偽装結婚を偽装してみた
Chapter.94
日差しもすっかり夏らしくなったある日、事務室でいつものように仕事をしていたひぃなに、人影が近付いた。
「これ、時森さんですか」
「はぇ?!」
スキを突かれて変な声が出る。
久しぶりに話しかけてきた(いつも曲がり角でぶつかりそうにはなっている)黒岩が、自身のスマホ画面をひぃなに見せてきた。そこには――
『人気デザイナー、コイト・ウタナさん結婚していた。お相手は一般女性』という見出しのネットニュースだった。
その記事には、攷斗と一緒に歩くひぃなの写真が掲載されている。しかし、顔は個人を特定出来ないよう、目に黒い線を入れられていた。
(犯罪者扱い……)
個人情報流出防止とはいえ、もうちょっと何か隠す方法はなかったのか。
確かにそれは、二大タワー巡りをしたときの攷斗とひぃなだ。しかしそれを言うわけにはいかない。
「さぁ……?」
我ながら名演技が出来たと思う。
「この服、着ているところをお見掛けしたことがあったので」
(どこで……?)
会社には着てこないタイプの服なのに。
「私が着てるの大体大手量販店の服ですし、一点ものでもない限り、被ることもあるんじゃないでしょうか」
一般的な意見として述べてみる。
「そうですね……失礼しました」
「はい」
黒岩が立ち去ると、隣の席に座っていた後輩の男性社員・茅ヶ崎がキャスター付きの椅子をスライドさせてひぃなに近付く。
「手前でガードできるようにオレの席と交換します?」
「――……大丈夫…じゃない、かな。万が一なにかあったら、協力してもらうかも……」
「はい、いつでもどうぞ」
茅ヶ崎は真面目な顔で、本気で答えている。傍から見ても、黒岩が正常な判断が出来ていないとわかる。
まさか社内で何かしてくることもないだろう。いや、出合い頭にぶつかってきそうになるのは、単純に心臓に悪いからやめてほしいのだが。
「そういえば黒岩さん、最近ずっと同じネクタイじゃない?」
ふと気付いたように茅ヶ崎がひぃなと逆隣に座っている同僚に話を振った。
「そういえばそうだね。営業なのにいいのかな。それとも同じやつ何本も持ってるのかな」
「それはそれで狂気を感じる」
言われてひぃなも気付いて、浮かんだ一つの可能性に背筋が凍る。
(社内行事の、誕生日の……?)
確認して該当するのも嫌なので、気付かないふりをする。
「うーん、やっぱ席替えしましょう。端っこじゃないと不便かもしれないですけど、もし今後来るようなことあれば、オレ手前で声かけるようにします」
「……ごめん…お願いします」
「はーい」
茅ヶ崎が立ち上がり、机ごと丸々入れ替えた。ひぃなの机と並べ方をずらし、ひぃなの机を奥に押し込む。普通に座っていても体格の良い茅ヶ崎に隠れ、ひぃなの姿が見えにくい。
「ちょっと窮屈かもしれないですけど」
「ううん? 助かる。ごめんね、面倒かけて。ありがとう」
「全然。普段お世話になりっぱなしなんで」
茅ヶ崎は白い歯を見せて笑う。
その光景を見ていた紙尾が、何やら思案顔でスマホを操作し始めた。
帰宅して、攷斗からもネットニュースのことを聞いた。
「ごめん、もう少し気を付けてれば良かった」
「私のほうは顔出てないし、大丈夫だよ」
実害はあるにはあったが、黒岩からだけだ。それ以外にも色々な実害を被っているので、もうあまり気にしたくもない。ひぃなの心のシャッターは黒岩に対して完全に閉められ、鍵も何重にもかかっている。
そのニュースが出てしばらくは、SNS上で『結婚してたなんてショック!』とか『ウタナロス』なんて書き込みも見られたが、ある程度の時期からそれもぱたりとなくなった。
業績はピークより多少落ちたものの、攷斗の写真を開示する前より上がった状態で維持しているので、ひぃながいつか言っていた“少し落ち着けば、本当にウタナのデザインが好きな人が残るか、デザインも好きになってくれる人が残る”という意見が立証された。
「これ、時森さんですか」
「はぇ?!」
スキを突かれて変な声が出る。
久しぶりに話しかけてきた(いつも曲がり角でぶつかりそうにはなっている)黒岩が、自身のスマホ画面をひぃなに見せてきた。そこには――
『人気デザイナー、コイト・ウタナさん結婚していた。お相手は一般女性』という見出しのネットニュースだった。
その記事には、攷斗と一緒に歩くひぃなの写真が掲載されている。しかし、顔は個人を特定出来ないよう、目に黒い線を入れられていた。
(犯罪者扱い……)
個人情報流出防止とはいえ、もうちょっと何か隠す方法はなかったのか。
確かにそれは、二大タワー巡りをしたときの攷斗とひぃなだ。しかしそれを言うわけにはいかない。
「さぁ……?」
我ながら名演技が出来たと思う。
「この服、着ているところをお見掛けしたことがあったので」
(どこで……?)
