静かなところにいる ~転生したら盲目難聴でした~
48.逃走
もう【敵影】は見えない程走った。
しかし、馬は全力疾走を続けている。
後ろにはテアとドワーフ二人の【滴】が見える。
この五人で、なんとか安全な場所まで逃げ切ろうということらしい。
しかし、安全な場所とはどこだろう?
ドワーフの町まで戻っても、この有り様だ。
あまり良い扱いはされないと思う。
父さんのところまでは、どう急いでも数日はかかる。
突然、草陰から小さな【滴】が飛び出す!
その【滴】が馬に触れた瞬間、馬が足を滑らせ、大きく転倒する!
私とクリシは馬の全力疾走の勢いのままに、宙に投げ出される。
少しの浮遊感の後、私の体は砂利との摩擦で引き裂かれる。
痛い。
私たちの後に続いていた【滴】たちも、突然勢いをなくして地面に転がる。
私と同じように、かなりの裂傷を負っただろう。
しかしクリシとドワーフたちは、よろめきながらもなんとか立ち上がる。
そして、私たちの馬を一瞬で倒した、小さな【滴】と対峙する。
テアは身をかがめて何かに触れている。
その体からは【滴】の輝きが流れ出している。
どうやら激しく転んで動けなくなった馬の一匹を癒しているらしい。
それが終わると、テアは私に近付いて来た。
ゆっくりと。
私を逃がしたいのであれば、急いで馬を一匹だけ癒して、私を回収して逃げれば良い。
しかしあのゆっくりとした様子を見る限り、テアにそういうつもりはないらしい。
そして私の隣に座り込んだ。
私のこの傷の痛みを、癒すこともなく。
残念ながらテアは本当に、イリンイのために、そして私のために、動くつもりはないらしい。
テアの澄んだ【滴】に手を伸ばす。
その唇に触れる。
【滴】の輝きも、唇の感触も、いつも通りのテアだ。
なんだか信じられないような、裏切られたような気分になる。
テアはいざとなったら助けてくれると、いつの間にか私は、心から信じてしまっていた。
テア自身は、最初から一貫して、私の味方はしないとを言っていたのに。
テアは今、どんなことを思っているんだろう?
私はショックを受けていることを隠すように、テアに話しかける。
「あのクリシや若頭さんたちの前に居る人は、何者?」
「わからない。
ただの少女に見えるけど、触れただけで馬が倒れたからね。
それもただ転んで怪我をしただけじゃなくて、気力を失ったような倒れ方だった。
エクにも見えているってことは、何かの【滴】を使ったってことで、間違いないね。」
やっぱり、そうだよね。
クリシたちが戦闘態勢に入る。
ドワーフ二人は持っていた【秘宝】を取り出し、クリシはおそらく拳銃を構えている。
「でも、こっちには【秘宝】を持った若頭さんたちと、拳銃を持ったクリシがいるんだし、
この三対一なら大丈夫だよね?」
「……」
エクは答えない。
私だって、そう簡単ではないことはわかっている。
あの少女はおそらく、テアを含めて私を護衛している四人が相手でも、
勝算があると見て飛び出したのだ。
きっと私の常識からは想像も付かないほどの、高い戦闘力を持った少女なのだろう。
ここはそういうことが、普通にある世界だ。
少女はクリシたちの方へ、ゆっくりと近付いている。
若頭さんが動いた!
そう思った時には、もうドワーフ二人は倒れていた。
速すぎる。
私が【滴】でしか認識できないのもあるだろうけど、それにしても。
クリシの手が動き、少女がよろめく。
発砲したのだろう。
すかさずクリシが少女の懐に入る。
しかし、少女は倒れない。
むしろどういうわけか、クリシの【滴】の輝きが失われていく。
「ここまで、みたいね。」
テアが私の額に触れ、バンダナを取る。
その瞬間、視界から一切の光が失われる。
「エクと一緒に暮らせて、本当に良かった。
私の人生の中でも、特別で楽しい時間だった。
できることなら、何十年も、それこそ何百年でも、一緒にいたかったよ。
ありがとう。
ごめんね。」
終わってしまう。
なんで?
エクならきっと、この状況でも打開できるはずなのに!
「待ってテア!
もしかしたら私は、テアの前世かも!
だってテアの前世を見た時、何も見えないし聞こえなかったけど、心臓が動いていて、
呼吸しているのを感じたんだよ!
今だって、テアの前世が見えてる!
