話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

年下御曹司は白衣の花嫁と極夜の息子を今度こそ! 手放さない

ささゆき細雪

Chapter,1_07. ロミオとこぶつきジュリエット

 八年間の空白などまるでなかったかのように、淑乃の甘ったるい声が朔を詰る。

「よしの……? うそ、だろ」
「お久しぶり」

 年月を感じさせない彼女の立ち姿に、朔は絶句する。
 学生時代と変わらない、伸ばしっぱなしの長い髪に、化粧っけのない整った顔。
 朔が諦めようとして諦めることができずにいた香宮淑乃が、そこにいる。

 けれど。

 ちらちらとスプリングコートの裾が不自然に動いている。まるで、朔を警戒しているみたいに。
 そのことに気づいたのであろう、朔と淑乃の再会を見届けた暁が、裾に向けて声をかけていた。

「トーヤ、こっちおいで」
「暁おにーちゃん。ママは?」
「すぐに戻って来るよ。篠塚のおっちゃんのところで美味しいものでも食べて待ってよう」
「美味しいもの? 行く!」

 親しい口調で暁と会話している黒いジャケット姿の少年を前に、朔は凍りつく。
 いま、彼は淑乃のことをママと呼んでいた。
 そりゃあ、八年も経過しているのだから、向こうがすでに既婚者である可能性も考えていた。
 だけど、こんなに大きな子どもがいるなんて……

「トーヤ。イイ子で待ってなさいよ」
「もう、ママってば。ママこそ知らない男のひとについていったらダメじゃないの?」
「あたしはいいの。サクくんはアカツキくんのお兄さんだから知らないひとじゃないもの」

 ぽんぽん言い合う母と息子の姿を前に、朔は息をのむ。
 小学校低学年くらいだろうか。長い睫毛がどことなく淑乃に似ている。
 朔を睨みつけるように見つめていた少年だったが、母の言葉でひとまず納得したのか素直に暁と去っていった。

「……彼は?」
「ふふ、驚いた? トーヤっていうの。この春小学校二年生に進級」
「誰の子?」

 淑乃の説明を遮るように低い声を出す朔に、目をまるくしてからぷうと頬を膨らませる。

「あたしの子よ? 父親が誰かなんて決まっているじゃない。当人は気づいてなかったみたいだけど……もしかしてアカツキくんから何も聞いてなかった?」
「は? なんで暁の名前が出てくる? 彼が関係しているのか?」

 淑乃の子どもの父親が自分の弟である可能性に気づいた朔は、顔を青ざめるが、違うわよという彼女の声に救われる。

「まだ気づかないの? こうまで鈍いと逆に教えたくなくなるわ。八年前、あたしは誰とお付き合いしていたかしら?」
「……!」

 ――俺、なのか?
 という朔の問いかけに、淑乃がふふふ、と笑って応える。

「将来の海堂グループを担うサクくんにとって、あたしはお荷物にしかならない。潔く何も言わないで身を引いたつもりだったのに……なんであたしのこと、放っておいてくれなかったのよ」
「そんな……勝手に姿を消したのはそっちだろう? 俺がどれだけ心配したか!」

 食い違うふたりの言葉に、淑乃がハッと表情を変える。

「……アカツキくん、ほんとにサクくんにあたしの所在、教えてなかったんだ」
「だからなんでそこで弟の名前が出てくるんだ? あいつは今日まで何も……」
「そうみたいね。香宮の娘が海堂の長男の子どもを産んだなんて報せ、とてもじゃないけど大っぴらにできないでしょう? そちらの後継者争いが落ち着くまで黙っているつもりだったのかもしれないわね」
「暁……は」
「トーヤがあたしとサクくんの子どもだってことは知っている。だからしょっちゅう子どもの様子を見に来てたわ。あのとき彼はまだ学生だったから……」

 朔が大学を卒業して就職してからも、淑乃はずっと沓庭にいたのだという。てっきり朔の手が届かない場所に行ってしまったと思っていたが、実際は弟の手によって隠されていたのだと知らされ、愕然とする。
 なぜ暁がこうまでして淑乃のことを隠していたのだろう。海堂の後継者となる自分と香宮の娘が添い遂げることへの反抗だろうか。だが、さきほどの様子を見ると、彼が淑乃とその息子を憎んでいるというわけではなさそうだ。
 むしろ逆だ。暁は、淑乃たちを慈しんでいるように見える。
 そのことに気づいた朔はぞっとする。トーヤ、と親し気に呼ぶ暁の声は、まるで自分が父親であるかのようで……

「よしの」
「アカツキくんとは何もないよ? 正真正銘きみの子だよ? 勝手に名前つけちゃったのは悪かったかな、って思うけど」

 道端で立ち尽くしてしまった朔に近づき、耳元でこっそり息子の名前の由来を呟く。
 それは、あまりにも切なくて、彼の涙腺を刺激するのに、充分で。

「夜の灯火ともしび……灯夜とうやでトーヤにしたの。サクくんのような月のない夜でも、あかりを照らしてくれるように」

 朔は自分がやらかした事の大きさと、知らなかったとはいえ彼女を何年も苦しめていたことを、このときになってようやく悟る。
 それは父親である朔がいなくても、子どもを育てるという淑乃の決意が込められた名前で……

「だから、サクくんはいらない。そう思っていた、の、に……なぁー」
「よしの……俺は、なんて、こと、を……!」

 泣き笑いの表情で、悔恨の念に打ちひしがれる朔を聖母のように抱きしめて、淑乃は呟く。

「サクくん。いまも……あたしのこと、すき?」
「当たり前だ……っ、ちくしょう」
「父親の選んだ婚約者に振られたってアカツキくんが大慌てしていたとき、もしかしたらって思ったの。だから無理言ってきみを連れてきてもらった……アカツキくんは最後まで渋っていたけど」
「だってアイツは」
「うん。彼が悩んでいることは知ってる。だけどいまのあたしは彼に応えられない」
「残酷だな」
「そんなのむかしからじゃない」

 抱きしめられた状態で、弟の恋慕を退ける発言を耳にして、朔はようやく安堵の息をつく。
 そんな彼を見上げて、淑乃は表情を曇らせる。

「残酷なのは、サクくんもだよ。自分がやりたいこと我慢して、周りが幸せになればそれでいいと思う自己犠牲の精神って、美しく見えるけど現実は惨めなだけ」
「……それはお互い様だろ」

 的確に自分の弱点を穿つ淑乃の前でふて腐れて、朔は彼女の頬にふれる。冷たい手にほっぺを包まれた彼女は驚いて言葉を噤む。

「でも、よしのがそう言うのなら、俺はもう……」

 ――我慢しないよ、と朔は淑乃の唇へ噛みつくようなキスをする。

「年下御曹司は白衣の花嫁と極夜の息子を今度こそ! 手放さない」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く