猫
雲隠れ
次の日の晩は、雨だった。
いつも通りに現れた黒猫の身体は雨に濡れ、いつもに増して艶めいていたが、その目には元気がなかった。
「どうしたの?」
舞子が心配そうに聞くと、
黒猫は針のような髭をだらんと垂らし、伏し目がちで話始めた。
「だめなんだって、ぼく」
尾が徐々に下がり、床についたとき、
「からだにね、ぽつぽつができちゃうんだってさ。彼女のママが怒っていってた」
猫は涙を流すのかなんて、その時気にかかってしまったが、降りしきる雨でどちらにしてもわからないし、いつにもまして小さく見える生き物を前にそんなことはどうでもよかった。
「そうね、そうなの。」
舞子は頷いた。
「ぼく、もうあの子に会えないんだ。ぼく、あの子に会わなければ、よかったのかな。笑顔でくれたこの鈴も。ほんとは僕の事、どう思ってたのかな。」
舞子はかける言葉に迷ったが、
自分に言い聞かせるようにこう言った。
「ううん。その子はね、あなたが愛おしくて、そのきれいな物をあげたのよ。あなただって、あの子のために一番きれいな花を選んだんじゃない。」
猫はうつむいたままだったが、舞子はつづけた。
「あなたが磨いたその毛並みも、いつかの大切な人に出会うため。この恋もきっとそうよ。もう会えなくたって、終わってしまったって、その時の幸せはきちんと受け取らなくちゃ。そして、あなたが人を思う気持ちは、伝わってるわ。」
舞子は話しながら、思い返していた。
彼のために普段選ばないスカートを着てみても、案外似合っていたし、
別れを惜しんで流した彼の最後の涙も、嘘ではなかった。
全部全部、いつか手に入れる幸せのためだと思うと、
なんだか気持ちが楽になった。
黒猫は暫く何も言葉にしなかったが、
舞子が優しくかけてあげたタオルが湿りきらないうちに顔を上げ、
まっすぐな目で舞子を見た。
そうだ、舞子もこんなまっすぐな気持ちで恋をしていたんだと
その時やっと思い出した。
「いつかきっと、忘れられる?」
「忘れる必要なんて、ないのよ。ただ、大切にしまっておいて。」
舞子は半分は目の前の小さな生き物に、そして半分は自分に言い聞かせるように、
言葉を紡いだ。
舞子だって、暫く、いつかなんて当分はっきりしないくらいには、忘れられないし、忘れるつもりだって、きっとないのだ。
それは、自分がこの恋愛において、それだけ心を込めて、悩み、喜び、魂をささげたからだった。
黒猫は目をつぶって、一度、
「にゃー」と鳴くと、
その場から駆け出した。
『あれ、魔力が弱ってるなんて、キキが言ってたかしら』
大好きだったアニメ映画を思い出していたが、
その猫がおいていった鈴を見つけた瞬間、
大きな声を上げずにはいられなかった。
「ねぇ、落とし物!」
黒猫は振り返らずに、
前を向いて駆けていった。
いつも通りに現れた黒猫の身体は雨に濡れ、いつもに増して艶めいていたが、その目には元気がなかった。
「どうしたの?」
舞子が心配そうに聞くと、
黒猫は針のような髭をだらんと垂らし、伏し目がちで話始めた。
「だめなんだって、ぼく」
尾が徐々に下がり、床についたとき、
「からだにね、ぽつぽつができちゃうんだってさ。彼女のママが怒っていってた」
猫は涙を流すのかなんて、その時気にかかってしまったが、降りしきる雨でどちらにしてもわからないし、いつにもまして小さく見える生き物を前にそんなことはどうでもよかった。
「そうね、そうなの。」
舞子は頷いた。
「ぼく、もうあの子に会えないんだ。ぼく、あの子に会わなければ、よかったのかな。笑顔でくれたこの鈴も。ほんとは僕の事、どう思ってたのかな。」
舞子はかける言葉に迷ったが、
自分に言い聞かせるようにこう言った。
「ううん。その子はね、あなたが愛おしくて、そのきれいな物をあげたのよ。あなただって、あの子のために一番きれいな花を選んだんじゃない。」
猫はうつむいたままだったが、舞子はつづけた。
「あなたが磨いたその毛並みも、いつかの大切な人に出会うため。この恋もきっとそうよ。もう会えなくたって、終わってしまったって、その時の幸せはきちんと受け取らなくちゃ。そして、あなたが人を思う気持ちは、伝わってるわ。」
舞子は話しながら、思い返していた。
彼のために普段選ばないスカートを着てみても、案外似合っていたし、
別れを惜しんで流した彼の最後の涙も、嘘ではなかった。
全部全部、いつか手に入れる幸せのためだと思うと、
なんだか気持ちが楽になった。
黒猫は暫く何も言葉にしなかったが、
舞子が優しくかけてあげたタオルが湿りきらないうちに顔を上げ、
まっすぐな目で舞子を見た。
そうだ、舞子もこんなまっすぐな気持ちで恋をしていたんだと
その時やっと思い出した。
「いつかきっと、忘れられる?」
「忘れる必要なんて、ないのよ。ただ、大切にしまっておいて。」
舞子は半分は目の前の小さな生き物に、そして半分は自分に言い聞かせるように、
言葉を紡いだ。
舞子だって、暫く、いつかなんて当分はっきりしないくらいには、忘れられないし、忘れるつもりだって、きっとないのだ。
それは、自分がこの恋愛において、それだけ心を込めて、悩み、喜び、魂をささげたからだった。
黒猫は目をつぶって、一度、
「にゃー」と鳴くと、
その場から駆け出した。
『あれ、魔力が弱ってるなんて、キキが言ってたかしら』
大好きだったアニメ映画を思い出していたが、
その猫がおいていった鈴を見つけた瞬間、
大きな声を上げずにはいられなかった。
「ねぇ、落とし物!」
黒猫は振り返らずに、
前を向いて駆けていった。
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