これはきっと私だよ!」
「そうかもね。
私もどうしてか、エクのことが他人とは思えない。」
「だったらなんで!?
前の自分を見捨てないでよ!」
テアの頬に、大粒の涙が零れ始める。
止まらない。
テアは唇を震わせながら、少しずつ話す。
「違うよ……
自分を見捨てたいわけないでしょ……?
今の私たちが、未来の私たちを、救わないんだよ……
私なんかには、救えないんだよ……
ねえ、エクには救えるの?
私を……?」
今、話の流れがどうなってるの?
私はテアに助けを求めていたと思ったら、いつの間にか助けを求められていた。
何を言っているのか、わからない。
いや本当に頑張って真面目に考えて、なんとかしないとまずい状況なんだけど、
あまりに色々なことが起こり過ぎて、頭が全く付いていけない。
何をどうすればいいのか、さっぱりわからない。
「さよなら」
テアが私から離れた。
もう【滴】の光も見えない。
残されたのは、暗闇と静寂と、私の体を引き裂いた砂利の感触だけ。
テアは私を見捨て、ドワーフたちにバンダナを返しに去ってしまった。
テアがそう簡単に決断できるような、薄情な人間ではないことくらい、もうとっくにわかっている。
何か深い理由があって、私を見捨てたのだ。
だからただ静かに、親愛と別れを告げてくれたのだ。
心では私を助けたいと、苦しみ叫びながら。
私は、そんなテアを悲しませた。
テアをまるで、気まぐれで人を救ったり救わなかったりする、化け物のように扱って。
きっと何か、何十年経っても、何百年経っても癒せないような、心の傷を抉って。
これはきっと、ただ私たちが互いに互いを救わなかったというだけのこと。
だから、もしこのまま私が死ぬのだとしても、それは当然の報いなんだろう。
しばらくして、私のお腹に少女の手が触れる。
その瞬間、とてつもない虚脱感に襲われ、全身から力が抜けていく。
同時に、体の奥が熱くなる。
心が溶かされていくような感覚に襲われる。
私はなんとか力を振り絞り、少女の唇に触れる。
「あなたは、何者……?」
「そんなつれないこと言わないでよ。
私たちは家族なんだから。
始めましてだけどね。
うん、始めまして!
お姉ちゃん!」
しかし、馬は全力疾走を続けている。
後ろにはテアとドワーフ二人の【滴】が見える。
この五人で、なんとか安全な場所まで逃げ切ろうということらしい。
しかし、安全な場所とはどこだろう?
ドワーフの町まで戻っても、この有り様だ。
あまり良い扱いはされないと思う。
父さんのところまでは、どう急いでも数日はかかる。
突然、草陰から小さな【滴】が飛び出す!
その【滴】が馬に触れた瞬間、馬が足を滑らせ、大きく転倒する!
私とクリシは馬の全力疾走の勢いのままに、宙に投げ出される。
少しの浮遊感の後、私の体は砂利との摩擦で引き裂かれる。
痛い。
私たちの後に続いていた【滴】たちも、突然勢いをなくして地面に転がる。
私と同じように、かなりの裂傷を負っただろう。
しかしクリシとドワーフたちは、よろめきながらもなんとか立ち上がる。
そして、私たちの馬を一瞬で倒した、小さな【滴】と対峙する。
テアは身をかがめて何かに触れている。
その体からは【滴】の輝きが流れ出している。
どうやら激しく転んで動けなくなった馬の一匹を癒しているらしい。
それが終わると、テアは私に近付いて来た。
ゆっくりと。
私を逃がしたいのであれば、急いで馬を一匹だけ癒して、私を回収して逃げれば良い。
しかしあのゆっくりとした様子を見る限り、テアにそういうつもりはないらしい。
そして私の隣に座り込んだ。
私のこの傷の痛みを、癒すこともなく。
残念ながらテアは本当に、イリンイのために、そして私のために、動くつもりはないらしい。
テアの澄んだ【滴】に手を伸ばす。
その唇に触れる。
【滴】の輝きも、唇の感触も、いつも通りのテアだ。
なんだか信じられないような、裏切られたような気分になる。
テアはいざとなったら助けてくれると、いつの間にか私は、心から信じてしまっていた。
テア自身は、最初から一貫して、私の味方はしないとを言っていたのに。
テアは今、どんなことを思っているんだろう?
