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年下御曹司は白衣の花嫁と極夜の息子を今度こそ! 手放さない

ささゆき細雪

Chapter,2_09. 不穏な予感ともうひとりのパパ

 ふたりが店を出たところで、朔の携帯電話が震えだす。電波が通じていなかった地下から外に出たため、通知が一気に届いたらしい。ポケットから取り出して画面を確認すれば、そこには同じ名前がずらりと並んでいる――海堂暁。

「うわ……不在着信が三件に、メールでの安否確認が五件、メッセージアプリにも同じ内容が入ってる……」

 どんよりする朔を見て、淑乃も呆れた顔をする。このようすだと篠塚や学童にも連絡が来ているかもしれない。はぁ、とため息をつく淑乃に朔が訊ねる。

「もしかして、いつもこうなの……?」
「ここまで激しいのは久しぶりだわ。あたしの所在がわからないのが気に食わないんでしょうね」
「弟が……すまない」
「ほんと。過保護な監視役がいたからほかの男のひとと恋する暇もなかったわ……なんて冗談よ、拗ねないの」
「拗ねてない……でも、さすがにこれはやりすぎだ」

 朔もまた、ふたつ年下の弟の暁が淑乃に惹かれていたことには気づいていた。学生時代は誰よりも朔と淑乃の恋がこのまま成就することを願っていた彼だが、淑乃が姿を消して以来、兄に代わって執拗に彼女を探す姿に危惧を覚えたのは確かだ。
 そして隠れて出産した淑乃を見つけてしまった。暁がそれを見てなぜ監視に走ったのか、朔はいまも理解できないままだ。

「アカツキくんはあたしがサクくん以外の異性とつきあうことを是としてなかった。あたしのなかでサクくんの思い出が昇華されるまで、彼は待っていたの……結局あたしは思い出を思い出のままにできなかったから、彼の気持ちには応えられないって、伝えていたけど」
「暁はそれを認めてないのか……」

 まどろっこしいまでの暁のやり口に、朔は閉口する。朔が婚約者と無事に結婚するまで暁は待っていたのだ。自分こそがほんとうの父親であるかのように灯夜に接しながら。淑乃を自分の掌中へおさめるため――その気の長くなるような計画は、結局失敗してしまったわけだが。
 淑乃と朔はどちらからともなく手を差し出し、つないだ状態で歩をすすめていく。
 東京よりも北に位置している沓庭は、夜は未だ肌寒い。学生時代のように、互いの体温を求め合うように指を絡ませる姿は、遠目からだと恋人同士のようにも夫婦のようにも見える。いったい自分たちの関係は何なのだろうと漠然と考えている朔の思惟を搔き乱すように、淑乃がふいに声をあげる。

「あ……」
「暁の車だな」

 夜闇でもよく目立つ真っ赤な車が、中華料理店の駐車場に停められていた。店の二階を見上げると、『沓庭サポートクラブ』と書かれた看板がある。どうやらこの建物の二階部分が学童保育施設としてつかわれているようだ。

「――サクくん、今夜はここまででいいわ。灯夜と逢うのは今度にして」
「暁がいるからか? だったら余計、俺がいたほうが……」
「だめよ。たぶん、アカツキくんはあたしが来るのを待ち伏せしてる。サクくんと一緒にいることがバレたら、いまの状態の彼はとんでもない行動を取りかねない」
「とんでもない、行動……?」
「トーヤを人質にして本家に連れて行く、とか」

 淑乃と朔のあいだに生まれた灯夜の存在は、暁以外の海堂の人間には秘されたままだ。香宮のさいごのひとりの血統を持つ息子が明らかになったら、淑乃は海堂一族から弾かれ子どもだけ奪われてしまう可能性が高い。
 最悪の事態を想定している淑乃の平坦な声に、朔は思わず低い声で言い返してしまう。

「じゃあどうすればいいんだ」
「アカツキくんはあたしが無事なら何もしない。車でトーヤと一緒にマンションまで送り届けてもらって、それでおしまい」
「……それで暁は納得するのか?」
「マンションのなかまで入ってくることはないわ。だいいち鍵持ってないし……そうだ」

