機に乗せただと……!? それを先に言えっ!」

 受話器をたたきつけ、陽二郎は頭をかかえこむ。
 暁に仕事の引継ぎをしたら、すぐに沓庭に戻らなくては。
 秘書に兄からの電話の内容を伝え、甥の暁がこちらへ来る旨を知らせれば、困惑の様相を見せながらも彼は陽二郎の指示に従う。

 あと数時間もすれば失恋で憔悴した暁が陽二郎のもとに現れる。
 結婚式が失敗したくらいで弟を社長にしようと考える奴らは、今回の突然の異動をどう思うだろう。暁を推していたものの多くは単に朔のやり方と馬が合わないだけだから、暁が姿を消したら消したで今度は陽二郎につくだろう。
 現場をまわる陽二郎を慕う人間は多いが、それは彼が現場のトラブルを兄明夫からの明確な指示と見識で抑えているからにすぎない。朔はその明夫のやり方を直に叩き込まれているサラブレッドだ。暁がいくら真似しようとしても、技術者としての能力を引き延ばされただけの彼と、それ以上にリーダーシップを任せられる技量を何年も積まされた朔とのあいだには歴然とした差が存在していた。それを間近で見てきたから、陽二郎は暁に手をかけていたのだ。彼が朔に必要以上のコンプレックスを持たないように。それでも彼は精神的に脆くてしょっちゅう不眠に悩まされていた。朔が想いつづける淑乃に思慕の念を抱いたのも、もしかしたらコンプレックスの延長だったのかもしれない。

「けど、さすがに兄の恋人に手を出すのはやりすぎだぞ……ったく、一から躾けなおさなきゃいけねーな」

 面倒ごと増やしやがって、と毒づきながらも、どこか楽しそうな陽二郎なのであった。

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