偽装結婚を偽装してみた
Chapter.113
毎年この時期、攷斗の会社は繁忙期で、そういえば去年も無理矢理仕事を終わらせて来たと言っていた……気がする。
一緒に食事をすること自体が珍しくなってしまったので、翌日の朝食分と一緒に夕食を作り、先に一人で食べて、遅くに帰ってくる攷斗のために冷蔵庫へ入れておく日々が続いている。
メッセや電話で連絡は取っているが、顔をあわせず一日が終わることもある。
結婚記念日用に何か作ろうかと思ったが、遅い時間に豪華な食事を独りで食べるのも嫌かと思い、何も準備しなかった。
攷斗の仕事が落ち着いたら、また改めて祝えばいい。
帰りに、目に留まった花屋に立ち寄る。一年前に攷斗がひぃなにプレゼントしたのと同じ店で、攷斗のイメージを伝えて黄色を基調にした中くらいのブーケを作ってもらう。
歩くとカサカサ紙袋が鳴る。
攷斗と会えず、だんだんしょんぼりしてくる自分の心の乾燥具合は、音にしたらこんな感じかもしれない。
部屋のドアを開け、真っ暗な廊下の電気を点ける。
「ただいまー」
誰もいないのはわかっているのに、つい癖で声をかけてしまう。
「おかえりー」
なのに、奥から返事が聞こえてきた。玄関に近付く足音。その声の主は、もちろん攷斗だ。
「ただいま……え…。今日、帰れないかもって……」
「うん、その予定だったんだけど、めっちゃ頑張ったらなんとかなった。せっかくの記念日だし、一緒に祝いたくて」
攷斗が笑顔で続ける。
「連絡すれば良かったんだけど、驚かせたかったから、なにも言わないで帰ってきちゃった」
「そう、なんだ……」
「ご飯作って待ってようかと思ったんだけど、超準備中。全然間に合わなかったわ」
「私…ごめん…なにも……」
「え? いいよ。帰ってくるかわかんない上に連絡もしないような相手に気ぃ遣わなくても。あれ? 花?」
「あ…うん」
「いいじゃん、飾ろうよ。そんで、ご飯作るの手伝って?」
「…………」
優しい攷斗の声を聞くと、何故だか涙があふれてくる。
「えっ? えっ? どしたの? なに? なんか嫌なこと言った?」
慌てる攷斗に、ひぃなが首を振って見せる。
ぐずる子供のようで嫌なのに、涙が止まらない。
言葉にならない“好き”の気持ちがあふれてくるようだ。
――どうしたらいいの?
玄関に立ち尽くして、なすすべもなく涙をこぼす。
攷斗は少し困ったように微笑んで、
「荷物ちょうだい」
ひぃなの手から荷物を取って廊下の脇に置いた。空いたひぃなの手を取って軽く握る。
外気にさらされた冷たい指を包んで、身体を引き寄せ胸の中に抱く。あがりがまちの段差のせいで、ひぃなの身体は攷斗の胸の中にすっぽりとおさまった。
優しくされるとスキになってしまう。
いつか終わってしまう仮初めの関係なら、早くはっきりさせたほうが良かった。
頭の片隅でいつも思っているのに、攷斗の優しさが、温もりが、その全てが手放せなくて、後にも先にも動けなくなっていた。
「なにがあったのか知らないけど、なんかあったなら言ってよ。俺たち夫婦でしょ?」
攷斗が頭を撫でながら言う。
でもそれは、紙切れ一枚の、利害が一致しただけの“契約”で。
「ね」
泣き止んだ頃を見計らったかのように攷斗が身体を離し、優しく頭を撫でながら、ひぃなの顔を覗き込むように少し首をかしげた。
「だって……偽装じゃん……。カッコカリ、なんでしょ……?」
ひぃなが泣きはらした顔でぽつりとつぶやく。
攷斗は一瞬驚いたあと気まずそうな顔を見せて、ひぃなから手を離して自分の後頭部を掻いた。
(潮時かな……)
そう考えた攷斗は、仕方ないなぁと言いたげな笑顔になり、ひぃなの顔を両手で包んだ。少し上へ向けると頬を伝う涙を拭った。
冷えた頬に攷斗の手のひらの温もりが伝わる。
(なんで優しくするの……)
その気持ちよさを抗いたくて、涙をこらえるように眉をひそめて唇を固く結んだ。
その唇に、攷斗が優しくキスをする。
一瞬何が起こったのかわからず、目を丸くして攷斗を見つめた。
「そんなに驚かなくても」
不服そうに、それでいて笑みを含みながら攷斗が言う。
「夫婦なんだし、するでしょ。キスくらい」
困ったような不思議そうな顔のひぃなに、攷斗が続けた。
「我慢したほうだと思うよ? 一年でしょ? ほんと俺、良く我慢したわ。えらいでしょ」
衝撃が強すぎたのか、ただうろたえるひぃなの頭に、
「だーから」と手のひらを乗せ「驚きすぎでしょ?」あやすようにポンポンと動かして頭を撫でる。
「どうして……?」
ひぃなの口からやっと出てきた言葉。
「えぇ? 今更聞く?」
思わず笑って、
「とりあえず部屋入んない? ここ寒いわ」