会社には着てこないタイプの服なのに。
「私が着てるの大体大手量販店の服ですし、一点ものでもない限り、被ることもあるんじゃないでしょうか」
一般的な意見として述べてみる。
「そうですね……失礼しました」
「はい」
黒岩が立ち去ると、隣の席に座っていた後輩の男性社員・茅ヶ崎がキャスター付きの椅子をスライドさせてひぃなに近付く。
「手前でガードできるようにオレの席と交換します?」
「――……大丈夫…じゃない、かな。万が一なにかあったら、協力してもらうかも……」
「はい、いつでもどうぞ」
茅ヶ崎は真面目な顔で、本気で答えている。傍から見ても、黒岩が正常な判断が出来ていないとわかる。
まさか社内で何かしてくることもないだろう。いや、出合い頭にぶつかってきそうになるのは、単純に心臓に悪いからやめてほしいのだが。
「そういえば黒岩さん、最近ずっと同じネクタイじゃない?」
ふと気付いたように茅ヶ崎がひぃなと逆隣に座っている同僚に話を振った。
「そういえばそうだね。営業なのにいいのかな。それとも同じやつ何本も持ってるのかな」
「それはそれで狂気を感じる」
言われてひぃなも気付いて、浮かんだ一つの可能性に背筋が凍る。
(社内行事の、誕生日の……?)
確認して該当するのも嫌なので、気付かないふりをする。
「うーん、やっぱ席替えしましょう。端っこじゃないと不便かもしれないですけど、もし今後来るようなことあれば、オレ手前で声かけるようにします」
「……ごめん…お願いします」
「はーい」
茅ヶ崎が立ち上がり、机ごと丸々入れ替えた。ひぃなの机と並べ方をずらし、ひぃなの机を奥に押し込む。普通に座っていても体格の良い茅ヶ崎に隠れ、ひぃなの姿が見えにくい。
「ちょっと窮屈かもしれないですけど」
「ううん? 助かる。ごめんね、面倒かけて。ありがとう」
「全然。普段お世話になりっぱなしなんで」
茅ヶ崎は白い歯を見せて笑う。
その光景を見ていた紙尾が、何やら思案顔でスマホを操作し始めた。
帰宅して、攷斗からもネットニュースのことを聞いた。
「ごめん、もう少し気を付けてれば良かった」
「私のほうは顔出てないし、大丈夫だよ」
実害はあるにはあったが、黒岩からだけだ。それ以外にも色々な実害を被っているので、もうあまり気にしたくもない。ひぃなの心のシャッターは黒岩に対して完全に閉められ、鍵も何重にもかかっている。
そのニュースが出てしばらくは、SNS上で『結婚してたなんてショック!』とか『ウタナロス』なんて書き込みも見られたが、ある程度の時期からそれもぱたりとなくなった。
業績はピークより多少落ちたものの、攷斗の写真を開示する前より上がった状態で維持しているので、ひぃながいつか言っていた“少し落ち着けば、本当にウタナのデザインが好きな人が残るか、デザインも好きになってくれる人が残る”という意見が立証された。
「偽装結婚を偽装してみた」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
誘惑の延長線上、君を囲う。
-
19
-
-
お見合い相手は大嫌いな同級生だった!
-
14
-
-
とろけるような、キスをして。
-
20
-
-
そもそも付き合ったのが間違いでした
-
30
-
-
きみのとなり
-
13
-
-
視線が絡んで、熱になる
-
25
-
-
年下の上司
-
26
-
-
半世紀の契約
-
8
-
-
酸いも甘いも噛み分けて
-
14
-
-
秘め恋ブルーム〜極甘CEOの蜜愛包囲網〜
-
51
-
-
忘却不能な恋煩い
-
19
-
-
【完結】【短編】サンタクロースは課長でした
-
4
-
-
10秒先の狂恋
-
23
-
-
貧乏領主の娘は王都でみんなを幸せにします
-
4
-
-
ここは会社なので求愛禁止です! 素直になれないアラサー女子は年下部下にトロトロに溺愛されてます。
-
24
-
-
シュガーレス・レモネード
-
21
-
-
ヤンデレ御曹司から逃げ出した、愛され花嫁の168時間
-
43
-
-
バーテンダーに落ちて酔わされ愛されて
-
11
-
-
捕まった子犬、バーテンダーに愛される?【完結】
-
3
-
-
【完結】私の赤点恋愛~スパダリ部長は恋愛ベタでした~
-
49
-
コメント