バーテンダーに落ちて酔わされ愛されて

花厳曄

XXVⅠビジュー

___昔は、こんな風に寄り添って、私が抱きついてよく寝てた。
あの時も大きな胸に顔を埋めてショーマの匂いを嗅いでは、ホッと安心していたような気がする。

あの頃の私は本当純粋だった。何もかもが。


「…ヤナ」


あの頃は、そうやって意識の遠いところでショーマの声がして。


「アヤナ、起きて。アヤナ」


そんな優しい声で呼んで、体を揺すって起こしてくれた。


「起きてって。アヤナ」


それでも私は中々起きることができなくて、唸りながらもうちょっとなんてねだって布団を顔まで被るんだけど。


「アヤナ」


頬でも額でもない、唇に落ちてくる柔らかくて温かいショーマのソレがあると、私はいとも簡単にベッドから起き上がって眠りから覚ましてくれた王子様にふんわり微笑むんだ。
おはようのキスが嬉しくて、毎回毎回して欲しくてわざと眠たいと、もう少しとねだる私がいたりした。

いつからかそれが当たり前になっていて、私のファーストキスはもちろんショーマだったりする。

でも、成長するにつれてソレはぱったりとなくなり、ショーマにも彼女が出来て寂しい思いをしたのを覚えてる。

アメリカに行っちゃったときは彼女が出来てしまった時以上に寂しくて、高校3年だったにもかかわらず見送りの時はショーマの腕の中で泣いたし、家に帰っても思い出しては泣いてた。

永遠の別れなんかじゃなかったのに変な私。
それから一年後か…私にユアっていうセフレができたのは。
まぁ、こっぴどく振られてあんな再会を果たしてしまったけどね。
でも、本当ユアに対しての情がなくて…むしろ、思い出したというか再確認したというか。

私の、彼への___…


「…ヤナ」


声が、聞こえる。


「起きてって。アヤナ」


私を呼び起こす声が。


「…ん、もぅ…少し」

「アヤナ」


“起きないと昔みたいにキスするよ”そんな囁きが耳元で聞こえた気がして、あの頃みたいにベッドから飛び起きた。


「…ん。目覚めた」

「おはよう」


___でも、もうあの頃のようにはキスなんてしてくれない。
というか、出来るわけがない。

私もショーマももう子供なんかじゃない立派な大人だ、やっていいこととやってはいけないことくらい、分かってる。

まだ覚醒しきってない私の頭を撫でて寝室から出ていってしまったショーマは、キッチンで何やら朝食を作ってくれているようで、パンケーキの匂い、ベーコンの匂い、卵の匂い、スープの匂いがこっちまで漂ってくる。
それだけで数時間寝ただけなのに私のお腹はすでにお腹を空かせて、ショーマの作る朝食を求めていた。


「美味しそう…」


さらに綺麗に盛り付けられた料理を見てテーブルに運ぶのを手伝ってから、向かい合って手を揃えていただきますと楽しく会話をしながら食事した。

パンケーキはふわふわだし、ベーコンはいい感じにカリカリで申し分ない、スクランブルエッグも絶妙な塩加減なうえにさっぱりとしたコンソメスープがまた食欲をそそる。

やっぱり私よりも圧倒的に料理がうますぎる。今度ふわふわパンケーキの作り方教えてもらおうなんて考えたりしちゃってた。


「あ、ショーマ」

「ん?」

「着替えたいから一度家寄ってからでいい?」


同じ服ってのはもちろん嫌だし、出かけるならちゃんとお洒落したい。

朝食を済ませてから昨日と同じ服を着て家まで送ってもらうと、頭の中で考えていたコーディネートに急いで着替えて、メイクをしてからまた車に戻った。

戻った時、意外と速かったねと言われてちょっとムッとした。


「“誰”と比べてるわけ?」

「ん?なんで?」


いやいや、なんで?じゃないでしょ。今の発言は確実じゃん。ちょっと心折れかけたよ。


「今の発言って彼女とかいないと出ない言葉だよね?」

「あー…」
「まさか、彼女いますーってこと、ないよね?」


いないって信じたい、ていうかいないでいて欲しいと願う私。
もしいたら凄い落ち込むの分かってるのに、訊かずにはいられないっていう人間の性が邪魔をする。

手に力を込めてギュッと握って帰ってくる言葉を待っていたら、ショーマの手が私に伸びてきてキスされる!?と思い思わず目を閉じてしまった。

こんなの、キスしてくださいと言っているようなもの…私何やってんだか。
そんな風に思っていたら…


「いったぁ!」


おでこに衝撃と痛みが同時に走った。
そのせいで閉じていた目の必然的に開いてしまうわけで、開いたその先にいたのはちょっと不機嫌な顔をしたショーマだった。

なんでそんな顔してるの?と問いたいところだけど、答えはきっと私が一番分かってるわけで。

“「“誰”と比べてるわけ?」”

そう言ったからに違いない。


「俺、そんなにクズ男に見える?」

「え、なに…クズとか言ってないじゃん」

「なら分かるでしょ。彼女がいたりいい感じの人がいたらアヤナと温泉にだって行かないし、こうして2人で出かけたりもしない」


ショーマは、そういう人だ。

しっかりしていて、付き合うかもしれないって人がいても絶対他の女の人とは2人では出掛けたりしないって分かってる…ていうか、そもそもショーマは忙しいタイプの人間だから滅多に出掛けたりとかしないんだけど。


「ごめん、なんかちょっとモヤモヤして…」
「誰かと比べられたって思って?」


俯いたまま正直に頷けば、ポンポンと髪を撫でられ、頭上でクスクス笑われてる声が聞こえた。
何で笑ってんの?と不思議に思って顔を上げれば、そこには何故か嬉しそうに微笑んだショーマの顔があって、思わず胸をキュンとさせた。


「うん、可愛い」

「かわっ…いくないよ…!」


そうやって反論するも、彼は可愛いと髪を救って指にクルクル巻く。
あぁ、もうペースがっつり乱されまくって心は荒れ荒れだ。


「まぁ…比べてないって言ったら嘘になるけど、高校の頃数か月付き合っていた人とだし、その人が異常に時間かかってたの思い出しただけ」

「ふーん…」


ジトーっとした目をショーマに向けてみる。
別に疑ってるわけじゃないけど、時間かかるって言ってもせいぜい30分くらいじゃないかな。そんなに時間かかるもん?

