年下御曹司は白衣の花嫁と極夜の息子を今度こそ! 手放さない
Chapter,2_05. 新月を脅かすふたつの太陽
大学一年の晩秋。
母の死によってひとりぼっちになってしまった淑乃だったが、教授をはじめサークルの仲間によって孤独を乗り越えていく。
ときどき過去の亡霊が淑乃の前に現れるが、感情を無にすることでやり過ごしていた。傷つけられた身体もすでに問題のない、ほぼもとどおりの状態に回復していた。心の傷まではさすがに完治できなかったけれど。
入学時に医師から性行為を行うことについてとっくに許可をもらっていたが、実際に肌を許したのは大学一年の冬のことだ。いまさら貞淑でいることもできず、母の死を慰めてくれた同級生と身体を重ねた。自分が恐れていたことは大したことではなく、逆に心地よかった。
母の死から半年くらいはその男の肌に甘えて自分を慰めた。彼は優しかったが、本命の彼女が別にいた。だから淑乃は本気になる前に自らピリオドを打った。
自分のような厄介な身の上の女など、彼女にしたところで重たいだけだ。将来を見据えて本気で恋愛することなど無理だと、淑乃は二十歳になる前に悟っていた。
そんなときに出逢った男――海堂陽二郎。彼は甥である海堂朔を誘惑し、復讐してみないかと悪魔の囁きを淑乃に与えた。なぜ淑乃にそのような提案をしてきたのかはわからないが、興味を抱かせるのには充分だった。なんせ、失敗したところで失うものはなにもないのだ。接点がない限り、社会学部にいる二学年年上の自分と理工学部へ進学するという彼が広大な総合大学で落ち合うことは難しい。どうすれば自然と接触することが可能だろう。自分たちの因縁を隠した上で。
――出逢いを演出するなら、春、サークル勧誘で周りが忙しいときに限る。
大学三年の春、淑乃は女子寮から民間のアパートへ引っ越した。引越の際に仲間と宴会を開き、互いに新入生をどうサークルへ引込めばいいかを話し合った。寮の前でビラを配るのは定番すぎるから、もう少し目立つことをしたいと淑乃が助言を求めれば、目立つ格好をすればいいと単純明快な回答が届く。たぶん酔っ払っていたのだろう、そうでなければあんなバカげたアイディアを出すわけがない。そして自分も酔っ払っていた。それは認める。
『よしのちゃんは白衣着て酒盛りしてるだけで新入生男子簡単に引っ掛けられるって! オトナのおねーさんと一杯どう? なんて』
そして実行したのだ、愚直にも。
* * *
カウンセリングルームの長机を隔てて向かいあう形で椅子に座った朔の言葉に、淑乃は唖然としていた。
「――海堂、陽二郎……月の裏側のひと」
「よしの? 叔父上のことを知っているのか?」
朔の言葉が淑乃を十二年前の春へ連れていく。
はじめて朔を見つけたとき。あの紳士が若かったらこんな感じなんだろうな、と漠然と思った記憶がある。
そして彼が暮らしはじめたのを確認してから、計画を遂行した。いま思えば考えなしな誘惑である。アパートに連れ込んで、それっぽい嘘をついて慰めろと女性経験のない先月まで高校生だった男子相手に必死になっていたのだから。
「……母の墓参りに来ていたわ」
だからといって海堂の人間が香宮を陥れた現実は翻らないのだが。淑乃は観念したように呟く。
「春に甥が沓庭に入学するから、話し相手になってくれって……なんなら復讐に利用してもいいって」
「なんだよそれ。よしのは叔父上に俺のことを知らされたから、俺に興味を持ったのか?」
「うん。なんだか手のひらのうえで転がされていたみたいだけど……あたしはそのおかげで、サクくんに逢えた」
陽二郎に唆されなければ、自分はきっと朔と知り合うことも、彼と恋に堕ちることもなかっただろう。
それに、子どもを妊娠することは難しいだろうと言われていたのに、奇跡が起きた……彼との間に子どもを作ることが叶ったのだから。
ただ、朔にとっては香宮の娘とのあいだに子どもができるなど、不都合なことでしかないと思った。
それでも妊娠に気づいたとき、堕胎することなど考えもしなかった。嬉しかった。絶対に産むと決めた。彼の前から姿を消してしまえばなんとかなるだろうと……相変わらずな考えなしの行動で周囲に迷惑をかけまくって。
――結局、露見ちゃったけど。
「いま、サクくんの周りが大変なことになっているのはわかるよ。それなのに、あたしに逢いに来てくれてありがとう」
晴れやかな表情で言葉を紡げば、朔は黙り込んでしまう。追い打ちをかけるように淑乃はさらに言葉を重ねる。
「いまの彼がサクくんを脅かす存在になっているというのなら……あたしも手伝う」
「よしの。それはほんとうか?」
「放っておけないもの。それに、サクくんを脅かしているのはひとりだけじゃないでしょう?」
もうひとり、新月を脅かす太陽がいる。朔の弟の、暁だ。
淑乃と灯夜を監視しつづける彼が何を考えているのか、朔に代わって社長の椅子を奪おうとしているのか、それはまだ、わからないけれど。
「……あたしが個人の連絡先をサクくんに残さなかったのには、理由があるの。きっと、もう、気づいているだろうけど」
「まさか、暁が……?」
こくりと頷いて白衣のポケットから携帯電話を取り出せば、ウウウ、という威嚇するような音が鳴る。午後六時四十五分のアラームだ。
そして『今夜は残業?』と職場から動かない携帯電話の位置情報を見ている暁からのメッセージを見せられて、朔が困惑の表情を見せる。
「アカツキくんは、あたしとトーヤを監視している。この七年間、ずーっとね」
