【完結済】突然異世界に召喚された俺、とりあえず勇者になってみますね

静内 燕

第1話 大丈夫、クリスマスには帰れる

「大丈夫じゃ、クリスマスまでには帰れる──」

眼下にとある世界の光景が現れる。
おびただしい数えきれないほどの死体、地面はそれらの死体からあふれる血で染まっている。
さらにその先には倒壊して廃墟となっていた建物の数々。そのどれもが明らかにその少年の世界の物ではなかった。

それを見て言葉を失い唖然とする一人の少年。


そのはるか上空、紫色に光る空、その場所で目の前にいる天使は目の前の少年に向かって叫ぶ。

「それだけで、破滅の未来は防げるのじゃ……」


どうしてこんなことになったのか、それは今をさかのぼること少し前のこと──












「まずいな……、早く次の仕事探さなきゃ」

時は9月中盤木の葉も色づいて来た秋。
黒髪で179cmほどの長身、黒髪、19歳の男性八田幸一が叫ぶ。高校までは成績もよく進学校にも通っていた。
優しい性格でどんな人とも話せて、人柄もよいといわれ周りからの評価も高かった。

しかし、卒業間近に迫った2月に、両親を事故で失ってしまい、急遽大学への進学を取りやめ働くことになった。

卒業間近だったうえ住んでいる場所が田舎町だったため、まともな仕事がなく契約社員とならざるを得ない状況になってしまう。
そして先週で契約が打ち切られ仕事を探しているがお祈りメールの連続で今も無職のまま。

彼は夕焼けの商店街のアーケードを歩いていた。
商店街といっても近年は郊外にリオンなどの大型スーパーが出店を続けていたせいで中心地の空洞化が進み、店の6割ほどはシャッター街となっていた。

かつてのにぎわいは過去のものとなっていて静寂な雰囲気となっといる。

そんな物寂しい商店街、夕焼けが幸一の顔を照らす。人通りは少ない中事件は起こった。


「ん?」

幸一は前方を見る。夕焼けが照りつける中、彼は誰かがはしゃいでいる声を聞く。

(懐かしいな、俺も学生だったころに戻れたらな……)

そう思いつつも彼らの足がこっちに向いていた。

「──ちゃんかわいいよ~~」

「そ、そんなことないです」

そこにいたのは何気ない会話に夢中の3人くらいの女子高生。

(瑠奈……、お前だって今頃本当は──)

幸一はその姿をじっと見て、2つ年下の妹瑠奈を思い出す。


決して悪い子じゃなかった。明るくて気配りができ誰にでも好かれる優しい少女だった。普通ならあんな感じで、友達とたわいもない会話をしながら楽しい青春を過ごしていただろう。

しかしそんな彼女に不幸な出来事が襲った。瑠奈に重い心臓の病気が見つかった。

日本では治すことができずアメリカへ行かないと治らないらしく、それには手術が必要でその額が何と3億円。そんな大金俺に用意できるはずもなく途方に明け暮れていた。

天にすがる思いで宝くじにも手を出してみてさっき結果が発表されたがそうそう都合がいいようになるわけもなくハズレ。

(俺は妹の病気一つなおしてやれないダメな人間だったのか……)

と無力な自分を責める、幸一はその瞬間に気付く。

(トラック? それにしては速度が出過ぎている気が……)

幸一の視線の先にあるのは4トントラックである。
だが2車線でそこまで広くない道にしてはかなり速度が出ているように見えた、恐らく時速70kmは出ているであろう。そしてそのトラックの運転席に視線を移すと──。

(運転手、寝てるぞあれ!!)

驚愕する幸一、運転手はハンドルを握りながら目をつぶって眠りこけていた。
女子高生たちは後ろにいる居眠り運転に全く気付かない。

「後ろ!!トラック!!危ない!!」

幸一は精一杯の声で叫ぶ、しかしおしゃべりに夢中な彼女たちは全く気付かない。

幸一は覚悟する、もし強引に助けに行ったら不審者だと間違われるかもしれない、下手したら自分が事故に巻き込まれるかもしれない。

けど、もし助けなかったら一生後悔する。
瑠奈を助けられないことにいつも罪悪感に苛まれていた自分だからわかる。

(仕方ない──)

