偽装結婚を偽装してみた
Chapter.57
土日と有休を含めた九連休が終わり、今日から出社再開だ。
新居から会社までは前の家より近いので、朝に時間の余裕が出来た。新しい沿線の混雑具合がどのくらいかは不安だが、土地柄車の利用者が多そうなので、そこまでひどくないんじゃないかな、と思う。いままで使っていた路線が通勤時間帯には日本一混雑すると公表されていた路線だったので、それよりは確実にマシにはなるだろう。
人波にのまれ、何度貧血で倒れてホームや救護室で休憩をしたかわからない。
久しぶりの上、初めて使う通勤経路だからと、念のため予定よりも二本分早い電車に乗ってみる。やはり、すし詰め状態にはならなかったので、安心した。
守衛室に社員証を呈示してオフィスへ向かうと、ちょうど出社してきた堀河とエレベーター前で遭遇した。
「あら、早いわね」
「社長こそ」
「いつも早めに来て朝ごはん食べてるのよ」
「あ、そうなんだ。知らなかった」
「出社していきなり社長室には来ないもんねぇ」
「そうね、行かないね」
「始業までお茶でもする?」
「いいね。お邪魔じゃない?」
「うん。ご飯食べるだけだもの」
始業まであと30分もあるので、お茶の一杯くらいは余裕だろう。エレベーターへ一緒に乗り込んで、社長室へ向かう。
「どうだった? 連休中」
「んー、まぁ、移住は完全に終わったって感じかな」
「今日は旦那も仕事?」
「そう」
「駅まで一緒だったとか?」
「いや、向こう車だし」
「あーまぁそうか」
堀河も出先に行くことが多いから、自家用車通勤が主だ。
「送ってもらえばよかったのに」
「いやー、それに慣れたら電車乗れなくなっちゃう」
「そうねー。渋滞にハマるとしんどいけど、満員電車に乗るよりは楽かなー」
オフィスフロアに着いて、社長室のドアを堀河が開錠した。慣れた様子で照明とエアコンをつける。
「好きなとこどうぞ~。お茶もどうぞ~」
堀河がコートを脱いでポールにかける。
「はーい。サエコもなにか飲む?」
「ありがとう、ひぃなと一緒のでいいわ」
「りょうかい」
ひぃなは脱いだコートとバッグをソファに置いた。ウォーターサーバーの横に設えられたフリードリンクコーナーから、紙コップとルイボスティーのティーバッグを取り、お湯を入れる。
「あちち」
ふちを指先で持ち、テーブルへ置くと堀河が笑う。
「あんたもプラカバー使えばいいのに」
サエコの分にはしっかり被せてある。
「いいよ、少しの間しかいないのに」
「んで? どうよ、新婚生活」
堀河がひぃなの向かいに座り、コンビニ袋からおにぎりを取り出し開封しながら問う。
「んー? 楽しいよ? 元々気が合うのはわかってたし 家事も手伝ってくれるし」
「そう。良かったわね」
おにぎりを食べながら嬉しそうに言う堀河。
「うん」
「あれ?」
ひぃなの左手に視線を移して細目になる。さすが目ざとい。
「あらあら」
「気付くの早いね」
「そりゃそうよ。棚井デザイン?」
「そう」
「わー、愛されてるわねー!」
「私よくわかんないんだけど、デザイナーさんって自分でこういうの作りたい人ばっかなんじゃないの?」
「そうでもないわよ。服飾畑の人だとジュエリーのデザイン自体やらないって人もいるし。棚井が器用ってのとマメってのもあるんじゃない?」
「それはそうだと思う」
「いいじゃない、似合ってるわよ」
「ありがとう」
実はネックレスもしているのだが、それは服の中に入れているので気付かないようだ。
「棚井も会社で色々聞かれたんじゃない?」
「あー、ねぇ……」
気恥ずかしくて攷斗の話はサラッと流してしまったが、攷斗は皆の質問にどう答えたのだろうと今更気になってくる。
無理に着けなくていいよ、という提案をあっさり却下し颯爽と出勤していった攷斗とは真逆に、ひぃなは堀河が朝礼で開示していなければ、結婚指輪はおろか、入籍したことすら言うつもりはなかった。
いままでは自分ばかりが不安かと思っていたが、自分が攷斗を不安にさせてやしないかと心配になる。
ふと、ひとつの可能性が脳内に浮かんだ。
「もしかしてさ」
「んー?」
「棚井になんか言われた?」
「なにを」
「結婚したこと、会社で報告してください、みたいな」
堀河が意外そうに目を丸くする。
「ああいうの、私があんまり好きじゃないのわかってるでしょ。サエコがわざわざするかなと思ってさ」
「まぁ、棚井に言われたかどうかは別にして、朝礼で言うかどうかは私の判断によるんだからさ。棚井の意志はあんまり関係ないかも?」
「そっか」
「なにか言われたの?」
「ううん? もしそうだとしたら、あんなに怒って悪かったなと思って」
「いいわよ。たまには感情、表に出したらいいのよ」
「めんどうなんだもん」