 そう言って、淑乃は鞄のなかから一枚のふせんを手渡す。ボールペンで書かれた二行に渡る数字の羅列を見て、首を傾げる朔に、淑乃が告げる。

「あとで部屋に来て。そのときに次に逢うときのこともはなそう? あのね、エントランスではじめの段のこの数字を打ち込めばマンションのなかに入れるから」
「これは、ナンバーキーなのか……?」
「うん。夜遅くなると鍵がかかるから。数字を入力しないと入れない仕組みなの」
「じゃあ、下の数字は」
「あたしが設定したパスキーになってる。夜だし、トーヤはすぐ寝ると思うからインターフォンは鳴らさないで。部屋の前でこの数字を打ち込めば、鍵がなくても一度だけあけられる」
「いいのか?」
「サクくんだから、託すんだよ」

 だから心配しないで、と朔とつないでいた手をはなして、淑乃は颯爽と階段を駆け上がっていく。
 ひとり取り残された朔は、手渡されたふせんを見て、愕然とする。

「よしの……これ、肝心の住所が書いてないのだが……」


   * * *


 淑乃が灯夜と暮らすマンションは大学敷地内を出て徒歩三分の、駅から十分ほど歩く閑静な住宅街に位置していた。アイボリーが基調の五階建ての上品な建物だ。エントランスを抜けた先に居住区域ごとに分けられたエレベーターがある。
 日中は常駐しているコンシェルジュが部屋案内をしてくれるというが、あいにく時刻は夜の九時をとっくに過ぎ、周囲にひとの姿は見当たらない。
 朔は途方に暮れていた。

「……エントランスに入れたってことはこの建物でいいはず、なんだよな」

 弟の暁が運転していた赤い車が道路脇に停められていたのを確認している。タクシーの運転手も「ここが大学近辺でいちばんお高いマンションですよ」と教えてくれたし、淑乃が渡してくれた紙に書かれたとおり数字を打ち込んだら何事もなかったかのように自動扉が開いた。明かりが一瞬消えかかったが、朔が入ってきたことでふたたび明るさを取り戻している。どうやらひとの気配で電灯がつく仕組みのようだ。このことからついさっきまでこの場に誰かがいたことを察し、それが淑乃たちだろうと朔は推測する。

 ――けど、暁がマンションの前で送り届けているというなら、車が停まったままになっているのはおかしくないか?

 そうだとしたら、淑乃と暁はまだ別れていないはず。ふだんなら送り届けておしまいだと彼女は言っていたが……
 嫌な予感がする。
 けれどここまで来たのに朔は淑乃の部屋番号を知らない。一部屋ずつ探していくしかないのだろうか。

 と、考え込んでいた朔の背後で自動扉が開閉する。振り向いた朔は、自分を見て驚いている男性を見て困惑する。メガネをかけた丸顔の男性だ。丸い瞳をひらいて亡霊でも見つけたかのように朔に視線を向けていたが、やがて意を決したかのように声をかけてくる。

「こんばんは。ここでは見かけない顔ですね」
「ええ……あの?」

 人懐っこい顔立ちだが、機嫌が悪いのか拗ねた表情をしている。朔はなぜ初対面の男性にこんな顔をされたのかわからず首を傾げる。向こうは朔のそんな態度を面白がるように、さらに言葉をつづける。

「赤い車が停まっていたからついにあの男を部屋に呼んだのかと思ったのですが、そういうわけではなさそうですね」
「!」

 赤い車。それは暁が乗っている車のことだ。つまり彼は淑乃を知っている人間ということで。

「……弟を、暁を知って」
「ええ、知ってますよ。兄から恋人を奪い取ろうとして何年も燻っていますよね。やっぱり貴方が暁くんのお兄さん……海堂朔くんでしたか。似てますね、灯夜くんが持つ雰囲気と」
「あの、すみません、彼女の部屋、は」
「僕は沓庭ガーデンクリニック常勤医の篠崎。淑乃ちゃんと灯夜くんが生活している部屋? 二階のいちばん奥の……あ、ちょっとはなし途中ですよー」
「よしのが心配なんで!」

 淑乃が暮らしている部屋は二階にあるときいた朔は居ても立ってもいられなくなり篠崎の言葉を遮りエレベーターの先にあった階段を駆け上っていく。
 その後ろ姿を呆然と見送っていた篠崎は、やれやれとため息をつく。


「ようやくほんもののパパがご登場ですか。さてさて、灯夜くんは、どう思いますかねえ……」

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