覚悟を決めもしかしたら自分が死ぬかもしれない、そんな危険を感じながらその感情を振り切り走り出す。

トラックが目の前に迫る。
激しい走行音にやっと女子高生たちは気付く、しかしとっさのことだったので足が全く動かない、そこに走ってきた幸一がその少女を壁に尽き飛ばす。

突き飛ばした瞬間逆に彼の体が道路側に押し出される、そして突っ込んでくるトラック。

そして幸一の体は突っ込んでくるトラックに吹っ飛ばされた、吹き飛ばされた後地面に落下、そして激しい睡魔のようなものが幸一を襲いゆっくりと目をつぶり、意識が闇に包まれる。

そして彼は死んだ──















「──ん?」

幸一がゆっくりと目を開ける。



そのはずなのにいつの間にか自分は立っている、周りを見てみた。周りは真っ暗で何も見えない。恐る恐る両手で周りを探っても何一つ感覚が無い──。

それどころか立っている感触すらない。まるで水中にいる感覚だった。
しかし息は出来る。幸一がどういうことなのか必死に思考を張り巡らせていると、幸一の前方からピッと指をはじくような音がする。

そして真っ黒だったはずの空間は突然紫色へと変化し、見えなかった周りが見えるようになる。

改めて周りを見回す。すると幸一から見て右にまるで社長室にあるような豪華な机と椅子、そして椅子に座っていて、両肘を机に付きながら手を組んでいる女性の姿があった。

じっと見るとその女性がにやつきながら話しかけてくる。

「やってくれたのう貴様、幸一……だったな、こっちへ来い」

妖艶な笑みを浮かべ手招きのそぶりをしながらその女性がこっちへ誘ってくる。
しかし今は宙に浮いているような状態で立っているわけではないので、歩くことができずどうやってそこまで行けばいいのか迷う。

「ここは滅した世界、とある世界が滅亡した後じゃ。だから時間、空間の概念は存在せん」

彼女は不敵な笑みを浮かべながら話しかけてくる。
ウェーブのかかった紫の髪の毛、小柄でスレンダーな体型、未成熟な少女のような容姿に
妙齢の女性のような表情や雰囲気あわせもつ、白と黒を基調としたシックな服装をした女性だった。


「わしは女神のユダというものじゃ、よくやってくれたものじゃお主、異世界転移って知っているか?」

「異世界転移?」

ユダの言葉に幸一はポカンとした表情になる。
その言葉自体は小説やアニメなどで見たことある。地球に住んでいる主人公が異世界へ転生して冒険をするというものである。
だがいくらなんでもそんなことが現実に起こるわけがないと幸一は当然のごとく考えていたのだが……。


「簡潔に言う、あの娘は本来わしたちの世界で魔法少女となって勇者になる予定だったのじゃ」

そう言って手に持っていた羊皮紙を幸一に渡す、彼が驚きの表情をしながらそれを見ると、以下のように記してあった──


相川 凛

魔法適性 A
人物適性 A
身体適正 B+
社交性 B

凛の名前の右には眼鏡にショートヘアーのさっき幸一が道路から壁に突き飛ばした女の子の絵があった。恐らく幸一がさっき救った少女が凛なのだろう。

ユダは自分のブロンドヘアの髪をいじくりながら話を再開し始める。

「いろいろなデータからその娘を調べ上げたうえで彼女を勇者として転移を行うよう計画していた。我ら女神が因果を操作して彼女、つまりその眼鏡の少女凛をそこで死ぬようにして異世界の勇者にするつもりじゃった。
その世界に伝わる伝説の勇者、炎の唯一王という名のな。凛という女は人格、社交性、身体能力も申し分なく魔力の適性もすぐれていた」

「本当なのか?巻き添えとかの心配はなかったのか?」

幸一はユダを疑った表情で問いただす。
口八丁でうまい事を言っているだけでないかと、しかしユダはその声を気にも留めずに話しを続ける。

「死ぬのはその凛という女一人、誰も被害者が出ない完璧な計画じゃった。運転手だってそれに見合うだけの埋め合わせをする予定じゃった。これまでわしが緻密な作戦を立てて事はうまく進んで追った。 そう、貴様がそれを妨害するまではのう」

