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偽装結婚を偽装してみた

小海音かなた

Chapter.21

「ふぅー」
 処理待ち書類の対応を全て終えて、ひぃなが両腕を前方に出して伸びをした。
「時森さん」
「はいっ」
 急にバリトンボイスで声をかけられ振り返ると、営業部の黒岩がすぐそばに立っていた。数年前に中途採用で入ってきた、ひぃなより年上の後輩だ。
 気配を感じなかったことに少々驚く。ドアが開いたことにすら気付かなかったので、単に作業に集中していただけかもしれない。
 呼びかけた割にそのあとの言葉がないので、
「おつかれさまです」
 挨拶をするが返答がない。合わない目線は、ひぃなの顔を通り越して手元に注がれているように見える。
「……どうかされましたか……?」
「ご結婚されたんですか」
(わざわざここまで来て……)
 本日何度目かの質問に少々嫌気がさしつつも、
「はい、おかげさまで」
 笑顔で返答する。
「お相手は」
「社外の方です」
「お付き合いされている方、いらしたんですね」
「え? えぇ、まぁ……」
 質問が少し予想外のところから投げられて、ペースが乱れる。というか、大きなお世話だ。
「指輪」
「へっ?」
「してないんですね。結婚指輪」
「あー…」持っていない、とは言わないほうがいいように本能が感じ取って「急に決まった話なので、まだ出来上がっていなくて……」咄嗟に嘘をついた。
「そうですか」
 聞くだけ聞いてお辞儀をして、黒岩は学習室を退室した。
(なんだったの……)
 少し呆然としていると
「なんだかヤバそうでしたね……」
 はす向かいの個別席からその光景を見ていた事務部の後輩・紙尾がひぃなに声をかけてきた。顔には“心配”と書いてある。
「…うん…なんかね……」
 営業と事務は書類処理の関係で比較的業務の交流があるが、黒岩は避けているかのようにひぃなに依頼をしてこない。どんなにドアに近い席で作業をしていても、ひぃな以外の事務スタッフの席までわざわざ行って、各種書類の処理を依頼する。
 ひぃなもそうされることが当たり前になってしまい、黒岩が事務部に訪れても通り一遍の挨拶しかしなくなっていた。
「普段話しかけもしないのに、こういうときだけあんなに、とか、ちょっと…アレですよね……」
「うーん……」
 なんとコメントしたらいいかわからず、曖昧に返事する。
「気を付けてくださいね」
 紙尾の言外に含まれた意味に気付き
「あー、まぁ、ね……心配してくれてありがとう」
 肯定も否定も出来ずに、苦笑しながら礼を言った。
 ともあれ、少し早めに業務が完了したので、社長室へ赴くため机上を片付ける。
「ちょっと早いけど、お昼行ってきます」
「はーい、いってらっしゃい」
 紙尾が笑顔で手を振り、ひぃなを送り出した。

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