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偽装結婚を偽装してみた

小海音かなた

Chapter.49

 しかし確かに、初めてこの部屋で一人になるひぃなは、少しだけ不安だったりする。
 インターホンの操作方法もまだ良く把握していないけれど、日中の来訪者なんてほぼセールスだろうから気にしない。
 宅配ボックス完備のマンションなので、その辺も心配無用だ。
「まずはー」
 今日の作業の段取りを一人つぶやく。
 洗濯をするのに衣類を仕分ける。お互いそれなりに服へのこだわりがあるので、普段着と外出着とは洗い方を分けたい。とはいえ、引っ越し前日までに攷斗は自分で洗濯を終わらせていたようだ。洗濯かごの中には昨日着ていた服し入っておらず、ひぃなの分と併せてもさしたる量ではない。
 家で使っていた洗濯機とは違う仕様なので少し手間取るが、スマホで調べてなんとかなった。便利な世の中だなぁとスマホをジーンズのポケットに滑り込ませる。
 洗濯機が回っている間に軽く浴室の掃除をする。続いて共用部分。攷斗は綺麗好きのようで、清掃する箇所はほとんどなかった。浴室も昨日の時点でザッと洗ってから使い終えた様子。正直、ひぃなが元々住んでいた自室のほうが汚れていたくらいだ。
(部屋もキレイそうだなー)
 と思いつつ、一応確認してみる。ドアを開け、そっと中をのぞく。
(うん、キレイ)
 もう片方の部屋も見て同じ感想を抱き、そっとドアを閉じる。
 広いほうの部屋を寝室、狭いほうの部屋をアトリエとして使っているよう。壁一面に設えられた本棚には、ファッション関係の書籍や雑誌が大量に収まっていた。
(楽しそう……)
 趣味の合うひぃなにも興味深いタイトルばかりだ。今度攷斗に閲覧可能か聞いてみようと思う。
 仕事が忙しくなるとすごいことになると言っていたからそのときフォローしようと決めて、攷斗の部屋も含めた床をザッと全体的に住居用ワイパーで拭き歩いていく。終わったと同時に、洗面所から洗濯完了のアラームが聞こえた。
「おっ、天才」
 取り出してかごに入れ、ドアの内側にかけられたサンダルを片手にルーフバルコニーへ移動する。
「うわ、広い」
 外は良い天気。洗濯物も早く乾きそうだと心が弾む。
(夏は日焼け対策しないとダメかも)
 日当たりの良さが美容の大敵になるのは世の常。
 洗濯物を干しながら、今後掃除するときの順路を間取りを思い浮かべながら考える。
 攷斗は言っていなかったが、おそらく新築であろう家の掃除は楽しい。
(築年数調べてみようかな)
 水回りのシステムも新しいので、新築かリフォームかのどちらかだろうと予想をしてポケットの中のスマホに指をかけるが、
(いやでも調べてお家賃知っちゃうのもなぁ)
 思い直して、やめた。引き続き洗濯物を干すことにする。
 知りたい情報と共に知りたくない情報を得てしまうリスクがあるのは、情報化社会の弊害だと常々思う。
「よしっ」
 二人分に増えたとはいえ、一日分の洗濯物だけなのであっという間に終わる。
(これだけスペースあったら、お布団も干せるな)
 二人ともベッドを使っているが、掛け布団やシーツを陽にさらせる。出入りのときに少しまごつくかもしれないが、何か上手い方法があるに違いない。
 洗濯かごを洗面所に戻してリビングへ行く。お昼までまだ余裕があるので、少しお茶の時間にする。
 外の音もほとんど聞こえない、日当たりの良いリビング。
(贅沢だな~)
 いままでの辛かったことが中和されるほどの穏やかな時間が流れている。
 一人暮らし用にしては広い間取りに、誰かと一緒に住む予定でもあったのかな? と邪推してしまう。でもそれなら、同居しようだなんて持ちかけたりはしないか。
 攷斗の思惑は攷斗にしかわからない。
「さて…」
 スマホを操作してアプリを立ち上げる。昨日【お気に入り】に入れたレシピをいくつか確認し、頭の中で手順を算段してみる。
(下ごしらえしつつ、お昼作るかぁ)
 伸びをして立ち上がり、キッチンへ向かう。前の家より格段に充実した設備のキッチンは、作業しやすく、使っていて楽しい。
 冷凍・冷蔵保存食材を作るために、まずは野菜を切り始めた。


 昼食を挟み、全ての下準備を終えた。お茶などしつつ、攷斗からメッセで届いた帰宅時間から逆算して、朝食の簡素さを埋めるように夕飯の支度を始める。
 攷斗が一食でどのくらい食べるのか、一緒に食事に行ったときのことを思い出し、分量を決めた。
(男性にしては細いのに、食べるんだよね……)
 昼過ぎに攷斗から送られてきたメッセの写真は焼き魚定食だった。夜は洋食にしようとしていたので丁度良い。
(そういえば…人にご飯作るの久しぶりだな…)
 ふとそんな風に考えて、元婚約者との別れ際が脳裏に浮かぶ。
(この生活、この先もずっと続けられるのかな……)
 すぐそばに攷斗がいる生活に慣れてしまったら、きっとそれはもう、手放せなくなる。
(見切り付けられないように頑張ればいいか……)
 言葉に出来ない二人の関係性。
 どこかでちゃんと確認出来れば。聞いても大丈夫と確信出来るように、信頼関係を結んでいければ。
 料理の手順を追う脳内の片隅でそんなことを考えながら、フライパンに火をかけた。

* * *

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