偽装結婚を偽装してみた
Chapter.66
慌ただしく仕事納めをしたら、あとはもう年を越すだけ。
近くに神社があるとはいえ、除夜の鐘が聞こえるような距離でもなく。
二年参りするには人が集まりすぎる人気スポットとのことで、年が明けた昼過ぎにゆっくり出向くことにした。
前日届いたおせち料理のパックを開けてお重に詰め替えつつ、三箇日用の煮物類を仕込みながら大みそかを過ごす。
足の長いスツールに座りカウンターで頬杖をつく攷斗は、ひぃなが料理する姿を眺めている。
漂ってくる甘辛い煮込みダレの匂いが空腹感を増幅させる。
「めっちゃいい匂い」
「まだしばらく煮込むけど、多めに作ってあるから味見してみる?」
「してみる!」
(子供みたい)
反応が可愛らしくて思わず笑うと
「いま子供みたいだって思ったでしょ」
攷斗が口を尖らせた。そのしぐささえも可愛らしいので
「どうでしょう」
ひぃなは敢えて否定しない。
「別にいいんだけどさ」
拗ねる攷斗にクスクス笑いながら、ほぐれて塊から落ちた肉のかけらを小皿に乗せた。
「はい」
お弁当用のピックを刺して、攷斗に渡す。
「やった! ありがと」
受け取るや否やパクつく攷斗に
「まだお肉硬いでしょ」
使い終わった小皿とピックを受け取りながらひぃなが言った。
「噛みごたえあって肉肉しくて、これはこれで美味しい」
噛めば噛むほど肉の味も染み出してきて、全部の繊維が無くなるまで噛み続けていたいくらいだ。
「味、どう?」
「ちょっと薄め? でも煮込むから濃くなるんでしょ?」
「そうそう。じゃあいい感じかな」
奥側の鍋が置かれたIHコンロの火力メモリを【弱火】に設定して、鍋に蓋を乗せる。
二つ並んだ手前のコンロの片側は強火に設定し、鍋をゆすって煮汁の水分を飛ばす。中には鶏肉や里芋、レンコンにニンジンなどが入っている。筑前煮だ。水分が飛んだらみりんを回し入れ、照りを出して完成。
もう片方のフライパンは、すでに電源を落として煮汁を冷ましている最中。それを考慮して最初に早めに作り始めたので、もう良い頃合いのようだ。先に取り出して入れておいた肉の塊が入った食品用のジップ袋に、冷めた煮汁を注ぎ込む。空気を抜いて口を閉め、冷蔵庫で一晩寝かせたら簡単ローストビーフの完成。
角煮は圧力鍋を使えば時間短縮になるが、あいにく二人とも持ち合わせていなかったので、じっくりトロトロと煮込むことにした。
使い終わった調理器具を洗い始めるひぃなに、
「手伝うよ」
椅子から降りて攷斗が申し出た。
「いいの? ありがとう、助かる」
少し前までクリスマスツリーが置かれていた場所にはいま、大きな鏡餅が置かれている。中に小分けの丸餅がいくつも入っている商品だ。
一応、毎年減を担ぐために小さな鏡餅を飾っていたが、二人暮らしになったし、ひぃながアレンジレシピを作ってくれると言うので、思い切ってスーパーに陳列されていた中で一番大きな箱のものを買った。
縁起物やシーズングッズが部屋に飾られていると、それだけで少し非日常感というか、イベント事に参加している気分になって楽しい。
「さて」
攷斗のおかげで綺麗になった調理器具を定位置にしまって、ひぃながエプロンを外した。
「角煮はあと一時間くらい、様子見ながら煮込みまーす」
「はーい」
「ちょっと休憩しようかな。何か飲む?」
「俺やるよ。紅茶でいい?」
「うん、ありがとう」
攷斗が淹れたミルクティーを飲みながら、ひぃながこのあとの予定を手帳に書き出していく。
「普段からこまめに掃除してると、大掃除しなくていいんだね」