「うっ」

その言葉に幸一は何も言い返せず黙っていた。するとユダはさらに呆れた表情で追い詰めるように話しを進める。


「前代未聞の男じゃ貴様は、まさか自分の命を投げ出すなんて想定外じゃった」

「とりあえず貴様の経歴を調べてみた」

さっと幸一が昨日まで所持していた仕事先の工場のカードキーを差し出す。

「おぬしは今日までここで働いていたんじゃろう、そして契約が終わりまた仕事探しと……」

(──)

煽るような口調で話し始めるユダ、幸一は感情的になったら負けだと思いその感情をこらえる。

「同じくらいの若い人たちと比べても多くの収入を得ているわけではない、学校にっているわけでもなければ専門性の高い仕事についているわけでもない。
両親はいないし、とてもじゃないが嫁を貰って妻子を養う力があるとは思えん、とても将来性があるとは思えんな──、プッ」

最後にユダは鼻で笑う。
幸一は彼女の言葉に胸がチクチクと刺されているようだった。

「人の経歴を見て鼻で笑うな!!」

幸一は思わず向きになって叫ぶが否定できなかった。
このまま待っているであろう人生、年収にして200万程の人生、派遣社員や契約社員が精いっぱいの人生。かつての友人たちにもやがては置いてかれるだけであろう人生。
嫁も子供も恐らくは永遠に手に入ることはないだろう負け犬と呼ばれた人生。

「必死にしがみつく人生とは思えんのう──」

不思議だといわんばかに片方の眉を上げ、さらに幸一を煽る。
幸一は感情的になるのをこらえながらユダを直視する。

(だが問題はそこじゃない、まずはここから脱出しないと──)

「で、俺は返してくれるのか? 俺はここに来るべき人間じゃないんだろ」

「それは出来んのう。今はな」

幸一の要求をユダは突っぱねる、そしてその理由を話し始める。
異世界へ連れて行けるのは13人までと決められていて幸一がちょうど13人目だった。

青田刈りのように幸一の世界の人間が何人も転移するのを防ぐために天使たちが協定を敷いたからである。
それでも誤認で転送してしまったと理由でやり直すこともできなくないが、まわりを死なせずに凛だけを死なすこと、引いてしまったドライバーへの埋め合わせなど細かな因果や運命の設定が非常に高度なので時間がかかる事。ユダとしてはそれまで中継ぎで勇者をやってほしいが理由であった。

「じゃあどうすればいいんだよ」

じっと睨みつける幸一、ユダはさらに不敵な笑みで会話を進める

「お前が勇者になればいいんじゃ、炎の唯一王の勇者にな、幸い貴様も魔力適性は凛と同じくらいあるからのう」

「え?」

「先日宝くじを買ったじゃろう? その1等が3億円だと聞いた、じゃからお前が持っていた宝くじを瑠奈の手に渡らせる。そしてそれを当たったことにしてやる、そうすれば瑠奈は手術ができるようになる。そこまではわしが手ほどきをしてやろう。これでどうじゃ」

邪悪な笑みを浮かべてユダは提案を始める。
その瞬間机に上に3億円の大金を出現させる。それを見て幸一はごくりと唾を呑む。

(これが3億、威圧感が違う……、契約社員やフリーターが精いっぱいの俺では一生働いてもつかめない金……)

それに対して戸惑いながらも幸一はゆっくり首を縦に振る。
瑠奈を助けるには悔しいが自分の稼ぎや力ではどうにもならないからである。

「なあに、ゆっくりと他の天使たちを説得するまでお主に勇者をやってもらうだけじゃ」


ユダがピッと指をはじく、すると紫一色だったこの世界が一変する。

「これは何だ?」

その世界に幸一が驚いて問いただす。

「わしたちの世界の末路じゃ」

眼下にとある世界の光景が現れる。
おびただしい数えきれないほどの死体、地面はそれらの死体からあふれる血で染まっていた。
さらにその先には倒壊して廃墟となっていた建物の数々、そのどれもが明らかにその少年の世界の物ではなかった。

そのはるか上空、紫色に光る空、その場所で目の前にいる天使は目の前の少年に向かって囁く。

「調べた結果おぬしにはかなりの魔力適性がある、だから少しやってもらいたいものがある。時間はそこまでかからん、大丈夫じゃ、クリスマスまでには帰れる──」


「それだけで、破滅の未来は防げるのじゃ……」

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