偽装結婚を偽装してみた

小海音かなた

Chapter.76

 日々が何事もなく過ぎていく。それがとても心地良い。
 攷斗とひぃなはお互いを尊重しつつ、自分の時間も持ちつつ、丁度良い干渉のバランスで一緒に暮らしていた。
 一緒にいる時間も愛おしく、楽しくて、嬉しい。
 このままずっと、一緒に暮らしていたい。お互いの“気持ち”が一致していたら、もっといいのに。
 夜、リビングで別れるたびに、デートしたあとそれぞれの帰路に着く恋人同士のような気分になった。婚姻関係を結んで同じ家に住んでいるのに、おかしな話だ。
 本当にこのまま何事もなく過ぎていっていいのだろうか、なんて考えたりもする。
 お互いがお互いの気持ちをはっきりと掴めず、それでも少しの可能性に期待をしながら、この先何年も縮まらない距離に悩み続けるのだろうか。
 それに、ひぃなには攷斗にばかり自分の気持ちを言わせている引け目がある。
 好きとか可愛いとか、そう言われても、受け入れるかはぐらかすかしか出来ない。

 その“好き”は、どの“好き”なの?

 日本語はときに曖昧で深く、裏を読んでしまうと【意味】がいくつも目の前に現れてしまう。その技術に長けた人の前には、より多くの選択肢が並ぶ。
 もしその選択肢を間違えたら、バッドエンドへのフラグが立ってしまうかもしれない。それが怖くて、真相にたどり着くことが出来ない。
 その堂々巡りをもう半年近く続けている。
 攷斗が都度口に出す“好き”が、もし本当の愛情表現だとしたら。それを、自分と同じような理由で、あえて曖昧に聞こえるように言っているのだとしたら。
 つかみどころのない相手にそれを続けるのは、非常に労力がかかっているのではないだろうか。
 年始に引いたおみくじの、二人が“神様”に告げられたこと。
 【待ち人】すでにあり 【愛情】心を尽くせ 言葉で伝えよ
 少し落ち込んだとき、疲れたとき、財布に忍ばせたそのおみくじを見て、(がんばろう)と思う。
 言葉で伝えれば、きっと現状は変わる。それが、良い方向なのかどうかはわからない。
 ただ想っているだけでは、相手にはきちんと、正確に、伝わらない。


 今年も折り返し地点になり、来月には攷斗が誕生日を迎える。
(今年はなにを贈ろうかな……)
 入籍してから初めての誕生日だし、攷斗の予定が合えば夕食を豪華にしても良いかと考える。甘いものも好きなので、手作りケーキなんかもいいかもしれない。
 スマホのカレンダーを確認すると今年の攷斗の誕生日は土曜日で、手の込んだ料理を作るのに良い。
 希望があれば外食でもいいし、昼間どこかに出かけて遊んでもいい。
 ベッドの中でそのまま目ぼしいプランを検索してみると、自然と心が浮き立ってきた。
(喜んでもらえたら嬉しいもんね)
 当日の予定は近くなったら確認してみるとして、様々な候補を探し、ネットを巡った。
 そのまま寝落ちしたからか、全ての情報がごちゃまぜになったようなショッピングモールを、攷斗と手を繋ぎながら見て回り、観客のいるオープンキッチンで二人で協力して料理を仕上げ、どこからか出てきた対戦相手に辛勝し、二人抱き合って喜びを分かち合う、という夢を見た。
 目が覚めて覚醒するまでの間、その夢を脳が自動リピート再生していたが、覚醒した瞬間、霧が晴れたように輪郭以外が飛散してしまい“なんだかおかしな夢を見た。それに攷斗がいた気がする”という印象しか残らなかった。
 折しも季節は梅雨時で、しとしとと降る雨が自室の窓を叩いている。
(うーん、頭が重い)
 首を鳴らして身だしなみを整え、朝食の準備を始めた。

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