年下御曹司は白衣の花嫁と極夜の息子を今度こそ! 手放さない

ささゆき細雪

Chapter,1_10. もう一度、色づく世界

「よし、の……」

 朝まで抱いてわからせてやる。そう言って淑乃をベッドからはなさなかった朔だったが、体力がそれを許してくれなかったらしい。いつのまにか泥のように眠っていた。同じように彼女も隣で眠っていると思ったのだが……

 ――いない?

 目覚めたときにはすでに淑乃の姿は消えていた。
 今度こそ手に入れたと思ったのに。
 いつだって彼女は気まぐれな猫のように朔を惑わせ、彼の心を取り乱していく。

「よしの!」

 ベッドから起き上がった朔は、サイドテーブルの上にお札とカードが置かれているのを見て愕然とする。
 ――ホテルの料金なら俺が払うと言ったのに。

 はだかに敷布を巻きつけたまま、朔は朝陽が差し込む窓を背に、淑乃が置いていった薄い緑色のカードを手に取る。カードだと思ったそれは、名刺だった。

『沓庭大学付属ガーデンクリニック 心療内科・精神科外来 専属心理カウンセラー YOSHINO KOMIYA』

 ガーデンクリニックという名称にあわせて、淡い緑色の紙に小花模様が散らされた可愛らしい名刺には、所在地と予約制の診療時間、電話番号が記されている。彼女個人の連絡先ではないが、彼女の職場であるここへ行けば、会いに行けるのだと理解した朔は、ふうと胸を撫で下ろす。

「……ん?」

 まじまじと彼女が置いていった名刺を読み返せば、カウンセリング受付のところにボールペンで書いたものらしき小さな文字が加えられている。
 その文字を確認して、朔は理解する。

「なるほどね」

 弟の暁が八年も兄に黙って淑乃のことを見守っていたのは、一族の鍵となる彼女を見張る役目もあったのだろう。
 ここにきて彼が淑乃の所在を知らせたのにはきっと何か理由がある。淑乃がひとりで育ててきた息子のことを朔に隠していた暁に憤りも感じるが、彼も彼なりに事情があると彼女も言っていたし、自分たちの後継者争いに巻き込みたくないという密かな願いもあったのかもしれない。
 けれど、朔と淑乃がよりを戻したことが知れれば、暁だけではない、父親や叔父の方にも影響は拡がっていく。ましてや次期社長の座に一番近い朔と、因縁のある香宮の娘との間に息子がいたことが明るみになれば、騒ぎが大きくなるのは目に見えている。
 淑乃はそれを警戒して、あえてひとり先に戻ったのだ。
 個人の連絡先も告げず、職場の名刺だけを置いて。
 朔に迷惑をかけないよう、秘密をまもるため。

『心理相談受付、一対一でのカウンセリング30分5000円から(イモリちゃんはあたしの味方)』

 イモリちゃん、という人物にアポを取れば、診療時間内にふたりきりで逢うことができる、ということらしい。
 朔は淑乃が置いていったカードを舐めるように見つめて、低い声で嘯く。


「よしの。今度こそ……手放さないよ」


 結婚したくないと言いながら、必死に朔を受け入れていた、愛しい女性の姿を眼裏に描きながら――……

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