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年下御曹司は白衣の花嫁と極夜の息子を今度こそ! 手放さない

ささゆき細雪

Chapter,1_06. ロミオとジュリエットの再会

 そしていま、彼女が姿を消してから八度目となる桜の季節を迎えていた。
 親の会社に就職してから卒業した学校に寄ることもなかった朔は、変わらない風景を前にため息をつく。

「劇団ハイスピーディームーン? お前が所属してた」
「そ。今回チケットが余ったとかでこっちに二枚渡してくれたんだよね」

 かつて弟の暁が所属していた演劇サークルの後輩が新入生歓迎公演のチケットを送ってきたとのことで、一緒に見に行く相手もいないからと気晴らしのために朔が連れてこられた形になった。女友達ならたくさんいるだろうし、誘えばついてくるだろうと言っても無駄だった。暁はこう見えて意地っ張りだ。どうしても兄と行きたかったのだと言い張り、朔を頷かせたのである。

 そんなわけで朔は久しぶりに大学敷地内に足を踏み入れている。芸術学部棟の片隅にある小ホールは、女子寮の建物の手前、付属病院からほど近い、雑木林のひらけた場所にある。男子寮よりは小綺麗な建物だが、一年生のときにそこで暮らしていたという淑乃は監獄みたいだったよと笑いながら貶していたものだ。

「朔兄はけっきょくロクなサークル活動してないでしょ。よしの先輩がいたから」
「――そうだな」

 朔から二年遅れて大学へ入学した暁もまた、香宮淑乃と顔を合わせていた。ただ、暁は淑乃を名前ではなく名字の「吉野」だと思っている。彼女は事情を知らない朔の弟を刺激したくないからとあえて香宮の名を出さずにいたのだ。
 あの、大学一年の春の宵に起きた出来事は誰にも話していない。けれど、その日以来、朔は年上の彼女に夢中になっていた。
 そして、弟の暁が入学してきた頃には、周囲も認めるほどの仲の良い恋人同士になっていたのである。

 大学一年生の暁と、三年生の朔、そして淑乃。
 すでに大学を卒業していた彼女は、そのまま大学院へ進学していた。
 相変わらず、しわくちゃの白衣を相棒にして。統計の実験に毎日追われながら、論文と格闘する傍ら、朔との日常を穏やかに過ごしていくうちに。
 卒業してからも一緒にいられるのだと、いつしか朔は錯覚していった。

 彼女が姿を消したのは自分が結婚をほのめかしたからだろうか。海堂一族に縛られるのが耐えられなかったから? けれど、それならそうと素直に言ってほしかった。朔だけが、彼女との幸せな未来を想像していたことのなんと愚かなことか。

「……ずっと、よしの先輩のことしか追いかけてないよね。朔兄は。婚約者をあてがわれても相手にしないで、婚約破棄を喜んじゃって」
「暁?」
「結婚しちゃえば諦めもつくと思ったのに、向こうから拒まれて。それなのに朔兄はへらへらして……」

 暁と違って自分の気持ちを顔に出すことがめったにない鉄扉面な朔のここ数ヶ月の変化に、弟だけは気づいていた。
 暁にとって優秀な兄は誰よりも大切な存在だったから。それゆえに、許せなかったのだ。

「よしの先輩と出逢ってから、朔兄は変わっちゃった。いなくなったら元に戻ると思ったのに」

 ぼそぼそと毒づく暁の声を、朔は無視してずんずんと歩いていく。
 時刻は午後六時半。月はまだ見えず、墨色の空にちらほらと星が瞬いている。
 ソメイヨシノが満開の小道の先には、七時開演の演劇を観に来たのであろう学生やその家族の姿がちらほらと見えた。
 チケット片手に受付に並び、朔はようやく弟の声に耳を傾け、反論する。

「――俺だって。こんなに諦めの悪い男だなんて思わなかったんだ」

 座席を案内され、隣同士で気まずい空気を醸し出したまま、舞台ははじまった。


   * * *


 ロミオとジュリエットをコメディにしたような滑稽な劇を観終えた朔は、後輩たちと楽しそうに会話している暁を遠くで眺めながら、はぁとため息をつく。

 ――なぜ、よりによって演目がロミオとジュリエットをモチーフにした喜劇なんだ! 悲劇よりはマシだったけど。

 暁は主演のふたりと挨拶を交わした後、朔のもとへと戻ってきた。
 相変わらず仏頂面の兄を見て、彼は苦笑を浮かべている。

「そんなに嫌だった? 俺さ、朔兄がロミオで、よしの先輩がジュリエットみたいに見えたから……」
「だから俺に劇を観せようと必死になっていたのか?」

 よけいなお世話だ。俺と彼女の恋はとっくに終わっているのだから。
 だというのに暁は寂しそうに表情を曇らせる。

「朔兄が卒業してから、俺、調べたんだ。彼女のこと……よしの、は名字じゃない、名前だったんだね」
「あ、ああ」

 結婚してもおかしくない恋人たちが卒業前に突然別れたことには理由があると、暁も察したのだろう。ただ、彼がいままで黙っていたことを考えると、香宮の名前を出して下手に兄を刺激するより、婚約者と素直に結婚する方が自分のためになると判断したからだろう。結局、未だに婚約者に逃げられた朔が昇華しきれない初恋に縋っているから、自分を見守っていた暁を苛立たせているのだ。

「調べたってことは、親父もグルか?」
「んー。そこはノーコメントってことで」
「……だよなあ」

 とはいえ、暁は朔の完全な味方ではない。
 父の明夫は朔に企業経営を受け継がせ(いわゆる代表取締役社長CEOという長ったらしい肩書である)、暁に現場執行責任者(こちらも取締役兼COOという以下略)の立場を与えようと考えていたが、婚約破棄騒動によって人当たりの良い暁を社長に推す声が強くなったのも事実だ。彼にその気がなくとも、弟の陽二郎に全権を委ねることを嫌がっている父親のことだから強引にことを運びかねない。

「だけど」

 むすっとした表情のままの朔を見て、暁がぽつりと呟く。

「朔兄がこのまま独身でいることを選ぶなら、俺にも考えがあるから」
「考え?」
「今回の騒動で、周りも香宮の娘の存在価値を知ってしまった。知らないふりをしているのは朔兄、あなただけ」
「……は?」

「そうですよね。よしの先輩……いや、よしのさん」

 月の見えない濃紺の空の下、咲き誇っていたソメイヨシノの花びらがひらり風に舞う。
 暁が声をかけた先に、白衣のような明るい春色のコートを着た背の高い女性の影がちらりと動く。


「駄目じゃないサクくん。ようやく結婚してくれると思ったのにここにきて逃げられちゃうなんて。ほんと莫迦ね」

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