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年下御曹司は白衣の花嫁と極夜の息子を今度こそ! 手放さない

ささゆき細雪

Chapter,1_02. 婚約破棄を喜ぶ男

「花嫁に逃げられた可哀想な男……ずいぶんな言われようね」
「叔母上」

 無表情で冷淡に言葉を紡ぐ甥を前に、海堂光子は人懐っこい笑みを浮かべて言い返す。

「でも、入籍をする前だったのはあなたにとってみれば僥倖だったとも言えるわ」

 これが会社あげての披露宴で行われていたら、スキャンダルの火消しはもっと長引いてしまっただろう。
 それに、明らかに非があるのは逃げ出した花嫁側だ。花婿の朔は被害者ゆえ、向こうの家から工務店の経営権を慰謝料にするという怪我の功名もあった。
 金づるだと自分に言い放った彼女の両親が真っ青な顔で婚約破棄を申し立てたのだから皮肉なものだ。

「それでも……父は俺に失望するでしょう」
「お兄様のことだから、時間が経てば何事もなかったかのようにふるまうでしょうよ。あなたが心に決めた女性がいる、って伝えたときだって、応援してくれたんだし」
「……あれは」
「彼がここにきて婚約の話を全面に出したのは、あなたが彼女に振られて五年近く経つのに独り身でいたからよ。木瀬派の連中が目をつけていたご令嬢が社会人になるタイミングを計算していたとも考えられるけど」
「――叔母上」
「そのはなしを断らなかったのはあなたでしょう? それなのに、蓋を開けてみればお互いいやいや婚約していたんですもの。笑っちゃうわ」

 たじたじになる朔をニヤニヤしながら見つめる叔母の背後から「それくらいにしてやってくださいよ」とくすくす笑う声が届く。

「あら、暁くん。珍しいわね」
「ご無沙汰してます、叔母上。あんまり朔兄をいじめてやらないでくださいね」
「いじめてなんていませんよ。不本意な婚約が破棄されたのは悪いことじゃないわ。わたくしは朔くんがしあわせな結婚をしたうえでK&Dを継いでくれると信じているから、こうして発破をかけに来たんじゃない」
「それは頼もしい。もっと言ってやってください」
「暁!」

 助け舟を出しに来たんじゃないのか、と声を荒げる朔に、暁は楽しそうに笑いかける。
 だが、朔をさんざんからかっていた光子はあっさり標的を弟へ変え、唇を尖らせる。

「そういう暁くんこそ、叔母さんに紹介したい女性はいないの?」
「は……まだ二十代の俺にまでそういうはなしを振りますか。朔兄の婚約破棄騒動を見てたらそんな気分になりませんって」

 ふたつ年下の弟は、黒髪黒目の朔よりも柔らかな栗色の髪に人懐っこい榛色の瞳をしている。女ウケする容貌をしている彼は兄と異なり学生時代からさまざまな女性と関係を持っていたが、親戚の前ではちゃっかり猫を被っていた。

「そうね、暁くんはお兄ちゃんっ子だものね」

 ふふ、と柔らかく笑う光子を前に、朔は苦虫を噛み殺したような表情に陥る。
 長男の朔と異なり、次男の暁は親族からも甘やかされて育っている。K&Dの後継者争いから圏外とされている彼は、朔を一方的に敵視している明夫の弟、陽二郎からも気に入られており、自由に動き回っていた。本人は兄の味方だと言っているが、実際のところはどうなのだろう。
 朔の訝しげな視線に気づいたのか、暁が慌てて口をひらく。

「朔兄より先に結婚って勘弁してよ……親父はこの際俺でもいいとか言いそうだけどな」

 愛のない結婚なんかしたくないと毒づく暁に、光子がそれがふつうよね、と賛同している。
 朔のときは結婚を推し進めた父を諌めもしなかったくせに。

 ――父親の期待に応えられない俺より、誰からも愛される弟の方が会社の将来を任せられるのではなかろうか。

 大学を卒業して以来、恋人を作らずにいた朔を見て、父は婚約者として人形のような女性をあてがった。一度、グループ会社のパーティーで顔を合わせたことがあった彼女は八つ年下で、そのときはまだ高校生だった。
 それなのに、彼女が大学を出したらすぐにでも朔と結婚させたいという時代錯誤な約束が一方的に結ばれていた。
 当事者たちは置いてけぼり。
 彼女にも心があるというのに、朔との間に優秀な子を遺せれば将来は安泰だと当然のように口にしていた老害どもに吐き気を覚えた。
 それでも朔は拒めずにいた。どうせ自分はもう恋などしないのだから。父のように仕事人間になるしか道はないのだから、と。

「だけど彼女はもう、俺たちと関わることはないでしょう」

 暁の言葉に、朔が我に却る。逃げ道のなかった朔と異なり、彼女には傍で幼い頃から支えていたという執事がいた。
 挙式当日に、彼女はその執事と逃げ出した。いわゆる駆け落ちである。
 雲隠れした花嫁はどうやら海外に飛んだらしいが、半年経ったいまも行方がわかっていない。こちら側に知らされていないだけかもしれないが、もはやどうでもいいと朔は脳裏から白いタキシードを着た道化姿の自分をかき消して、朔はうなずく。

「叔母上。この件に陽二郎叔父がかかわっているとお思いですか?」
「さあ。ただ、あの家と接点があったのは事実だから……執事にこっそり金を渡して高飛びの手助けをするくらいならやりかねないわね」
「ですよねー」

 妙に脳天気な暁の声に、朔もはぁとため息をつく。
 海堂陽二郎、明夫と光子の年の離れた弟は、自分がこの会社を引き継ぐと豪語し、朔を後継者の椅子から引きずりおろそうと画策している。いい年したおっさんが癇癪をおこしているようにしか見えないのだが、現場での支持が厚い彼を次の社長に、という声も実際に湧いており、父も頭を抱えているのだという。
 そのためにもいいところの娘と結婚させて地盤を固めたい父の気持ちもわからなくはないが……

「叔父上も、何を考えているんだか」

 心のどこかで助かった、と安堵する自分がいるのも事実だった。

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