偽装結婚を偽装してみた
Chapter.99
「ただいまー」
「おかえりー」
すっかり習慣になっているその挨拶は、あくまで急を要する救済措置であり、いつまでも続けていていいものではない。
ひぃなの身の安全が確保されたら、また以前のように平和な日常に戻るのが一番だ。
「あれ、なんか増えてる」
シューズクローゼットの上に置かれたオブジェの中に、見覚えのないものがある。
「いいでしょ。かわいいから買っちゃった」
レトロな蛇腹カメラの置物だ。小さなインスタント写真なら撮影出来そうなくらいの大きさとリアルさがある。
「うん、かわいいね」
シャッターに指を置き、押してみる。
「残念。さすがにそこまでリアルじゃないわ」
「そうだよね」
ひぃなが笑って、靴を脱ぎ廊下に上がる。
少しずれたカメラの置物を、攷斗はひぃなに気付かれないよう、そっと直した。
隠し事をしていると、ずっと嘘をついているような罪悪感がつきまとう。
(正直疲れる)
それはきっと、ひぃなも同じだ。
ターゲットであるひぃな自身は、思っている以上に疲弊しているのではないか。
聞くことは出来ないし言ってこないし、家では普段通りの明るい態度なので、下手に探りを入れられない。
膠着状態のまま、ただ時間だけが過ぎていく。
攷斗よりも、狙われているひぃなのほうが精神的にキツイはずなのに、攷斗の前ではそれをめったに見せない。
人を信用しているかどうか、ではない。人に頼る術を知らないのだ。
ひぃなから言ってくれるのを待つが、その時は一向に訪れないまま、さらに半月が経過してしまった。
朝起きてリビングへ行くと、すでにひぃなが朝食を作り始めている。
「おはよう。早いね」
「あ、おはよう。うん、なんか、目が覚めちゃって……」
「顔色悪くない?」
「そう? お化粧のノリが良くないのかも?」
「今日は会社休んだら?」
「昨日の持越し案件があって引継ぎできてないから、今日は行かないと」
「そう……」
「ありがとう、心配してくれて」
「心配するよ、当たり前でしょ。あとやるから、ゆっくりしてて?」
朝食はもう、皿に盛りつけるだけの状態になっている。
「ありがとう。あ、そうだ」
「ん?」
「今日、もし手が空いたらでいいんだけど、お布団を干して欲しくて」
「うん。ひなのほうもいいの?」
「できたら」
「おっけー、やっとくよ」
窓の外は秋晴れで、布団を干すには良い天気だった。
朝食を食べ終え、いつものようにエレベーター前まで見送りに行く。
途中階で不自然に階表示が止まらないかを確認して、部屋へ戻った。
シンクに置いたままの食器を洗い、依頼された布団干しをするべく、ひぃなの部屋へ入る。
「あれ……」
ベッドサイドに充電したままのスマホが置かれていた。
すぐに追えば間に合うか。いや、さすがにもう電車に乗っているか。
一応、護衛と堀河にはひぃなが連絡手段を持たないで出たことを伝達する。
黒岩はここのところ出社もしておらず、マンションとひぃなの通勤経路をうろついているらしい。
(いっそ俺を狙ってくれれば……)
そんな風に思うが、そううまくはいかない。
ひぃなに全てを伝えて送迎しようか、それともいっそ休業させるか考える。
(……よし)
少し悩んで、でも決意は固く、攷斗はひぃなにこれまでの経緯と現状を伝えることにした。
そのうえで、対策を練ろうと思う。
ひぃなが帰ってくるまでは何も進められないので、少し滞り始めた仕事にとりかかる。
各所への連絡や伝達、ショーに出すためのデザイン案などをこなしていると、時間はあっという間に過ぎてしまう。
ふと見上げた窓の外は、さきほどまでの晴天が嘘のように薄暗く、空には黒い雲が広がり始めていた。
* * *
「おかえりー」
すっかり習慣になっているその挨拶は、あくまで急を要する救済措置であり、いつまでも続けていていいものではない。
ひぃなの身の安全が確保されたら、また以前のように平和な日常に戻るのが一番だ。
「あれ、なんか増えてる」
シューズクローゼットの上に置かれたオブジェの中に、見覚えのないものがある。
「いいでしょ。かわいいから買っちゃった」
レトロな蛇腹カメラの置物だ。小さなインスタント写真なら撮影出来そうなくらいの大きさとリアルさがある。
「うん、かわいいね」
シャッターに指を置き、押してみる。
「残念。さすがにそこまでリアルじゃないわ」
「そうだよね」
ひぃなが笑って、靴を脱ぎ廊下に上がる。
少しずれたカメラの置物を、攷斗はひぃなに気付かれないよう、そっと直した。
隠し事をしていると、ずっと嘘をついているような罪悪感がつきまとう。
(正直疲れる)
それはきっと、ひぃなも同じだ。
ターゲットであるひぃな自身は、思っている以上に疲弊しているのではないか。
聞くことは出来ないし言ってこないし、家では普段通りの明るい態度なので、下手に探りを入れられない。
膠着状態のまま、ただ時間だけが過ぎていく。
攷斗よりも、狙われているひぃなのほうが精神的にキツイはずなのに、攷斗の前ではそれをめったに見せない。
人を信用しているかどうか、ではない。人に頼る術を知らないのだ。
ひぃなから言ってくれるのを待つが、その時は一向に訪れないまま、さらに半月が経過してしまった。
朝起きてリビングへ行くと、すでにひぃなが朝食を作り始めている。
「おはよう。早いね」
「あ、おはよう。うん、なんか、目が覚めちゃって……」
「顔色悪くない?」
「そう? お化粧のノリが良くないのかも?」
「今日は会社休んだら?」
「昨日の持越し案件があって引継ぎできてないから、今日は行かないと」
「そう……」
「ありがとう、心配してくれて」
「心配するよ、当たり前でしょ。あとやるから、ゆっくりしてて?」
朝食はもう、皿に盛りつけるだけの状態になっている。
「ありがとう。あ、そうだ」
「ん?」
「今日、もし手が空いたらでいいんだけど、お布団を干して欲しくて」
「うん。ひなのほうもいいの?」
「できたら」
「おっけー、やっとくよ」
窓の外は秋晴れで、布団を干すには良い天気だった。
朝食を食べ終え、いつものようにエレベーター前まで見送りに行く。
途中階で不自然に階表示が止まらないかを確認して、部屋へ戻った。
シンクに置いたままの食器を洗い、依頼された布団干しをするべく、ひぃなの部屋へ入る。
「あれ……」
ベッドサイドに充電したままのスマホが置かれていた。
すぐに追えば間に合うか。いや、さすがにもう電車に乗っているか。
一応、護衛と堀河にはひぃなが連絡手段を持たないで出たことを伝達する。
黒岩はここのところ出社もしておらず、マンションとひぃなの通勤経路をうろついているらしい。
(いっそ俺を狙ってくれれば……)
そんな風に思うが、そううまくはいかない。
ひぃなに全てを伝えて送迎しようか、それともいっそ休業させるか考える。
(……よし)
少し悩んで、でも決意は固く、攷斗はひぃなにこれまでの経緯と現状を伝えることにした。
そのうえで、対策を練ろうと思う。
ひぃなが帰ってくるまでは何も進められないので、少し滞り始めた仕事にとりかかる。
各所への連絡や伝達、ショーに出すためのデザイン案などをこなしていると、時間はあっという間に過ぎてしまう。
ふと見上げた窓の外は、さきほどまでの晴天が嘘のように薄暗く、空には黒い雲が広がり始めていた。
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