母の死によってひとりぼっちになってしまった淑乃だったが、教授をはじめサークルの仲間によって孤独を乗り越えていく。
ときどき過去の亡霊が淑乃の前に現れるが、感情を無にすることでやり過ごしていた。傷つけられた身体もすでに問題のない、ほぼもとどおりの状態に回復していた。心の傷まではさすがに完治できなかったけれど。
入学時に医師から性行為を行うことについてとっくに許可をもらっていたが、実際に肌を許したのは大学一年の冬のことだ。いまさら貞淑でいることもできず、母の死を慰めてくれた同級生と身体を重ねた。自分が恐れていたことは大したことではなく、逆に心地よかった。
母の死から半年くらいはその男の肌に甘えて自分を慰めた。彼は優しかったが、本命の彼女が別にいた。だから淑乃は本気になる前に自らピリオドを打った。
自分のような厄介な身の上の女など、彼女にしたところで重たいだけだ。将来を見据えて本気で恋愛することなど無理だと、淑乃は二十歳になる前に悟っていた。
そんなときに出逢った男――海堂陽二郎。彼は甥である海堂朔を誘惑し、復讐してみないかと悪魔の囁きを淑乃に与えた。なぜ淑乃にそのような提案をしてきたのかはわからないが、興味を抱かせるのには充分だった。なんせ、失敗したところで失うものはなにもないのだ。接点がない限り、社会学部にいる二学年年上の自分と理工学部へ進学するという彼が広大な総合大学で落ち合うことは難しい。どうすれば自然と接触することが可能だろう。自分たちの因縁を隠した上で。
――出逢いを演出するなら、春、サークル勧誘で周りが忙しいときに限る。
大学三年の春、淑乃は女子寮から民間のアパートへ引っ越した。引越の際に仲間と宴会を開き、互いに新入生をどうサークルへ引込めばいいかを話し合った。寮の前でビラを配るのは定番すぎるから、もう少し目立つことをしたいと淑乃が助言を求めれば、目立つ格好をすればいいと単純明快な回答が届く。たぶん酔っ払っていたのだろう、そうでなければあんなバカげたアイディアを出すわけがない。そして自分も酔っ払っていた。それは認める。
『よしのちゃんは白衣着て酒盛りしてるだけで新入生男子簡単に引っ掛けられるって! オトナのおねーさんと一杯どう? なんて』
そして実行したのだ、愚直にも。
* * *
カウンセリングルームの長机を隔てて向かいあう形で椅子に座った朔の言葉に、淑乃は唖然としていた。
「――海堂、陽二郎……月の裏側のひと」
「よしの? 叔父上のことを知っているのか?」
朔の言葉が淑乃を十二年前の春へ連れていく。
はじめて朔を見つけたとき。あの紳士が若かったらこんな感じなんだろうな、と漠然と思った記憶がある。
そして彼が暮らしはじめたのを確認してから、計画を遂行した。いま思えば考えなしな誘惑である。アパートに連れ込んで、それっぽい嘘をついて慰めろと女性経験のない先月まで高校生だった男子相手に必死になっていたのだから。
「……母の墓参りに来ていたわ」
だからといって海堂の人間が香宮を陥れた現実は翻らないのだが。淑乃は観念したように呟く。
「春に甥が沓庭に入学するから、話し相手になってくれって……なんなら復讐に利用してもいいって」
「なんだよそれ。よしのは叔父上に俺のことを知らされたから、俺に興味を持ったのか?」
「うん。なんだか手のひらのうえで転がされていたみたいだけど……あたしはそのおかげで、サクくんに逢えた」
陽二郎に唆されなければ、自分はきっと朔と知り合うことも、彼と恋に堕ちることもなかっただろう。
それに、子どもを妊娠することは難しいだろうと言われていたのに、奇跡が起きた……彼との間に子どもを作ることが叶ったのだから。
ただ、朔にとっては香宮の娘とのあいだに子どもができるなど、不都合なことでしかないと思った。
それでも妊娠に気づいたとき、堕胎することなど考えもしなかった。嬉しかった。絶対に産むと決めた。彼の前から姿を消してしまえばなんとかなるだろうと……相変わらずな考えなしの行動で周囲に迷惑をかけまくって。
――結局、露見ちゃったけど。
「いま、サクくんの周りが大変なことになっているのはわかるよ。それなのに、あたしに逢いに来てくれてありがとう」
晴れやかな表情で言葉を紡げば、朔は黙り込んでしまう。追い打ちをかけるように淑乃はさらに言葉を重ねる。
「いまの彼がサクくんを脅かす存在になっているというのなら……あたしも手伝う」
「よしの。それはほんとうか?」
「放っておけないもの。それに、サクくんを脅かしているのはひとりだけじゃないでしょう?」
もうひとり、新月を脅かす太陽がいる。朔の弟の、暁だ。
淑乃と灯夜を監視しつづける彼が何を考えているのか、朔に代わって社長の椅子を奪おうとしているのか、それはまだ、わからないけれど。
「……あたしが個人の連絡先をサクくんに残さなかったのには、理由があるの。きっと、もう、気づいているだろうけど」
「まさか、暁が……?」
こくりと頷いて白衣のポケットから携帯電話を取り出せば、ウウウ、という威嚇するような音が鳴る。午後六時四十五分のアラームだ。
そして『今夜は残業?』と職場から動かない携帯電話の位置情報を見ている暁からのメッセージを見せられて、朔が困惑の表情を見せる。
「アカツキくんは、あたしとトーヤを監視している。この七年間、ずーっとね」
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