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偽装結婚を偽装してみた

小海音かなた

Chapter.22

 事務部へ書類を置いて社長室へ行く途中、曲がり角から現れた人影とぶつかりそうになる。
「わっ、ごめんなさい」
 反射で謝った人影は、黒岩だった。
「いえ……」
 黒岩は会釈して、エレベーターの方向へ移動していく。
 先ほどのことがあるので一瞬ギクリとする。とはいえ、別に何かされたわけでなし、気にしないことにした。
 社長室のドアをノックする。中から返答があったのを確認して「失礼します」と挨拶し入室する。
「午前の業務が完了したので、お声かけに来ました」
 朝よりは溜飲が下がった様子のひぃなに、堀河が笑顔を向けた。
「あら、ありがとう。じゃああそこ行こー」
 行ってくるわねーと秘書二人に声をかけて、ひぃなを連れ近所の定食屋へ向かった。
 ランチのピークタイムより少し早めに着いたので、すんなり席に案内される。
「なんでもどうぞ」
 堀河がメニューを開き、ひぃなに献上した。添えられた言葉には、昼食代を奢るという意思表示が込められている。
「じゃあ、B定食」
「かしこまりました」
 接客業のごとく返答して、すいませーんと店員を呼び、二人分の定食をオーダーした。
「ごはん奢ったくらいで許されると思ってんなよ?」
 口元に笑みを浮かべながらひぃなが言う。
(やばい、本気だ)
 同じく口元に笑みを浮かべながら、堀河がおびえる。

 めったに怒らないひぃなは“笑いながら怒る人”だ。
 普段怒らないから自分が怒り心頭の状態であることが面白くなって、つい笑ってしまうそうだ。
 要は、怒れば怒るほど笑ってしまう、という性質を持っている。それを知らずに“笑顔だから大丈夫だろう”とタカをくくって対応すると、知らぬうちに心のシャッターを閉められ、叱ることすら放棄されてしまう。

「本当にすみません」
 それを知っている堀川は、両手を机についてしっかりと頭を下げた。
「うん。もう大丈夫、怒るの飽きた。意固地になってごめん」
 ひぃなもぺこりと頭を下げる。それに気付いた堀河が頭を上げると同時に店員がやってきた。
「B定食のお客様~」
「はい」
 ひぃなが挙手する。
「先どうぞ」
「ありがとう。いただきます」
 両手を合わせ、軽くおじぎをしてから箸を持った。
「……おめでたい話だし、内緒にしなくてもいいんじゃないかな? って思ってね? 言っちゃった。ごめん」
「うん。もう大丈夫だよ」
 味噌汁に口をつけて、食事を始める。
「なんで内緒にしてほしかったの?」
 堀河の質問にひぃなが少しためらって、
「迷惑、かけるかもしれないじゃない」
 ぽつりとつぶやいた。
「誰に」
「棚井に」
「それはないでしょ」
 迷惑だったら牽制目的で結婚したことをバラせだなんて言ってくるわけがない。とはいえ、その会話を知らないひぃなからしたら、攷斗がひぃなのことをどう想っているかなんてわかるハズがない。
 午前中攷斗に送ったメッセには『すみません、感謝します。』という返信があったくらいだ。
「お待たせしましたー、日替わり定食でーす」
「はーい」
 目の前にトレイを置かれた堀河も手を合わせて「いただきます」とお辞儀して食事を始める。
「それよりさ」ひぃなを気にかけていた男性社員たちを思い浮かべながら「誰かになにか言われなかった?」問いかけた。
「なにその抽象的な質問」
「えぇー? 言われなかったー?」
「別に、特に。“おめでとう”はたくさん言われたし、“相手だれ?”もたくさん聞かれたけど」
「なんて答えたの?」
「社外の人」
 確かに間違ってはいないが、
「ふぅーん」
 堀河は不服そうだ。
「私はひぃなと棚井、お似合いだと思うよ? なんか訳ありっぽいけどさ」
「……」
 ご飯茶碗を持ったまま、ひぃなが押し黙る。
「あなたとは長い付き合いだし、棚井とだって色々話してるのよー」
 堀河はさらりと少しの秘密を開示して微笑んだ。
 何か考え込むひぃなの言葉を待ちつつ、二人は黙々と食事を進める。

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