私はショックを受けていることを隠すように、テアに話しかける。
「あのクリシや若頭さんたちの前に居る人は、何者?」
「わからない。
ただの少女に見えるけど、触れただけで馬が倒れたからね。
それもただ転んで怪我をしただけじゃなくて、気力を失ったような倒れ方だった。
エクにも見えているってことは、何かの【滴】を使ったってことで、間違いないね。」
やっぱり、そうだよね。
クリシたちが戦闘態勢に入る。
ドワーフ二人は持っていた【秘宝】を取り出し、クリシはおそらく拳銃を構えている。
「でも、こっちには【秘宝】を持った若頭さんたちと、拳銃を持ったクリシがいるんだし、
この三対一なら大丈夫だよね?」
「……」
エクは答えない。
私だって、そう簡単ではないことはわかっている。
あの少女はおそらく、テアを含めて私を護衛している四人が相手でも、
勝算があると見て飛び出したのだ。
きっと私の常識からは想像も付かないほどの、高い戦闘力を持った少女なのだろう。
ここはそういうことが、普通にある世界だ。
少女はクリシたちの方へ、ゆっくりと近付いている。
若頭さんが動いた!
そう思った時には、もうドワーフ二人は倒れていた。
速すぎる。
私が【滴】でしか認識できないのもあるだろうけど、それにしても。
クリシの手が動き、少女がよろめく。
発砲したのだろう。
すかさずクリシが少女の懐に入る。
しかし、少女は倒れない。
むしろどういうわけか、クリシの【滴】の輝きが失われていく。
「ここまで、みたいね。」
テアが私の額に触れ、バンダナを取る。
その瞬間、視界から一切の光が失われる。
「エクと一緒に暮らせて、本当に良かった。
私の人生の中でも、特別で楽しい時間だった。
できることなら、何十年も、それこそ何百年でも、一緒にいたかったよ。
ありがとう。
ごめんね。」
終わってしまう。
なんで?
エクならきっと、この状況でも打開できるはずなのに!
「待ってテア!
もしかしたら私は、テアの前世かも!
だってテアの前世を見た時、何も見えないし聞こえなかったけど、心臓が動いていて、
呼吸しているのを感じたんだよ!
今だって、テアの前世が見えてる!
これはきっと私だよ!」
「そうかもね。
私もどうしてか、エクのことが他人とは思えない。」
「だったらなんで!?
前の自分を見捨てないでよ!」
テアの頬に、大粒の涙が零れ始める。
止まらない。
テアは唇を震わせながら、少しずつ話す。
「違うよ……
自分を見捨てたいわけないでしょ……?
今の私たちが、未来の私たちを、救わないんだよ……
私なんかには、救えないんだよ……
ねえ、エクには救えるの?
私を……?」
今、話の流れがどうなってるの?
私はテアに助けを求めていたと思ったら、いつの間にか助けを求められていた。
何を言っているのか、わからない。
いや本当に頑張って真面目に考えて、なんとかしないとまずい状況なんだけど、
あまりに色々なことが起こり過ぎて、頭が全く付いていけない。
何をどうすればいいのか、さっぱりわからない。
「さよなら」
テアが私から離れた。
もう【滴】の光も見えない。
残されたのは、暗闇と静寂と、私の体を引き裂いた砂利の感触だけ。
テアは私を見捨て、ドワーフたちにバンダナを返しに去ってしまった。
テアがそう簡単に決断できるような、薄情な人間ではないことくらい、もうとっくにわかっている。
何か深い理由があって、私を見捨てたのだ。
だからただ静かに、親愛と別れを告げてくれたのだ。
心では私を助けたいと、苦しみ叫びながら。
私は、そんなテアを悲しませた。
テアをまるで、気まぐれで人を救ったり救わなかったりする、化け物のように扱って。
きっと何か、何十年経っても、何百年経っても癒せないような、心の傷を抉って。
これはきっと、ただ私たちが互いに互いを救わなかったというだけのこと。
だから、もしこのまま私が死ぬのだとしても、それは当然の報いなんだろう。
しばらくして、私のお腹に少女の手が触れる。
その瞬間、とてつもない虚脱感に襲われ、全身から力が抜けていく。
同時に、体の奥が熱くなる。
心が溶かされていくような感覚に襲われる。
私はなんとか力を振り絞り、少女の唇に触れる。
「あなたは、何者……?」
「そんなつれないこと言わないでよ。
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始めましてだけどね。
うん、始めまして!
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