床に置いた荷物を持って、空いた手でひぃなの手を取り、靴を脱ぐのを待つ。あがりがまちに上がったのを確認して、繋いだ手を引きリビングへ移動した。
一緒に食事をすること自体が珍しくなってしまったので、翌日の朝食分と一緒に夕食を作り、先に一人で食べて、遅くに帰ってくる攷斗のために冷蔵庫へ入れておく日々が続いている。
メッセや電話で連絡は取っているが、顔をあわせず一日が終わることもある。
結婚記念日用に何か作ろうかと思ったが、遅い時間に豪華な食事を独りで食べるのも嫌かと思い、何も準備しなかった。
攷斗の仕事が落ち着いたら、また改めて祝えばいい。
帰りに、目に留まった花屋に立ち寄る。一年前に攷斗がひぃなにプレゼントしたのと同じ店で、攷斗のイメージを伝えて黄色を基調にした中くらいのブーケを作ってもらう。
歩くとカサカサ紙袋が鳴る。
攷斗と会えず、だんだんしょんぼりしてくる自分の心の乾燥具合は、音にしたらこんな感じかもしれない。
部屋のドアを開け、真っ暗な廊下の電気を点ける。
「ただいまー」
誰もいないのはわかっているのに、つい癖で声をかけてしまう。
「おかえりー」
なのに、奥から返事が聞こえてきた。玄関に近付く足音。その声の主は、もちろん攷斗だ。
「ただいま……え…。今日、帰れないかもって……」
「うん、その予定だったんだけど、めっちゃ頑張ったらなんとかなった。せっかくの記念日だし、一緒に祝いたくて」
攷斗が笑顔で続ける。
「連絡すれば良かったんだけど、驚かせたかったから、なにも言わないで帰ってきちゃった」
「そう、なんだ……」
「ご飯作って待ってようかと思ったんだけど、超準備中。全然間に合わなかったわ」
「私…ごめん…なにも……」
「え? いいよ。帰ってくるかわかんない上に連絡もしないような相手に気ぃ遣わなくても。あれ? 花?」
「あ…うん」
「いいじゃん、飾ろうよ。そんで、ご飯作るの手伝って?」
「…………」
優しい攷斗の声を聞くと、何故だか涙があふれてくる。
「えっ? えっ? どしたの? なに? なんか嫌なこと言った?」
慌てる攷斗に、ひぃなが首を振って見せる。
ぐずる子供のようで嫌なのに、涙が止まらない。
言葉にならない“好き”の気持ちがあふれてくるようだ。
――どうしたらいいの?
玄関に立ち尽くして、なすすべもなく涙をこぼす。
攷斗は少し困ったように微笑んで、
「荷物ちょうだい」
ひぃなの手から荷物を取って廊下の脇に置いた。空いたひぃなの手を取って軽く握る。
外気にさらされた冷たい指を包んで、身体を引き寄せ胸の中に抱く。あがりがまちの段差のせいで、ひぃなの身体は攷斗の胸の中にすっぽりとおさまった。
優しくされるとスキになってしまう。
いつか終わってしまう仮初めの関係なら、早くはっきりさせたほうが良かった。
頭の片隅でいつも思っているのに、攷斗の優しさが、温もりが、その全てが手放せなくて、後にも先にも動けなくなっていた。
「なにがあったのか知らないけど、なんかあったなら言ってよ。俺たち夫婦でしょ?」
攷斗が頭を撫でながら言う。
でもそれは、紙切れ一枚の、利害が一致しただけの“契約”で。
「ね」
泣き止んだ頃を見計らったかのように攷斗が身体を離し、優しく頭を撫でながら、ひぃなの顔を覗き込むように少し首をかしげた。
「だって……偽装じゃん……。カッコカリ、なんでしょ……?」
ひぃなが泣きはらした顔でぽつりとつぶやく。
攷斗は一瞬驚いたあと気まずそうな顔を見せて、ひぃなから手を離して自分の後頭部を掻いた。
(潮時かな……)
そう考えた攷斗は、仕方ないなぁと言いたげな笑顔になり、ひぃなの顔を両手で包んだ。少し上へ向けると頬を伝う涙を拭った。
冷えた頬に攷斗の手のひらの温もりが伝わる。
(なんで優しくするの……)
その気持ちよさを抗いたくて、涙をこらえるように眉をひそめて唇を固く結んだ。
その唇に、攷斗が優しくキスをする。
一瞬何が起こったのかわからず、目を丸くして攷斗を見つめた。
「そんなに驚かなくても」
不服そうに、それでいて笑みを含みながら攷斗が言う。
「夫婦なんだし、するでしょ。キスくらい」
困ったような不思議そうな顔のひぃなに、攷斗が続けた。
「我慢したほうだと思うよ? 一年でしょ? ほんと俺、良く我慢したわ。えらいでしょ」
衝撃が強すぎたのか、ただうろたえるひぃなの頭に、
「だーから」と手のひらを乗せ「驚きすぎでしょ?」あやすようにポンポンと動かして頭を撫でる。
「どうして……?」
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