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年下御曹司は白衣の花嫁と極夜の息子を今度こそ! 手放さない

ささゆき細雪

Chapter,1_05. 春宵を、回想した男

 町工場からあれよあれよと国内有数の企業へと出世した海堂一族をやっかんだり恨む人間は少なくない。
 創業者を悪く言いたくはないが、祖父、一が強引にことを進めたことで、犠牲になった小売店や工務店が国内に山積しているのも事実で、半世紀近く経過しているというのに、いまも忘れたころに問題を起こす要因となったりしているのだ。
 K&Dの二代目を引き継いだ朔の父、明夫だが、すべてのトラブルを対処できたわけでもない。朔の叔父である陽二郎が現場中心に駆け回っているのも、初代が残した負の遺産の処理に追われているからといえる。
 なかでも厄介だったのが、父明夫の妹、光子が工務店の倅を婿養子に迎えた後、三年も経たないうちに死んでしまった後に、男が実はよその女とも関係を持っていて、子どもまで残していたというとんでもない事案だ。

 ……つまり、目の前にいる彼女は、叔母の夫を父としているのか?

 苛立ちを隠すことなく朔はソファのうえへ横たわった淑乃に覆い被さり、彼女の両手首をきつく掴み、低い声で言葉を紡ぐ。

「復讐がてら俺にハニートラップでも仕掛けようってのか」
「やだなあサクくん。怖い顔しないでよ。あたしは純粋な興味で近づいただけだって言ったじゃない」
「純粋? 俺を部屋に連れ込んでおいてよくもまぁそんなこと言えるな」

 光子とその男のあいだに子はなかった。男の死と同時に明らかになった重婚……正確にはその男が死んだ兄の名で婚姻関係を結んでいたため重婚とは呼べないのだが……と赤子の存在――よりによって母親は資産家香宮家の令嬢で、なりすました男はそちらの入婿という立場にも甘んじていたのだ。死後に明らかになった男の裏切りは、海堂一族を震撼させた。
 当然のことながら光子の父、一は激昂し、娘の夫の一族だけでなく、香宮の女とその親族も訴え、多額の金を慰謝料として手に入れた。それだけでは飽き足らず、男の一族の工務店を完全吸収、香宮が持っていた土地の権利をも剥奪した。
 辛うじて誇り高き香宮のかばねだけは残ったものの、先祖代々の土地を手放した彼らは凋落し、当主が自殺してしまう。その惨い報せは間接的に海堂一族が殺したものという黒い噂になって、朔のもとまで届いていた。
 香宮の名前は、海堂一族の汚点であると同時に、生き残った香宮一族の人間にとって復讐のよすがとなっていたのである。

「サクくんが生まれる前のはなしよ? 物心ついたときからあたしは母とふたりで生活していたから別になんとも思わない。ただ、自分の父親の実家が海堂一族に乗っ取られて、母親の祖父が海堂のせいで自殺したって恨み節は子守唄のように聞かされてたから……父親のことは惚れた弱みだからか娘の前でも庇いっぱなしで、結局悪いのは海堂一族だと死ぬまで喚いてた」
「……死んだ、のか?」

 別の女の元で死んだ父親と香宮一族を破滅させたすべての元凶は海堂一族にあると言いつづけて、淑乃の母親も死んだのだという。

「あたしが大学入った年の夏に、交通事故であっさりね」

 つまらなそうに言い放ち、淑乃は苦笑する。

「どうしょうもない母親だった。父親はもっともっとどうしょうもなかった……だからね、サクくん」

 ――どうしようもない両親から生まれたあたしのこと、慰めてくれない?

 くらくらする酒の匂いと、非現実的な女性の誘い。
 口づけられて、舌を絡めとられて、朔は抗うことをやめた。
 息継ぎをするのを忘れるくらい長い時間、唇をふれあわせている。
 それなのに、どこか恥ずかしそうに瞳を閉じて頬を赤らめる淑乃の姿を、朔は思わず見てしまい――その瞬間、彼女の身体を押し倒していた。

「……いいよ? サクくんのしたいように、して?」

 気が遠くなるほどの、唇がぷっくりと腫れあがりそうな口づけをしながら、彼女の着衣を乱していく。羽織っていただけの白衣はストンと床に落ち、薄手のニットと下着を一息にたくしあげ、無防備な膨らみを両手で包む……朔は彼女によって、自分が男であることを思い知らされてしまった。

「……やっぱり罠じゃないか」

 そのままなだれ込むはじめての行為に、気づけば朔は溺れていた。


   * * *


 あれは、十二年前の春の出来事。
 香宮淑乃と名乗った年上の女性は、その後も朔にまとわりついていた。
 そうかと思えば大学内で顔を合わせない日もあり、逆に朔を心配させた。
 慰めたり慰められたりしているうちにいつしか恋人同士のように落ち着き、気づけば一年、二年、三年……このまま彼女と結婚したいと朔が考えはじめ、彼女が大学院を卒業して就職するというはなしをした際に結婚のことをほのめかした。
 その直後に、彼女は姿を消してしまった。さよならの言葉ひとつなく、桜の季節にあのアパートからいなくなったのだ。
 まるで死を悟った老猫のようだなと、場違いなことを思ったものだが、ただ単に自分が振られたのだと気づいたときには、朔もまた、大学を卒業していた。

 それ以来、朔は恋することに臆病になっている。

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