「そうなのよ。年末忙しいとき多いしさ、休みの時くらいゆっくりしたいじゃん」
と言ってはいるものの、攷斗は少し潔癖の自覚があり、少しでも汚れていると気持ちが悪いのだという。
掃除はひぃなより攷斗のほうが得意なので、余裕があるときはお願いしてしまっている。
テレビは年末特番の宣伝番組や再放送が主で、まぁそれはそれとして面白いので、BGV程度に流している。
「いま作ってるのは角煮と?」
「筑前煮とローストビーフ。煮物とお肉ばっかりになっちゃった」
「全然いいよ。筑前煮は野菜たっぷりだったし、肉好きだし」
「なら良かった。他にもいくつか作れるように材料買ってあるし、元日はお雑煮作るよ」
「やった!」
「しょうゆベースの澄まし汁で大丈夫?」
自分たちは同じ地域の出身だが、親の出身地によっては地方色がかなり出る食べ物なので、念のため聞いてみる。
「うん、なんでも大丈夫。っていうか、色々試してみたくない?」
「みたい! あーでも、お味噌が赤だしのしかないや」
「いまから車出そうか?」
「いいよ、悪いし」
「いや、言ったら食べたくなっちゃった、いろんな地方のお雑煮」
「そう? じゃあ、お願いしようかな」
「おっけー」
「どんなの食べたいか、レシピ共有してくれる? 買い物リスト作る」
「りょうかーい」
【お気に入り】をシェアしてから、コンスタントにレシピが増えている。忙しいとき、ちょっとした息抜きにいいのだそうだ。
攷斗の食の好みもわかるので、ひぃなにとっても有難いシステムになりつつある。
ティーブレイクしつつ、角煮の面倒をみつつ、追加されていくレシピを確認しつつ、これまでの人生の中で、一番穏やかで、一番楽しい大晦日を過ごす。
「じゃあ、軽いドライブがてら行こうか」
「うん」
念のため年内の営業時間を調べて、まだ余裕だったのでいつものスーパーへ買い出しに出かけた。
近くに神社があるとはいえ、除夜の鐘が聞こえるような距離でもなく。
二年参りするには人が集まりすぎる人気スポットとのことで、年が明けた昼過ぎにゆっくり出向くことにした。
前日届いたおせち料理のパックを開けてお重に詰め替えつつ、三箇日用の煮物類を仕込みながら大みそかを過ごす。
足の長いスツールに座りカウンターで頬杖をつく攷斗は、ひぃなが料理する姿を眺めている。
漂ってくる甘辛い煮込みダレの匂いが空腹感を増幅させる。
「めっちゃいい匂い」
「まだしばらく煮込むけど、多めに作ってあるから味見してみる?」
「してみる!」
(子供みたい)
反応が可愛らしくて思わず笑うと
「いま子供みたいだって思ったでしょ」
攷斗が口を尖らせた。そのしぐささえも可愛らしいので
「どうでしょう」
ひぃなは敢えて否定しない。
「別にいいんだけどさ」
拗ねる攷斗にクスクス笑いながら、ほぐれて塊から落ちた肉のかけらを小皿に乗せた。
「はい」
お弁当用のピックを刺して、攷斗に渡す。
「やった! ありがと」
受け取るや否やパクつく攷斗に
「まだお肉硬いでしょ」
使い終わった小皿とピックを受け取りながらひぃなが言った。
「噛みごたえあって肉肉しくて、これはこれで美味しい」
噛めば噛むほど肉の味も染み出してきて、全部の繊維が無くなるまで噛み続けていたいくらいだ。
「味、どう?」
「ちょっと薄め? でも煮込むから濃くなるんでしょ?」
「そうそう。じゃあいい感じかな」
奥側の鍋が置かれたIHコンロの火力メモリを【弱火】に設定して、鍋に蓋を乗せる。
二つ並んだ手前のコンロの片側は強火に設定し、鍋をゆすって煮汁の水分を飛ばす。中には鶏肉や里芋、レンコンにニンジンなどが入っている。筑前煮だ。水分が飛んだらみりんを回し入れ、照りを出して完成。