現に私は今、15分ほどで戻ってきたから人間やればできるんだって。
時間かかっても最高1時間くらいでしょって思っていた私。


「その女は準備に2,3時間が普通だったんだよ」


どうやら、現実はそう甘くはないようです。2,3時間と聞いて口をあんぐりと大きく開けた。
そりゃあもう何かを突っ込みたくなるような口の開け具合だっただろう。


「いやいや、そこまで待たせるとかビックリだから。女の私から見てもドン引きだから」


私が彼氏なら待てないし、待たないうえにこれはさすがに激オコ事件だって。
それを待ったというこの男はどこまで優しいんだ。


「はい、この話しはもう終わり」


と言って車をようやく発進させたショーマが向かったのは都心から離れた海沿いで、その近くにあるアクセサリーショップだった。
どうしてここなんだ、とも思った。車内では何も話してくれなかったのに。

なんかこう、道の駅とか海の駅とか行ったりしてゆっくり楽しむんだと思っていたから、これは予想外すぎる。

私が勝手に想像したに過ぎないことだとは分かってるけど、まさかこんな可愛らしいショップに連れてきてくれるとは夢にも思わないじゃん?
てか、こんな所にこんなお店あったんだと外観も店内もまじまじと見る。


「可愛い…きれー…」


このお店はすべてがハンドメイドらしいけど、細かいところまで綺麗にできているし、使われている石も綺麗だからいい値段する。
ブレスレットやネックレスとかいろいろ見てるけど…このリングなんて2万近くするよ。

高い高い、てか私が触れていいものじゃない、指輪が汚れてしまう。


「それ、気に入ってくれましたか?」


声を掛けてきたのはこの店のイケメン店主。こんなカッコいい人がこのアクセサリーを作っているのかとドキドキした。


「へ?あ、あぁ…とても素敵だなぁって」


まじまじと見ていたのはプラチナのリングに綺麗なフォスフォフィライトが埋めこまれている。値段は高いけど。
その手で生み出される器用な手に視線を向けながら、ははっと笑った。
「だってよ、買ってあげれば?ショーマ」


聞き覚えのある、それから私も何度も呼んでいる名前が店主の口から聞こえて彼の顔とショーマの顔を行ったり来たり。
ん?ショーマのこと知ってるの?


「ソイツ、俺の高校からの友人」

「あっ、そうなんですか!初めまして私、アヤナです」


ショーマの友人に深々と頭を下げて挨拶をする。類は友を呼ぶと言うけど、これはレベルが高い。
流石はショーマのご友人、顔がイイ。


「ていうか、私ショーマの彼女でもないので買って貰う義理なんてないですよ」


そう、私とショーマはただの幼馴染なんだから。
言い聞かせれば言い聞かせるほどズキリと心が痛む…かも。


「いや、それ買うよ」

「いやいや、何言ってんの」


私彼女じゃないの、ただの幼馴染なの。分かる?分かってる?
女性に指輪を買うって特別なことなんですけど!?


「今だけでいい。またいつあの男が現れるかもわからないから」

「いや、もうさすがに…」


それはないよ、って言おうとしたけどショーマの視線がそうさせなかった。
反論は認めないよ、とでもいうような…指輪はつけてもらうよと言うような圧力をビシバシ感じる。

いやぁ、でもさすがに指輪はちょっと…マジでショーマの考えていることが分からない。
「つけてくれるよね?」

「…はい」


是非つけさせていただきます。私はそう答えるしか選択肢はなかった。「まいどあり」と嬉しそうに言うショーマの友人。
そりゃあウン万円もする指輪が売れれば嬉しくなりますよね。

ショーマさんショーマさん友人に嵌められてますよ。目覚ましてくださいよ。
そう言いたいけど、ショーマは大マジっぽいから何も言えなくなる。

そんな大マジっぽい彼は、買ったばかりの指輪を専用の袋から取り出すと、私の右手を取って迷うことなく薬指に通した。
婚約指輪みたい、と一瞬思ったけどそんなこと絶対口にしない。


「あ、ありがと」

「ん。これで悪い虫は多分来ない」

「そ、そうだね」


ショーマはどうしてそう平然としてられるんだ。私なんてドキドキしすぎて壊れそうなんですけど。


「あの、こんな素敵な物ありがとうございます。私みたいな人間がつけていい代物じゃないのに」

「そんなことないよ。それに、私みたいなとか私なんかって言わない」


イケメン店主にコツンと額を突かれそう注意を受けた私はほんのり頬を赤らめていることだろう。
すると嫌な感じがしてショーマの方を見てみれば…何故か不機嫌そうな表情をしていた。

それに友人であるはずのイケメン店主を睨んでいる。


「怖い顔しちゃって。別に取って食いやしねーよ」


ほらお返しします、と私の背を押してショーマの胸の中へと突っ込ませたイケメン店主は「またのお越しをお待ちしております」と言って早く出ろと言わんばかりに手をシッシと払いだした。


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