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静かなところにいる ~転生したら盲目難聴でした~

あきや

21.訓練

私は今、クリシと二人で部屋にいる。

私にはやるべきことがある。

[私はこの奇跡の力を、もっと使いこなせるようになるべきだと思うの。]
[はい。せっかく授かった能力を腐らせるべきではありません。]
[だけどこの力を使うのって、意外と体力を使うみたいなんだよね。]
[そのようですね]
[でもアピロスさんが言うには、使っているうちに段々と慣れてくるものみたいでしょ。
 だから今はとにかく数をこなしてみることだと思うの。]
[僕もそう思います]
[問題は相手によってはすごく辛い感情が入ってきてしまうことなんだよね。
 それがあまりに強いと、倒れちゃうみたいだし。]
[そうですね。倒れてしまわれては大変です。]
[数をこなすにしても、相手を選ばないと。]
[はい]
[だから、クリシ。ちょっとおでこを合わせてみよう。]

完璧な論理展開だ。
さあ、どう答える?
逃げられるものなら逃げてみろ!

[別にいいですよ。そんな回りくどい頼み方をしなくても。]

あっさりOKだった。
なんだか物足りない。

[いいの?]
[僕をからかおうとして言っているのなら断りますが、そうではないのですし。
 まさかそうなのですか?]
[いやいや、本当に訓練のためだよ。]

7割は。

[なら問題ありません。むしろそうするべきです。
 私のならあまり負担にはならないみたいですし、
 ここでなら、万が一倒れてしまわれても大丈夫です。
 それでは、さっそく始めましょうか。]



「ワンワンッ!」
いい人間、僕、撫でる。

ドキドキ!
気持ちいい!

「ハッハッハッ!」



クリシが私から離れる。
同時に、私の意識も戻ってくる。
[どうしたの?今いいところなんだけど。]
クリシの前世のクライマックスは、ご主人に喉をなでられるところだ。
[あの……
 本当は先にこの状況を予想して、覚悟を決めてから返事をするべきだったのでしょうが……
 この距離でそんなに息を荒げられていると、身の危険を感じます……]
手の感触から、クリシが怯えていることが伝わってくる。
確かに今の私はやたらと呼吸が荒いし、心臓がドキドキしている。
そんな人間が目の前にいたら、少し恐いかもしれない。

しかし私はただ、記憶の中でご主人に撫でられて、嬉しかっただけだ。
何もやましいことはない。

[犬ってそういうものでしょ?もうちょっとだけお願い。]
[さすがにちょっと断りたいんですけど……。
 え?まさか犬とかおでことかって、この状況を作るため嘘じゃないですよね……?]
[違う!
 すごい撫で上手なご主人に可愛がられちゃうだけだよ!
 しかもすごい感情移入しちゃう!
 クリシも体験したらわかるって!]
[でも証明はできませんよね……?]

どうやら今まで積み上げてきたクリシからの信用が、これで失われてしまったらしい。
そして私は、クリシの顔をゼロ距離で感じて興奮する変態ということになってしまった。
なんという悲劇!
誰も悪くないのに!
けど、状況が悪化するならもう止めておこう。

[そんなに言うなら、我慢する。
 でも嘘はついてないよ!]
[いえ、僕もただビックリしただけで、エク様はそんな人ではないと……
 信じてますから。]

結構悩んだ上で、信じることにしたらしい。
思ったより後がなさそう。

[ちょっと屋敷を歩いてみることにしませんか?
 倒れてしまわれるのも、単純に体力が足りないのかもしれません。]
クリシは別の行動を提案してきた。

続行拒否ということだろう。
もう選択権はないと思った方がいい。

[そうしよう。
 それで、どこに行こう。
 また父さんのところ?]
[体力をつけるということであれば、アピロスのところはどうでしょうか?
 彼女は庭に農場を作っています。]

ここは庭に農場を作れるくらいの屋敷らしい。
思ったより大きいのかも。

[じゃあそうしようか。
 案内してくれる?]
[もちろんです]
[ありがとう]

もう手をつないでくれないのではと思ったけど、そこまでではないみたい。
良かった。

部屋を出て、ひたすら歩く。
父さんのところよりもかなり遠い。

ふと、クリシが立ち止まる。
まだ床は固い。

たぶん外には出ていなさそうだけど、何かあった?

そして私の手に、知らない男の人の手が触れる。
[お元気になられたようで何よりです。エクサティシー様。
 私はサルキコス。貴女に忠誠を誓う者の一人です。]
自己紹介をしてくれた。
きっと本当は知り合いなんだろうけど。
せっかく知り合いなら、挨拶ついでにエピロスさんのところに誘ってみよう。
[こんにちは。サルキコスさん。
 これからエピロスさんのところに行くのだけど、良ければ一緒にどう?]

サルキコスさんは少し悩んでいるようだ。

[お誘い頂けることは感謝なのですが、私は遠慮しておきます。
 良かったら私の分も、エクサティシー様が仲良くしてやってください。
 それでは、失礼します。]
サルキコスさんは去って行った。

仲良くするよう頼まれた。
エピロスさんは寂しがり屋で有名なのかもしれない。

[彼も忙しいようですね。
 それでは、僕たちも行きましょう。]
クリシは再び歩き出す。
私もそれについていく。

地面の感触が柔らかくなる。
外に出たようだ。
それからしばらくして、またクリシは立ち止まる。
今度こそ着いたようだ。
しばらくして、アピロスさんの手が私に触れる。
[やあ、エクサティシー。
 来てくれて嬉しいよ。
 もう歩けるんだな。]
[うん。
 アピロスさんは農業をやっていたんだね。
 何を作っているの?]
[キャベツとかだな。
 アタイの奇跡は重い野菜を収穫する時に便利なんだ。]
[アピロスの収穫はすごいですよ。
 山ほどキャベツの入った袋を抱えて、軽々と飛んで運ぶんです。]

山ほどとはどれくらいだろう。
その様子を見れないのが残念。

[重い野菜っていうと、大根とかも作っているの?]
[大根はまずいんだ……
 いや、作り方を知らなくてな。
 とにかく、村ではいつもこんな感じだったよ。
 こっちに来てからはこの奇跡を使って戦ったりもしてたけど、
 アタイに言わせりゃ、いるのかいないのかよくわからん敵に備えるくらいなら、
 こうして飯のために使う方がよっぽど良いぜ。]
[僕も同感です]
クリシが同意する。

そういえば二人とも、貧しいところの出身だ。
飢えることの恐ろしさが身に染みているのだろう。
その視点で見れば、戦いの役に立たなければ意味がないなんて発想こそ、
ある意味平和ボケなのかもしれない。
私の奇跡も戦いの役には立たなそうだけど、
それよりもっと有意義な使い方があるのかもしれない。

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