「まぁ、私もあんまり負の感情は表に出さないようにしてるけどさ」
「そりゃ職業病でしょ」
「お互い様でしょ」
へへっと笑い合っていると、ドアがノックされて開き、
「「おはようございまーす」」
社長秘書が二人そろって入室してきた
「はい、おはよう~」
「わ、時森さん、おはようございます」
熱海がパッと笑顔になる。
「おはようございます」
「もうそんな時間か」
「じゃあ私、行くね」
「うん」
「えー、まだいいじゃないですか」
「遅刻しちゃいますよ」
ひぃなが笑って言って、まだ半分ほど中身が入ったコップを持ち事務室へ移動する。途中で久々に会った後輩たちと合流して、自席に荷物を置いて朝礼場所である大会議室へ向かう。
特に変わったこともなく朝礼が終わり、事務室へ戻る途中で黒岩を見かけた。長身で人より頭一つ、物理的に抜きん出ているのですぐにわかる。振り向かれそうになったので即座に視線を逸らし、素知らぬ顔で見なかったことにして自席に戻った。
有難いことに連休中の書類は全て処理されていたので、溜まったメールを30分ほどかけて確認し、対応が必要なものだけ返信や処理をするだけで良かった。
個別で担当していた業務は、前もって休暇取得を相手先に報告の上、後輩に一時的な担当として動いてもらっていたので、特に問題もない。
(ありがたい……)
後輩たちに感謝しつつ、一日の業務を終えた。
新居から会社までは前の家より近いので、朝に時間の余裕が出来た。新しい沿線の混雑具合がどのくらいかは不安だが、土地柄車の利用者が多そうなので、そこまでひどくないんじゃないかな、と思う。いままで使っていた路線が通勤時間帯には日本一混雑すると公表されていた路線だったので、それよりは確実にマシにはなるだろう。
人波にのまれ、何度貧血で倒れてホームや救護室で休憩をしたかわからない。
久しぶりの上、初めて使う通勤経路だからと、念のため予定よりも二本分早い電車に乗ってみる。やはり、すし詰め状態にはならなかったので、安心した。
守衛室に社員証を呈示してオフィスへ向かうと、ちょうど出社してきた堀河とエレベーター前で遭遇した。
「あら、早いわね」
「社長こそ」
「いつも早めに来て朝ごはん食べてるのよ」
「あ、そうなんだ。知らなかった」
「出社していきなり社長室には来ないもんねぇ」
「そうね、行かないね」
「始業までお茶でもする?」
「いいね。お邪魔じゃない?」
「うん。ご飯食べるだけだもの」
始業まであと30分もあるので、お茶の一杯くらいは余裕だろう。エレベーターへ一緒に乗り込んで、社長室へ向かう。
「どうだった? 連休中」
「んー、まぁ、移住は完全に終わったって感じかな」
「今日は旦那も仕事?」
「そう」
「駅まで一緒だったとか?」
「いや、向こう車だし」
「あーまぁそうか」
堀河も出先に行くことが多いから、自家用車通勤が主だ。
「送ってもらえばよかったのに」
「いやー、それに慣れたら電車乗れなくなっちゃう」
「そうねー。渋滞にハマるとしんどいけど、満員電車に乗るよりは楽かなー」
オフィスフロアに着いて、社長室のドアを堀河が開錠した。慣れた様子で照明とエアコンをつける。
「好きなとこどうぞ~。お茶もどうぞ~」
堀河がコートを脱いでポールにかける。
「はーい。サエコもなにか飲む?」
「ありがとう、ひぃなと一緒のでいいわ」
「りょうかい」
ひぃなは脱いだコートとバッグをソファに置いた。ウォーターサーバーの横に設えられたフリードリンクコーナーから、紙コップとルイボスティーのティーバッグを取り、お湯を入れる。
「あちち」
ふちを指先で持ち、テーブルへ置くと堀河が笑う。
「あんたもプラカバー使えばいいのに」
サエコの分にはしっかり被せてある。
「いいよ、少しの間しかいないのに」
「んで? どうよ、新婚生活」
堀河がひぃなの向かいに座り、コンビニ袋からおにぎりを取り出し開封しながら問う。
「んー? 楽しいよ? 元々気が合うのはわかってたし 家事も手伝ってくれるし」
「そう。良かったわね」
おにぎりを食べながら嬉しそうに言う堀河。
「うん」
「あれ?」
ひぃなの左手に視線を移して細目になる。さすが目ざとい。
「あらあら」
「気付くの早いね」
「そりゃそうよ。棚井デザイン?」
「そう」
「わー、愛されてるわねー!」
「私よくわかんないんだけど、デザイナーさんって自分でこういうの作りたい人ばっかなんじゃないの?」
「そうでもないわよ。服飾畑の人だとジュエリーのデザイン自体やらないって人もいるし。棚井が器用ってのとマメってのもあるんじゃない?」
「それはそうだと思う」
「いいじゃない、似合ってるわよ」
「ありがとう」
実はネックレスもしているのだが、それは服の中に入れているので気付かないようだ。
「棚井も会社で色々聞かれたんじゃない?」