もう片方のフライパンは、すでに電源を落として煮汁を冷ましている最中。それを考慮して最初に早めに作り始めたので、もう良い頃合いのようだ。先に取り出して入れておいた肉の塊が入った食品用のジップ袋に、冷めた煮汁を注ぎ込む。空気を抜いて口を閉め、冷蔵庫で一晩寝かせたら簡単ローストビーフの完成。
角煮は圧力鍋を使えば時間短縮になるが、あいにく二人とも持ち合わせていなかったので、じっくりトロトロと煮込むことにした。
使い終わった調理器具を洗い始めるひぃなに、
「手伝うよ」
椅子から降りて攷斗が申し出た。
「いいの? ありがとう、助かる」
少し前までクリスマスツリーが置かれていた場所にはいま、大きな鏡餅が置かれている。中に小分けの丸餅がいくつも入っている商品だ。
一応、毎年減を担ぐために小さな鏡餅を飾っていたが、二人暮らしになったし、ひぃながアレンジレシピを作ってくれると言うので、思い切ってスーパーに陳列されていた中で一番大きな箱のものを買った。
縁起物やシーズングッズが部屋に飾られていると、それだけで少し非日常感というか、イベント事に参加している気分になって楽しい。
「さて」
攷斗のおかげで綺麗になった調理器具を定位置にしまって、ひぃながエプロンを外した。
「角煮はあと一時間くらい、様子見ながら煮込みまーす」
「はーい」
「ちょっと休憩しようかな。何か飲む?」
「俺やるよ。紅茶でいい?」
「うん、ありがとう」
攷斗が淹れたミルクティーを飲みながら、ひぃながこのあとの予定を手帳に書き出していく。
「普段からこまめに掃除してると、大掃除しなくていいんだね」
「そうなのよ。年末忙しいとき多いしさ、休みの時くらいゆっくりしたいじゃん」
と言ってはいるものの、攷斗は少し潔癖の自覚があり、少しでも汚れていると気持ちが悪いのだという。
掃除はひぃなより攷斗のほうが得意なので、余裕があるときはお願いしてしまっている。
テレビは年末特番の宣伝番組や再放送が主で、まぁそれはそれとして面白いので、BGV程度に流している。
「いま作ってるのは角煮と?」
「筑前煮とローストビーフ。煮物とお肉ばっかりになっちゃった」
「全然いいよ。筑前煮は野菜たっぷりだったし、肉好きだし」
「なら良かった。他にもいくつか作れるように材料買ってあるし、元日はお雑煮作るよ」
「やった!」
「しょうゆベースの澄まし汁で大丈夫?」
自分たちは同じ地域の出身だが、親の出身地によっては地方色がかなり出る食べ物なので、念のため聞いてみる。
「うん、なんでも大丈夫。っていうか、色々試してみたくない?」
「みたい! あーでも、お味噌が赤だしのしかないや」
「いまから車出そうか?」
「いいよ、悪いし」
「いや、言ったら食べたくなっちゃった、いろんな地方のお雑煮」
「そう? じゃあ、お願いしようかな」
「おっけー」
「どんなの食べたいか、レシピ共有してくれる? 買い物リスト作る」
「りょうかーい」
【お気に入り】をシェアしてから、コンスタントにレシピが増えている。忙しいとき、ちょっとした息抜きにいいのだそうだ。
攷斗の食の好みもわかるので、ひぃなにとっても有難いシステムになりつつある。
ティーブレイクしつつ、角煮の面倒をみつつ、追加されていくレシピを確認しつつ、これまでの人生の中で、一番穏やかで、一番楽しい大晦日を過ごす。
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