「あー、ねぇ……」
気恥ずかしくて攷斗の話はサラッと流してしまったが、攷斗は皆の質問にどう答えたのだろうと今更気になってくる。
無理に着けなくていいよ、という提案をあっさり却下し颯爽と出勤していった攷斗とは真逆に、ひぃなは堀河が朝礼で開示していなければ、結婚指輪はおろか、入籍したことすら言うつもりはなかった。
いままでは自分ばかりが不安かと思っていたが、自分が攷斗を不安にさせてやしないかと心配になる。
ふと、ひとつの可能性が脳内に浮かんだ。
「もしかしてさ」
「んー?」
「棚井になんか言われた?」
「なにを」
「結婚したこと、会社で報告してください、みたいな」
堀河が意外そうに目を丸くする。
「ああいうの、私があんまり好きじゃないのわかってるでしょ。サエコがわざわざするかなと思ってさ」
「まぁ、棚井に言われたかどうかは別にして、朝礼で言うかどうかは私の判断によるんだからさ。棚井の意志はあんまり関係ないかも?」
「そっか」
「なにか言われたの?」
「ううん? もしそうだとしたら、あんなに怒って悪かったなと思って」
「いいわよ。たまには感情、表に出したらいいのよ」
「めんどうなんだもん」
「まぁ、私もあんまり負の感情は表に出さないようにしてるけどさ」
「そりゃ職業病でしょ」
「お互い様でしょ」
へへっと笑い合っていると、ドアがノックされて開き、
「「おはようございまーす」」
社長秘書が二人そろって入室してきた
「はい、おはよう~」
「わ、時森さん、おはようございます」
熱海がパッと笑顔になる。
「おはようございます」
「もうそんな時間か」
「じゃあ私、行くね」
「うん」
「えー、まだいいじゃないですか」
「遅刻しちゃいますよ」
ひぃなが笑って言って、まだ半分ほど中身が入ったコップを持ち事務室へ移動する。途中で久々に会った後輩たちと合流して、自席に荷物を置いて朝礼場所である大会議室へ向かう。
特に変わったこともなく朝礼が終わり、事務室へ戻る途中で黒岩を見かけた。長身で人より頭一つ、物理的に抜きん出ているのですぐにわかる。振り向かれそうになったので即座に視線を逸らし、素知らぬ顔で見なかったことにして自席に戻った。
有難いことに連休中の書類は全て処理されていたので、溜まったメールを30分ほどかけて確認し、対応が必要なものだけ返信や処理をするだけで良かった。
個別で担当していた業務は、前もって休暇取得を相手先に報告の上、後輩に一時的な担当として動いてもらっていたので、特に問題もない。
(ありがたい……)
後輩たちに感謝しつつ、一日の業務を終えた。
「偽装結婚を偽装してみた」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
-
9,331
-
2.4万
-
-
5,122
-
2.5万
-
-
6,610
-
2.9万
-
-
1.2万
-
4.7万
-
-
9,659
-
1.6万
-
-
2,446
-
6,674
-
-
8,131
-
5.5万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
6,147
-
2.6万
-
-
3万
-
4.9万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
17
-
1
-
-
2,850
-
4,949
-
-
3,534
-
5,226
-
-
50
-
56
-
-
6,032
-
2.9万
-
-
181
-
157
-
-
2,611
-
7,282
-
-
426
-
725
-
-
11
-
6
-
-
2,404
-
9,361
-
-
3,638
-
9,420
-
-
49
-
89
-
-
951
-
1,489
-
-
3,162
-
1.5万
-
-
62
-
130
-
-
1,610
-
2,760
-
-
297
-
1,187
-
-
597
-
1,136
-
-
336
-
840
-
-
1,096
-
773
-
-
20
-
1
-
-
9,154
-
2.3万
-
-
607
-
221
-
-
68
-
278
-
-
2,789
-
1万
-
-
59
-
27
-
-
145
-
227
-
-
47
-
163
-
-
81
-
150
-
-
35
-
11
-
-
395
-
439
-
-
210
-
515
-
-
183
-
924
-
-
4,894
-
1.7万
-
-
5,025
-
1万
-
-
6,183
-
3.1万
-
-
1,275
-
8,395
-
-
7,431
-
1.5万
-
-
175
-
157
コメント